Yukkoへの贈りもの(小説・エッセイ・芸能界に関する話題・その他)

岡田有希子さんを主人公にした小説、及びエッセイを不定期ながら掲載しております。 他のアイドルが好きな方もぜひどうぞ! ご感想や意見を賜れば有り難く存じます。        *主な出演者 【碧き硝子の獅子たち(長編:全37話)】・・・・・ 岡野真希:岡田有希子・ 溝田義男:ユッコフレンズの貴方・ ゼミのメンバー:80年代アイドルの同期生           *【Teenagelove一途なり(短編:全6話)】・・・・・ 吉沢恵美子(教育実習生):岡田有希子       *他にもデビュー30周年関連、及び芸能界全般の話題も企画しております。     *作成者:たけし(YouTubeユーザー名  OCRR31901 M16)

歌の詩や旋律はどこへ―未来の楽曲作りはどうなるのか4

歌は世につれ人につれといいますが、世を映す鏡であることも忘れてはなりません。

音楽とは本来、自身の想いや願いを基に詩や短文を作り楽器の力を借りて旋律に乗せ、相手に伝える

手段として生まれたもの。

直接話法(対話)と並び、印象をより一層強くした意志の伝達方法の形こそ、人間のみが持つ高次の

表現法(音楽)ではないでしょうか。

もちろん歌で伝え表現するテーマは恋や愛だけでなく自身の生き方、こころ、夢、希望、友人、家族、

恩師、故郷、歴史、時代、社会、未来・・・などといった、人間が生きるほぼ全分野に亘っています。

時代や社会の変化を見てゆくと、当然ながらその時々による内容のみならず、創り手や歌い手の姿形

なり表情と深い関連性があることに気づきます。

 

いうまでもありませんが、好景気で人や街に元気が溢れている時代には、派手で勢いのある歌の詞と

旋律で作られた楽曲が大音声で流れていました。

歌い手も派手な衣装とパフォーマンス(演出)で思いきり盛り上がり、あたかも「世界は自分たちの

ためにある!」といわんばかりに振る舞っていたものです。

もちろん時の人気歌手・グループのコンサートは、どこへ行けど満員御礼!

古今東西似た様なものでしょうけれど、私は日本(それも80年代以降)の事例しかわかりません。

それに限っていうなら、ある程度の豊かさと便利さこそあったものの景気が低迷し日本にやや元気が

なかった頃は、派手な楽曲や演出が遠慮され控えられていた様に思えます。

昭和末期の景気や国際情勢も先行き不透明で、自粛・自重・節約など沈滞したイメージが社会全体を

覆っていた80年代初期~中期がそんな時期でした。

ほどなく元号が平成に変わって景気が急速に回復し、いわゆるバブルに突入するや否や楽曲の様相も

連動して変わります。

この辺りから良し悪しはともかく、老若男女誰もが「実力と運さえあれば一攫千金も夢じゃない!」

「人生の成功者になれる・なりたい・なってやる!」といった感覚で舞い上がってゆきます。

今にしてみれば異常でバカバカしい過去物語ですが、ジャパニース・ドリームといわれた珍奇な現象

でした。

そんな時期に流れた楽曲は、ジャパニース・ドリームに向かって驀進する国民をさらに煽るが如く、

いけいけどんどん!向かうところ敵なし!やってやってやり尽くせ!燃え尽きるまでただ突っ走れ!

などといった元気一杯・元気爆発・とにかく前進あるのみ!というイメージが強かったですね。

急進歩したシンセサイザーなど電子楽器だけでなく、ありとあらゆる楽器を総動員しては連日連夜の

歌番組で大音声が流れていたものです。

とにかく強くなれば強くなるほど、新しくなれば新しくなるほど可能性と未来は無限に拡がる・・・

といわんばかり。

雨後の竹の子の如く多々デビューした歌手もバンドもグループも、楽曲やパフォーマンスの派手さ・

激しさを競い合っては世間や聴衆に目一杯のアピール。

 

そんな傾向のまま90年代初頭に絶頂期を迎え、やがて来るべくして来た崩壊。

後は周知のとおり、2010年代末の今日まで多少の浮き沈みこそあれ、基本的には低迷と困惑から

慢性的に抜け出せない不透明な時代になってしまいました。

モノやサービスの豊かさは頂点を極めているのかもしれませんが、どこか空虚で生きる実感に乏しく

冷たく乾いた世の中。

加えてキナ臭く先も見えず、もはや信じられるのは自分だけといった誰もが現状への不満と将来への

不安から、苛立ちと焦燥を隠せず悶々と生きざるを得なくなっています。

だからかバブル崩壊やリーマンショック以降の楽曲は、おとなしく控えめなものが主流の様です。

例を挙げれば、癒し(セラピー)、労り、慰め、暖かさ、寛容、同情(シンパシー)、ちょっとした薬、

勇気出そうよ、元気になろうよ、元気になってね、一緒に歩いてゆこう、あなたの支えになりたい、

いつまでもそばにいるよ、明日はもっと良い日になるよ・・・などという、こころに傷を負った者に

優しく寄り添う感じのものが曲詩のテーマ(骨子)になっているのかな。

だからといって一頃の様な派手な歌手グループ、そして楽曲が全くなくなった訳でもなく、こちらは

元気を呼び込まんとするカンフル剤とでもいいましょうか。

もっとも大騒ぎで辛く苦しく嫌なことなどぶっ飛ばしてしまえ!という風潮もあるのでしょうけれど。

 

