夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 自己啓発



 定年退職後1年と半年が過ぎた。
 うち一年は再任用だった。
 その後、第三の職に就いている。
 

山崎武也

 プライドは表に出すものではなく、人知れず自分の心の中に秘めておくことによってそのエネルギーが溜まってくる。
 それが底力であり実力のもとになる。

 プライドは、精神だ。
 それはねえ、現役時代、ある程度のところまで行って、それが奈落の底みたいになって、なんでそんなことになっても仕事をしなければならないのかと、マジに思う。
 しかし、それを前に出すことはない。
 時間が多いことはいいことだ。
 しかし金がないからどこにもいけない。
 そして出不精でもある。
 
 定年になったら自由に使える時間は多くなる。
 時間にかなりの余裕がある。
 それを機に一念発起してこれまで交流がなかった親戚へのアプローチを試みる。

 親戚へのアプローチなんて、それほど多い親戚もない。
 時間が多くなるのは確かだ。
 でもそれで退屈することはない。
 なにしろしたいことがいっぱいだ。

 よる年波に備えて近いところで自分の気に入ったところを探しておく。
 ここで特定のホテルや旅館に頻繁に泊まっていれば、立派な常連だ。
 
 かみのやま温泉の、月の池、をその候補にしようと思っている。
 自宅から数キロの温泉だ。

 思い出は作るものではなく自然にできるものだ。
 そのために道具はいらないし逆に真実を歪めてしまう危険性が高い。

 そう、思い出を作ろうなんて無理はしないこと。
 でも今までの思い出は重要だ。
 それを忘れてしまう人もいる。
 気の毒だ。


 まず 古着は捨てて新しい服を新調する。
 「馬子にも衣装」と言われている。
 身なりを 整えれば、どんな人でも立派に見える。
 (略)
 自分の気分も 一新する。

 着るものは重要だ。 
 おしゃれとかそ言う言う問題ではなく、自分に合った衣服を着るということが重要なのだ。

檀ふみの茶の湯はじめ
檀 ふみ
ハースト婦人画報社
2008-11-01



 茶道、は、やってみたいと思っているし、免状を持っている友人にかなり昔から教えを乞うているが未だ実現していない。
 ということでまず、この本を読んでみた。

檀ふみ
 
 大徳寺・松源院の老師様が語ります。
 「茶の根本にあるわびとは詫びること。すみませんと謝ることだと思います。なぜ謝らなければならないか。悪いことは何もしていないという方も居るでしょう。けれどあなたはこれまで牛を何頭食べましたか。豚を何頭殺しましたか。そのために人間が生きながられているとしたら牛や豚には詫びないという法はない。日本人はそもそも10頭殺さねばならないところを8頭で我慢する国民です。禅や茶を学ぶ人間にはそれを7頭、6頭あるいは無にして精神的にも経済的にも一歩下がり欲望を省く訓練が求められます。そのための坐禅、そのための点前と考えてみてはいかがでしょうか。実際利休さんは禅という宗教を茶の湯という形で毎日の生活に取り組んだパイオニアだと言えましょう。無駄なく無理なく考えられた点前を習い始めたらもっとよく理解なさることでしょう」。

 なのだそうで、なんか、今の、茶道、は取り澄ましている感じがし、禅から遠く離れてしまったという気がしてしまう。
 いろんなルールがあって、それを守ることがまるで茶道でもあるかのようであれば、したこともない私が言うのも何だが、それはおかしいのではない。
 やはりぜひやってみたいことの一つだ。

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 この連休に上の孫息子が2日間かけて作り上げました。
 その集中力には驚かずにはおれません。
 ベイよりはるかにましな趣味、遊びだと思います。




 本の読み方はいろいろあって

養老孟司 

 私はエセイを寝転んで読む。
 その方が安楽に読める。
 16世紀の割には話が生きている。
 時代が新しいとはいえ私の人生の方がどうも退屈である。
 あまり身動きせず本ばかり読む故かもしれない。
 世の中には書物を読む人と読まない人とがある。
 読まぬ人はそれでよろしい。
 健全な精神を作るには学問はあまり必要ではない。
 書物を読む人は書物の世界を発見する。
 それは結構だが、せっかく見つけたからというので見つけたものにこだわる。
 書かれた事実を真の現実だと言い張る。
 果ては現実が書物に合っていないと怒り出す。

