現在、ぶっちぎりの勢いでトップを独走している映画『私の頭の中の消しゴム』。以前から、劇場の予告編を見ただけで泣きそうになっていた映画ですが、本日ようやく観て来ましたよ。劇場内はOLとカップルと年配のおばちゃんでまさに鮨詰め状態。それはいいのですが、僕の真後ろに座っていたおばちゃんが冒頭20分で早くも泣き始めたのには驚きました。フライングするにもほどがあります、トホホ。

*以下、えらいネタバレしてます。すいません


■ストーリー
『建設会社の社長令嬢のスジン(ソン・イェジン)は、天真爛漫なお嬢様。建築家志望のチョルス(チョン・ウソン)とコンビニで運命的に出会い、二人はすぐに恋におちてしまった。温かい家族に囲まれて育ったスジンと違い、チョルスは孤独に生きてきた男だったが、スジンの献身的な愛に結婚することを決意。二人は晴れて新婚生活を迎える。建築士の試験にも受かり、幸せいっぱいの二人だった。しかし、スジンはある時から、物忘れがひどくなり、自分の家への道順すら忘れてしまうようになってしまった。そして病院へ行ったスジンは、若年性アルツハイマー症だと診断される。楽しかった夜も、嬉しかった朝も、全ての記憶が彼女から失われていく。死よりも切ない別れ・・・。彼女の記憶が消える時、愛までも消えてしまうのだろうか。その時、ふたりの愛が試される』


『私の頭の中の消しゴム』
は昨年
11月に韓国で公開され、3週連続興行ランキングNo.1に輝き300万人を動員した大ヒット映画だ。最近、『エターナル・サンシャイン』50回目のファースト・キス』『きみに読む物語』など、“記憶”をテーマとして扱った映画がやたらと多く公開されているが、本作もその一つである。ただし、元ネタは昔日本で放映されていたTVドラマで、緒形直人と永作博美が主演したPure Soul〜君が僕を忘れても〜』を原作としたリメイクだそうだ(でも僕はオリジナルを見た事が無いので、どんな物語か全然知らなかった)。「まあ、どうせいつものコテコテ韓国恋愛ドラマだろ」と高をくくっていたら・・・


いや〜、凄まじい映画ですよコレは!「前半の展開が長い」とか、「ラストのファミマはいかがなものか?」とか、「医者がムツゴロウさんに見えてしかたがない」とか、正直不満も色々あるけど、そんな些細な問題など軽く吹き飛ばすぐらい主演の二人が素晴らしい。はっきり言ってストーリーそのものはベタ。たいして目新しいネタでもないし、ドラマに捻りがあるワケでもない。


だけど、「ベタで何が悪いんだ!?」という開き直りすら感じさせるストレートな物語が逆に清々しく、シンプルな構成故に二人のキャラクターがより一層引き立っているように思う。最初は「ずいぶんかったるい映画だな〜」と、ポップコーンを貪り食いながら余裕をぶっこいて観ていたのだが、ふと気が付くと涙でスクリーンが滲んで何も見えない状態に!ウワアアアン


この映画の場合、ストーリーがどうのこうのというよりも、二人が泣くシーンに引っ張られて“観客ももらい泣きする”という感じだ。二人がどんなシチュエーションなのか分かっていて、実際に泣いている登場人物を見ていると、つられて思わずこっちも泣いてしまう。そういう意味では、「ドラマを観る」というよりも、「体感する」映画に近いのかもしれない。とにかく、感情移入の度合いがハンパじゃないのだ。普段の僕なら「ソン・イェジン、可愛いな〜」とか思いながら観ているハズだが、今回はチョン・ウソンのカッコ良さにしびれまくった。


無口でぶっきらぼうで、「俺は母親に捨てられてから、ずっと一人で生きてきたんだ。家族なんかいない!」と孤独を背負って強がるチョルス。だが、そんな彼もスジンと出会い、人を愛する事の素晴らしさを知ってしまう。しかし、彼らを待ち受けていたのは“アルツハイマー”という残酷な運命だった。「決して人前では泣かない」と誓ったチョルスが堪え切れずに涙を流すシーンは、迫真の演技と相まってまさに“泣きのツボ”を突きまくる!


