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高校野球を中心に、自分の興味のあることだけを追求する、ひとりよがりなブログです。

 

センバツ入場行進曲

センバツ行進曲メモリー(総集編)1962〜2018

 2006年から5年に渡ってお送りしてきた「センバツ行進曲メモリー」が、一応の完結をみました。そこで、インデックス代わりとして、選抜高校野球大会の歴代入場行進曲(1962年以降)のリストを紹介します。各年の曲名をクリックすると、05年までは「センバツ行進曲メモリー」の記事(曲の紹介と大会のプレイバック)、06年以降は当時の行進曲決定の記事に飛びます(第33回(1961年)以前はこちらをご覧下さい)

第34回(1962年)上を向いて歩こう/坂本九
第35回(1963年)いつでも夢を/橋幸夫、吉永小百合
第36回(1964年)こんにちは赤ちゃん/梓みちよ
第37回(1965年)幸せなら手をたたこう/坂本九
第38回(1966年)ともだち/坂本九
第39回(1967年)世界の国からこんにちは/三波春夫ほか
第40回(1968年)世界は二人のために/佐良直美
第41回(1969年)三百六十五歩のマーチ/水前寺清子
第42回(1970年)世界の国からこんにちは/三波春夫ほか

第43回(1971年)希望/岸洋子
第44回(1972年)また逢う日まで/尾崎紀世彦
第45回(1973年)虹をわたって/天地真理
第46回(1974年)草原の輝き/アグネス・チャン
第47回(1975年)おかあさん/森昌子
第48回(1976年)センチメンタル/岩崎宏美
第49回(1977年)ビューティフル・サンデー/田中星児ほか
第50回(1978年)愛のメモリー/松崎しげる
第51回(1979年)季節の中で/松山千春
第52回(1980年)YOUNG MAN(Y.M.C.A.)/西城秀樹

第53回(1981年)青い珊瑚礁/松田聖子
第54回(1982年)ルビーの指環/寺尾聰
第55回(1983年)聖母たちのララバイ/岩崎宏美
第56回(1984年)CAT'S EYE/杏里
第57回(1985年)星屑のステージ/チェッカーズ
第58回(1986年)青春/岩崎良美
第59回(1987年)CHA-CHA-CHA/石井明美
第60回(1988年)夢冒険/酒井法子
第61回(1989年)パラダイス銀河/光GENJI
第62回(1990年)約束/相川恵里

第63回(1991年)おどるポンポコリン/B.B.クイーンズ
第64回(1992年)どんなときも。/槇原敬之
第65回(1993年)今ありて/3代目大会歌
第66回(1994年)負けないで/ZARD
第67回(1995年)がんばりましょう/SMAP
第68回(1996年)TOMORROW/岡本真夜
第69回(1997年)これが私の生きる道/PUFFY
第70回(1998年)硝子の少年/KinKi Kids
第71回(1999年)長い間/Kiroro
第72回(2000年)First Love/宇多田ヒカル

第73回(2001年)TSUNAMI/サザンオールスターズ&ビートルズメドレー(イエスタデイ、ヘイ・ジュード、オブラディ・オブラダ)
第74回(2002年)明日があるさ/坂本九、ウルフルズ、Re:Japan
第75回(2003年)大きな古時計/平井堅
第76回(2004年)世界に一つだけの花/SMAP
第77回(2005年)君こそスターだ/サザンオールスターズ
第78回(2006年)青春アミーゴ/修二と彰
第79回(2007年)宙船(そらふね)/TOKIO
第80回(2008年)/コブクロ
第81回(2009年)キセキ/GReeeeN
第82回(2010年)My Best Of My Life/Superfly

第83回(2011年)ありがとう/いきものがかり
第84回(2012年)Everyday、カチューシャ/AKB48
第85回(2013年)花は咲く/花は咲くプロジェクト
第86回(2014年)恋するフォーチュンクッキー/AKB48
第87回(2015年)Let It Go〜ありのままで〜/イディナ・メンゼル、松たか子、May J.
第88回(2016年)もしも運命の人がいるのなら/西野カナ
第89回(2017年)/星野源
第90回(2018年)今ありて/3代目大会歌

