2017年09月02日

電蓄とノイズ 

蓄音機のあと、といっても電気蓄音機(電蓄)の登場は意外に早く、1925年と文献にあります。 その時、技術者たちが直面したのは強い歪みと盛大なノイズの出現だったことは、容易に理解されます。 電蓄とはプレイヤ、アンプ、スピーカが一体となった製品のことです。電化されたことにより、再生帯域が拡がり、音も伸びるようになる、圧縮された音溝の信号を拡張することを可能にしました。 かわりに電気力によって汚染された歪みとノイズが厄介な問題として残ります。 電化に付きまとう宿命です。増加した歪みとノイズ、技術者のたたかいは10年ほど続いたと思われます。 幸いなことに歪みとノイズには多量に有機的な成分をふくんでおり、改良すれば改良するほど良質なものとなっていきます。 しかし、無機的な歪みとノイズは人間の生理としての聴覚にとって好ましいものではありません。 つまり蓄音機のノイズよりもずっと耳障りなものでした。 電蓄の開発者たちはノイズの無機質成分の除去に取り組みました。 ここでの対処法は実に思慮深いものです。 無機質成分もまたレコードの音なのであり、使い方によっては何かを得られると彼らは考えたのです。 有機成分と無機成分はコインの裏表であり、あたりかまわず除去すれば音は向上するかもしれないが、音楽の本質にある「ちから」を損なうことになると考えたようです。 それで電蓄はノイズも歪みもあるけれど、音楽もたっぷり手軽に再生できるようにデザインされていきます。 最初の電気式プレイヤがゴツイ馬蹄形マグネット式ピックアップを装備して製品化されます。そして30年代後半にはクリスタルカートリッヂが登場します。 IMG_0265蓄音機と電蓄は長い間並行して販売されていたのです。 電蓄と言っても簡便なポータブルから大掛かりなラジオ付き電蓄までさまざまなヴァリエイションがありました。 ヨーロッパで電蓄が爆発的に増産されたのは50年代から60年代、LPが登場しポップスというジャンルが認識された時期でしょう。 ポータブル電蓄から出る音楽はあくまでも開放的であり楽観的でした。大衆のこころをとらえなければなりません。 電蓄という一つのパッケイジの中にプレイヤ、アンプ、スピーカを詰め込むのですから、ノイズや歪みの発生を一体という制約の中で解決消化しなければなりません。当時のエンジニアたちは生理的に受け入れられるものにまでノイズを変換可能なまでに電蓄を工夫していきます。多くの電蓄はノイズを音楽成分に練りこんでしまうスタイルを取り効果を上げます。 大衆は78回転を知る世代でしたから、ノイズやひずみはむしろ少なく感じたはずで、蓄音機より小さいのに豊かな低音と好きな音量で聴ける電蓄を無条件に受け入れたのです。 もちろん多くの女性の耳も惹きつけました。 蓄音機から続くグッドリプロダクションの素地は電蓄によってしっかりと受け継がれました。 あくまでこれはヨーロッパの話で、我が国の電蓄はといえば話は違ってきます。 つづく 以上T氏

オランダのレコードコレクタの得意げな顔が浮かぶ。 今でも彼はヨーロッパでも指折りのヴァイオリンレコードの目利き収集家だったと思う。 運河ぞいの窓を開けてケネ、ゴーティエ、ビストリツキ、タシュナー、ジルツァー、ヤン・ダーメン・・・次々に愛用の電蓄(TRIOTRACK社製)に盤を乗せて聴かせてくれた。 僕はドニーズ・ソリアーノやベネデッティをやっと知り始めた頃、電蓄からは初対面のヴァイオリニストの音色がこぼれだしていた。 IMG_0581ノイズまみれ、歪みだらけ、なのに心にある音楽の壺にどんどんと注がれていった。 シャーシャーという雑音さえも音楽に寄り添っているように思え。 膨大なレコードのコレクションを持っていた彼の再生装置といえば電蓄を居間と寝室に一台づつ備えているだけだった。 うらやましくもあり、のどから手が出るほど、電蓄、そのゆたかな音を吹き出す電蓄が欲しくなったことを思い出す。 凄腕のヴァイオリニストが電蓄の扉から次々に登場してきたのだから。


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