夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 小説



 ミステリではよくある離れ小島。
 そこに大学ミステリ研究会のメンバーが訪れるが、
 

 お前たちが殺した千織は私の娘だった。

とのおふれがメンバーになされる。
 犯人の動機は



 千織の生家である角島の青屋敷。
 そこで彼女の両親が巻き込まれた惨劇。
 自分達の好奇心を満足させるためにその島へ渡る彼ら6人の罪人。
 その構図は彼らの全てを何か鮮明な色彩でもって塗りつぶし粛清してやりたいという衝動を煽り立てずにはおかぬものがあった。
 最初は角島で6人を殺しその後自らも死のうと考えた。

というもの。 
 実は得意技の速読をしてわかったつもりだったが、全く理解をしていなかったという私のお粗末でもう一度読み返し、なんとなくそのストーリーはわかったものの釈然としない。
 で、この話もまた叙述といわれるのだが、結局叙述=独善、ということになるのか。
 ミステリとはかくも奥が深いということであり、ひまつぶし(ひつまぶしではないぞ)で読むものではないのだぞ。
 叙述とは独善だがそれでも読み進めるべき価値のあるものでもあると思う。

容疑者Xの献身
東野 圭吾
文藝春秋
2005-08-25


 第134回(2005年下半期)直木賞受賞作品。
 本作品はこのほかの賞を取りこの年の5冠作と言われている。
 その賞のうちに本格ミステリに与えられるものもあったが、二階堂黎人が意義を申し立て議論になったと言われている。
 一応収束したらしいが、二階堂にとっては今もその主張を曲げるということはないようだ。
 それはともかく本作品は



 「僕の言っている意味がようやくわかったようですね」
 湯川は言った。
 「そうなんです。石神はあなたを守るためもうひとつ別の殺人を起こしたのです。それが3月10日のことだった。本物の富樫慎二が殺された翌日のことです」
 靖子は目眩を起こしそうだった。
 座っているのでさえ辛くなった。
 手足が冷たくなり全身に鳥肌が立った。

ともう一つの殺人事件を起こすというトリックを使ったものである。
 トリックは面白いが
  

 どういう経緯があったのかはわからないが、石神は花岡靖子の犯行を知りその隠蔽に力を貸すことにしたのだろう。
 彼は死体を処分するだけではダメだと考えた。
 死体の身元が割れば警察は必ず彼女のところへ行く。
 そうなると彼女や彼女の娘がいつまでもシラを切り続けられるかどうかは怪しいからだ。
 そこで立てた計画がもう一つ別の他殺体を用意しそれを富樫慎二だと警察に思い込ませるというものだった。
 警察は被害者がいつどこでどのように殺されたかを次第に明らかにして行くだろう。
 ところが捜査が進めば進むほど花岡靖子への容疑は弱まっていく。
 当然だ。
 その死体は彼女が殺したものではないからだ。
 その事件は富樫慎二殺しではないからだ。
 君達警察は全く別の殺人事件の捜査をしていたというわけさ。

までしなければならなわけがどこにあるのだろうか。
 そもそも第一の殺人は法的に正当防衛が成立するものであり、情状酌量の余地が十分にある。
 その事件を隠すためにどうしてホームレスを一人殺さなければならないというのか。
 第一の被害者富樫慎二という人間性がよくわからないが、そのDVてきな性からして警察沙汰がなかったとは思われない。
 だから指紋が採られている可能性が十分に認められる。 
 さすれば、第二の被害者技師は他の殺人被害者ということが明らかになるのではないのか。
 二階堂黎人はそのへんのことを指摘したのではないか、詳しくはわからないが。
 まあいずれにしろ5冠だからねえ本作は。
 誰がなんと言っても名作なんだろうよ、きっと。



 著者は小説家というより評論家の方で喰っていると言う感じの方か。
 本書には2作収録されているが、そのほか余計な?記事もあって、それなら作品を書くなよなんて思ってしまうのだ。
 うーむ、私は二刀流がどうも嫌いなのである。
 それはともかく探偵について
 

