Yukkoへの贈りもの(小説・エッセイ)

80年代アイドルに夢中だった方なら、どなたでもお越し下さい。 ここでは岡田有希子さんを主人公にした小説、及びエッセイを不定期ながら掲載しております。 他のアイドルが好きな方もぜひどうぞ! ご感想や意見を賜れば有り難く存じます。 順次続きを作成してゆきますので、よろしくお願いします。 *主な出演者【碧い硝子細工たち】(長編:全37話)・・・・・ 岡野真希:岡田有希子・ 溝田義男:ユッコフレンズの貴方・ ゼミのメンバー:80年代アイドルの同期生 *短編【Teenagelove一途なり】(全6話)・・・・・ 吉沢恵美子(教育実習生):岡田有希子 *他にもデビュー30周年企画など多数掲載しておりますので、ご愛顧いただけると幸いです。 *作成者:たけし(YouTubeユーザー名  OCRR31901 M16 チャンネルアドレス: https://www.youtube.com/channel/UCd8aiQtildSHV469Sz0QpEg)

有希子さんが祝ってくれた門出、そして新たな出発

長く厳しかった寒さもようやくおさまり、やっと春めいてきましたね。

これからは日毎に暖かくなり、一進一退だった気分も前向きになってゆきます。

3月に入ればほどなく卒業式シーズン本番となり、学びの窓を巣立ってゆく方々も多くいらっしゃる

ことでしょう。

人はそれぞれに節目を感じますが、こころに染み入ってくるのは始まりより終わりかもしれません。

私も毎年この時期を迎えるたび、大学を卒業して社会人になった頃を思い出します。

寂しさと背中合わせの、ひとりきりの旅立ちでもありました。

かれこれ25年も前ですが、新米で右も左もわからぬまま先輩や上司にあれこれ叱られ、一日も早く

新しい環境や仕事に慣れるべく一所懸命だったものです。

そのくせ一ヶ月もすればすっかり打ち解け、最初から居たかの様にふるまっていましたが。

私事で誠に恐縮なのですが、いくつもの卒業式で一番印象というか思い出に残っているのは、中学の

卒業式。

当時の私は高校入試と合否発表に加え、学級内での人間関係のもつれという問題も抱え、悶々とした

日々を送っていました。

ただでさえ受験!受験!受験!・・・!などと切羽詰まっているのに、学級内での人間関係が重荷と

なっていては勉強に少なからぬ支障が出るのは当然です。

大方の中学生にとって高校入試は人生の進路を決める最初の関門であり、親など親類縁者にとっても

我が子を試される場でもあります。

そんな時期に受験勉強以外の余分な問題なんぞ抱えていてはたまったものでなく、夜も眠れぬほどの

精神的重圧から気分はパンク状態。

後に何とか奇跡で志望校に合格して安堵しましたが、現実は周囲の大人たちの方が神経を使っていた

というから世話なしといった所で、まさに親の心子知らずです。

似た様な経験をされた方も多かったのではと思います。

いつの世にも時代にも卒業にちなむ歌はゴマンとありますが、ほとんどは高校の卒業式を対象とし、

想像させるものです。

恋人同士がそれぞれに択んだ途(未知)へ別れゆく寂しさと切なさが最大のテーマゆえ、どうしても

人生で一番多感とされる高校生に焦点が当てられるのでしょうか。

