2024年10月09日
Frank Abbey '56
英Capitol P.8339 Miniatures....ずっと聴いて聴いて聴いてきた盤だ。第2面5曲目 ”Sicilienne" のそこここに、ミルシテイン奏でるヴィオロンの音色に悪魔の恍惚が潜んでいる。フラフラにされてオリジナル盤に盛られた毒を知る。以来その音色を音溝からすくい取ろうと全智全能を傾けてみるのだけれど、耳に確かに残るあの音色は、ついぞ蘇ることはなかった。これからもないだろう。ないだろうけれど、一度でいいからもう一度毒を呑み干したくて、数十年経った今でもあれやこれやと装置をいじり倒している。こういうレコードのことをなんと呼んで良いものか、わからないでいる。うっすらフレグランス残るこの英国盤は人をひつこいいきものに変えてしまった。GREY LIST にはこの番号が十数枚登場している。
米atlantic-1228 Chris Connor...Side2 Track3 ”Everytime” のヴァース where I stood の後、クリスが休符で歌を切った瞬間、音の真空が耳を吸い込む。声が持つ闇。オリジナル盤の凄さ、休符には引力が生じる。ジャケット裏右下隅に ”RIAA 500R-13.7” と手書きに気付く。前所有者はイコライゼイションを意識するくらいのオーディオマニアだったに違いなく、結構入れ込んで再生していた、妙にうれしい。米atlantic社は音質に自信を持つ盤に録音データをきちんとクレジットする。伴奏メンバー全員はもとよりジャケット写真撮影、ジャケットデザイン、プロデューサ(3名)と録音エンジニア(3名)。Tom Doud / Bob Dougherty / Frank Abbey 待てよ、最後の名前、Minitures を録ったCapitol のチーフエンジニアでないか!!!
どちらも1956年初出盤だからほとんど同時期の録音。知らずに何十年もこの二枚、憑かれたように聴いてきた。Capitol 社のニューヨークスタジオを率いる彼が atlantic社 の録音ブースにどうして出入りしていたのか、ミルシテインの音色、クリスの吸い込みを録ったのが同じエンジニアだったと今になって判り、あらためてレコードの恐ろしさにたじろいでいる。
ミルシテインもクリスも、僕がアマチュアだった数十年も前、空がしらけるまで、あーだこーだと装置をいぢくりまわしていた。おかげで僕はそれから数万枚のレコードを聴き続けることになる。
Grey List にはP8339 "Miniatures" の米・英・仏・蘭盤について書いてある。そのうちから仏プレス2枚を以下に転写する いずれも15年前に書いた まだインタネット未開発の時代、現地のコレクタとの会話や海外のレコード誌の資料を拾い、あとはレコードに耳を傾けてイマジネイションをふくらませて書けたのは幸運だった。情報を簡単に得られるデータまみれになる前のこと、今だったらこんなふうには書けない
P8339 『ミニアチュアズ』 ナルディーニ ラルゲット/グルック メロディ/ロシアの花嫁の唄/パラディス シシリエンヌ/ショパン 夜想曲 他全十二曲 N.ミルシテイン(Vn) L.ポマーズ(Pf) 録音1956年 外周金に緑のキャビタルFDSレーベル(仏オリジナル) フラット重量盤 仏Patheプレス P;R.ジョーンズ E;F.アビー ここでミルシテインは汚い音は一切出さない。シルキーなトーンの範囲で枯れたり、潤ったり、辛く、透明な蜜や格調高い旋律線を、息を詰めたり、フーッとはいたりして楽器から部屋の空気へと送り出すのだ。嫌な音ひとつ出さず、大きな音も出さないのに、音色と肌触りの深い何かを繰り広げていく。