2022年09月08日

Good Reproduction 隠れている音

「オーケストラの全ての楽器が聞こえた」と喜んでいる、本当にそれで良いのかしら。
バレエ・リュスを去ったダンスユーズを作曲家はしばしばモンフォール・ラモリの自宅に招いて愛の告白を試みる。けど、とうとう言い出せずじまい。彼女に依頼されて捧げた曲があの「ボレロ」。RIMG0354痩身の大看板イダ・ルビンシュタインが踊る。ラヴェルは自身初めてサクソフォンという楽器を総譜に書き加えた。彼の分身として。サクソフォンはオーケストラの闇に紛れている。ソロが巡ればサクソフォンは物憂げにダンスユーズへの想いを語り始める。ヌタっとした肌触りのサクソフォンは猥雑。イダの踊りに絡み付く。
レコードはモントゥー。英philips HiFi stereo盤。指揮者はこのあたりを合点しており、バックで吹くサックスを暗闇に溶け込ませてしまう。RIMG0356だからオーケストラの合奏のなかサックスは聞こえてはこない。そう、聞こえないように。ラヴェルはしたたかに仕向けている。何となく不安な空気。多分隠れているサックスのせいで。 グレイリスト未掲載。
隠されていた音は、作曲家だけのことではない。オーケストラや室内楽のヴィオラ、女声合唱のメゾ・ソプラノ、グリークラブのバリトン、響きの表情を決める重要なパートではあるけれど、聞こえよがしに前に張り出すととハーモニクスの体を為さない。RIMG0371ヴィオラやバリトンが溶け込んでいるから、和声にある表情が生まれてイマジネイションを呼ぶ。その溶け込みぐあいで響きに立体感が加わる。うまく隠れるのは大変なのだ。全てのパートがクッキリハッキリ聞こえるのが良いという人もいるだろうが、それでは音楽にある情趣を殺いでしまう。聞こえないように置かれた音符がある。それを聞こうとするのは Good Reproduction とはいえない。 つづく

sonority : the quality of having a deep, pleasant sound, or the degree to which something has this sound


この記事へのコメント

2. Posted by グレイ   2022年09月08日 16:12
納豆バリトンおじさんが近所にいれば、いいね。
1. Posted by のらくろ   2022年09月08日 09:51
オーケストラにもバリトン役があること、再認識させてもらいました。
例えば納豆をじっくり練ったねっとり感がバリトンの役割、音の粒々を繋ぎハーモニーを味わい深く、艶っぽくしてくれます。
目立たないけど欠かせません😊

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