号泣シーンその
1:「バッティングセンターでの会話シーン」


スジンがチョルスに「私の頭の中に消しゴムがあるんだって」と病気の事を告げる。


スジン: 「もう優しくしないでいいよ…。どうせ全部忘れちゃうから…」

チョルス:「君が忘れても、俺が全部覚えていてあげるよ」

スジン: 「記憶がなくなるのは、魂がなくなるってことなのよ!」

チョルス:「……魂は消えない。俺が君の記憶で、君の心になるから……!」




恥ずかし過ぎる名セリフの波状攻撃に、僕の涙腺は緩みっぱなしだ。


号泣シーンその
2:「スジンの手紙を読むシーン」


日に日に記憶が無くなっていく事を自覚したスジンは、「これ以上、愛するチョルスを苦しめたくないから」と、一通の手紙を残して姿を消す。その手紙には、彼女の想いの全てが込められていたのだった。


「チョルス、愛するチョルス。ごめんなさい、本当にごめんなさい。
あなたは今、泣いてるでしょ?
傷つけたくないのに・・・
泣かせたくないのに・・・
悲しむ姿は見たくないのに・・・
幸せにしてあげたいのに・・・。

私があなたを苦しめているのね。私はあなたを愛してる。
私が覚えてるのはあなただけ。
私の気持ちのすべてを言葉にしたいのに、私の心のすべてを伝えたいのに、
記憶が確かなこの僅かな時間にどう伝えたらいいのか焦ってしまう。

あなたに出会えたことは、人生で一番の幸せ。
あなたは神様がくれた一番大切な贈り物。
記憶は失われるけれど、あなたは私の体に息づいている。
あなたのように笑って、泣いて、香りを漂わせているの。

たとえ記憶が消えても、私の中のあなたは消えないわ。
私の記憶を奪っていくこの病気が、あなたの記憶だけは残してくれますように。
それが叶わないなら、
どうか、
消えていく記憶の中で最後まで残っているのが、
あなたと過ごした日々でありますように・・・


彼女の優しさと切なさがいっぱいに詰まったその手紙を読んで、激しく嗚咽するチョルス。つられてこっちもむせび泣く。こんなの見せられたら、そりゃあ泣きますよ!


号泣シーンその
3:「スジンと再会するシーン」


やっとの事でスジンを捜し当てたチョルスだったが、既に彼女は彼の事を覚えていなかった。「泣いてるの?」とスジンに聞かれ、慌ててサングラスかけるチョルス。だがその唇は震え、溢れ出る涙を止める事はもはや出来ない。この時点で、完全に“決壊したダム”のようになってしまった僕の涙腺はギブアップを宣言。「泣き過ぎて死ぬかもしれない」と思ったのは生まれて初めてである。参りました!


というわけで、エンドテロップが終わってからもしばらく劇場内にすすり泣く声が聞こえていた本作であるが、正直映画自体の完成度はそれほど高くない。厳しい映画ファンからも、「チョルスの母親といつの間に仲直りしたんだ?」とか、「アルツハイマーが進行している患者を、あんな風に外へ連れ出せるハズがない」とか、「チョルスの暴力描写が酷すぎる」など、色々とツッコミを入れられているようだ。その指摘は確かに正しいと思うが、この映画の場合、リアリティに重きを置いて作られているわけではない。まるで、ファンタジー映画を思わせるようなエンディングを見てもその事は明らかだろう。


「ここは天国ですか?」
と尋ねるスジンにチョルスは 「そうだよ」と答える。決してハッピーエンドではないが、かと言って100%絶望的ではないあの終わり方。あくまでも、主人公はかっこ良く、ヒロインは可愛く、そして物語はひたすら美しく、全てにおいて“キレイゴト”で統一されている世界観。でもそれがイイのですよ。なんでイイのかと言われても、そういう映画だからとしか言いようがないんですが。それらの全てを受け入れてシチュエーションに身を委ねれば、かなり泣ける映画だと思います。


ちなみに、劇場前の立て看板に書かれている宣伝文句(?)が凄すぎて笑える。「マスカラが落ちるくらい泣きました」や「呼吸困難になるくらい泣きました」はいいとしても、「鎖骨に涙がたまるくらい泣きました」って何なんだ?


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