ミステリー

May 03, 2006

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僕の生まれて初めての不思議な体験は今から約18年前の事だった。


まだ中学1年生だった僕は、当時オーストリアに滞在していた知り合いに招かれてたった独りの初めての海外への旅に出させて貰った。今から考えると日本国内でさえ独りで旅行した経験も無かった僕がよく決心をしたものだと思うし、何より思い切って独り息子を遠い地球の裏側に夏の2ヶ月だけとはいえ送り出した両親にも感心してしまう。
当時アンカレッジ空港で給油の為に一度飛行機から降りたりして、本当に文字通りの長旅だった。何もかもが初めてな事ばかりのこの旅行は、幼かった僕には全てが新鮮かつ興奮させられるもので最初の目的地の音楽の都ウィーンに着いた時はすっかり疲労していたかもしれない。


予定通り当時ザルツブルグに留学していた女学生Mさんが空港まで迎えに来てくれていた。全ては今まで見たことも無い異国の地、建物、行き交う人々、そんなもの全てが疲れ切っていた僕は、最初はマイナスの力を感じていた。大きなトランクをゴロゴロ引き摺りカフェーに入ってくる東洋人の男の子は珍しかったのだろう。
皆の目が注目してくるその空気は耐え難く、早く宿泊先のホテルに連れて行ってくれと願っていたのを今でも思い出す。

やっと念願のホテルに着いたのはもう空も真っ暗になりかけた頃だった。
ウィーンの一番の繁華街の直ぐ近くに有るホテルペンションで、決して高級ではないが部屋に入れば驚くほどの広さ。大まかに2つの部屋にしっかり区切られていてそれぞれ鍵も掛かる。僕は手前の部屋に、Mさんは奥の部屋を使う事にした。
ひと通り歯を磨いて顔を洗うと疲労と時差ボケでもう耐えられないほどの睡魔が襲ってきた。

明日は朝早くに目的地であるザルツブルグへ移動だ。
Mさんへの挨拶もそこそこにベッドに倒れ込んだのは覚えているが、多分一瞬にして眠りの世界へ入り込んだのだろうと思う。
何時間か経っただろうか、僕は突然眠りから覚めてしまった。
(「ん?ここは何処だっけ? あっ、そうだ、今外国に来たんだ・・・・・。」)
そんな事を考えながら又ウトウトとし始めた時、突然動かなくなる自分の身体に驚いた。全く動けないし身体がどんどんベッドの中に沈んでいく感覚、急激に包まれていく部屋全体の異様な空気にただ怯えるしかなかった。これが金縛りと言われる状態だとは全く知らず、必死に叫ぶ!!「アー!!」

その声に驚いたMさんが奥のドアを開けて走って来てくれ心配して暫く色々お話に付き合ってくれたが、眠気に耐えられなかったのか又自分の部屋に戻ってしまった。
それを引き止めるわけにはいかず、電気を点けて眠ってしまわないように頑張っていたのだが悪い事に小便をもようしてきてしまった。
我々の泊まった部屋には専用のトイレが無く、一旦廊下に出て一番奥の突き当りを更に左に曲がった奥に共同のトイレはあった。もう時間は午前の2時を回っている。
我慢しようかとも思ったが、10近くも年上のお姉様とはいえ初めて会った女学生の前で万が一寝小便の失態を犯した時の事が頭に浮かんで、渋々起き上がる事にした。
廊下は思ったよりも明るくランプが点いていて安心したのを覚えている。
走るようにしてトイレに入って用を足す。とても長い用足しで我ながら妙に感心した。(そういえば暑くて沢山水分を取ったのにトイレに行かずに寝ちゃったもんな・・・・・)

そんな事を思っている内にさっきの恐ろしい金縛りの事も放尿と共にすっかり忘れていた。手を洗ってトイレの外に出たその時である。

私は一瞬何がどうなったのか分からず呆然と立ち竦んでしまった。

何故なら今僕は、さっきまで居た筈のホテルの中とは全く似ても似つかない、
想像もつかないくらいの古い薄暗い建物の中に立っていたからである。
いや、似ても似つかないとは正確な表現ではないかもしれない。
内部の造りは全く同じなのだ。只、その壁、ランプ、古びた重そうな部屋の扉全てが例えようも無く古くそこに満ちている空気もおどろおどろしくも重く圧し掛かって来るようだ。僕は混乱しながらも兎に角自分の部屋に戻る事を考えた。
記憶と全く同じ造りの部屋の配置の建物の中を走って自分の部屋へ戻りドアのノブに手を掛けた、
とその時だった。僕の耳に、部屋の中からあられもない男女の営みに伴う大きな喘ぎ声が飛び込んで来た。


(え?え?何だ、今の?)


純な13才の少年の僕は全くを持ってしてパニクッった。
見上げたドアに書かれるルームナンバーは、見たことも無い位古くいかめしい大きな、錆付いた鉄のような物で造られていたのを見た時、言いようも無い恐怖を感じたのである。 「ここ何処?」
僕は殆ど半べそをかきながら廊下中を歩き回った。
部屋を間違えたのだと自分に言い聞かせ同じ階の部屋の前に何度も立ち止まった。
しかし、聞こえて来るのだ。全ての部屋から、どの部屋からも妖しい喘ぎ声が!!
一体どの位の時間さ迷ったのかは全く覚えてはいない。
しかし本能的に「そうだ、トイレに戻ろう。トイレは記憶のまま新しかったよな。」
と思ったのは何故かはっきりと覚えている。
僕は殆ど泣きながら無我夢中でトイレの有る突き当りまで走った。
その間も聞こえてくる例の妖しい声は、走る僕を追ってくるかのようにどんどん大きくなってくるのだ。
さっきまではドアの前に立って洩れて来る程度の声が、今は部屋という部屋から割れんばかりに廊下中に響き渡っているのだ。
念願のトイレのドアの前に立った瞬間に僕は気を失った。

         ※        ※         ※

気が付いた時、僕はトイレのドアの前で前かがみになってしゃがみこんでいた。
慌てて見回すと、そこは元の見覚えの有るホテルの中だった。
廊下にはそろそろ白みかけた空から青白い光が差している。
「ああ、戻った、戻って来れた!!」
僕は無性に嬉しかった。部屋まで戻る間もあの「声」は勿論聞こえて来ないし部屋の扉もルームナンバーも元のものに戻っている。
部屋に戻ってからは安心感からか再びベッドに倒れこんで寝てしまったが、数時間後にはこんな地獄のような恐怖を味わった僕とは裏腹に、すっかり熟睡したMさんに叩き起こされた。
朝ご飯を食べながら早速この話しをしてみたのだが、意外にもMさんは直ぐ信じてくれた。
そして彼女は

「この辺昔は売春の館が沢山有った所らしいわよ。」

とあっさりと言うのだ。
その時、僕は全てを納得したのだった。
あの古びた建物、重く古い扉、中から聞こえる妖しく激しい声、そうか、そうだったんだ!!
僕はどの位か分からないけど、暫くの間時間を遡ってしまったのだと。


今もこの体験を時々思い出すのだが、その度に僕は思うのだ。
もしあの時ドアを開けてしまったら、何がおこったのだろうか。
そして、果たして僕は戻って来れたのだろうか・・・・・と。

この事が有ってから、今まで起こらなかった様々な不思議な現象が
時々起こるようになったのだが、これは又後日話す事にしたい。



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