詳しい事情はわかりませんが、大人でもなく子供でもない微妙なこころを持つ世代という状況設定が

聴く者の琴線を振わせるのかもしれません。

そんな高校の卒業式をテーマとする歌が多々流れるなか、あたかも閃くが如く新鮮に聞こえた曲が、

1985(昭和60)年早春に流れた岡田有希子の「二人だけのセレモニー」でした。

初めて聴いた途端、これまでの卒業ソングとは全く違う雰囲気、及び歌詞に惹かれたのです。

とはいえ私はまだ歌手岡田有希子の顔と声が一致していなかったばかりか、前年秋にお菓子のCMで

少しばかり聴いた「恋・はじめまして」の断片的な記憶しかありませんでしたけれど。

にもかかわらず、だしぬけに「この人に会いたい!!」という変な衝動に駆られ、以来有希子さんが

忘れられない存在となってこころの奥に降りてきたのです(これこそ天使降臨だったかも)。

今にして思えば大学の卒業式、そして二人だけのささやかなお別れパーティーを想像させる大人びた

内容で、有希子さんらしくふさわしい楽曲だったのではないかな。

さしずめワンランク上の卒業ソングとでも言えば、当たらずといえず遠からずかもしれませんね。

歌詞の♪戸惑いも卒業よあふれるほどにあなたが好き♪というフレーズが合格の実感と卒業を間近に

控えてちょっと怖いくらいの時期、嬉しく高揚した気分だったのを今でもはっきり憶えています。

同時にこの年が人生で一番忘れられなかったのは、いうまでもありません。

ここでいささか自慢たらしいのですが、有希子さんのこの曲は私の門出、並びはなむけのために用意

されたのではないかと思ったものです。

辛くて何もいいことなんかなかった中学時代、こころを寄せていた片想いの娘と別れてしまう残念で

哀しかった場面とも重なっていましたから。

加えて式の最後、面倒をみてくれた先生が真っすぐに向き合ってただ一言、「おめでとう!」と祝福の

言葉と一緒に卒業証書を手渡してくれたのも忘れられません。

片想いだったとはいえ好きだったあの娘とはそれっきりになってしまいましたが、何処かの空の下で

幸せでいてほしいと願っています。

そして卒業証書を手渡してくれた先生も。

あれから30数年が経ち有希子さんはこの世の人でなくなりましたが、聴くたび当時のことが次々と

蘇ってくるのです。

おそらく有希子さんも歌詞に出て来る場面に憧れ、近い将来必ずや迎えるであろう大人の恋を探して

いたのではないでしょうか。

歌詞をじっくりと読んでゆけばゆくほど、向こうに広がる物語が手に取る様に見えてくるのです。

まさしく“戸惑いも卒業”だったばかりでなく、有希子さんが私の新しい出発というか門出を祝って

くれたのだろうと思っています。

中学三年の晩秋から翌年早春にかけて受験勉強と学級内の人間関係で苦しかったけれど、そんな殺伐

とした状況を僅か一時(ひととき)でも忘れさせてくれた有希子さんの存在は、干天の慈雨みたいに

ありがたい思い出として残っています。

「思い出に恋する様になったら人生おしまいだよ」などと言われて見下されるけれど、こんな小さく

他愛ない思い出こそ、今日の私を作っていることに改めて気付くのです。

いつかお逢いすることがあれば、感謝の意を伝えなくては。

そして何より受験真っただ中の方々、ぜひともサクラサクの春を迎えてくださいね!