センバツ行進曲メモリー(44)『君こそスターだ』

君こそスターだ(サザンオールスターズ)●君こそスターだ(2004.7.21発売)
 <第77回大会(2005年)入場行進曲>
 作詞・作曲:桑田佳祐
 歌:サザンオールスターズ
(ジャケット写真クリックで、Amazonへ飛びます)

 2006年から、春のセンバツ特集期間中にお届けしてきた「センバツ行進曲メモリー」も、これでついに一区切りとなります。これまで紹介してきた曲は42曲。43曲目となる今回は、サザンオールスターズの『君こそスターだ』です。
 サザンの曲がセンバツの入場行進曲になるのは、2001年(第73回)の『TSUNAMI』に続いて2回目。サザンの紹介は『TSUNAMI』のときに行っているので、ここでは割愛させて頂きます。
 『君こそスターだ』のタイトルを聞いて、かつてフジテレビ系で放送されていたオーディション番組「君こそスターだ!」(1973〜80年)を思い出した方は間違いなく40代以上w 毎度おなじみの桑田佳祐の遊び心がここでも生きています。曲自体はサザンらしい王道の夏!ソングですが、トヨタ自動車CMのアテネオリンピック応援歌として覚えている方も多いと思います。金メダルを16個獲得するなど、メダルラッシュに沸いた大会。文字通り、スターがたくさん生まれました。
 2000年代に入ると“国民的ソング”と呼べる曲が少なくなり、かつ高校野球に相応しいものとなると、さらに選択肢が狭まってしまう状況で、この曲が選ばれたのは必然だと思います。サザンは2009年より活動を休止していますが、またあっと驚くような復活劇を見せてくれることでしょう。

 というわけで、「センバツ行進曲メモリー」をお送りしてきましたが、ここ数年は選考に苦戦の跡が見受けられます。どんどん多様化が進み、誰もが知っている、納得できる曲を選びにくい状況はこれからも続くでしょう。「センバツ入場行進曲」も曲がり角に来ているのかな、というのが正直な感想です。

【大会プレイバック】
 開幕日が雨となり、開会式のみ行われただけで当日の試合は中止となる珍事で幕を開けたこの大会。前年夏に初優勝した駒大苫小牧が春も出場。当時2年の田中将大投手(楽天)も登板したが、2回戦で敗退。また、羽黒が山形県勢として初めてベスト4に進出する快挙を見せた。
 決勝は昨春準優勝の愛工大名電と、創部わずか2年目の神村学園。試合は名電が堂上直倫選手(中日)のホームランなどで先制。名電が終始試合の主導権を握り、9-2で悲願の初優勝。愛知県勢センバツ優勝10回目の大台に乗せた。

(関連ページ)
STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!(オフィシャルサイト)

