夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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July 2019

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 常備菜のランチです。
 牛肉しぐれ煮、鮭のちゃんちゃん焼き風。
 ナスの浅漬、じゃがいものきんぴら、かぼちゃのバター麺つゆ、ズッキーニのオリーブオイル蒸し。
 そして玄米ご飯。
 常備菜を常時そろえておけばいつでもワンプレートランチはOK。
 まあそれにしてもレパートリーが増えましたなあ。
 我ながら大したもんです。
 あっ、それからコーヒーはベトナムコーヒーです。
  



 京都にはまだ行っていないところがたくさんある。
 醍醐寺や大徳寺もそうである。


◎ 醍醐寺
  五重塔は火災や兵火などを受けずに平安時代から残っている。
  天暦5年(951年)に建立したもので京都府内で最古の木造建築物である。
  内部には両界曼荼羅の諸尊や真言八祖像が描かれている。
  中でも空海像は現存する空海の画像では日本最古のものとして知られる。
  三宝院は文明の乱で焼失したが秀吉により再興された。 
  所在地 京都市伏見区醍醐東大路町2-2
 こちらは伏見区。


◎ 大徳寺
  豊臣秀吉が天正10年(1582年)織田信長の葬儀を営み信長の菩提を弔うために総見院を建
 立している。
  江戸時代の初期に紫衣事件が起き大徳寺の住職だった沢庵が流罪となるが後に幕府との関
 係は修復している。
  境内には七堂伽藍が立ち並び塔頭20ケ寺以上が連なる。
  それぞれの塔頭には美しい庭園や貴重な美術品が残されている。
  三門は金毛閣の名で知られる。
  この門が原因となって千利休が自害させられたと言われる。
  聚楽第の遺構と伝わる唐門は国宝に指定されている。
  所在地 京都市北区紫野大徳寺町53
 こっちは北区。
 日程の関係からどちらか一箇所になりそうだ。



 今もギター弾き語りしている数々のフォークソングの中でまずは、東京。


 マイペースは秋田出身の3人組で、放送禁止歌、で知られている、山平和彦、 のバックバンドをしていた時この、東京、でデビューしている。
 この歌が発売された当時の東京は大気汚染などの公害や交通渋滞など様々な問題を抱えていた。
 そうした状況にあって、マイペースの東京、は、君の住む美し都、東京にはもう何度も行きましたね、君が咲く花の都、と歌っている。
 マイペース、が、秋田、と知って、あの当時そんなに頻繁に東京と行き来できなかったろうにまるで今の時代のように頻繁に上京帰郷している歌がこの、東京、なのであるけれど、そこがどうも私の記憶と重ならず歌う度いつも途方に暮れているのである。
 次、神田川。
 この歌もよく歌っている。
 本書ではその場所について紹介している。


 神田川、の歌碑は、神田川と大久保通りが交差するところにある。
 末広橋横の公園にある( 中野区中央1-13-9)。
 喜多條忠が立ち止まり指し示したのは何ということか私が仕事場にしていた部屋とそれこそ目と鼻の先ではないか。
 (略)
 この地は戸田平橋近くとされる( 新宿区高田馬場2-6-10辺り)。
 と。
 そしてこれらの舞台はもう60すぎの爺さん婆さんがいわゆる青春時代と言っていたときのもので、今の若い人にはチンプンカンプンなものなのかもしれない。







 さて今回は9月京都旅行をする予定だ。
 目的はズバリ二男夫婦に子宝が授かること。
 そこでズバリ、上賀茂神社の摂社、片岡社、と、野宮神社にある、白福稲荷大明神、をお参りしてきたい。まず、上賀茂神社。


 ハート型の絵馬の霊験は?
 ハートの形をした絵馬は、縁結絵馬、と言われるもの。
 上賀茂神社の摂社、片岡社、がある。
 正しくは、片山御子神社、という。
 賀茂別雷大神、の母である、玉依媛命、を祀っている。
 平安時代から恋愛成就の神様、子授けの神様、として崇敬され、紫式部も度々参詣し祈願している。
ということのようです。
 ここはぜひお参りしましょう。
 次、野宮神社。


 黒木の鳥居で知られる嵯峨野の神社。
 野宮神社のある一帯は、嵯峨野、と呼ばれる。
 ここは竹林や森の中に点在する名所を見て回る、嵯峨野巡り、で人気のエリアだ。
 野宮とは平安時代伊勢神宮に仕える未婚の皇女斎王(斎宮)が潔斎(身を清める)した仮神殿のことをいう。
 (略)
 白福稲荷大明神、は、子宝、安産の紙として信仰されている。
 ここは嵯峨野巡りをしながら行ってみようと思う。