合い間に息を詰めていたり、聞こえない吐息がヴァイオリンの音色に隠れていたり、楽器の音が途切れた時、主人の息の間がそろりと出るさま。かすかな息遣いなどは聴き手が奏者と一緒に呼吸していないと聞こえてこない。それを愛でるのが、好きだったのでしょう。キャピタルの技術陣も、その息遣いが演奏に欠かせぬものと考え、敢えて消さずに入れた。それともミルシテインが、消すな、と注文をつけたのか。かすかに、時には楽音よりはっきりと聞こえてくる息遣いが、『たるみ』 を聞き手の奥に植えつけていく。もちろんミルシテインは西洋音楽を切磋琢磨して獲得した芸術家だ。けれども、誰にも出せない音と色を出しているだけではなくて、堅苦しい思いをしてヴァイオリンを奏でていない、ここが大切なところだ。酔って陶然としたときに、ふと楽器を取り、唄うから面白みが出る。そこに思いがけない音色が生まれ、とてつもない音が風に乗る。聞こえないくらい微かな弦の震えで唄っても、自分では技巧の妙を味わい尽くすことが出来、三昧の境に入っていく。もっといえば、ミルシテインは音を出さなくともことは足りているのだろう。落ち着いてじっと聴いていれば、音は小さくても節回しは細かく、余情も心情も十分にいきわたっている。だから、聞き続けているのかもしれない、と、今朝風呂に入りながら思ったりもした。 モノーラルのみで録音 盤美品〜ほとんど美品 ジャケットほとんど美品 FP #67(2009年2月) ¥28000
同上 『ミニアチュアズ』 ナルディーニ ラルゲット/グルック メロディ/ロシアの花嫁の唄/パラディス シシリエンヌ/ショパン 夜想曲 他全十二曲 N.ミルシテイン(Vn) L.ポマーズ(Pf) 録音1956年 外周金に緑のキャビタルFDSレーベル(仏オリジナル) フラット重量盤 仏Patheプレス P;R.ジョーンズ ものすごい音をヴァイオリンが出している。よおく考えてみると、芸術家というのは並外れたことをしでかすから芸術家なのです。年がら年中ヴァイオリンのことばかりに熱中した挙句に、選ばれたものだけが出す音。想像をこえた音が奏でられるのです。コントロールアンプの入力抵抗を何度か交換して聴いて、また驚かされてしまいました。この録音、もう数百回と聴いているのに、です。弓の弦のたわみ具合、絹ほどの細い音の線がピンとはじける、G線にみえているふくよかで押し付けの無い霊感、このレコードは張り出すような再生より、引き込まれるような再生のほうが、陰性の輝きにもてあそばれて、不思議な誘惑に落としこまれるのです。そう、魔術。それまでの音が出るまでに、僕はもう二十年近く、この録音を聴き続けてきました。何かある、という予感のせいで。今聴いている音でさえ、明日には同じ音では聴けないのが、不思議なところです。 盤美品〜ほとんど美品 ジャケットほとんど美品 FP #68(2009年7月) ¥28000
米atlantic-1228 Chris Connor...Side2 Track3 ”Everytime” のヴァース where I stood の後、クリスが休符で歌を切った瞬間、音の真空が耳を吸い込む。声が持つ闇。オリジナル盤の凄さ、休符には引力が生じる。ジャケット裏右下隅に ”RIAA 500R-13.7” と手書きに気付く。前所有者はイコライゼイションを意識するくらいのオーディオマニアだったに違いなく、結構入れ込んで再生していた、妙にうれしい。米atlantic社は音質に自信を持つ盤に録音データをきちんとクレジットする。伴奏メンバー全員はもとよりジャケット写真撮影、ジャケットデザイン、プロデューサ(3名)と録音エンジニア(3名)。Tom Doud / Bob Dougherty / Frank Abbey 待てよ、最後の名前、Minitures を録ったCapitol のチーフエンジニアでないか!!!