センバツ行進曲メモリー(43)『季節の中で』

季節の中で(松山千春)●季節の中で(1978.8.21発売)
 <第51回大会(1979年)入場行進曲>
 作詞・作曲・歌/松山千春

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 大詰めとなった「センバツ行進曲メモリー」、今回は松山千春の『季節の中で』です。
 千春は北海道十勝地方の足寄が生んだ“カリスマシンガー”と言っていいでしょう。1977年に『旅立ち』でデビュー。翌78年にリリースした5枚目のシングル『季節の中で』の大ヒットで、一躍人気アーティストの仲間入りを果たし、以降も『恋』『長い夜』『大空と大地の中で』など、ヒット曲を量産。デビューから一貫して北海道を拠点にするなど北海道を誰よりも愛し、足寄にある「松山千春の家」は地元の観光名所となっています。
 『季節の中で』は上記の通り、千春の名を全国に知らしめた曲で、オリコン週間チャートで初めて1位を獲得しました。また、TBS系の「ザ・ベストテン」でも1位を獲得。当時、テレビの音楽番組への出演を拒否していた千春でしたが、ファンの熱烈なリクエストと番組プロデューサーの説得で、初めてテレビ生出演(ライブ会場からの中継)をしてこの曲を披露。さらに曲が広く認知されて、センバツの入場行進曲に選ばれました。
 近年は政界との繋がりがクローズアップされることが多く、特に同郷の鈴木宗男氏との関係は有名です。鈴木氏が2005年に立ち上げた「新党大地」の党名は千春が命名。また、『大空と大地の中で』は同党のテーマソングになっています。選挙運動で、千春がハンドマイク片手にこの曲を歌っていましたが、あれはファン的にはありなのでしょうか??

【大会プレイバック】
 この大会は近畿勢が圧倒的な強さを見せて、ベスト8に5校、ベスト4は近畿が独占した。準決勝は箕島が夏春連覇を狙うPL学園を延長10回サヨナラで下し、牛島和彦投手(元中日)、香川伸行捕手(元ダイエー)を擁する浪商が東洋大姫路に競り勝って決勝に進んだ。
 決勝はともに13安打を放つ乱打戦となったが、8-7で制した箕島が3回目の優勝。この試合で箕島・北野敏史選手が記録したサイクルヒットは、2009年現在センバツでは唯一の記録。箕島は夏も優勝して、史上3校目の春夏連覇を成し遂げた。

(関連ページ)
松山千春公式サイト

センバツ行進曲メモリー(42)『ともだち』

ともだち(坂本九)●ともだち(1965.3.5発売)
 <第38回大会(1966年)入場行進曲>
 作詞:永六輔/作詞:いずみたく
 歌:坂本九
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 「センバツ行進曲メモリー」、今回は坂本九の『ともだち』です。
 坂本はセンバツ入場行進曲にこれまで4回、競作の『世界の国からこんにちは』を含めると実に6回も選ばれていて、当然最多。そのほとんどが1960年代に集中しており、いかにこの時期に国民的歌手として、愛されていたかがわかります。『ともだち』もそのヒットした一曲でした。
 この曲は、仙台市立西多賀小・中学校療養所分校(現・宮城県立西多賀支援学校)の生徒たちを応援するために作られました。64年に同校を視察した全国社会福祉協議会の人が、生徒の多くが坂本のファンで、ぜひ分校の歌を坂本に歌ってほしいということを知りました。この協議会の人が、運良く永六輔(『上を向いて歩こう』作詞者)と高校時代の同級生だったことから、永にそのことを相談したところ快諾を得て、いずみたくも作曲として名乗りを上げました。こうして曲が完成。翌年レコード発売されて、大ヒットしました。
 作詞は永となっていますが、ベースとなっているのは分校の生徒が書いた作文で、身体の病気と闘う生徒たちにも歌いやすいように仕上がっています。坂本は同年夏に開いた仙台での歌謡ショーに分校の生徒を招き、ショー後には分校を訪問。夢が叶った生徒たちは大変感激したそうです。このことなどをきっかけに、坂本も福祉問題に関心を持ち、生涯を通じて「あゆみの箱」などの社会福祉事業にも積極的に参加しました。
 このコーナーでも坂本のことを何度も取り上げてきましたが、もし今も生きていたならば、円熟味を見せた歌を聴かせてくれたでしょうし、芸能界も違った形になっていたかもしれません。40代を迎えてこれからというときの、あの事故死が本当に惜しまれます。

【大会プレイバック】
 準決勝の中京商(現中京大中京)×宇部商戦は延長15回の大熱戦。3-3で延長に突入して、14回に1点ずつを取り合い譲らず。15回に中京が犠牲フライでサヨナラ勝ちをして、勝負を決めた。このゲームでの試合時間4時間35分は、現在もセンバツ最長記録。
 決勝はその中京商と土佐の対戦。中京・加藤、土佐・上岡両投手の投げ合いでこちらも熱戦になったが、中京が3回に取った1点を守り抜き、春4回目の優勝。夏も制して、史上2校目の春夏連覇を飾った。

