4月になって皆それぞれの会社で新しい途を歩み始め、真希も専門学校で講義と実習に明け暮れる
日々が続いていた。
初めのうちこそ学生時代の友人たちと街で会ったり電話で何かしら話などしていたものの、やがて
ゴールデンウィークを過ぎる頃から忙しさにかまけ疎遠になっていった。
社会人と専門学校生の違いとはいえ、大学という世界を離れてしまうと時間の過ぎるのがことさら
早く感じられてならない。
「あーあ、みんな社会人になって会社に勤めて自分で生計を立てようと頑張っているのに、自分で
選んだといえ私だけまだ学生なんて情けないような恥ずかしいような・・・」
学校からの帰り道、真希は少しばかりの後ろめたさから溜息を吐いた。
五月晴れの午後、ぽつんと一人ショッピングモールのカフェテラスで空を見上げ、今頃新人研修で
慌ただしく過ごしているであろう皆の様子を想像していた。
「やっぱり私も皆と同じように就職した方がよかったかな・・・何だかこのままでは取り残されて
ゆきそうで寂しいな」
悪いことをしている訳でもないのに、どうしても罪の意識と不安がまとわり付いてくる。
「でもスタイリストになるためこの学校を選んだんだから、将来への投資と割り切ってがんばろう
・・・晴子だって一大決心して新しい途を拓いたんだから!」
そう思うとモヤモヤしていたものが吹っ切れ、もう少しここで休んでゆこうと芸能誌を開く。
相も変わらずタレントの誰かさんと誰かさんがくっついただの離れただのという、ごくごく平凡で
他愛ない記事が載っている。
心地良い風がページをめくりながら流れてゆく。
何となく可笑しくなって気分も軽くなり、いつしか眠り込んでしまった。

「真希ちゃん、こんな所で寝てたら風邪ひくわよ。真希ったら、早くしないと間に合わないわ」
有佳の声が聞こえたような気がしたが、声をかけてきたのはウェイトレスだった。
「お客様、申し訳ございませんが間もなく閉店の時間でございます」
「あら、すみません」
慌てて店を出るともう夕暮れ。
明かりの灯り始めた商店街を歩きながら、「さっきの声はどう考えても有佳に違いない・・・なぜ
こんな時に有佳の声がしたんだろう。何かの前触れかしら」
別に深い意味などないのに、有佳が大事なことを告げに来たのではないかと気になった。
家に帰りついても先ほどの声が有佳に思えてならず、続きが気になって仕方ない。
「何がどう、間に合わないんだろう?」
あれこれと想像してはみたものの、答えはわからなかった。
「真希どうしたの、考えこんじゃって」
母親が怪訝そうに覗き込む。
「いや、何でもないの。授業でちょっと解りにくいとこがあって」
差し障りない返事でその場を誤魔化した。
「解らないことがあったら、すぐ先生にきかなきゃだめよ。それと復習もしないと」
「そんなことくらい解ってるわよ。お母さんっていつもお節介ね。いつまでも子供扱いしなくって
いいじゃない」
母親のお節介を振り切るように部屋に引き上げる。
芸能誌を眺めるが如く読んでいると、しばらくして母親の呼ぶ声がした。
またもやお節介の続きかと思いながらも、しぶしぶ降りてゆくと
「有佳ちゃんから電話よ」
まるで予知していたかのようであった。
「真希ちゃんお久しぶり、元気にしてる。こんな時間に電話なんかしてごめんね。ちょっとばかり
話しておきたいことがあるんだけど、時間いいかな」

「えっ、何ですって・・・まさか」
「そうなの、私もこんなことまでは予想してなかったんだけど・・・」
有佳が話すには研修が終わり本採用になったら、7月1日付で隣りの県の支店に配属されるという
のである。
「それじぁもう自由に会えなくなるの・・・会社の都合なら仕方ないわね。残念だけど」
夢の声はやっぱり有佳だったのかと気付き、黙り込んだ。
そんな真希の気持を察したのか
「大丈夫、たかだか隣りの県だもの。休みの日なら会えるわよ」
「ええ、そうね・・・ところで他の人達のことは何か知ってる?」
話題を変えようと切り出した。
「ゴールデンウィークの後は誰にも会ってないから、誰がどうだかわからないの・・・そういえば
杏子も研修が終わったらS県の支社に配属になるって言ってたわ」
「みんな離れてゆくのね。ちょっぴり寂しいけど、仕方ないのかな」
真希はみんなが自分一人を残し去ってゆく様で少し気が滅入った。
それでも何とか思い直し、しばらく話して受話器を置いた。
部屋に戻っても気が滅入ったまま。
せめて音楽でも聴いて気を紛らわそうとレコードをかけてみたが、どうしても皆と自分を想う余り
ただ流れ過ぎてゆくばかりだった。
仕方なく今度はラジオをつけてみたものの、つまらなく取るに足らない若手タレントのお喋り。
これまた真希には何のカンフル剤にもならない。
ほとんど気分も高揚しないまま見上げると、時計は午前0時を回っている。
「そういえば新聞社に入った義男さん、どうなんだろう、どうなるんだろう・・・」
義男のことが気になって目が冴えてしまった。
「二度あることは三度あるっていうけどまさか・・・」
義男がある日、自分に何も告げず遠くへ行ってしまいそうな予感がした。

ブログ投稿:2014(平成26)年05月04日