それはそうと人の世に楽曲が現れて以来、その時々の世相を映したり流行を作るなどしてきましたが、

ここにきて曲の詩や旋律の在り方に限界を感じる向きもあるといいます。

近年の楽曲を幾つか聴いていると、「昔のヒット曲にあったフレーズや旋律が、サビを中心に切り貼り

されているのでは?」「20~30年前の大ヒットの部分的な焼き直しでは?」と思ったり。

もっとも同じ作詞家や作曲家、あるいはシンガーソングライターが長年に亘って作っている場合には、

必然的にその人物の持ち味(方針・傾向)が表に出てくるのは頷けますが。

それでも平成末期の今、楽曲の素材が枯渇してきたのかな。

よって新元号以降の楽曲作りには、AI(人工知能)が活用されるかも!?

超高性能コンピューターにデータベース化された過去数十年分の膨大な大ヒットの歌詞や旋律から、

時代の要請や社会情勢を分析のうえ、必ず最高収益の出せる楽曲を組み立ててゆくのです。

作業はミュージック・コーディネーターだのミュージック・クリエーターなどと称する専門職が行い、

かつての作詞家や作曲家に取って代わるのではないでしょうか。

荒唐無稽でSFじみた近未来予測ですが、あながちウソとも言い切れないと思います。

そうなれば世間には何時如何なる時も大ヒットのみが流され、歌は世につれ人につれという時代では

なくなるでしょう。

それこそ歌は歌でなくなり、人間のこころや活きた感性も不要というか無関係になり、さらにこんな

不気味な現象も出てきたりして((((;゚Д゚))))

ここで一句。

*AIにあなたが好きとささやかれ*

Teenage Love一途なり(6―6:最終回)5

一学期の終了式後、恵美子先生がお別れのあいさつをした。

あっという間の2ヶ月であったが、想い出はおれたちのこころに深く刻まれている。

「みなさん、わずか2ヶ月間でしたが色々とお世話になり、また勉強になりました。私はこれから

大学に戻って再び勉学に励み、将来は生徒の誰からも愛され信頼される教師を目指します・・・

みなさんのことやここで学んだことは、一生忘れません・・・本当にありがとうございました」

そう言って恵美子先生は少し涙を拭った。

女子生徒の中にも、少なからずもらい泣きする者もいた。

その日の帰り道、下宿の前を通りかかると、おおかたの荷物は運び出された後だった。

「いよいよ明日の晩だ・・・」

おれは決意を新たにして翌日の夜を待った。

 

その夜、親には友達の家に勉強に行くと嘘を言い、手紙を隠して家を抜け出した。

途中の酒屋の前にある赤電話から先生の下宿の番号を回したが、この番号は現在使用されていない

というエンドレステープが空しく回るばかり。

こうなったら仕方ない、直接下宿に向かう。

幸いまだ先生は居てくれたが、夜更けに突然現れたおれにびっくりした様子だった。

「あら昇平クン、どうしたの・・・こんな夜更けに」

先生は少し怪訝そうにしていたが、おれは手紙だけは何としても渡さなければと思っていた。

「先生、これ何も言わずに受け取ってください・・・」

それだけ言うのが精一杯で、後は言葉にならなかった。

先生は黙って受け取ってくれた。

「昇平クン、ちょっと近くを散歩しましょうか」

先生は気おくれしているおれを誘う様に外に出た。

すっかり暗くなった夜の小道を、恋人岬の方へ肩を並べて歩いた。

所々に漁火が見え隠れし、遠く波の歌が聞こえる。

やがて小一時間も歩いただろうか、先生とおれは恋人岬の頂上にたどり着いた。

「先生、おれ・・・先生のことお姉さんみたいに思ってたんだ・・・だから・・・」

「大丈夫、離れても絶対に忘れないから」

先生の話を聞いているうち、またいつか生まれ変わっても、きっとめぐり逢える気がした。

「またいつの日か、この島に来ることがあったらよろしくね」

そう言って先生はおれの手を握った。

色白で暖かく、とても柔らかだったのが忘れられない。

満月の青白い光で先生の頬を流れる涙が光ったけれど、おれは気付かぬふりをした。

実はおれも必死で堪えていたんだけど。

20年にも満たない人生で、こんなにも人を想い慕ったことなどなかったから。

 

