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世界の国からこんにちは(三波春夫)●世界の国からこんにちは(1967.3.1発売)
 <第39回大会(1967年)、第42回大会(1970年)入場行進曲>
 作詞:島田陽子/作曲:中村八大
 歌:三波春夫など
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 センバツ開幕まであと11日。選抜高校野球大会入場行進曲の歴史上、複数の回で使われたのはわずか2曲。一つは二代目大会歌『陽は舞いおどる甲子園』(1934〜37年・第11〜14回)。そしてもう一つが今回紹介する『世界の国からこんにちは』です。この曲は2回使われただけあってエピソードも豊富なので、センバツ行進曲メモリー初の前後編でお送りします。
 1970年に大阪・吹田で開催された「日本万国博覧会(大阪万博)」のテーマソングとして知られるこの曲は、67年の3月にレコード会社7社の競作という形で同時発売されました。競作なのでいろいろな歌手が歌っているのですが、現在では三波春夫の曲として認知されています。 
 三波春夫の紹介にいきましょう。1923年に新潟県で生まれた三波春夫は、浪曲師として16歳でデビュー。第2次世界大戦で徴兵され、戦後は4年間シベリアに抑留されていました。57年に「三波春夫」の芸名に改め、浪曲を中心に歌謡曲で活躍。音頭を歌わせたら右に出るものはなく、『東京五輪音頭』など数多くの音頭をレコードに吹き込みました。和服で「お客様は神様です」と笑顔で歌い、晩年もハウスやラップとのコラボレーションやクレヨンしんちゃんとの競演など、2001年に亡くなるまで精力的に活動を続けました。
 もちろん『世界の国からこんにちは』のジャケットも、和服で両手を広げるおなじみのスタイル。曲と歌い手のはまり具合が完璧で、三波春夫のために作られたと勘違いしてしまうほどです。だから他にも歌い手が多くいたにも関わらず、三波春夫の曲として記憶されているのでしょう。
 2005年に「愛・地球博(愛知万博)」で、息子の三波豊和がキャイ〜ンとともにこの曲をカバー。『世界の国からこんにちは2005』として35年ぶりによみがえりました。こうなったら日本開催の万博の永久テーマソングでもいいくらいですね。
 ということで、前編はここまで。後編では曲の誕生にまつわるエピソードを中心に紹介します。

【大会プレイバック】(第39回)
 「春は投手力」の通り、この大会もピッチャーが活躍。2回戦で市和歌山商の野上俊夫が三重戦でノーヒットノーランを記録。この直前の試合でも、甲府商・望月省二が近大付打線を相手に8回無死までパーフェクト。9回2死までノーヒットノーランを続けていた。
 決勝は高知と津久見。津久見の吉良修一(元阪神)の変化球を中心としたピッチングが冴え、高知打線に三振の山を築く。試合は延長にもつれこむが、12回に津久見・山口久仁男が勝ち越しホームラン。その裏吉良が高知の反撃を抑えて、大分県勢として初のセンバツ制覇を果たした。吉良はこの試合16奪三振。大会を通じて51奪三振だった。

(関連ページ)
三波春夫オフィシャルサイト