2022年09月04日

Good Reproduction 梃の支点

「これ使ってみたら?ma femme のお気に入りでね」
見たことも聞いたこともないカートリッヂ、フランスの放送局のエンジニアだった老人からプレゼントされた。十数年も昔のこと。オルトフォンのプラスティックシェルに取り付けられている、黄銅の錘がネジ留めされて。型番・メーカはおろか、どこの国のものかもわからない。盤面に針を入れると、なにかわからないけど、ずっと気持ちが良くて、耳が舌なめずりして聴いている。この心地よさは何だろう。シェルを外してまじまじとカートリッヂを見る。背面にシェルに取り付けるための金属プレイトが無造作に半田付けされカンチレバー両側とスタイラスガードの間に細いゴムがはさんである。老エンジニアが故意にカンチレバーの動きを抑制するために細工したのだろう。RIMG0329これはいけない、とすぐにゴムを外して、また針を入れた。すると何か落ち着かない、軽いのである、音が。なんか頼りなくて、音が薄い。慌ててゴムを元の位置に挟んで戻した。針を入れる。これだよ。さっき聞いた気持ちの良い音は。
ゴムを取った時と挟んだ時では周波数レインジはほとんど同じだと感じるけど、音の重心が全然違う。ゴムを挟んでカンチレバーに負荷をかけると音の重心が少し下がり、結果、音に太い芯がしっかり出て、背景の無音の暗闇は深くなる。シュタルケルのコダーイ、俄然低音にイロケが濃くなる。聞いたことがない倍音、音の毛羽が気持ちよい。音楽がしっかりと聞こえて、音に影が出て楽器が浮き彫りになって、旨味たっぷりの楽器音にうれしくなる。RIMG0336周波数特性の重心というか、テコの支点がツボにはまると、俄然音楽が湧き出てくる。レコードをかけても音が軽いとか重いとか、つまり周波数レインジの中心点、梃子の支点が上だったり下だったりしているからと感じている。この支点が自分の耳に心地よい位置にあると、響きが濁らずに表情ゆたかになったり、音が伸びていったり、音色が出てきたり、部屋の空気がきれいに響いて肌が震えたりし始める。これこそアナログ、自分の装置を信じて、気が付く部分を調整して片面十数分間を音楽でしびれっぱなしにする。そんな音楽に部屋が満たされていると五感が磨かれ、家族も一緒に聴きにくるようになる。Good Reproduction 、いまは心地よい再生が性に合っている。このレコード、こんだけ多彩な音色が刻まれていたんだ。シュタルケル、東欧の匂いを音色でそそっている。どこかアメリカの勢いも背負って。そうそう、あのカートリッヂ、数年前に素性が割れた。交換針はカンチレバーの根元から下に伸びる長いシャフトを着磁させてマグネット化し、そのシャフトが回転して出力するというアイデア。RIMG0341Philips AG3021(1956年登場)50-60年代のフィリップス製ポータブルプレイヤに数多く付けられた製品で、これをデザインしたフィリップスのエンジニアは1955年に渡米してSHURE M3Dを発案したとか。あの放送局の老人、ポータブルプレイヤのカートリッヂで何かを伝えようとしてくれたのかも。当時ポータブルプレイヤはフィリップスにとって重要な主力商品だったから、人々はどういう再生音に共感して聞き入るか、ずいぶんと試行錯誤があったに違いない。ひとの心に触れる音がたっぷり。おまけのカートリッヂ、侮ることなかれ。RIMG0350定位とか、解像度とか、人間の視覚に頼る音の出し方はあまり重要ではなく、自然と体が動く肌の感覚に働きかける音に音楽を感じている。あの老人が伝えたかった気持ち、少し解ってきた。
LDP-F29 コダーイ 無伴奏チェロソナタ  J.シュタルケル(Vc)  録音1950年  濃紺に銀の仏PACIFICレーベル(仏オリジナル) フラット重量盤 仏Patheプレス 1953年仏初出分  E:P. バルトーク  ピリオド録音の仏オリジナル盤。これはすごい。冴え冴えとした月の下の空気感があって、そこから音は先にすっと伸びる、かぶりつきのチェロが再生されます。コダーイフランス盤らしく、エッジ鋭く噛み付くような低音に思わずのけぞります。迫真のカッティングで、スタジオの外の自動車音まで刻まれている、60年近い前のテープなのに脅威的です。フランス盤としては保存状態も良く、表面的な擦り傷はありますが、音ミゾは静かで大きなノイズはありません。  盤美品〜ほとんど美品  ジャケットほとんど美品 FP NABカーヴで再生 #68 ¥120000 ( 2009年1月 グレイリスト下巻 P341 )



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