翌日の午後遅く下宿を訪ねたが、もう先生は居なかった。

もしや先生を乗せた船は出航したのではないかと、取るものも取りあえず波止場へ駆けた。

案の定、もう船は沖合遠く離れている。

おれは恋人岬に駆け上り、海が見渡せる場所に立って大きく手を振った。

あの手紙、先生は読んでくれるだろうか・・・それより先生はおれに気付いてくれるだろうか。

いきなり送った手紙だったけど、返事はどうでもかまわない。

この想いさえ伝わればそれでいい、それだけで幸せだから。

命あればいつか再びめぐり逢える・・・その時が旅の終わり。

ぼんやり霞んでゆく視界から、先生を乗せた船がゆっくりゆっくり遠ざかっていった。

<完>

(注)2016年12月24日作成の原文に加筆修正を加え、再度アップしたものです。

Teenage Love一途なり(6―5)4

こうして日々親しくなり打ち解けてゆくとはいえ、先生の実習期間も残り1ヶ月を切ってることに

嫌が応でも気付かされた。

いっそこのまま時間なんか止まればいいのにと、叶わぬ願いがふと浮かぶ。

「もし先生が都会に帰った後、おれのことを忘れてしまったら・・・」などと想像しただけで急に

寂しくなってしまったが、先生やみんなの屈託ない笑い声にかき消された。

 

午後からはお待ちかね、今日のメインイベント―すいか割りだ。

クラスの連中が竹刀を手に次々に挑戦するが、なかなか一発で割れない。

そうこうしているうち、今度は先生の番が来た。

「先生、目隠しして3回まわってください・・・」と言いながらも、女子生徒が面白半分で5回も

回してしまったものだから、先生は少しヨタヨタしてしまい、みんなからドッと笑いが起こる。

それでもさすがしっかり者というか勘所が良いだけあり、目標のすいかにじわじわ近づいてゆく。

「あっそこそ・・・もっと右右!」

「あと2m・・・あと1m・・・!」

「あっ前に出過ぎ・・・もうちょっと後ろ・・・あと50cm後ろ・・・!」

あれやこれやと無責任な声というか、明るいヤジが飛ぶ。

やがて焦点が定まったらしく、みんなのヤジが止んだ途端、先生は一気にすいかのど真ん中を叩き

粉々にしてしまった。

これにはおれも驚いた。

「先生って細腕の割に、案外と力強いんですね!」

すると先生は照れた様に

「ごめんなさい、本気でやっちゃいました」

と言って、またペコリと90度のお辞儀をしてみせた。

 

そうこうしているうち夏の長い陽も暮れ始め、おれたちは海岸線に沿った細い小道を先生を下宿に

送りがてら歩いていた。

「今日は楽しかったね、またやりたいけれど、来月末にはもう先生は島を出てしまうんだっけ」

「どうかいつまでも忘れないでいてね、恵美子先生」

誰かがおれの心配していることを喋った。

たとえこころに決めた人が居て叶わぬ願いだとしても、何とかして先生との糸をつないでおきたい

という生意気で意地らしい想いが再び脳裏に浮かぶ。

そんな想いで心の中が一杯になり、やるせない毎日が続いた。

相変わらず先生は授業と勉強に余念がない。

できることなら、おれは恵美子先生について一緒に島を出たいと考えたが、さりとて都会で生きて

ゆく手立てなど何もないことが情けなく悔しかった。

それでもどうにかして先生とつながっていたいという、至ってムシのいい願望ばかり。

授業も上の空になり始めていた。

 

7月中旬、恵美子先生の実習期間が終了し、一学期の終了式翌々日夕方の便で先生は島を離れると

担任から聞かされた。

もう居ても立ってもいられなくなり、先生を恋人岬に呼び出して手紙を渡そうと決心した。

おれは生まれてこの方、マトモな手紙なんて書いたことなんかなかったけれど、どうしても先生に

だけは想いを伝えたかったのだ。

何度も何度も書きなおしては読み返すといった、根も果てる作業に没頭した。

いったいどのくらい書き直しただろうか・・・やっと想いを伝えられるだけの内容になった。

祈る様なこころで封をした。

渡すのは先生が島を出る前の、満月の夜に決めた。

あとはどうやって恋人岬に呼び出すかだ。

夜空にかかる満月近い上弦の月を見上げると、初めて出会った時にも似た緊張感を覚えた。

「あっという間だったな・・・もうすぐ恵美子先生ともお別れか・・・」

何だかやるせなかった。

こんな撫し付けの手紙なんぞ、果たして一介の生徒のために先生は来てくれるだろうか。

おれは期待半分、諦め半分で当日の夜を待った。

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