監督:竹中直人
出演者:竹中直人、 成海璃子、 沢村一樹、 AKIRA、 マイコ
収録時間:116分
レンタル開始日:2010-01-22

Story
俳優、映画監督として異彩を放つ竹中直人が成海璃子主演で贈る笑撃のホラーコメディ。女子高生の岡垣内美香代は、歴史研究会の合宿で山形県・御釈ヶ部村を訪れる。ところが、観光キャンペーンのイベントで掘り起こされた祠から平家の落ち武者が甦り…。 (詳細はこちら
 
 山形とは名ばかりで、一体どこが山形なのかわからなかった。
 ただ一箇所、庄内映画村の赤い建物だけは確認できた。
 どこかわからないからいいのかその逆なのか。
 女子高生が中心になって活躍する作品に、スイングガール、があった。
 あの作品は山形は米沢置賜を中心にしたものでところどころにその米沢置賜の景色がまぶされており本当に楽しいものだった。
 あの作品には本作監督の竹中直人も出演していたからその勘どころは十分知っていたと思うのだけれど…。
 そして本作のもう一つの欠点はホラーなのかコメディーなのかはっきりしない点。
 もう一つポリシーがはっきりしない。
 女子高生のイキイキした生態なのか怖い霊の話なのかはたまた殺陣なのか。
 ちなみに山形というのは、山方、ということでつまり、山の方、本作が作られたと思われる、庄内、から見た、山の方、山方、山形、なのであって、本作は、庄内スクリーム、とすべきであった。



 ちあきなおみは不世出の大歌手の一人と言えるのではなかろうか。
 急に出てすぐにいなくなった歌手ではなくたとえば、喝采、が大ヒットし、人々に記憶される歌手だったはずだ。
 その音信については


 2007年4月に吉田は作詞家としての功績が認められ紫綬褒章を受けた。
 年に一度の周期でかかってくるちあきからの連絡はそれを祝うものだった。
 「6月に久しぶりに電話がかかってきて羽足の紫綬褒章をものすごく喜んでくれたんです。(略)僕が、そろそろ歌う気にならない?って聞いてもいつものように、ええまあ、ってはぐらかすんですよね」
とのこと。
 巷間言われていることそれに本書でも言われていることは愛する夫が亡くなりその後人目に出なくなったということ。
 それでも名曲は多く


 「矢切の渡し」はレコードの再発売もあって有線チャート1位を独走する。
 ただし主役であるちあきは「前のレコード会社でのこと」と一切歌おうとしない。
と、矢切の渡し、も彼女の歌だったのだ。 
 そしてこの事実を知った私はすぐYouTubeで確認したのだった。
 そうしたら、なんと上手なことよ、細川たかし、のとはまた別個の立派な、矢切の渡し、であった。
 この不世出の歌手の歌声をもう一度聴きたいものだ。



 長渕剛という人に自殺願望があったのだろうか。


 再婚のあとも順風満帆な人生が待っているのではなかった。
 長渕は30代を通して母の病と衰弱音楽業界へのいらだち長く続けてきたライブ活動の疲労などもあり一つのどん底と言っていい季節を迎えていく。
 その中でどうしようもなく死という問題へと強く引き寄せられて行った。
 常に死を意識していたのか。
 そして


 長渕剛10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓
 そして第一部の最後の曲は、勇次。 
 その時長渕は、生きてて良かったじゃないかみんな、とむせび泣くかのように叫んだ。 
 たとえ裏切られ虐げられてきた人生でも生きててよかったじゃないかと。
 なんて長渕らしいんだろうと思った。
 この人は今10万人の熱狂に囲まれてすらどこか生きていてよかったとは思えないそんなどうしようもない気持ちと戦い続けているのか。
というような気持ちでいるらしい。
 それでもこの人のたぎる才能には惚れ惚れする。
 聴いているものが共感する歌のなんと多いことか。
 翻って生きててよかったという気持ちというのは一体どういうものなのだろうか。
 つまり、よきこと、がたくさんある人生であればそれは生きててよかったということなのだろうか。
 そもそも、良きにつけ悪しきにつけ、生きるしか他に手はないんだよね。
 そして毎朝生きててよかった、有難う、と私なんぞは思っている。
 だから強いて、生きててよかったじゃないか、などという問いは必要ない。
 そういう意味で著者の言う長渕剛と私はシンクロしないのである。

監督:山田洋次
出演者:渥美清、 倍賞千恵子、 前田吟、 佐藤蛾次郎、 下條正巳、 吉岡秀隆、 後藤久美子
収録時間:101分
レンタル開始日:2004-12-23

