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こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)●こんにちは赤ちゃん(1963.11発売)
 <第36回大会(1964年)入場行進曲>
 作詞:永六輔/作曲:中村八大
 歌:梓みちよ
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 『こんにちは赤ちゃん』を歌った梓みちよは宝塚音楽学校出身で、1963年に『ボッサ・ノバでキッス』でデビュー。当初は和製ボサノバ歌手で売り出しましたが、同年『こんにちは赤ちゃん』がヒットしてからは歌謡曲へ、さらに『二人でお酒を』など“大人の歌”を歌う歌手へと転身。現在でも歌や舞台で活躍しています。
 さて、発売から40年以上経った現在でも親しまれている『こんにちは赤ちゃん』。この世に生を受けた赤ちゃんにその喜びを語りかけるこの歌は、中村八大に子供が誕生したのがきっかけでした。その際、永六輔がそのお祝いで詩を贈ったものに、中村がわずか3時間というほぼ即興でメロディをつけ、それを練り上げたものを「夢であいましょう」(NHK)の63年7月の歌として披露し、11月にレコード発売。これが瞬く間に売れて、その年の日本レコード大賞をリリースわずか1ヵ月で受賞。そして翌年2月には吉永小百合主演で映画化、3月にはセンバツ行進曲で演奏…とほんのわずかの期間で怒涛の展開を見せました。さらにこの曲は昭和天皇の前でも披露され、文字通りの国民的ヒットとなったのです。
 梓みちよは当時独身で、もちろん子供もいませんでした。永、中村両氏に相談すると、「自分に赤ちゃんが産まれたらどういう気持ちになるかを想像して、素直な気持ちで歌ってほしい」とアドバイスを受けましたが、実体験にないこの曲をどのように歌えばいいか相当悩んだそうです。『二人でお酒を』のヒット以降、イメージを気にしてこの曲はしばらく封印していたのですが、2002年のデビュー40周年記念のコンサートで「解禁」。現在はディナーショーでも当時のそのままに歌っているそうです。

【大会プレイバック】
 東日本勢がすべて初戦で姿を消し、ベスト8に1校も残らなかったという珍しい大会。決勝に勝ち進んだのは、2回戦から3試合連続完封の尾崎将司投手率いる徳島・海南(現海部)と尾道商。ともに初出場で、第1回を除けば初の初出場同士による決勝戦となった。
 試合は尾道が6回裏に2点を先制したが、海南は7回に1点、8回に尾崎のタイムリーで同点、そして9回にスクイズで勝ち越し。9回裏、海南は2死満塁のピンチを迎えるが尾崎が後続を断ち、初出場初優勝の快挙を成し遂げた。尾崎は西鉄を経てプロゴルファーに転身。後に「ジャンボ」の愛称で日本を代表するプレイヤーになったのは言うまでもない。

(関連ページ)
「モナ・ムール!歌謡ポップス」随筆集−梓みちよと「こんにちは赤ちゃん」(曲のエピソードについて)