Yukkoへの贈りもの(小説・エッセイ・芸能界に関する話題・その他)

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日本語のこころと魂の伝道師―唄人村下孝蔵の世界(4-3)5

音楽関係者やファン、世間一般の人々が村下孝蔵という歌手・シンガーソングライターについて語る

とすれば、何といっても日本語のこころと魂を存分に活かす楽曲(曲詞・旋律共)創りのみならず、

人柄の佳さと仕事に対する熱意や誠実さを挙げるのではないでしょうか。

あるいは音楽でもとくにフォークにより強い関心を持つ人、さらに熱烈なファンならば純粋で丁寧な

日本語で創った曲詩(物語)並び、単語のひとつひとつにまで感情を込めて歌う職人的な歌い手さん

でしょうか。

村下孝蔵さんの場合、一曲創るまでにかなりの時間と労力をかけ、単語それぞれの持つ意味や発音や

響きはさることながら、漢字の読みや音(いん)までも徹底的に研究されていたといいます。

そして曲詩から生み出される雰囲気、及び旋律との調和にも細かく神経を遣って何度も吟味を重ね、

決して安易な妥協を許さず、納得のゆくまで世に出さなかったそうです。

ステージでの演奏や共演者と語り合う姿だけ観ていれば、どこにでもいるにこやかなおじさんにしか

見えません。

しかしいざ楽曲創りとなれば、非情なまでに徹底した厳しさにおいて己を律する知られざる二面性を

持っておられたのではないでしょうか。

そうやって日本語独特の美しさや繊細さ、そして漢字の語感や意味に徹底してこだわり追及し続けた

方であり、世に音楽職人があるとするなら音楽を己の天職と捉えていた村下孝蔵さんこそふさわしい

と思うのです。

 

とはいうものの、作詞家やシンガーソングライターが言葉択びや構成、並び起承転結から成る物語と

展開作りに丹精を込めるのは昔も今も当然のことですが。

それでも村下孝蔵さんの手法というか村下ワールドは、他の多くの作詞家やシンガーソングライター

(とりわけ昨今の)とは一線を画した独特のものだったと思うのです。

いうならば比喩的な文章・フレーズで曲詩から物語を構成し、聴く者にそれぞれ楽曲が醸し出す情景、

登場人物の心情を遠回しで考え想像させ作らせるものが数多くあります。

いくつかの楽曲から拾ってみましょうか。

 

「初恋」や「踊り子」「陽だまり」などの曲詩をたどりゆけば、至る所に見つけられると思います。

~五月雨は緑色~や ~夕映えはあんず色~ といった文学的で知的好奇心を掻き立てる描写、並び

~放課後の校庭を走る君がいた遠くで僕はいつでも君を探してた~ といった他愛なくもさりげない

けれど情景が浮かびつつ、自分が主人公になった様な想いも味わえるのではないでしょうか。

とりわけ“見つめてた”とか“追いかけていた”という普通の表現や言い回しではなく“探してた”

という表現こそ、登場人物の一途で切実な想いが込められていると思えてなりません。

~風に舞った花びらが水面を乱す様に愛という字書いてみては震えてたあの頃 浅い夢だから~

この部分にも文学的で知的好奇心を掻き立てられ、水面を“みなも”と読ませる所が意味深であり、

~浅い夢だから~ という表現とともに、恋に揺れる少年の(振り子細工の様な)淡きこころの描写

として的確かつ絶妙です。

さらに最後の~胸を離れない~ という部分が、より一層の効果を上げています。

 

「初恋」について思い出したことですが。

30年以上も前だったか、ラジオのインタビューで、ご自身の中学二年の時の実体験を基に作ったと

語っておられました。

初恋を夢見る少年の淡く儚い想い(片想いに揺れ動くふり子細工の如きこころ)を物語にして旋律を

付けると、こんな感じになるのかと感心したのを覚えています。

これには続きがあり、発表から約20年経った頃、楽曲のモデルになった初恋の女性とテレビ番組で

対面させれらたというのです。

それだけならまだしも、コトもあろうにその番組をYouTubeにアップした方がいました。

もちろん悪気など微塵もなく、往年のファンへのサービスとしてアップしただけだったのでしょう。

そうとはいえ、私にはいまいち的外れで趣味の良くない企画だったのではと、いささか残念で複雑な

気持にならざるを得ませんでした。

穿った言い方をするなら、公共の電波を悪用した安っぽいお涙頂戴劇とさえ思ったのです。

彼女を前に「初恋」を披露したのはいうまでもありませんが、ご両人とも懐かしさよりカメラの前で

晒し者にされている如き違和感を覚えたかもしれません。

それにもましてテロップに旧姓**と映った場面は、村下孝蔵さんにとってやさしくも残酷な仕打ち

だったのではと思えて。

 