2018年はユッコフレンズの分岐点

ついこの間新しい年が明けたかと思ったら、巷では恵方巻きやひな祭り商戦で賑わっているばかりか、

早々と年度末に向けた動きも始まって忙しなくなっています。

ご存じのとおり例年になく厳しく長い寒波がおとずれては各地に大雪をもたらすなど、こんな状態で

本当に春が来るのかと心配になったり。

けれどこの寒さを通り越せば、暖かくやさしい春がやって来ます。

あともう少し辛抱しましょう。

それはそうと、今年はユッコフレンズの分岐点になるだろうと思うのです。

もっとも分岐点というほど大袈裟なものなどではありませんが、デビュー日や誕生日、佳桜忌と並ぶ

大きな節目といってよいでしょう。

むしろ節目より分かれ目と言った方が良いかもしれず、大きく二通りに分かれると思うのです。

ひとつは今までどおり想い慕い続けることであり、もうひとつは一応の区切りというか見切りを付け

一線を画し離れた(冷静で醒めた)見方に変わってゆくことではないでしょうか。

今年はユッコこと佐藤佳代嬢の三十三回忌であり、これを機にユッコは佐藤家代々となります。

フレンズの思惑とは別に、佐藤家としても一応の区切りを付けたいと考えているでしょう。

気付けばもうこれほどに長い時間が経ったのかと感慨深く、そして我々も歳を重ねてきたのかと憮然

たる思いです。

わずか2年足らずだったとはいえ、ユッコは私たちに多くの想い出と夢を与え、生きる意味と勇気を

教えてくれました。

この間、多くのフレンズがいろんな形でユッコと接してきましたね。

ユッコに会いたいがためコンサートやイベントにせっせと通った方々、レコードやポスター、写真集、

ブロマイドの蒐集(しゅうしゅう)に凝った方々、ファンクラブに入っては毎月の会報に掲載される

スケジュールやユッコからのメッセージ、ふろくを楽しみにしていた方々など。

さらに親衛隊に居た熱心な方々など、それぞれに想いを馳せたフレンズがいました。

とはいえ、旅立ってから32年となり、ユッコと向き合ってきた若かりし日々から現在へ至る経緯に、

とりあえず区切りを付けるのが今年ではないでしょうか。

なぜならフレンズのほとんどが50歳前後となり、家庭や職場、ひいては地域社会での指導的立場に

なっているのですから。

並行して自身の半生を総括し、先の生き方を模索する段階に入ったこともあります。

もっとも「人生を振り返るにはまだ若くて早い、今これからこそ勝負だ!!」とばかり、意気込んで

いる方々の方が多数かもしれませんけれど。

そんな節目や動きを象徴なり予知するかの様に、昨年はファンミーティングやユッコ祭りなどが多々

催されました。

呼応してコンサートやイベントでの未公開音源、並び未公開写真などによるCD・DVD、写真集の

販売に向けた署名活動も始まりました。

またファンクラブの再結成を希望する声も少なからずあり、それぞれにユッコ関連で期待するものが

今なお多くあるのは喜ばしいことです。

同時にこれまでを振り返るとともに、この先岡田有希子と如何なる形で向き合ってゆくのかといった

課題を背負い、認識を新たにした年でもあったことでしょう。

いささか不謹慎な言い方かもしれませんが、三十三回忌を迎える今年は、ユッコと気軽に付き合える

最後の節目になると思うのです。

おそらく旧サンミュージック本社前に集うフレンズはもとより、成満寺を訪れるフレンズも、これを

機に急速に減少してゆくのではないでしょうか。

サンミュージックにせよポニーキャニオンにせよ、ユッコを知る人が年を追う毎に少なくなってゆく

ばかりか、世間や芸能界での記憶も薄れつつあります。

ユッコを直接知らない世代の人たちが人の親になるばかりか、昭和40年代生まれのおじいちゃん・

おばあちゃんが現れる時代になりました。

加えてそう遠くない将来、大木戸ビルも再開発に伴う解体が迫っているという話も聞かれます。

いわば年月の流れや社会情勢の変化、さらには私たちのこころの変化がもたらすフレンズの自覚なり

けじめであり、気持の整理を付ける時期に差しかかってきたのではないかと。

私の場合は特にこれといった気持の区切りなどないのですが、もうこれっきりきっぱりと手を引いて

決別しようと考えている方もおられるのではないかと思います。

いずれにせよ、生涯に亘って内側に留まり続けようする方々と、外側からそっと眺め見守ろうとする

方々に分離してゆくことは確かだと言えます。

果たしてユッコはフレンズのこころの変化を、どんな面持で眺めているのかわかりませんが、たぶん

淡々と受け止めているでしょうね。

「・・・・いつまでも私のことを想っていてくれるのは嬉しくてありがたいけれど、いつの日か必ず

逢えるのだから、みんなそれぞれの現在(いま)を大事に生きてほしい・・・・」と。

そして、「過去にとらわれることなく、未来志向で歩んでほしい」とも願っているでしょう。

あるいは「私のことなど忘れてしまってもかまわないから、家族や友人知人、恋人といった目の前に

いる人たちを愛して生きてほしい・・・・」ということこそ本当の願いとしているかもしれません。

これから先、どんな方向を進んでゆくのかは個々のフレンズによりけりでしょうけれど、唯一同じで

変わらないのは、いつもこころのどこかに歌手岡田有希子が居るということ。

それといつか必ず会える時を信じ続ける気持がある限り、ユッコへの想いをめぐり別れていた流れが

再びひとつになることではないでしょうか。

今の私にはそう思えるのです。

今のユッコフレンズが期待し望むものは