どちらも1956年初出盤だからほとんど同時期の録音。知らずに何十年もこの二枚、憑かれたように聴いてきた。Capitol 社のニューヨークスタジオを率いる彼が atlantic社 の録音ブースにどうして出入りしていたのか、ミルシテインの音色、クリスの吸い込みを録ったのが同じエンジニアだったと今になって判り、あらためてレコードの恐ろしさにたじろいでいる。
ミルシテインもクリスも、僕がアマチュアだった数十年も前、空がしらけるまで、あーだこーだと装置をいぢくりまわしていた。おかげで僕はそれから数万枚のレコードを聴き続けることになる。
Grey List にはP8339 "Miniatures" の米・英・仏・蘭盤について書いてある。そのうちから仏プレス2枚を以下に転写する いずれも15年前に書いた まだインタネット未開発の時代、現地のコレクタとの会話や海外のレコード誌の資料を拾い、あとはレコードに耳を傾けてイマジネイションをふくらませて書けたのは幸運だった。情報を簡単に得られるデータまみれになる前のこと、今だったらこんなふうには書けない
P8339 『ミニアチュアズ』 ナルディーニ ラルゲット/グルック メロディ/ロシアの花嫁の唄/パラディス シシリエンヌ/ショパン 夜想曲 他全十二曲 N.ミルシテイン(Vn) L.ポマーズ(Pf) 録音1956年 外周金に緑のキャビタルFDSレーベル(仏オリジナル) フラット重量盤 仏Patheプレス P;R.ジョーンズ E;F.アビー ここでミルシテインは汚い音は一切出さない。シルキーなトーンの範囲で枯れたり、潤ったり、辛く、透明な蜜や格調高い旋律線を、息を詰めたり、フーッとはいたりして楽器から部屋の空気へと送り出すのだ。嫌な音ひとつ出さず、大きな音も出さないのに、音色と肌触りの深い何かを繰り広げていく。合い間に息を詰めていたり、聞こえない吐息がヴァイオリンの音色に隠れていたり、楽器の音が途切れた時、主人の息の間がそろりと出るさま。かすかな息遣いなどは聴き手が奏者と一緒に呼吸していないと聞こえてこない。それを愛でるのが、好きだったのでしょう。キャピタルの技術陣も、その息遣いが演奏に欠かせぬものと考え、敢えて消さずに入れた。それともミルシテインが、消すな、と注文をつけたのか。かすかに、時には楽音よりはっきりと聞こえてくる息遣いが、『たるみ』 を聞き手の奥に植えつけていく。もちろんミルシテインは西洋音楽を切磋琢磨して獲得した芸術家だ。けれども、誰にも出せない音と色を出しているだけではなくて、堅苦しい思いをしてヴァイオリンを奏でていない、ここが大切なところだ。酔って陶然としたときに、ふと楽器を取り、唄うから面白みが出る。そこに思いがけない音色が生まれ、とてつもない音が風に乗る。聞こえないくらい微かな弦の震えで唄っても、自分では技巧の妙を味わい尽くすことが出来、三昧の境に入っていく。もっといえば、ミルシテインは音を出さなくともことは足りているのだろう。落ち着いてじっと聴いていれば、音は小さくても節回しは細かく、余情も心情も十分にいきわたっている。だから、聞き続けているのかもしれない、と、今朝風呂に入りながら思ったりもした。 モノーラルのみで録音 盤美品〜ほとんど美品 ジャケットほとんど美品 FP #67(2009年2月) ¥28000
同上 『ミニアチュアズ』 ナルディーニ ラルゲット/グルック メロディ/ロシアの花嫁の唄/パラディス シシリエンヌ/ショパン 夜想曲 他全十二曲 N.ミルシテイン(Vn) L.ポマーズ(Pf) 録音1956年 外周金に緑のキャビタルFDSレーベル(仏オリジナル) フラット重量盤 仏Patheプレス P;R.ジョーンズ ものすごい音をヴァイオリンが出している。よおく考えてみると、芸術家というのは並外れたことをしでかすから芸術家なのです。年がら年中ヴァイオリンのことばかりに熱中した挙句に、選ばれたものだけが出す音。想像をこえた音が奏でられるのです。コントロールアンプの入力抵抗を何度か交換して聴いて、また驚かされてしまいました。この録音、もう数百回と聴いているのに、です。弓の弦のたわみ具合、絹ほどの細い音の線がピンとはじける、G線にみえているふくよかで押し付けの無い霊感、このレコードは張り出すような再生より、引き込まれるような再生のほうが、陰性の輝きにもてあそばれて、不思議な誘惑に落としこまれるのです。そう、魔術。それまでの音が出るまでに、僕はもう二十年近く、この録音を聴き続けてきました。何かある、という予感のせいで。今聴いている音でさえ、明日には同じ音では聴けないのが、不思議なところです。 盤美品〜ほとんど美品 ジャケットほとんど美品 FP #68(2009年7月) ¥28000