 一般に私立探偵は警察の捜査に自発的な協力などしないものだ。
 警官に貸しを作ろうという下心でもなければまた職業倫理に忠実な探偵なら犯人隠匿罪に問われる限度まで依頼人の利益を守ろうとするに違いない。
 それには番犬と野良犬は仲が悪いという以上の意味がある。
というが、いや逆に探偵小説上、
1 ほぼ警察からフリーパス状態あるいは完全に刑事がお師匠様扱いしているもの
2 最初から最後まで探偵が出て警察が全く関与しないもの
3 2の逆=警察小説
があって、番犬と野良犬という表現は好きになれない。


 二度目のストーキングは先月からなんですね。
 最初の手紙は10月中旬にとか。
 我慢できなくて私の家に百合佳さんが電話してきたのは11月の末のことです。
 私はクライアントを精神的に立ち直らせようと懸命に努力してきました。
 でもこの問題はセラピストの守備範囲外です。
 せっかくストーカーを素材にしているにもかかわらず結局著者は自分の評論家としてのポジションから逃れられなかったもので、無理が無理を生んで無理な小説になったということでしょうなあ。 
 やはり二刀流はだめですよ。

誘拐犯の不思議
二階堂 黎人
光文社
2010-07-17


 まあそれにしてもトリックは数多編み出されるわけで、しかしながら、出尽くした感もある中いかにして読み手の目を誤魔化すかということなのである。
 ここに著者の考えがある。


 そうですね。
 正直に言えば心霊現象と言われるもののほとんどは眉唾だと考えていいでしょう。
 つまり心霊写真や空飛ぶ円盤などを写した写真も人工的に作ったものだと考えた方が無難です。
 念のために言っておきますが僕は頭から未知なるものを全て否定するものではありません。
 幽霊、妖怪、 UFO、 宇宙人 、UMA などについて趣味的に想像したりそうしたものの正体を情報を得て探ったりすることはとても楽しいことです。
 それで僕たちをハッピー・グレート・ワンダフルな気分にさせてくれることもありますからね。

 というもの。
 つまり不思議に思えるものをいかにして解明するか、これがミステリ作家の本懐とでもいうのか。
 本件は


 何度も言ってるだろう。
 俺はあの誘拐事件を警察沙汰にするつもりはないのだ。
 そしてもう一つの理由はこの堀田洋一は彩子を救出した3日後に死体となって見つかっている。
 お台場の海に死体が浮かんでいたんだよ。
 つまり手がかりはそこで途絶えてしまったわけだ。

奇術的なトリックを駆使し、アリバイ的にありえない者が犯人になると言う話になるのだ。
 そのトリックは、買い、だが、ストーリーとしては、いまいち、かな。



 本シリーズの主たる出演者、木場のいう


 ボケカス馬鹿の揃い踏みだと、木場は悪態を吐いた。
ボケは、榎木津礼二郎、カスは、関口巽、馬鹿は、中禅寺秋彦、のことである。
 本作は明らかな叙述物で、そうであるという大前提で読み進めるとなるほどと納得できるが、普通のミステリのつもりで読み進めると全くつまらないものである。
 要するに饒舌であるが、話が前に進まない。 
 能書きはどうでもいいから話を前に進めてくれ!と言いたくなる。
 本件十分な期間を空けた連続殺人事件が迷宮入りのままということ自体ミステリの世界でもありえない話で、それがなぜかれこれ30年近くの間に新婚花嫁が同じシチュエーションで5人も殺されたか、などということが放置されるわけはないのである。
 このような殺人の類型が存在する確率は十分あるが、犯人が見つからないということは今の科学捜査では到底考えられない。
 京都府警の科捜研の、榊マリコなら、多分30分の間に解決してしまうだろう。
 それはともかく本作は


 過去四度に亘り伯爵はその悲しみを味わっているのです。
 これ以上あの純粋な人を傷つけてはいけないとー私はそう思うのです。
と5人目の被害者となる新たな花嫁、奥貫貴子、が決意を語る。
 ぐだぐだ話は進み


