2008年第61回日本推理作家協会賞受賞作。
 主人公はキャリアの警察署長。
 階級は警視長。
 署長の階級が警視長などというのはあまり聞いたことがない。
 そこに2階級下の 警視の方面本部長が怒鳴り込んでくるなどということは決して階級社会である警察ではあり得ないことに違いない。
 しかしながらそれがまた真実味を帯びているのは作者の取材力のなせるわざだと思う。
 警察の奥深くに切り込んで警察の細々とした状況を確実に精緻に取材してそれを織り込んでまるで本物のような話に仕上げてある。
 しかしながら著者が作品で言っている

 さらに60年安保,70年安保,学生紛争,三里塚闘争等々警察は民衆の運動や左翼の活動をことごとく封じ込めてきた。
 古今東西警察というものはそういうものだ。
 犯罪の捜査や防犯というのは言ってみれば付随的な役割にすぎない。

などという考えに私は賛同できない。
 警察から犯罪捜査を取ったら一体何が残るというのか。
 犯罪捜査は一体誰がするというのか。
 そしてその被害者たちによりそい,あるいは被害にかかろうとする人々を守る防犯という側面を一体誰が担うのか。
 警察が警備だけというのであればそれは全く別個の組織にすべきではないのか。
 小説を読んでここまでマジに 議論をしようとする自分に笑ってしまう(笑)。

 「いや一度受話器を取った犯人は必ずまた取るものなんです。そしてだんだん受話器を取る時間的な間隔が狭まっていきやがて通話しっぱなしになる。それが通常のパターンなんです」

 などということがSITあるいはSATから本当に聞いた話なのかどうかわからないけれども信憑性のある話だなと思った。
 警察では決して外に出していないはずなのに,N,の実態も既に小説の中では語られておりまたドラマでもあるいは映画でもそれが何であるか明らかにされているわけだから当然上記の話もあるんだろうなあと感心した。
 それから本作がミステリーとして機能するための肝である部分

 「犯人が持っていたベレッタの自動拳銃とSAT が持っていた MP5というサブマシンガンは同じ実弾を使うんですよ」

 なのだそうだ。
 これでこの本件の詳細がまた我々も推理できるという仕組みになっている。
 ただあまりにも素晴らしい警察小説ですので読後その感動のこじんまりとしてしまうというところが欠点だろうか。