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First Love(宇多田ヒカル)●First Love(1999.3.10発売)
 <第72回大会(2000年)入場行進曲>
 作詞・作曲・歌:宇多田ヒカル
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 離婚したからというわけではありませんが、今回のセンバツ行進曲メモリーは宇多田ヒカルの『First Love』です。
 1983年、音楽プロデューサーの宇多田照實氏と、歌手で『圭子の夢は夜ひらく』などのヒット曲を持つ藤圭子との間に生まれた宇多田ヒカルは、子供時代をアメリカで過ごしました。音楽を直に接することができる環境と、やはりDNAもあるのでしょう。早くからその才能が花開いていて、10歳には早くも両親とのユニットで、アメリカでCDをリリース。97年にやはりアメリカでソロシングルを発表していました。
 そんな宇多田ヒカルが「逆輸入」で日本デビューをしたのは98年12月。シングル『Automatic』でした。当初は「へー、藤圭子の娘がデビューするんだ」というくらいの感じでしたが、今までになかったタイプのR&Bサウンド、さらにこれを手がけたのは当時弱冠15歳だった本人だという、まさに「衝撃的なデビュー」はすぐに話題となり、いきなり250万枚(8cmと12cmの2種類のCDが発売され、その合算)の大ヒットを記録しました。
 翌年2月に発売された2ndシングル『Movin' on without you』もミリオンヒット。そして、満を持して3月に発売された1stアルバム「First Love」は、累計860万枚のメガヒット。当時の国内CDアルバムセールスの記録を大幅に更新するどころか、二度と破れないだろうという、天文学的な数字を叩き出しました。このように、99年の日本の音楽界は宇多田ヒカルが完全に話題を独占した、と言っても過言ではありません。その後もさすがにこの時ほどではありませんが、数多くの楽曲と話題を提供している第一線のアーティストとして活躍しています。
 『First Love』はその同名アルバムタイトルに収録されていた曲です(後にシングルカット)。別れをテーマにしたバラードですが、冒頭に「最後のキスはタバコのflavorがした…」という歌詞があり、まだ16歳だった宇多田ヒカルが知らない「はず」の大人の恋を描いています。センバツ行進曲に選ばれた際に、この歌詞の部分が高校野球にふさわしくないのではないか? という批判もごく一部でありました。
 そんなことよりも、そもそもメロディ自体が行進曲に全く向いてないだろうという方が重要なのですが…さすがにネ申のアレンジも苦しかったような気がします。

【大会プレイバック】
 1975年(第47回)、1992年(第64回)といずれも惜しいところで紫紺の優勝旗に届かなかった東海大相模が、3度目の正直で悲願の初優勝を果たした。
 初戦の今治西戦をサヨナラ暴投で勝ちを拾うと、2回戦以降は筑川利希也(東海大→ホンダ)の好投で勝ち進み、準決勝では京都二中時代以来53年ぶりに甲子園に帰ってきた鳥羽を一蹴。決勝の相手は智弁和歌山。智弁は1回戦の丸亀戦で24安打を放ち、準々決勝で香月良太(オリックス)の柳川に1-0で辛勝した以外は、猛打で勝ち進んできた。試合は2-2で迎えた8回、相模がタイムリーなどで2点を勝ち越し、筑川は140球の熱投で智弁の反撃をかわした。

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