 やー殺られてる!
 (略)
 奥貫貴子が殺された。
  
のだが


 伯爵にとっての 殺人とはつまり人間をこの世界から消滅させてしまうことであり、そうでなければ、人間の形を失わせてしまうことなのである。
 人間の形をしてこの世に存在している以上伯爵にとってその人は生きているのだ

という論理が本作では存在することとなり 
 

 そう由良行房博士は栄田庸治郎さんに妻の剥製を造らせたのです。

となる。
 新書版の講談社ノベルスで749ページ。
 饒舌冗長な一人善がり本なのだが、なぜか捨てる気になれない叙述ミステリであった。

東尋坊マジック (実業之日本社文庫)
二階堂 黎人
実業之日本社
2015-03-06


 この作品は2つの事件を巧みに混ぜ合わせた佳作である。
 名探偵、サトル、のシリーズだ。
 荒削りだが着眼点が面白い。
 まず最初の死体発見のシーン。


 「うっ。これは…さ、殺人、だ…」
と敬一郎は呻き声ととともに呟いた。
 そうだ。絞殺だ。
 縊り殺されたのだ。
 間違いない。 
 この女は…。
 そして一人目の犯人の犯行宣言。



 二人の女を殺したのは、オレだ。哀れなあの女たちを、オレが解放してやった。魂を救済してやったのだ。                    〈冥妖星〉
 その犯行地は



 無論、冥妖星の犠牲者が発見された海岸ばかりである。
 (略)
 やや右上がりの直線の上に死体遺棄現場の海岸が全て存在したからである。
 とほぼ宮城県石巻市と新潟県新潟市を結んだ線上の海岸である。
 これにもう一つの事件がかぶさってくる。
 拳銃が絡んでくるのだが、そのトリックはとても面白い。
 ただね、拳銃の刻印が削り取られているあたりはどうも素人っぽい。
 それから、海岸の件、本の中では地図上に線が引かれて表現されている。
 実はこれ、今を去ること45年以上前、霊感豊かな父のおばから予言されたことがあって、それが、あなたは仙台と新潟を結んだ線上の大学に行く、というものだったことから、はっとして、抜きが期したのである。
 ちなみに本件の犯行地はすべて鳴き砂で有名な海岸であった。
 それから、結局仙台と新潟を結ぶ線上の大学に私は行かず東京水道橋の日大に進学したのだった。 



 所謂叙述ミステリーだね。
 叙述のために角田という女警を頻繁に登場させ犯人の条件の女という部分に読み手を誘わせる。
 この段階で読み手はすっかり騙されてしまっている。
 そして角田は必要以上に動き続け事件の解決ではもうこの女だみたいな結論に至る。


 容疑者の勅使河原良平は捜査段階で一連の殺人を認める供述を行い容疑をおおむね認めた。
 ただし最後の一件については刑事に自白を強要されたと否認し第2回公判は12月2日になる予定。 
 この最後の一件という著者の提案はここまではフェアなのである。


 こいつは豚だ。
 社会の害毒だ。
 世の中の害虫だ。
 元大蔵省事務次官の美濃部貞治に死を与える。
 こいつの腐った心に見合った醜い死を。
 こいつはスキー・リゾート・スノーランド猪苗代のオーナーという立場で開発に際して税金や公的資金を甚だしく悪用し大手ゼネコンと組んで大いに私服を増やした。
 そして県や町や善良なる市民に多大な損害を与えた。
 俺は許さない。このブタめ!
 処刑してやる。
 制裁してやる。
 完全に葬ってやる。 
 この死者に対する犯人の手紙,それ以上に著者の豊かな能力を感じるのは私だけではない。
 とにかく最後の一行,ここに本作の意義が見いだせる。



 第44回(1991年)日本推理作家協会賞受賞作。
 いささか古い受賞作ではあるが,パワーがありますな。
 キャリアから落ちてきた現場の刑事という感じか。
 何もキャリアの警部が一人で捜査する刑事にならなくともいいような気もするけれど,本作はこの後シリーズものになったようで…。
 もしかすると読み続けることに私はなるかもね。
 それはともかく


