2016年11月26日

英 iFi社 retro50 番外編 エレクトリック・ディストーション 2

アメリカの音

オーディオ機器にあるエレクトリック・ディストーションの本質を探るには自ずとアメリカ音楽と米国製機器を見ていくことになります。 アメリカの音楽はポップスそのものであり、アメリカンロック、カントリー、リズム・アンド・ブルーズ、ディープ・ブルーズ、黒人霊歌、そしてジャズなどがあります。 これらがごちゃ混ぜになったのが、流行歌(ポップス)です。 アメリカの音楽におけるクラシックは、これはヨーロッパからの借りものとみなすのが適切でしょう。 音楽家がアメリカに受け入れられるために、聴衆がイメージするであろうアメリカ仕立ての音にしなければならなくなるからです。 米国に移住したヨーロッパの演奏家が自らの演奏スタイルを変えていかざるを得なかったのも、レコードを通じて認識することが出来ます。 アメリカで好まれる音楽表現といえば、タフでなければならないし、パワフルであることも要求されます。 演奏家は常に何を言いたいかをはっきりと示さなければなりません。 アメリカでは音楽への無私の献身とか控え目なニュアンスなどは軟弱ものとしてレッテルを張られるのがオチです。 こうしたアメリカ流の音楽のありかたは、そのままオーディオ機器の性格に示されています。 マランツやマッキントッシュはそういう音です。 アメリカナイズされたアメリカ盤のクラシック音楽をかけている分には問題はありませんが、ヨーロッパのオリジナル盤はとなると途端に電気臭い音になります。 全米で流行りのポップスをより効果的に再生するように作られているのですから、当然といえば当然の結果と言えます。 ポップスはもともとオーディオの側から見てもエレクトリック・ディストーションまみれの音なのです。 電気的な歪みによく反応する機器であるならば、自然倍音楽器から発生するナチュラル・ディストーションにうまく反応できないのは理解できます。
こうしたことはヨーロッパプレスの初期盤やオリジナル盤の普及と同時代の良質な再生装置に接するようになってはじめて判ってきたことです。 例えば1970年代マッキントッシュやマランツを推奨したオーディオ関係者たちが今日のようにヨーロッパの初期盤に接することは非常に少なかったに違いなく、まして英国の高級アンプを当たり前に使いこなしたこともなかったでしょう。 例えばブリティッシュサウンドと呼ばれた音はGARRARD301や401、アンプはQUAD、スピーカはTANNOYあたりで鳴らした音を指していましたが、今となってはこれらの製品は真の英国サウンドを奏でるものでは無いと断じる方がずいぶんと増えました。 こうしてアメリカの音が電気臭いと感じることができるのも、英国をはじめとするヨーロッパ製ヴィンテージ機器から再生音を聴くことができるからです。 比較対象がなければ比べることさえ出来はしないのです。 アメリカ合衆国は頭の良い人がそろっている国です。 自国のオーディオ装置ではヨーロッパのLPがうまくならないということに気が付かなかったのでしょうか。 おそらく、気が付いていたはずです。 ですから、アメリカ向けにDECCAはLONDONレーベルで、EMIはANGELレーベル(それ以前は米RCAと米コロムビア)で、独DGGは米DECCAとその後レーベルこそ変えないものの厚紙ジャケットに入れた音質の異なるレコードを輸出していましたし、PYEのロンドン録音はWESTMINSTERやVANGUARD、MERCURYでプレスした米盤がアメリカ市場に流れました。 蘭PHILIPSにしてもMERCURYがプレスしたものを販売しました。 さらにチェコSUPRAPHONは国内向け(DV/SV番号)と輸出用(LPV/SUA-ST)で異なる音質の盤をプレスしていました。 要するにヨーロッパ録音のほとんどはアメリカでは米国再生装置向けに音質を変換した盤で売られていたのです。 こうしたLPはマランツやマッキントッシュでも問題なく良好に再生され、米国の音楽愛好家はヨーロッパ録音を違和感なく受け入れることができました、エレクトリック・ディストーションが多く含まれた盤のおかげで。 たしかに50年代から60年代前半にかけてアメリカは世界でも文句なしの豊かな市民生活を享受していた国でした。 ヨーロッパのレコード会社にとって無視できない、いや最大の市場だったはずです。 アメリカの再生装置が反応するレコードを製造することができるかどうかはレコード企業にとって最優先の技術課題でした。 電気臭い音を好む根本にあるのは彼らのアメリカ人としてのアイデンティティの問題だったのかもしれません。 電気臭いクラシック音楽であっても、それはアメリカ的であって、むしろ好ましいとさえ思っていたふしがあります。 オーディオ機器は電気で動作するのだから電気臭くて当たり前、電気臭くなければオーディオ機器として物足りないくらいに感じていたのだと私は思います。 つづく
以上T氏 

余談だが、わが国でマッキントッシュやマランツのアンプでタンノイを駆動するレコード愛好家の多くがDECCAはSXL(英国国内盤)よりもCS番号(米国輸出盤)のほうが良く鳴るんだよ、と言っていた。 これは米国製アンプが米国向けレーベルにより反応していたことの経験的な裏付けだと、今になって理解している。 昔のHERSEY'Sの味とベルギー製のそれでは、同じチョコレイトかと思うほど味が違うのを思い出した。




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