(関連ページ)
宮城県立西多賀支援学校−ベッドスクール歌「ともだち」について(曲の誕生に関するエピソードを掲載)
坂本九OFFICIAL SITE

センバツ行進曲メモリー(41)『硝子の少年』

硝子の少年(KinKi Kids)●硝子の少年(1997.7.21発売)
 <第70回大会(1998年)入場行進曲>
 作詞:松本隆/作曲:山下達郎
 歌:KinKi Kids
(ジャケット写真クリックで、Amazonへ飛びます)

 過去のセンバツ入場行進曲を、その大会とともに紹介する「センバツ行進曲メモリー」。今回はKinKi Kidsの『硝子の少年』です。
 キンキは言わずと知れた、ジャニーズ事務所所属のアイドルデュオ。ユニット名の通り、兵庫県芦屋市出身の堂本光一と、奈良市出身の堂本剛という関西出身の2人がコンビを組み、1992年に結成。偶然も同じ苗字ですが、両者の間には縁戚関係はありません。
 ジャニーズ事務所のアイドルの特徴として、「ユニットとしての活動開始から、CDデビューまでが異様に長い」というのがありますが、キンキもCDデビューをしたのは結成から5年経った97年。シングル『硝子の少年』、アルバム「A album」の同時発売という形でした。
 デビューを待望していたファンはもちろん、後述するように曲自体の評価も高く、ともにオリコン週間1位を達成。『硝子の少年』は170万枚を超えるビッグヒットとなり、世間一般に広くKinKi Kidsの名前が浸透することになりました。また、このときから始まった「デビュー以来のオリコン連続初登場1位記録」も継続中で、2010年2月までに発売されたシングル29作すべてが初登場1位を獲得。世界的にも例がなく、ギネスブックにも掲載されています。
 『硝子の少年』は、満を持してCDデビューするKinKi Kidsのために、松本隆と山下達郎という超ヒットメーカーが書き上げた曲で、今までのジャニーズの楽曲の流れを踏まえてイメージしたそうです。曲調は全体に「懐かしめ」な感じに仕上がっており、その懐かしさがファン以外にも広く受け入れられました。当時キンキの2人は18歳と、高校野球の選手たちと同世代だったこともあり、センバツ行進曲に選ばれました。
 最近はソロでもそれぞれ活躍を見せていますが、やはりキンキとして2人で出るときが最も魅力が発揮され、まさに1+1を2以上にしているコンビ、それがKinKi Kidsだと思います。
※ジャケット写真は画像加工を施しています

【大会プレイバック】
 70回を記念して、過去最多となる36校が出場。いわゆる“松坂世代”が新3年生として出場した大会で、その後にプロへ進む選手が多く出場した大会となった。
 大会の主役は横浜・松坂大輔投手(レッドソックス)で、3回戦で村田修一投手(横浜)擁する東福岡を破り、準決勝では夏でも激闘を繰り広げるPL学園との大熱戦を制し、決勝は久保康友投手(阪神)の関大一との投げ合い。松坂は関大打線を4安打完封して、横浜が25年ぶりの春制覇。横浜は夏も制し、史上5校目の春夏連覇を成し遂げた。

