2017年08月31日

蓄音機とノイズ

紙コップと紙コップをピンと張った糸で結ぶ『糸電話』。  
むかしの蓄音機は糸電話の原理で78回転盤を再生しています。 糸電話を箱の中に折り畳んでいるのです。 ただ蓄音機の音の基は人間ではなく78回転盤です。 実際の音が音盤の溝に刻まれたとき、必然として音の圧縮が発生します。 声を紙コップが受けて振動し底に貼られた細い糸に圧縮して伝えるのと一緒です。 糸は振動を伝えているだけのようにみえて、実は音声によって発生した響きを伝えています。 言葉の意味を認識するだけでなく、声の高低、イントネイション、声の色まで糸の振動には含まれているのです。 このことをよくよく理解しなければなりません。 オーディオアクセサリと称するものは、糸にゴムをいくつもとりつけるようなもの。 IMG_0256アナログにある機械力の存在と在りようを知らないから、そういうもので胡麻化してしまう。 悪意でなかったとしても、それはオーディオ破壊活動のひとつです。 その前に、機器が本来持つ機械力が音楽に反応するように工夫すればよいのです。 アナログ再生では工夫することがいろいろあります。 しかも結果は無段階に変化します。ねじの締め具合、リュブリケイションの実施、磨きの加減、ベアリングの感度調整、端子のクリーニングなどなど。ヴィンテージアナログの時代、アクセサリなどは使わないという前提で設計製造されているのです。アクセサリを付ける前に、ちゃんと再生装置と向き合っているか見直してみることです。 そんなものはなくてもあなたの望む音にどんどん近づけることができるのが、ちゃんとしたアナログ再生装置といえます。
  
話を戻しましょう。 糸電話の原理は、78回転盤に刻まれた溝から振動を得たサウンドボックスからホーンへ伝える蓄音機の構造と酷似します。 問題は圧縮された音溝からの信号を拡張するはたらきを蓄音機はどうしても得ることはできなかったということです。 もちろん音そのものを大きくすることは可能です、しかし、音を伸ばし再生周波数レインジを広げるという圧縮の拡張に至ることはなかった。 しかも蓄音機の再生音は基の音というわけではなく、基とは違う音といった方がよいこともしばしば起こりました。 
そうした不完全な音でありながら、蓄音機から出る迫真の音楽は聴く人のこころをしっかりとつかみ、大きな感動をもたらしてしまうのです。 ノイズは多いし、原音再生という観点からすればほど遠いものなのに、蓄音機から発する音はノイズを超え音楽をしっかりと伝える力があり、音の内側にひとのこころが在りました。 音に感情が乗っているのです。 グレイを来訪される女性の方のほとんどは、大型装置によるLP再生より、78回転盤の再生や古いラヂオから出る音楽の方に圧倒的に興味を示します。CDなど電子音に比べれば、ノイズまみれの音にもかかわらず。 音にどれほどの感情が含まれているのかは、計測器で測ることはかないませんが、先入観を持たない女性には明確に認識できるのです。 ということは、女性が訪れないリスニングルームに据えられた装置から発する再生音は感情が乏しい、ということになります。 これはオーディオショウにも当てはまることで、用意された椅子にオジサンばかりが座っている会場にセットされた高価な再生装置では感情が乗った魅惑的な音は出ていない証し。 
LP時代になって生まれた原音再生という概念は、音楽の再創造に意味を持たない。 物理的な現象と成立したとしてもそれを原音とは確定することはできません。 原音そのものに対するイメージは人それぞれに異なるからです。 ある人がこれこそ原音そのものだと主張したとしても他の人にはそうは聴こえないものです。 オーディオ、とりわけアナログという分野にとって、原音を目指すより音楽の魂を表出させることのほうが自然な再生音を得られます。 蓄音機から生み出される音楽と音の有り様が、それを端的に示唆しています。 1960年代、わが国では原音再生という言葉が生まれ、これがオーディオの本質だという流れが起きました。プレイヤよりアンプがシステムの中心になり、機械的ノイズは減りましたが、電気的ノイズは格段に増えました。 電気的ノイズは如何に静かであっても、音にある素の形を乱しているからです。 低音が出ていれば原音に近づくと思い込み、音楽は学ぶもので感じ取ることではない。 こういう類いの愛好家が思いのほか多く生き残っているというのが実情です。
糸電話と蓄音機のおはなしをしました。 何から何まで電気に厄介になっている現在。 オーディオは電気のちからで何とでもなると思い込んできたけれど、果たしてそうだろうか、と、うすうす気が付き始めていませんか。 CDの出現後、いろいろなフォーマットを経てPCオーディオに至り、結局は音楽を聴くという行為からは遠ざかってしまっているのを感じていませんか。 電気でノイズ皆無の音楽再生をすべて賄えるという妄想はオーディオ技術者の思い上がりにほかなりません。 彼らは機械力という重要なファクタを無視しています。 つづく 
以上T氏

気になるノイズと心地よいノイズ、どちらともいえないノイズがある。 風鈴がかすかに流れて涼しと感じることもあれば、毎日毎日聞かされて五月蝿くて近所迷惑だとストレスにもなり得る。 虫の鳴き声、外国人のほとんどは生理的に受け入れられない騒音らしいが、わが国では虫の音にある色を愛でる人は多い。 バッハのポリフォニーを芸術と崇める人にしてみれば、ガムラン音楽やジャズはノイズの渦だと指摘する方もいらっしゃる。 こうしてみると、私たちの身の回りにはありとあらゆるノイズが満ち満ちている。 しかし、ノイズがないと宇宙空間の無音状態と同じ、僕なんかは発狂してしまうのではないか。




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