2017年01月07日

英 iFi社 retro50 番外編 エレクトリック・ディストーション 13

スペクターサウンド 最終回

ここまでフィル・スペクターが創り上げたサウンドに焦点をあてて書いてきました。 本来この手のおはなしは音楽的資料とオーディオの間にあるので、一般オーディオマニアには必要なかったかもしれません。 それでも書いたのは私自身がスペクターサウンドの後遺症に悩まされ続けてきたからです。 事実、クラシック音楽を再生するとき、一番厄介なのはスペクターサウンドにヤラレタ方々であります。 確かにスペクターサウンドは麻薬的でありますが、あくまで過度に圧縮された音であり鼓膜は圧迫され続けています。 演奏が終われば鼓膜はもとに戻りますが、その記憶は脳に蓄積されていきます。 そうしているうちにエレクトリック・ディストーションがかかっていない音楽はだんだんもの足りなく感じられ、ヴォリュームが本来あるべき位置より大きな音量で聴くようになる。 音量が大きくなると当然再生音は電気的歪みがどんどん増えて、フィル・スペクターの『音の壁』が出現します。 鼓膜はその音を憶えているので、この音だと反応し脳内ではドーパミンが分泌されます。 聴き手は感情を揺さぶられて音楽的な快感を得られるのです。 これがロックなら良いのですが、クラシックとなると本来あるべき再生の姿ではありません。 このような人たちがクラシック音楽再生をもっと良くしたいのだが、としばしばグレイに相談にやってきます。 私はオーディオ機器を何とかする前に、自分の頭の中身を交換しろ、と言っています。  いくら念入りにクラシック専用のオーディオシステムをグレイで用意させていただいたとしても、肝心のお客様の鼓膜と聴神経が電気的歪みに満ちた音を良しと認識する以上、満足してはもらえないからです。 頭の中身を変えろといっても生身の人間である限り無理なことはわかっています。 オーディオ機器のようにホイホイ交換はできません。 私自身もバンドに関係していたこともあり、以前は随分とPA機器から出る音の渦にまみれた毎日で、強烈なエレクトリック・ディストーションの洗礼を受けて耳と頭をヤラレタものです。 それがグレイでオーディオ機器をレストアするようになり、ヨーロッパの初期盤やオーディオ機器を常時聴くようになって、徐々にナチュラル・ディストーションを意識できるようになりました。 と同時に、グレイの再生音を聴くようになって、初めて海の大自然にあるひずみに気づいたのです。 さいわい私の家は海のすぐ近くにあり、知らずのうちに激しい海の音、波の音、つまりいつも強烈なナチュラル・ディストーションを耳にしていたのです。 スペクターサウンドのエレクトリック・ディストーションはノイズのピーク音が肥大化したものであり、それを打ち破るにはもっと大きな全周波帯域をカバーするナチュラル・ディストーション、つまり荒海の音や響きと自然界のノイズが私には効果的だったと、いまになって思うのです。 こうした後遺症に効果を発揮するのは海だけではなく、自然が存する場所、たとえば都会以外の山国の葉擦れや川の流れる音等々、エレクトリック・ディストーションが渦巻く都会以外の場所にはそれを癒す何かがあるはずです。 
以上T氏 

なぜか、劇場内の空気が澄んで潤っていて音楽がすうと入ってくるのをオペラを観ていて感じたことがある。 20年ほど前に訪ねたグラインドボーンは、のどかな牧草地に建てられたオペラハウス。 音の肌触りが東京やロンドンのそれとは違う。T氏がいうように同じひずみでもエレクトリック・ディストーションの渦の中にある劇場とナチュラル・ディストーションに囲まれた劇場では、随分と音楽が違って聞こえてくるのは、確かだ。




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