やはり初恋は書いて字のとおり初々しく儚く脆いものであり、同時にいつまでも他の誰に触れられる

ことなく置いておきたい尊さもあると思うのです。

さらに当事者間のプライバシーもありますし。

言い方は少しキツイですが、あたかも70年代後半~80年代初頭にテレビ各局で数多く放送された

家出した未成年者に、両親兄弟がテレビを通じてもう一度家に戻る様に呼びかける家出人捜索番組と

同質の嫌らしさを感じました。

そういった難しくも厳しい事情等を承諾した村下孝蔵さん、初恋のモデルだった女性とその家族は、

器の大きな人だったのかもしれません。

ファンの間でも賛否両論があるでしょうが、私には答えなど出せず、また出す立場にもありません。

 

「踊り子」にはこんな部分があります。

~どこかへ行きたい林檎の花が咲いてる暖かい所ならどこへでも行く~

サラッと聴いただけではありきたりなフレーズにしか聞こえませんが、少し想像力を駆使してみると

描かれた文章の意味と登場人物の想いが伝わってきます。

「・・・林檎の花が咲くのは寒く辛い場所だから、暖かく穏やかな場所へ行こうよ・・・」といった

恋人同士の会話が聞こえてきそうです。

~坂道を駆ける子供たちの様だった倒れそうなまま二人走っていたね~ というくだりでは、些細な

ことでも崩れてしまう儚く危うい恋に揺れる二人の微妙なこころを感じます。

さらに最後の部分をみると。

~若すぎたそれだけがすべての答えだと涙をこらえたままつま先立ちの恋~

「・・・恋をするにはまだ若すぎたのでしょう・・・互いの出逢いが早すぎたのかもしれない・・・

いっそ忘れてしまえたなら・・・私のわがままを赦してほしい・・・」

といった、どれほど願えど叶うことない若すぎた恋の哀しみが伝わってきます。

 

長くなってしまいましたが、アニメ「めぞん一刻」の主題歌「陽だまり」についてお話ししてから、

村下孝蔵さんの生き方や人柄について考えてみたいと思います。

日本語のこころと魂の伝道師―唄人村下孝蔵の世界(4-2)5

中学生だった13歳の夏に「初恋」を聴いて以来忘れられなくなり、「・・・村下孝蔵という歌手は

いったいどんな人なんだろう・・・」と、あれこれ想像する様になりました。

YouTubeが自由に観られる今とは違って映像を通してご本人を観られるのはテレビしかなく、

まして一家に一台、良くてせいぜい二台しかなかった時代。

よって歌番組が近年に比べて多種多様であったにもかかわらず、まだ子供であったうえ家族間の制約

により自由にチャンネルを選べず、なかなかご本人の顔や姿を観る機会に恵まれませんでした。

それでも幾度か観た記憶によれば芸能人やスター歌手などとは程遠い、どこの街にいても当たり前の

ごく普通のサラリーマン風のおじさんといった人だったのを憶えています。

「こんな平凡な人だったとは。まるでどこかの会社の課長さんか部長さんといった感じで、おそらく

街中ですれ違っても誰も芸能人とは気付かないのではないかな」などと、声から受けた印象とかなり

かけ離れていたのに驚いたものです。

実際にファンの間では親しみを込めて“村下部長”と呼ばれていたといいますし、それゆえか芸能人

(シンガーソングライター)でありながらスターじみたところが皆無なばかりか、飾らない人柄でも

あった平凡さに好感を持つ人も多かったのではないでしょうか。

加えてサラリーマン的な風貌であったことと関連してか、私も人相風体を知った当初から懐かしさと

親しみの持てる人だと思う様になりました。

 

またこれも最近知ったのですが、歌手・シンガーソングライターになるべく広島フォーク村に所属し

活動を続け、ソニーのオーディションに合格してからもプロとして軌道に乗るまで10年以上に亘り

相当苦労されたという。

高校時代に音楽を志したものの決して順調という訳にゆかず、ピアノ調律師やCBSソニー社員など

サラリーマン時代を長く経験され、その時々に積み重ねてきた経験が“唄人村下孝蔵”の基礎基盤に

なっていったのかと感じさせられました。

だからでしょうか、初めから(とくに若い頃から)芸能界に居た歌手やタレントと違い、落ち着き、

余裕、おおらかさ、周囲への気配りが充分できるやさしく寛容でこころが深く広い人の見本ではない

かとも感じたのです。

言ってみれば器の大きな大人の男性(Gentleman・紳士)ともいうべく人であり、昨今では
芸能界に限らず滅多にお目にかかれない類稀で貴重なタイプといえましょうか。