センバツ行進曲メモリー(40)『星屑のステージ』

星屑のステージ(チェッカーズ)●星屑のステージ(1984.8.23発売)
 <第57回大会(1985年)入場行進曲>
 作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明
 歌:チェッカーズ
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 センバツ行進曲メモリー、今回はチェッカーズの『星屑のステージ』です。
 チェッカーズは福岡県久留米市が生んだ、7人組のロックバンド。メンバーは、藤井郁弥(フミヤ)、武内享、高杢禎彦、大土井裕二、鶴久政治、徳永善也、藤井尚之で、郁弥と尚之は兄弟です。1980年に結成、83年に『ギザギザハートの子守唄』でデビュー。翌84年、『涙のリクエスト』の大ヒットをきっかけに、続く『哀しくてジェラシー』、そしてすでに発売されていた『ギザギザハートの子守唄』の再ヒットと合わせて、3曲が各チャートで同時にTOP10以内に入るという快挙を記録。グループ名に合わせたチェック柄の衣装や、前髪の一部を伸ばした郁弥のヘアースタイルなど、真似をする人が続出。一大ムーブメントを巻き起こしました。
 当初はアイドル的な売り出し方でしたが、その後は本来のロック寄りの路線に徐々にシフト。以降も安定的な人気を保っていましたが、92年に惜しまれつつ解散。メンバー間の確執や、2004年の徳永の死去もあって、解散以降は一度も再結成をしておらず、伝説的なグループになりつつあります。
 『星屑のステージ』は上記にある人気絶頂の84年に発売された、4枚目のシングル。もちろん、この曲もオリコン週間1位を獲得しています。田村正和が主演したドラマ「うちの子にかぎって…」(1984年・TBS系)の主題歌として覚えている方も多いのではないでしょうか。年間の活躍を考えれば、チェッカーズが選ばれるのは当然で、史上初の兄弟(藤井郁弥・尚之)でのセンバツ行進曲選出というおまけ付きになりました。
 ちなみに、曲自体は恋人を悼むロックバンドのボーカルの心境を歌っていて、高校野球とはかなり異なりますが、『涙のリクエスト』と比較して、バラード調のこちらの方が行進曲に仕立てやすいという事情もあったのかもしれません。

【大会プレイバック】
 PL学園の桑田・清原KKコンビ3年生の春。当然この大会もPLは優勝候補に挙げられており、準決勝まで勝ち上がってきたが、そこに立ちはだかったのが初出場の伊野商・渡辺智男投手(元西武など)。渡辺は清原を3三振に打ち取るなど、PL打線を1失点に抑える大金星を挙げた。
 決勝でもその勢いは止まらず、帝京を相手に渡辺は自らホームランを放ち、投げては完封。一躍スターとなった渡辺が、文字通り大会の主役となった。

センバツ行進曲メモリー(39)『虹をわたって』

虹をわたって(天地真理)●虹をわたって(1972.9.1発売)
 <第45回大会(1973年)入場行進曲>
 作詞:山上路夫/作曲:森田公一
 歌:天地真理
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 春のセンバツ特集の恒例となっている「センバツ行進曲メモリー」。このコーナーは、前年のヒット曲を採用するようになった1962年から、当ブログ開設前の2005年までの入場行進曲を対象にこれまで紹介してきましたが、残りがついに6曲となりました。いつもの通り、ゆるーく紹介していきたいと思います。

 今回紹介するのは、天地真理の『虹をわたって』。天地は1970年代前半を代表する、国民的アイドルでした。
 デビューはドラマ「時間ですよ・第2部」(1971年・TBS)の“となりの真理ちゃん”役。舞台となる銭湯の従業員役オーディションで、天地は惜しくも最終選考で落ちたものの、主演の森光子の推薦でこの役をゲット。これで一躍注目を浴びて、同年10月に『水色の恋』でデビューしました。
 2枚目の『ちいさな恋』でオリコン1位を初めて獲得以降、『ひとりじゃないの』『恋する夏の日』など立て続けにヒットを飛ばし、冠番組や映画の主演、さらにはキャラクターグッズも多数発売。自転車にまでなったのは、天地が初めてと思われます。70年代前半のNo.1アイドルの座を独占し、現在では比較できる人物がいないくらい、凄まじい人気ぶりでした。
 あまりに殺人的なスケジュールのあまり、78年に病気でリタイアして以降は、ヌード写真集の発売や結婚、離婚、劇太りなど波瀾万丈の人生を歩み、全盛期当時からのルックスの変貌ぶりは、ある番組で当時ライバルと言われた小柳ルミ子も思わず涙したほどの状態ではありますが、現在でもバラエティを中心にテレビにゲスト出演することがあります。
 センバツ行進曲となった『虹をわたって』は、天地の4枚目のシングル。こちらもオリコン1位を獲得したヒット曲で、聴いていると前向きな気持ちになれる爽やかな曲になっています。高校生からの支持も絶大だったため、すんなりと決定しました。開会式当日は、天地もMBSのゲストとして甲子園に来ています。

