私の運命
■ストーリー『神は無情、なんと残酷な運命なのだろうか。人類の未来は、たったひとりの少女に背負わされた。1970年の日本。セーラー服姿で黒いおさげ髪、黒筒に刀を忍ばせている十六歳のサヤ(チョン・ジヒョン)は父をオニというヴァンパイア種族に殺され、その復讐としてオニの起源であるオニゲン(小雪)を倒すべくオニ撲滅組織”カウンシル”の協力を得て日々オニと戦っている。カウンシルのリーダーであるマイケル(リーアム・カニンガム)は、サヤを基地内の高校に入学させ、オニゲンの行方を捜そうとするが・・・。セーラー服に身を包み、日本刀をきらめかせ“敵”を一瞬で斬り捨てる時、サヤの瞳は悲しみにも似た一筋の光を放つ。彼女は、一体何者なのか?今、サヤは走り出す。己の運命を斬り開くために・・・!』
本作は、プロダクションI・Gが製作したオリジナルアニメーション『BLOOD THE LAST VAMPIRE』の実写版である。元々は『イノセンス』や『攻殻機動隊』の押井守が若手スタッフを育成するために、「怪物」「日本刀」「女子高生」という三つのお題を使って企画書を書かせたのが始まりだそうだ。ここから、「セーラー服を着た女の子が日本刀を振り回して吸血鬼をバシバシやっつける」といういかにもオタク受けしそうなぶっとんだストーリーが生み出されたのである。
アニメ版の方はビジュアル的にもクオリティが高く、世間の評判もかなり良い(なんせ、クエンティン・タランティーノがわざわざプロダクションI・Gを訪ねて来て「素晴らしい!」と絶賛したほどなのだから相当なものだ)。しかし、このアニメの内容をそのまま実写に落し込んでも成立するとはとても思えず、観る前はかなり不安だったのだが、観てみたらほぼ100%不安は的中(苦笑)。まさに「案の定」という感じであった。ただし逆に言えば、想定以上の破綻は無かったとも言えるのだが。
まず、良かった点はオープニング直後。走る電車の中、サヤが日本刀を振りかざしてオニを叩き斬るシーンは、アニメ版のイメージを忠実に再現しており実にかっこいい。その後、場所を米軍基地内に移してからのチャンバラアクションもかなり気合が入っていて好感触。しかし「おお、意外といいじゃん!」と思ったのは一瞬だけで、中盤を過ぎるあたりからどんどんアラが見え始め、クライマックス付近では「あ〜、やっぱりこんなもんか・・・」と落胆するパターンだった、トホホ。
まあ、元々の設定が「怪物」「日本刀」「女子高生」なんだから、ストーリーがおかしなことになっちゃうのは仕方がない(イヤ、ホントは仕方がなくないんだけど)。しかし、ビジュアル先行型の作品であるならば、せめて映像だけはこだわってもらわないと納得できない。特に、あのオニのCGはどう考えてもマズいんじゃないだろうか?既に『アンダーワールド』でかっこいい吸血鬼のビジュアルが登場しているのだから、今更カクカクした不細工なCGを見せられても困ってしまう。また、チャンバラに関しても『ブレイド』でスタイリッシュな対ヴァンパイア・アクションがほぼ出尽くしてしまっている状況の中、よっぽど斬新なアクションを生み出さないと目の越えた観客は満足しないだろう。
確かに、”オニ百人斬り”のサヤのアクションをはじめ、サヤの育ての親であるカトウ(倉田保昭)のハードなアクションが観られたりという具合に、ある程度のクオリティは保たれている。また、外国映画ならではの”微妙に間違った日本の風景描写”といったビジュアル面でも、強烈なインパクトを与えてくれる。中でもケレン味を存分に発揮させたセットや照明は漫画チックであり、復讐をテーマにしたB級娯楽アクション映画の王道を踏襲した作品内容と絶妙にマッチしている点は評価したい。
しかし、いくらアクションのクオリティが高くても、『マトリックス』や『グリーン・ディスティニー』など”香港製ワイヤーアクション”を見慣れてしまった昨今ではアクション自体に目新しい要素は何も無く、「どこかで見たような」感覚しかないのが実状である。そこは非常に残念だった。ただし、本作における最大のアドバンテージは「セーラー服の女子高生が日本刀を振り回してヴァンパイアをぶったぎる」という基本設定そのものであり、他の映画では絶対観られないビジュアルを実現しているという点においては、「価値がある」と言って差し支えないだろう。