若い頃から苦労人だったことに加え、かなりの読書家でもあったそうで、寸暇を惜しんではいろんな

書物や文献を熟読されていたともいいます。

それらを通じて時代や世界を超えた数多くの人と邂逅(かいこう)し、そこで得た教養や知性により

ご自身独特の世界(村下ワールド)を構築されていったのでしょう。

これもまたプロの意地であり、心意気というべきものでは。

 

話は変わりますが、村下孝蔵さんをはじめ概ね90年代前半までは、歌うことで自分を演じ表現する

者の多くがプロたる自信と責任、そしてプライドと名誉の基に正々堂々と立っていたと思うのです。 

よって歌い手自身にしか絶対出せず(表現できず)、安易に焼き直しやカバーできない(許されない)

独特の雰囲気やオーラを持っていたのではないでしょうか。

まさしくプロとアマが完全に分離され、対立も辞さぬ厳しい世界でした。

その点90年代後半以降、幸か不幸か良くも悪くも芸能界のみならず、音楽界のあらゆる分野並びに

場面でボーダレス(無境界線)化が進んだのは間違いありません。

社会情勢や時代の変化なり違い、さらに世間や聴衆の要請といえばそれまでですが。

 

とはいえやはり日本の音楽事情を質的に立て直し、なおかつ向上させてゆくためには楽曲の基である

曲詩(歌の詩)の内容以前に、先ず私たちが普段何気なく使っている現代日本語から洗い直す必要が

あるのではないでしょうか。

笑い話みたいですが、今や日本生まれで日本在住の日本人よりも、海外で日本語教育を受けた外国の

若い世代の方が昔ながらの丁寧でわかりやすく正しい“日本語”を話すといいます。

もしかしたらそう遠くない将来、日本で生まれ育った若い日本人が、外国人教師から正しい日本語を

教わるという逆転現象(日本語の逆輸入!)という異様な事態になるかもしれません。

そうなれば、村下孝蔵さんたち世代が残してきた業績はどうなるのか。

 

曲詩作成の手法や内容とともに、歌い方も洗い直さなくてはならないでしょう。

もっとも近年は価値観の多様化や個性の尊重などの問題もあり、一概に質が低下し乱れているばかり

とは言い切れませんし言い切る訳にもゆきませんが。

それでも楽曲は言葉を通じ世に残す財産ですから、せめて最低限の節度ある歌い方(表現)は守って

ほしいと思うのです。

一例として今もいろんな若手歌手・グループが歌い継いでいる楽曲に、ニッポンのスキヤキソングと

呼ばれた坂本九さんの「上を向いて歩こう」があり、街中や商店などで時折流れている様です。

当初どんな意図があったのかは別として、坂本九さんが好きで大ファンだったプレスリー並び独特の

歌い方である九ちゃん節を混ぜてこんな歌い方をしました。

~上を向いて歩こう~という最初の部分を捻り ~うへほむふひてあるこふほふ~ といった具合に

アレンジ?したのです。

その途端、作詞した永六輔さんが「お前俺の作った歌をこんな軟派な歌い方なんかしやがって!!」

とばかり息巻いて怒鳴りつけたそうです。

もちろん坂本九さんに悪気なんか微塵もなかったのでしょうけれど、永六輔さんにとっては若き日の

学生運動などで体験した辛い想いを込めて作った歌の詩を、笑われ茶化された如く感じ悔しかったの

かもしれません。

たかが歌詞、されど歌詞といった話ですが、歌う方と同じくらい詩を作る方にも真剣で切実な想いや

プライドがあることを思い知らされます。

これはほんの一例に過ぎませんが、坂本九さんのこの歌い方の良い悪いは聴く人それぞれの感じ方に

よるでしょう。

ただ近年の若手よりまだ愛嬌があったうえ、歌い手としての真剣さや重みに裏打ちされてのアレンジ

ではなかったかと思うのです。

こちらも時代や社会情勢の変化、及び違いといってしまえばそれまでかもしれませんが。

 

やや横道に逸れましたが、あともう少し村下孝蔵さんの生き方やプロとしての意地と心意気について

考えてから楽曲についても考えてみたいと思います。

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