【大会プレイバック】
 「昭和の怪物」作新学院・江川卓投手(元巨人)が甲子園に初登場。開幕試合で登場して、北陽戦で挨拶代わりの19奪三振完封。2回戦、準々決勝も無失点で、このまま優勝かと思われた準決勝の広島商戦でも11の三振を奪ったが、1-1の8回にダブルスチールから味方のエラーで決勝点を許して、惜しくも敗れた。江川がこの大会で記録した60奪三振は、現在でも大会記録。
 決勝戦は広島商と、初めて決勝に駒を進めた横浜。試合は9回まで0-0で、延長10回に1点ずつを取り合う熱戦。11回、横浜が富田毅選手の2ランを放ち、ついに決着。横浜が初優勝を飾った。

センバツ行進曲メモリー(38)『世界に一つだけの花』4

世界に一つだけの花(SMAP)●世界に一つだけの花(2002.7.24発売)※
 <第76回大会(2004年)入場行進曲>
 作詞・作曲:槇原敬之
 歌:SMAP
 ※シングルは03.3.5発売
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 この春も過去の入場行進曲を通じて、その年のセンバツを振り返ってきた「センバツ行進曲メモリー」。今年はこれで最後となります。最後に紹介するのは、『世界に一つだけの花』です。
 それまでもSMAPは『がんばりましょう』、『夜空ノムコウ』、『らいおんハート』など多くのヒット曲を飛ばしてきましたが、これが決定的な代表曲と言っていいでしょう。作詞・作曲した槇原敬之が認めるように、これはSMAPだからこそ歌う意味のある曲であり、それ故に大ヒットに繋がったと思います。
 この曲の誕生は、槇原が1999年に覚醒剤取締法違反で有罪判決を受け、謹慎していたときにさかのぼります。槇原の知人である神主から聞いた『仏説阿弥陀経』での浄土の蓮華の話が、この曲のテーマである「ナンバーワンよりオンリーワン」、すなわち「争って一番になるよりも、それぞれが持っている個性を大切にしよう」のベースになったそうです。そうしてできた歌はSMAPに提供され、2002年にリリースされたアルバム「SMAP 015/Drink!Smap!」の中の1曲に収録されました。
 すでにSMAPのメンバー間やファンの間では「隠れた名曲」でしたが、翌年に草剛主演のドラマ「僕の生きる道」(関西テレビ・フジテレビ系)の主題歌で流れると、一般の間でも評判となり、同年3月にシングル版をリリース。200万枚の大ヒットを記録して、NHK紅白歌合戦でも大トリで披露(紅白のポップス系の大トリは極めて異例)。『がんばりましょう』以来、8年ぶり2度目のセンバツ行進曲選出となりました。
 その後も、紅白では2度要所で歌われたり、文部科学省選出の「日本の歌百選」に選ばれるなど、近年では本当に珍しい世代を問わず愛される曲となっています。この春出場する選手たちも、ぜひ甲子園で光る「オンリーワン」のプレーを見せて欲しいですね。

 というわけで、今年の「センバツ行進曲メモリー」はSMAPで始まり、SMAPで締めさせて頂きました。来年も過去のセンバツ行進曲を、いろいろと紹介していきたいと思っています。開幕まであと3日です。