などと言っている。
 なるほど読み方は様々で、勝手に読めばよろしい。
 速読は、みんなが指摘しているとおり読みが浅くなる。
 ただ、スピーディーで、最初の頭の残りは、確かに浅いが、時間経過後の残りは精読とあまり変わりない。
 だから私は速読に徹している。
 最近は、ページを超速でめくり、その後ゆっくりにして、いわゆる高速道路から下道に降りた効果と同じように読む、それの繰り返しを試しているが、何かは必ず頭の隅っこに残っているものだ。
  

 言葉の力は偉大だとよく言われている。
 常に明るい言葉を心がければ、いいことだらけになるはずだ。
 ちなみに著者は、朝、幸せだな、ありがとう、この2つを呪文にしているそうだ。
 また、 「今、神の愛によりすべての事がうまくいっています」という言葉も重要だということである。
 常々、幸せだな、ありがとうを言えるようにしたいものだ。
 言葉の力は偉大なのだから。
 

高津理絵

 私は毎朝眼が覚めた瞬間に幸せだなと口に出します。
 そして起き上がったら鏡を見てありがとうというのが習慣になっています。
 今日も元気に目覚められて幸せ。
 見守ってくださる神様と1日を共に過ごす自分にありがとう。
 その二つの呪文をとなえるとこころから今日もいい日だとしみじみ思います。
 この習慣のおかげで暗い考えや言葉にふりまわされることはありません。
 また一人さんが色紙に書いてくれた「今、神の愛によりすべての事がうまくいっています」という大切な言葉も毎朝声に出して読みます。

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 妻の友達の作品です。
 作品展が遊学館であって先週の土曜日、見てきました。
 多くの方々が作品を寄せていらっしゃいました。
 素晴らしいです。
 趣味というものは本当にいいものです。




 先ごろ読んだ「齋藤孝の速読塾」という本に2割だけ読んで8割理解する読書法が書いてあった。
 実は本書にも 「書き手はキモとなる20%のためにほかの80%を使っている。とすれば読み手はこの20%だけ読めば事足りる。読書に完璧を求めてはいけない。」と同様のことが書かれてあり、興味深い。
 ところで、今の若い人の活字離れが進行している。
 由々しき問題だ。
 そんなこと批判している私自身、じゃあ、読書にどれだけの効用があるの?という話になったら、ちょいと自信がない。
 ただ、読書が趣味だということと速読が特技だということはまちがいないこととして言える。
 更に進んで 速読は格闘技でもある。
 日々のトレーニングが重要だ。
 こんな私だから、20%で終わりなどという読書には反対だ。
 一生懸命書いたその本の全てに目を通さなければ、
失礼だろう。
 だから今日も私はひたすら本を読む。 

50歳からの勉強法
童門冬二
サンマーク出版
2013-11-06

洞門冬二 50歳からの勉強法〜僕が心掛けていることが辞書を読むことです。辞書を引くのではなく辞書を読む。机の上に常在してある数冊の辞書の中から適当な1冊を手に取り、任意のページを開いて小説を読むように頭から順に読んでいき、数ページ進んだらやはり適当なところで切りあげるのです。続きを読む

新六十歳からの生き方
多湖輝
ゴマブックス株式会社
2014-02-10

多湖輝 新六十歳からの生き方〜やりたいことが見えているなら、定年まであとすこししかなくても趣味貯金を始めるのが1番です。定年後の生活とは一言で言えば、やりたくて出来なかったことが存分にやれる時間だと思います。金銭の貯金同様趣味貯金も多ければ多いほど豊かな生活を保証します。続きを読む


鈴木健二 老活のすすめ〜「都市住農家」の実施。都市のマンションに住み、車で畑や田に出勤するのだ。農業の仕方は村の人が教えてくれる。続きを読む

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