 警察組織の上層部はことあるごとに暴力団壊滅を謳うが,ノンキャリアの現場組はおいそれとは暴力団が消えてなくならないことを知っている。
 なまじ組織を叩いて構成員が野放しになるならば,各員の所属が明らかな方が対処しやすいと考えるのが現場の空気である。
などと平成3年当時の暴対法についての聴いてきたふうな現場の意見をちょっと述べ,

 
 「いいよいくら考えても。だが忘れるなよ。俺たちはおまえをぱくったわけじゃない。だからお前がよその土地に逃げても追っかけることはしない。だがお前の仲間は違うぞ。どこに逃げても追っかけてきて居場所を突き止め頭を叩き潰しにくるぞ」
などとダーティーな捜査手法を使ったりする。
 そもそも所轄では祭り上げられるばかりのキャリア警部が現場の空気にどっぷりつかっているベテラン警部補と対立し斬ってしまうあたりから,この警部は独立してしまうのだが,よりによって刑事部ではなく当時の防犯部今の生安部の刑事になるというのがまた面白いシチュエーションにしているということになるかな。
 今の刑事はこれだけのパワーがないもんなあ。
 まあとにかく強い人だ。

石の中の蜘蛛
浅暮 三文
集英社
2002-06


 第56回(2003年)日本推理作家協会賞受賞作。
 これもまた読んでいるうちに確か以前読んだ記憶があるとなった。
 つまり何回読んでもわからんものはわからん,人生の時間には限りがあるのだからそんな無駄な生活はしないでしっかり本を読め,という立花隆先生の言が思い浮かぶ。
 でも性懲りもなく最後まで読んだ。
 しかしわからなかった。
 ただ主人公には特殊な才能があるらしい。
 前に住んでいた人の消息を感じることができるのだ。
 

 立花の頭に一つの言葉が浮かんだ。
 二重生活。
 美恵は二人の自分を使いわけていたのではないか。
 昼は銀行に務め夜はピアノ弾きとして暮らしてそれが同時に2つの部屋を借りた理由ではないか。
 このへんになると独善。
 独りよがり本だ。
 

 美恵が消えたのは半年前。 
 二人が銀行をやめた頃だ。
 おそらく金が入ったのはその段階。
 同時に美恵は向こうの部屋から姿を消し,ピアノ弾きとして第二人生を始めた。
 当然田川は消えた美恵と金を必死になって探した。
 極端に言うと主人公が良からぬ幻想を紡いで話を作った,それを読み手が読んでいる,ということになるのか。
 立花隆先生が言うように無駄な時間だったかどうかはわからないが,ともかく2回読んでわけがわからん本だということがわかったということだ。

いくさの底
古処 誠二
KADOKAWA
2017-08-08


 第71回(2018年)日本推理作家協会賞受賞作。
 なぜでしょうねえ,一回読んだくらいでは頭に残らないのは。
 この作品も途中まで読んで,たしか以前読んだ覚えがあるぞ,なんて思い出した。
 それはともかく本賞では本作品が一番新しいのだろうがどうも釈然としないねえ。
 時代がわかりづらいということもあって読み手に読解力がないなんて言われたら仕方ないが,それ以上に読み手としてなんで本作品が受賞するんだろうという疑問が残る。
  
 

 賀川少尉はきっと殺される理由もわからないままだったでしょう。
 そもそも私の顔も見ていないと思います。
 ですがそんなことはどうでもいいのです。
 自らの行いの結果で賀川少尉は死んだ。
 私にとってはそれで十分なのです。

 とまず賀川少尉が殺され



 ならばあなたもあの副官に観察の目を向けていたはずです。
 副官はあなたにとっては指揮官にひとしい。
 少なくとも私があなたの立場であったなら必ず観察の視線を注ぎます。
 信をおいていい相手かどうか見極めようとします。
と,軍隊内部における殺人事件の真相に迫ろうとしながら,うーむ,本作は一つの叙述トリックか,叙述トリックがまかり通るということはつまりトリックが出尽くしたことの証左でもあり,やはり私は本作には釈然としないままなのである。  

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