Story
「男はつらいよ」シリーズの第45作目。東京で就職をした泉は、週末になると満男の家に遊びに来ていた。ある日、友人の結婚式のために宮崎へ向った泉は、そこで寅次郎と遭遇。しかし、久々の再会を喜ぶのも束の間であり…。 (詳細はこちら
 第45作。
 寅が怪我をしたとは言え本当に寅のフットワークが悪くなった。
 マドンナである風吹ジュンも柴又に来ることはなかった。
 時代は平成初期。
 ホンダシティカブリオレも走っている。
 満男と後久美の時代でもある。
 とはいえ寅の出番が少ないのは寂しい。
 寅が元気だった頃が懐かしい。
 いよいよあと、4作。
 おいちゃん、おばちゃん、さくら、も年を取ってしまった。
 

20190722_060102 今年村山の、東沢薔薇園、から買ってきた薔薇が咲きました。
 妻は大喜びです。
 そして私が絵手紙にする。
 水彩の面白さがじんわりとわかってきております。
20190721_155729

新聞という病
門田隆将
産経新聞出版
2019-06-07



 そもそもこの題名は、朝日新聞の病、とつけたかったに違いない。
 朝日新聞の誤りや過ちをこれでもかこれでもかと明らかにしている。
 そしてそれは今日の日本のメディアの問題点を明らかにしていることでもある。
 一方的な発信による誤ったリード、それによる報道対象の甚大な被害は一体どれくらいのものか。
 その被害は一方的であるがゆえにすなわち反論がなされないがゆえの弊害だ。
 その報道が誤報であったかどうかは報道がなされた時点ではわからない。
 誤報であったと謝罪がなされた時点ではすでに先の報道が独り歩きしている。
 少しの謝罪くらいでは誤報だったということは大衆に認識されない。
 明らかな誤報として福島第1原発事故の、吉田調書、を著者は取材し徹底的にその、朝日の誤報、を暴き出している。
 その、朝日の誤報、は、従軍慰安婦問題、でもあったこと。
 これだけの誤報をして誤報が誤報のまま独り歩きして、先の誤報がまるで正論化のようなままの日本の実態、このことを考えたら著者の活動は、人の尻拭き、ではあるが、まっとうなことでもある。
 それでもまるで常に日本が悪いかのごとく考えているそしてそのように言い張る野党諸君には幻滅を感じているのは私だけではあるまい。
 野党は何らかの正論を訴えなければ本当にこのまま一強時代が永遠に続いてしまう。 
 本当にどこに真実があるのだろう。
 誤報の度頭を下げ続け、部数を減らす朝日よ、あなたは一体どこへ行く?
 そして私はいつまであなたを支持していかなければならないのだろうか。
 あなたは実は私の命の恩人でもあったのだ。
 他紙とは全く違う正論のおかげで私はあなたから命を救われたことがあった。
 だから今もあなたを取り続けている。
 これ以上の歪曲した誤報は出さないよう本当に注意してもらいたい。 
 さてことは、朝日、だけの問題ではない。
 昨年の一連のスポーツ界のパワハラ問題、今年の芸人の闇営業問題でも同じような図式が続いている。 
 すなわち言った者勝ちの状態。
 奇しくも朝日の問題も含めて同じキーワードが出てきたりしていて。
 宮川さん、に、吉田さん、なにかピンとくるものがありませんか。
 宮川さん問題では、パワハラの被害者が一方的にメディアに露出したが、パワハラ側の反論は無視された。
 魔女裁判でしたな。
 裁判以前に捜査機関が嫌疑なしとしているにもかかわらず、そのことは多く語られず…。
 結局一番最初の報道つまり言った者勝ちの状態が続いている。
 そして言った者も決してうまく行っていないようだ。
 吉田さん問題もしかり。
 火消しなど誰も読まない。
 したがって、従軍慰安婦はあり、福島第1原発事故では9割もの従業員が職場放棄したという誤報が今もって真実として語られている。
 結局誤報というのは決してあってはならないということ。
 誤報と判明した段階で少なくとも1年間は一面に誤報記事の掲載やテレビに広告するなど国民に周知させるべきであること。
 同様に一方的なメディア露出はあってはならない。
 記者会見というシチュエーションを使うのであれば対者にもそのシチュエーションを与えるのでなければやってはいけないというルールを作ること。
 したがって今回の、宮迫、亮、の記者会見に対する反論の記者会見の予定があってしたことなのかどうかメディアはしっかりやってほしい。
 そうでないとまた昨年の宮川さん事件のようになってしまい、両者に傷がつくことになる。
 今日の報道の実態を見ていると何が真実の報道なのか全くわからない自体が続いていることに憂慮している。
 いっそのこと新聞は読まずテレビは見ないことにしようか。
 
 

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