ALWAYS三丁目の夕日


■ストーリー『昭和33年、東京下町の夕日町三丁目。ある日、鈴木則文が営む自動車修理工場・鈴木オートに、集団就職で上京した六子がやってくる。しかし、思い描いていたイメージとのギャップに、少しがっかりした様子。その鈴木オートの向かいにある駄菓子屋の店主で、しがない小説家の茶川竜之介。彼はひょんなことから、一杯飲み屋のおかみ・ヒロミのもとに連れてこられた身寄りのない少年・淳之介の世話をすることになるのだが…。西岸良平の人気コミック『三丁目の夕日』を実写映画化した心温まる下町人情ストーリー!』




西岸良平の原作コミックは昔ちょっと読んだ事があったのでどんな話か知ってはいたものの、その独特の作風がどうにも苦手で、それ以降全く読んでいませんでした(別に嫌いじゃないんだけど)。なので、この映画も当初全然観る気は無かったんですが、何故か観た人の評判がメチャクチャ良くて、「泣ける!」「感動した!」と絶賛の嵐。なんと、日テレ系列であるにもかかわらず、フジテレビの『とくダネ!』で小倉智昭が誉めまくるという異常事態まで発生する有様。


おまけに、興行成績も2週連続ブッちぎりの第1位とくれば、「いったい、何がそんなに面白いのか?」と俄然興味が湧いてくるのも当然と言えましょう。というわけで、本日は『ALWAYS三丁目の夕日』を観て来ましたよ。


劇場内はほぼ満員。さすがランキング・ナンバーワンだけの事はある。ただし、見回した所、30代から50代後半ぐらいの観客が目立ちました。やはり平均年齢は著しく高いようです。僕の隣にも、どこかの会社の重役と思しき年配のおっさんがドッカリと着席。中尾彬のようなその威圧感溢れる風貌にちょっとビビりつつも、映画が始まったらそんな事はすっかり忘れ、画面に釘付けになってしまいました!

まず、オープニングの映像が物凄い。薬師丸ひろ子演じるお母さんの登場から、町内を走り回る子供たちをカメラが追いかけ、そのまま広い表通りまで移動していく長いシーンを全編ワンカットで撮っているのです(厳密に言えば観客に判らない様に途中で上手くカットを割った“擬似ワンカット”だけど)。町内の場面は屋内セットですが、表通りは完全にオープンセット。つまり全く異なる二つの場面を違和感無く繋いでいるのですよ。しかし、もっと驚いたのはオープンセットの圧倒的なリアルさ!最初はフルCGで町並みを再現したのだろうと思っていたのですが、なんと全部ミニチュアを作って合成したらしい。


そして、線路上の都電は実写だと思ったら、こっちはCGで作成しているとの事。さらに、道路を走っている自転車や歩いている通行人までCGで本物そっくりに作られたというのだからビックリ仰天!おまけに鉄橋を爆走する蒸気機関車は「完全にCGだろう」と思いきや、実は巨大な模型を使って撮影しているという事が発覚。マジですかッ!?


極め付けは、駅に機関車が入ってくるシーンです。「これはミニチュアか?それともCGか?どっちにしても恐ろしくリアルだなあ!」と興奮していたのですが、何と本物のC62号蒸気機関車だった!うわあああ!もはや、何がCGで何がミニチュアで何が実写なのか、全く区別がつかない有様です。観る前は単なる“下町人情ドラマ”だと思っていたのですがとんでもない!『ALWAYS三丁目の夕日』は、最新VFX技術を思う存分ブチ込み、昭和33年を忠実に再現した“超ハイテク下町人情ドラマ”だったのですよ。スゲー!


監督の山崎貴さんは、元々“特撮畑”出身の映画監督だそうです。阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業後、CGやデジタル・アニメーション専門の映像制作プロダクション「白組」に入社。画像合成やデジタル・エフェクトなど数々のVFXを手掛けた後、2000年に『ジュブナイル』で監督デビュー。得意のVFX技術を発揮し一部で高い評価を得るものの、続く『リターナー』で「マトリックスのパクリだ!」と酷評されました(でも僕は結構好き)。当初は『リターナー2』の製作を企画していたそうですが、プロデューサーが「どうしても昭和モノをやりたい!」と熱望。今までSF映画しか撮った事がなかった山崎監督は、「何で僕が?」と大いに困惑したらしい。


しかし本作を観れば、この映画を作る為には山崎監督のVFX技術が必要不可欠だった事が良く分かります。オープニングの素晴らしいワンカットを見ただけで、この“昭和33年の世界”へと完全に引き込まれてしまう臨場感。まさに、観る者全てを昭和の時代へタイムスリップさせる映画と言えるでしょう。


しかし、同時にスタッフの苦労もハンパではなかったようで、“昭和33年”を再現する為にひたすら当時の様子をリサーチし、集められるだけのアイテムをかき集めなければなりませんでした。特に、大量に配置された小道具の物量たるや、「凄まじい!」の一言では済まされないほど凄まじい。日本中のコレクターから借り受けた膨大なアイテムは、駄菓子や家電製品など500点以上にも及んだという。ポスターや看板も全部本物。さらに、乾物屋に並べられた商品など、ほとんど画面には映らないようなものに至るまで、全て当時の品物を揃えるというこだわり様。


則文が読んでいる新聞にしても、一瞬しか映らないにもかかわらず、読売新聞社に協力してもらい、わざわざ輪転機を回して当時の復刻版を印刷し直したらしい(これだけで製作に数百万円かかったって本当か!?)。おまけに、劇中で食べるカレーさえも、当時使われていた具を使い、当時のルーの味を忠実に再現したというのだから凄すぎます(そんなの、見ている観客には分からないよ!)。挙句の果てには、昭和30年代から営業している靴屋さんが閉店するという噂を聞きつけ、その店を一軒丸ごと買い取ってセットに設置したというのだから開いた口が塞がらない。「何もそこまでしなくても…」と呆れ返って言葉も出ません!