早いもので今年も残りわずかとなり、年末年始を控え誰もが忙しそうにしています。

先日までのクリスマス大騒ぎから一転し、次なるお正月に向けてまっしぐらといった今日この頃で、

改めて日本人の変わり身の早さと潔良さに唖然。

なおこの冬は例年より寒いうえ長くなるらしく、街中ではマスクをした人を数多く見かけます。

皆さんもお身体に充分気をつけておすごしくださいね。

それはそうと今年は生誕50周年とのことで、フレンズの間では先のデビュー30周年と並び何かと

盛り上がった年でした。

一環として7月末に名古屋と東京でファンミーティングやユッコ祭りが開催され、各会場とも往時の

フレンズで盛況だったそうです。

私は行っていないので詳細はわかりませんが、活動履歴やエピソード紹介のほか写真パネルの展示、

さらに本物かどうかわかりませんが、「哀しい予感」の衣装も展示されました。

そうやってこれまでの活動を振り返るとともに、歌手岡田有希子とこの先どういった形で向き合い、

付きあってゆくかという課題と認識を新たにするミーティングだったのではないでしょうか。

なおこれを機に今のフレンズはどんなことを期待し、望んでいるのか。

こちらも直接聞いたり調べた訳ではないので詳細はわかりませんが、各会場やネットでのアンケート

によると、以下のものが主な候補として挙がったそうです。

①コンサートやイベントなどの音源CD、及びDVDの販売

②未公開写真による写真集の販売

③ファンクラブの再結成

④フレンズ有志によるコレクションの展示会

⑤ユッコの楽曲のバンド演奏、並び歌唱大会

他にも何かしらあったと思いますが、概ねこんな感じ。

こうしてみるとわずか2年足らずの活動だったとはいえ、フレンズのこころにある歌手岡田有希子の

存在感と印象の強さ、ひいては深くたゆまぬ想いを再認識させられます。

当然ながら一番多かったのは①ですが、②③に期待する声が少なからずあったそうです。

コンサートやイベントの音源や画像は所属していたサンミュージックやポニーキャニオンが所有して

おり、販売となれば両社の理解と承認、さらに協力が不可欠であるのはいうまでもありません。

写真集の販売について両社は当然ながら、ご遺族の理解と協力以前に心情やプライバシーへの配慮に

細心の注意を払わなければなりません。

亡くなって長い時間が経っているものの、佐藤家の娘だったのですから。

ファンクラブの再結成も有志の力である程度は可能でしょうけれど、これも本家本元の理解と承認、

加えて支援があるに越したことはありません。

もっとも現在はネットやSNSによる個人レベルでの情報作成や発信が可能ゆえ、それらを駆使して

参加者を募るのも良いでしょうね。

ただファンクラブとはいえ、肝心なユッコ本人が不在な為、果たしてどういった形で運営されるのか

という疑問もあるのですが。

とはいえいつの日か実現することを信じ、ラジオ番組やネットによる署名活動も活発におこなわれて

いるそうですから、必ずや近未来販売される可能性はあると思います。

既にある程度商品化されており、未発表も含めた全56曲が世に出ていますから。

長らく待ち焦がれた末、購入したフレンズも多かったことでしょう。

コレクションの展示会や楽曲のバンド演奏については、以前からオフ会などを通して細く長く続いて

いた様です。

それでも生誕50周年という節目を機に、新たな企画が出てくるかもしれず楽しみですね。

他にユッコを題材というか主人公にした映画の制作・上映もあり、YouTubeでも他の歌手より

少ないとはいえ、歴代の番組を編集した動画や音源アップが続いているのはいうまでもありません。

ユッコへの想いを綴った文集や小説を作って成満寺に置かせてもらい、訪れるフレンズへの贈りもの

というかメッセージ代わりにしている方もいます。

どんな内容のお話が書いてあるのやら関心がありますが、未だ読んだことがなく残念です。

もちろんメッセージノートへの記帳も続いており、かれこれ数十冊にも及んでいるそうです。

こうしてみると、今なおユッコに対するフレンズの想い、並びに期待する事柄の多さや熱意が絶える

ことなく続いているのが嬉しくなってきます。

それにもまして未来志向というか建設的、かつ前向きな見方や思考へと転換してきたのも、おおいに

歓迎すべきことです。

やはり旅立ってから30年以上が過ぎ、芸能界はもとより世間一般においても何かと色眼鏡で見られ

続けていたタブーな雰囲気が払拭され、ごく普通で当たり前の存在になった証拠でもありましょう。

まさに悼み偲ぶことから、想い慕う新たな段階に入ったのです。

どんなに時間が経っても、どんなに時代や社会が変わっても、いくつになってもフレンズのこころは

変わらないのだと思わされます。

あたかも遠い昔に引退し、今なお何処の空の下で暮らしているであろう人を想う如く。

若き日に恋心や願いにも似た想いを寄せた懐かしさ、それにもまして他人には言えない少しばかりの

照れくささもあるのではないかな。

そんなこんなで今のユッコフレンズが期待し、望むこととは何かを考えてきました。

もちろんそれ自体は良いことですが、だからといって一方的に自分たちの欲求を満たしたいがままに

動くのは避けなくてはなりません。

その辺は皆さん節度なり分別ある大人ですから、問題ないと思います。

これからもユッコへの想い慕う気持を持ちながら、どこかで逢う日まで生きてゆきたいですね。

最後になりましたが、皆さんどうぞ佳い年をお迎えください。

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