【大会プレイバック】
 東北・ダルビッシュ有(日本ハム)が熊本工戦でノーヒットノーラン、東海大山形が山形県勢で春夏通じて初のベスト8進出、希望枠で出場した秋田商も初のベスト8進出と、東北勢に明るい話題が多かった大会。しかし、この大会の主役は、創部2年目で初出場した済美だった。
 済美は準々決勝の東北戦で、高橋勇丞(阪神)が逆転サヨナラ3ランを放ち、その勢いで決勝に進出。愛工大名電との決勝は1点を争う展開になったが、6-5で済美が制して、カクテル光線がきらめく甲子園で「やればできるは魔法の合言葉」の校歌が響き渡った。

センバツ行進曲メモリー(37)『どんなときも。』4

どんなときも。(槇原敬之)●どんなときも。(1991.6.10発売)
 <第64回大会(1992年)入場行進曲>
 作詞・作曲・歌:槇原敬之
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 センバツもいよいよ今週開幕。今年の「センバツ行進曲メモリー」も大詰めです。今回は、槇原敬之の『どんなときも。』を紹介します。
 槇原は大阪府高槻市出身。1990年に「AXIA MUSIC AUDITION '89」で、グランプリを獲得したのをきっかけに、同年シングル『NG』と、アルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」でデビューしました。翌年リリースされた、『どんなときも。』の大ヒットで一躍ブレイク。以降もヒット曲を連ね、日本有数の人気シンガーソングライターとなります。2009年3月現在、シングル39枚、アルバム(オリジナル)16枚をリリース。アルバム総売上枚数は、男性ソロ歴代1位という記録を持っていて、現在でも安定した人気を得ています。
 『どんなときも。』は上記の通り、槇原の名を広く売り出すきっかけとなった曲で、槇原の代表曲としても知られています。きっかけは、槇原が織田裕二主演の映画『就職戦線異状なし』の主題歌を募集しているという話を聞いたとき、真っ先に浮かんだフレーズ、後にタイトルに付けられる「どんなときも」でした。槇原はこれが頭から離れず、「どんなときも」をテーマに作曲。めでたく映画の主題歌に選ばれました。自分らしさを追い求めるこのテーマは、高校野球のイメージにも合致。翌春のセンバツ行進曲にも選ばれ、さらに多くの人に知られるようになりました。
 槇原は自身で歌うだけでなく、鈴木雅之や渡辺美里など多くのアーティストにも楽曲を提供しました。そしてSMAPに提供したあの曲が、空前の大ヒットを記録します。というわけで、次回へ続くw

【大会プレイバック】
 ラッキーゾーンが撤去されて初の大会。しかし、星稜・松井秀喜(ヤンキース)は広くなっても構わず、初戦の宮古戦で2本、2回戦の堀越戦で1本、計3本を甲子園のスタンドに叩き込み、相手選手のみならず、野球ファンに大きなインパクトを与えた。
 この大会はベスト4に関東勢が3校残り、決勝は帝京と東海大相模の京浜対決となった。帝京は三沢興一(元巨人など)、東海は吉田進という好投手を擁し、1点を争う展開となる。3-2と帝京リードで迎えた9回裏、東海は2死1・2塁で柴田圭がライト前ヒットを放つが、2塁ランナーが同点のホームを狙うも、ライト・宮崎晃人の好返球もありタッチアウト。劇的な幕切れで、帝京がセンバツ初優勝を飾った。

(関連ページ)
MAKIHARANORIYUKI.COM(槇原敬之オフィシャルサイト)