しかし、ここまで徹底して本物にこだわっているからこそ、映画全体から滲み出るとてつもないリアリティが観る者全てを圧倒するのでしょう。かつて、巨匠:黒澤明監督も時代劇を作る時、リアリティを追及する為に可能な限り“本物”にこだわったそうです(薬箱を開けるシーンなど無いにもかかわらず、その薬箱の中には必ず“当時使われていた本物の薬”が入れられていたとか)。圧倒的な情報量で埋め尽くされた空間が完全に一つの世界を作り出し、映画全体に揺るぎ無い説得力を与える。これぞ、「ディテールに神が宿る」ってヤツなのです。天晴れ!


ちなみに、当時を象徴するアイテムとして最も目立っているダイハツ・ミゼットですが、コレだけ時代考証的にちょっとおかしい。ミゼットが発売されたのは昭和33年8月で、当初はハンドルの形が直線の“バーハンドル型”でした。ところが、映画に出てきたミゼットは“丸ハンドル型”になっており、このMPミゼットが発売されたのは昭和34年9月なので、まだ市場には出ていなかったハズなのです。則文が自分でハンドルを付け替えたとも考えられますが(何のために?)、いずれにしても発売されたばかりの車にしてはあまりにもボロボロ過ぎる(まあ、監督のこだわりで生活感を出す為にワザと汚くしたのだと思いますが)。


一方、ストーリーは極めてシンプルでオーソドックス。一つの大きなドラマではなく、いわゆる“ちょっといい話”をいくつも積み重ねていくタイプです。元々、原作が一話完結のショートストーリー形式なので、「どのエピソードを、どのようにつなげるか」という事に監督は最も苦心したらしい。そんな時、一本のハリウッド映画が大きなヒントになったそうです。山崎監督曰く、「今回は、『ラブ・アクチュアリー』にかなりの影響を受けています。原作の『三丁目の夕日』自体は、短いエピソードの積み重ねじゃないですか。そのままだと“一つ一つの話は面白いけど、ブツ切れだね”と言われちゃうと思うんです。それを一つの流れにするには、集団劇でそれぞれの話が同時に進行していくという『ラブ・アクチュアリー』のような手法がいいんじゃないかなあと思って。だから現場では、“今回は『人情アクチュアリー』だ”って言ってたんですよ(笑)」(キネマ旬報11月下旬号より)


なるほど、確かに『ラブ・アクチュアリー』も大勢の登場人物がそれぞれの恋愛エピソードを綴った群集劇ですね。“恋愛”を“人情”に置き換え、“クリスマス”を“夕日”に置き換えれば『ALWAYS三丁目の夕日』が出来上がるというわけですな。しかし、話のまとめ方としてはむしろ、『ALWAYS三丁目の夕日』の方が上手く出来ているような気がします。『ラブ・アクチュアリー』の欠点は登場人物が多すぎる事。総勢19人の男女が入り乱れるエピソードを、一本の映画で強引に描き切ろうとしたために、あまりにも話がゴチャゴチャし過ぎて、さすがにちょっと無理がありました。それに比べて『ALWAYS』は、茶川と則文にまつわるエピソードを主軸とし、それ以外をサブ・エピソードとしてまとめているので非常に分かり易い。


特に、全体を貫くメインのドラマに茶川と淳之介のエピソードを持ってくる事で、とても効果的にクライマックスを盛り上げていると思います。もはや“定番”とすら言える直球ド真ん中の“お涙頂戴話”ですが、万人が共感できるエピソードなのは間違いありません。やっぱり“ベタ”って偉大だなあ(笑)。ヒロミとの恋愛ドラマも大いに泣ける!


中でも僕が一番気にいったのは“六子のエピソード”です。もう、堀北真希ちゃんの演技が有り得ないぐらい上手くてビックリ!お母さんから手紙を受け取るシーンなんて、涙無しでは見られません。そして、最終的に夕日に向かって全てのエピソードが集束していくラストシーンに至っては、まさに「お見事!」としか言いようが無いほどきれいなまとめ方となっています。“明日への希望”に満ち溢れた清々しいエンディングにひたすら感激。


ふと気付けば、僕の隣に座っていた中尾彬(に良く似たおっさん)がハンカチで涙を拭っていました。さらに、劇場内でもあちこちで鼻を啜る音が聞こえています。言うまでも無く、僕の視界も涙で滲んで何も見えません。決して今みたいに豊かじゃないけど、明るく前向きに生きようとしているかつての日本人の姿がここには描かれている。まさに、日本人のDNAに訴えかけてくる映画。だからこそ万人の心に響くのであり、だからこそ泣けるのですよ。いや〜、映画ってホントにいいものですね(笑)。