染五郎の超訳的歌舞伎
市川染五郎
小学館
2013-10-04


 まずは,仮名手本忠臣蔵,から。

 この事件が赤穂浪士がいろは47文字と同じ人数だったことから「仮名手本」そこに大石内蔵助の蔵をつけて「仮名手本忠臣蔵」と題して劇化されます。
 するとお上への不満が溜まっていた庶民は自分と赤穂浪士を重ね合わせたのでしょう。 
 まるで鬱憤晴らしのように興奮し絶大な人気を博すことになりました。


 忠臣蔵を史実に忠実にすると少なくとも劇化されたものとは違うということは多くの歴史家から指摘されていることである。
 しかしなぜ庶民がこの劇に浮かれたかということは上記のとおりである。
 ノンフィクションに自分を重ね合わせるということは今もそのとおり行われていることであり,それがたまたま赤穂の殿様が殿中で刃傷沙汰を起こしたことに端を発し,そんなこと許されることか否かはともかく,討ち入りを果たしたことが,劇化されたことで熱狂的な人気を得たということですな。
 次,勧進帳,ですか。
 関所を通り抜けると弁慶は義経に涙を流して打擲したことを謝ります。
 義経は手を差し伸べ万感の思いをこめて礼を述べます。 
 このことによって主従の絆が更に深まり旅立とうとしたその時富樫が最善疑ったわびにと酒をわたしにやってきます。
 弁慶はそれをありがたくいただき豪勢な舞を披露します。

 それにしても昔の人はこのような歴史的な物事を劇化する能力に秀でていたんですなあ。
 それがほんの50年くらい前まで当たり前のように語られていたのだ。
 つまり幼心にも先述の赤穂浪士の話やこの義経主従の話は覚えていたことだ。
 それが今の小学生にはわかるまい。
 こういう話が日本人から離れていってしまった理由は一体どこにあるのだろうか。