センバツ行進曲メモリー(36)『青い珊瑚礁』4

青い珊瑚礁(松田聖子)●青い珊瑚礁(1980.7.1発売)
 <第53回大会(1981年)入場行進曲>
 作詞:三浦徳子/作曲:小田裕一郎
 歌:松田聖子
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 センバツ開幕まで2週間を切りました。シリーズ「センバツ行進曲メモリー」もどんどん行きましょう。今回は松田聖子の『青い珊瑚礁』です。
 1980年代を代表するトップアイドルで、今もなお多くのファンを持つ聖子は、福岡県久留米市出身で、80年に『裸足の季節』でデビューしました。80年と言えば、山口百恵が引退した年。聖子は百恵というトップアイドルの後継者の座を、当初から期待されていました(当時の歌番組でも、概ねそのような紹介をされていた)。
 並々ならぬプレッシャーがあったと思われますが、聖子はその期待に応え、2枚目のシングル『青い珊瑚礁』のヒットで大きなインパクトを与え、続く3枚目の『風は秋色』でオリコン週間初の1位を獲得。以降、88年の『旅立ちはフリージア』までの24曲連続で1位獲得という金字塔を打ち立てました。現在でも女性、ソロアーティストでは最長記録となっています。聖子は男性のみならず女性の支持が厚く、デビュー当時の髪型は「聖子ちゃんカット」として多くの女性が真似をして、結婚・出産を経てアイドルとして仕事を続ける生き方も、当時の女性たちに大きな影響を与えました。

 さて、『青い珊瑚礁』は上記の通り、聖子の飛躍のきっかけとなった曲です。タイトル通り、この曲を聴くと青い海が目の前に広がってくるような、とても爽やかなナンバーになっています。曲がヒットしたことももちろんですが、当時の高校生たちの間でも強い支持を受けていたため、センバツ行進曲になるのは当然と言ったところでしょう。最近でもCMで「あの」郷ひろみや深田恭子がカバーするなど、若い世代でも耳馴染みになっています。
 聖子はあらゆる意味での「ファッションリーダー」と言えるかもしれません。その輝きが今でも色あせていないのは、凄いとしか言いようがありません。何歳になっても、「永遠のアイドル」として輝き続けると思います。

【大会プレイバック】
 後にプロでも活躍する早稲田実・荒木大輔(ヤクルトコーチ)、大府・槙原寛己(元巨人)、報徳学園・金村義明(元近鉄など)、秋田経大付・松本豊(元大洋)など、好投手が多くいたこの大会。決勝には、やはり好投手を擁するPL学園と印旛が勝ち残った。
 試合は予想通り、PL・西川佳明(元南海など)、印旛・佐藤文男両投手による投手戦を展開。6回に印旛が1点を先制して、1-0で迎えた土壇場の9回裏、PLは1死から3連打を佐藤に浴びせて逆転サヨナラ勝ち。3年前の夏と同じく、「奇跡のPL」が大旗をつかんだ。

(関連ページ)
松田聖子Official Web Site
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 「熱闘甲子園」30年記念盤!歴代の夏の高校野球統一テーマ曲など全12曲収録

一番熱かった夏〜熱闘甲子園の歌〜
一番熱かった夏〜熱闘甲子園の歌〜
 過去の「熱闘甲子園」テーマソングから10曲をセレクトした珠玉の名曲集

君が明日になる 君が夢になる 高校野球が僕に教えてくれたこと−28年の軌跡−(西浦達雄)
君が明日になる 君が夢になる 高校野球が僕に教えてくれたこと−28年の軌跡−
 2014年、ABC高校野球中継EDを“卒業”、28年間の集大成がここに!

はじまりの瞬間…(西浦達雄)
はじまりの瞬間…
 ABC高校野球中継ED『はじまりの瞬間…』収録!実況つきテレビバージョンも

やさしさにかわるまで…(西浦達雄)
やさしさにかわるまで…
 2012年ABC高校野球中継ED『大空のしずく』収録。試合の余韻と共に感動を

Voice of Mind〜Extra Version〜(西浦達雄)
Voice of Mind〜Extra Version〜
 夏といえば西浦達雄!高校野球エンディング20年の歴史がつまった1枚

今ありて(谷村新司)
今ありて
 阿久悠作詞・谷村新司作曲のセンバツ大会歌。春の幕開けを実感できます
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