2012年07月02日

旧貨幣のドラマ

FFとは無関係なお話です。

週末に自室の片付けをしていたら、実家のリフォーム時に「ちょっと預かってて」と言われて預かっていた紙袋が出てきたので実家に持って行きました。



その紙袋、中身も聞かずだったし気にならなかったんですけど、ヤケに重かったので「何が入ってるの?」と聞いたら母上殿も良く解らないとおっしゃるので・・・

中身を確認してみたら、記念硬貨とか色々出てきました。

ザックザックとはいかなくとも、「大判」「小判」が…(笑)




そんなわけで、ニャンコに持たせてみた。120630_00
ちょっと迷惑そうです(笑)



それらを収納しようと、仏壇付近の引き出しを明けてみたら、なにやら古銭が大量に…

120630_01
天保通寳と寛永通寳


120630_02天保通寳
1835年に創鋳された。<中略>明治24年(1891年)12月31日を最後に正式に通用停止となった。

この他にも3枚程でてきました。



寛永通寳
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寛永13年(1636年)に創鋳、幕末まで鋳造された。
<中略>材質は、銅製の他、鉄、精鉄、真鍮製のものがあった。貨幣価値は、裏面に波形が刻まれているものが4文、刻まれていないものが1文として通用した。

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そんな古銭に混ざってなにやら書類が出てきました。
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大東亜戦争の貯蓄債券??120630_06


大東亜戦争(1941年(昭和16年)〜)、後に太平洋戦争と呼ばれる戦争ということですけども。
この債券が果たして誰が保管していたものなのかが不明で、この日家族会議(推理大会)が行われる程でした。

祖父がもっていたものなんですけど、祖父は本人が太平洋戦争でサイパンへ行き、その間東京大空襲で家も家族も失っていて、さらに祖父はその後アメリカの捕虜になって終戦後数年経って帰国したので…
(ぼくは結婚後に養子になってるので血のつながりはありません。)

墓地を作り替えたとき、(江戸時代くらいからの)ご先祖の骨壺(というか瓶だったらしい)から出てきたのではないかという仮説に落ち着きました。


それからさらに墓地の移動があり、その瓶のいくつかを運ぶとき両親揃って「すっごい重かったのでもしかしたらまだ古銭が入ってる可能性もある」とのこと。

あくまで仮説は仮説ですけどね(笑)




そしてこちらが硬貨の大きさ比較。120630_08
戦争の影響なのか明治〜昭和にかけて徐々に小さくなってます。


昭和の一銭貨幣の刻印
120630_09
どうやらカラス・・・?



こういう古い物には人の念が宿ってるからコワイという意見もあるけど、自分は良くも悪くもそこにドラマがあったんじゃないかと思うと、歴史の生き証人的で凄いものだと思えるのです。
thunder_fox_00 at 10:28│Comments(0)TrackBack(0)

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