夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: スポーツ

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 下の孫息子が今年年長さんで、金木犀の香り漂う中、素晴らしい演技を見せてくれ、感動しました。
 上の子の時も感動しましたが、今回も不覚にも涙が溢れてきました。
 孫たちはまたひとつ大人になりました。


 今年のリオデジャネイロオリンピックでは、日本柔道は飛躍的な復活を遂げ、東京オリンピックに向け、関係者は、ほっと胸をなでおろしているところではなかろうか。
 ところで、柔道の段位は、講道館だけでなく、警視庁にもあるそうだ。
 三島通庸の時代からという。
 三島通庸といえば、山形県の初代県令、すなわち、初代県知事である。
 そういえば、先日、山形県知事吉村美栄子が再選出馬を表明した。
 この人は立ち位置が微妙であり、自民党の刺客によっては、危ないかもしれない。
 ただ、自民党も人材不足で、過半の参院選でも苦杯をなめたばかりだ。
 山形市長以外に勝てる人材はいないのではないかともアンダーで囁かれている。
 目が離せない。

 溝口紀子

 現在、日本の柔道の段位は講道館によるもののみであると思われているが、実際は警視庁には講道館とは 別の独自の段位制度が存在し五段まで段位を発行している。
 最も警視庁武道が飛躍したのは第5代警視総監に就任した三島通庸の時代だったと言われている。
 在任中は再三武術大会を開催し、武道を奨励した 。
 有名な姿三四郎のモデルとなった 西郷四郎も三島の前で試合をした。
 1885年11月8日、三島は本郷の向丘にあった弥生神社にて奉納武術大会を開催した。
 このとき全国から知名の剣士や柔術の強豪を集め今日の全日本選手権大会に匹敵する内容であった という。
  さらに翌年第2回大会 が開催された時には 三島は総監として武術大会を開催した。


 リオオリンピックでの柔道の活躍は、記憶に新しい。
 様々な問題をクリアしながら、今日の隆盛があるということなんだろう。

溝口紀子

 弁護側は当時柔道界で加速損傷 (はげしく揺れた脳で血管が切れる)は知られておらず、事故は予見できなかったと主張しました。
 しかし判決は検察が嫌疑不十分とした加速損傷ではなく…そもそも元指導者が未発達な児童を片襟体落としで投げたことが安全配慮にかけていたと判断し、有罪となったのです。
 片襟で投げられると片方の袖や襟を掴んでいない状態で空中に放り出されるので両手での投げに比べてバランスが不安定で受け身が難しいのです。

 柔道が、一番危ないスポーツだということが、かなり昔、数値化されたことがある。
 そのとおりなんだろうなと思わざるを得ない。
 それでも、野球なんかよりもずっとインターナショナルなんだということにも目を向けなければなるまい。
 何より、怪我が少ないスポーツにするために、ルールづくりを早急にすべきであろう。

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テレマーク上達への48ステップ―どこでも自在に滑るための実践練習法テレマーク上達への48ステップ―どこでも自在に滑るための実践練習法
著者:永島 秀之
販売元:スキージャーナル
発売日:2004-12
おすすめ度:5.0
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〇 ゲレンデのテレマークスキーは優雅だ。
テレマークポジションは,「山脚の足首に力が入っていないと,安定してスキー板を踏むことができない。」というから,バランス感覚が重要であろう。
〇 用具は,いかほどであろうか。



注)
1 内脚,内スキー,山脚,山スキー,後ろ脚〜ターンのポジションを取ったとき,ターン弧の内(山側)にくる脚,スキー板を指す

2 外脚,外スキー,谷脚,谷スキー,前脚〜ターンのポジションをとったとき,ターン弧の外(谷側)にくる脚

3 谷まわり〜ターンの経過でフォールラインに向かう部分
  山まわり〜ターンの経過でフォールラインから離れていく部分
  フォールライン〜斜面の上からボールを転がしたときにできる軌道の線。スキー場は,自然の地形なので,微妙にうねりがあり,まっすぐでないことがほとんど。最大傾斜線ともいう。

4 テレマークポジション
かかとが上がるテレマークスキーは,かかとが固定されているアルペンスキーに比べてとても不安定。そこでその不安定さをカバーするために,脚を前後に開いたテレマークポジションをとって滑る。
山脚の足首に力が入っていないと,安定してスキー板を踏むことができない。

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女子フィギュアスケート―氷上に描く物語
著者: 八木沼 純子

 オリンピック前に書いた本が今なぜ?
 本当に不可思議な気持ちで読んだ。
 あの荒川静香の活躍は、とても記憶に新しいが、その前に書いた本なのだ。
 だから、トリノオリンピック女子フィギュアスケート種目で、日本人選手は、きっとメダルが取れるだろうなどという観測記事もある。
 本書を読んで、やはり筋トレは大切だと思った。
 筋トレは、全てのスポーツの前提であるといえよう。
 そのようなことは、四半世紀前には、語られていなかったこと。
 時代を感じる。
 楽しむ気持ちも大事だと著者は主張する。。
 そのとおりだろう。
 根性で歯を食いしばるなどということもまた、四半世紀前のこと。
 すると、筋トレと根性というのは、正に時代を反映したスポーツ論ということになるのだと思う。
 全国にリンクを作るのが大切と著者は主張する。そのとおりだ。
 大体山形県になど、スキー場はあるが、スケートリンクなど本当に数えるほどしかない。
 著者が言うように、スケートリンクを増やさなければ、スケート競技の底辺拡大などありえない。
 全ての拡大路線には、金が伴う。
 これが厄介だ。
 昔は、どこにでも金が転がっていたのだろうが、今はそんなことがなくなった。
 同じ金を使うのでも、成果物がなければ、投資はしない。
 大体そんなことは当たり前のことなのだが、わかっていながら、なんでも金の話だということで、いやな顔をする。
 しかし、それは、究極の理屈だ。
 儲からないのに誰がリンクなど作るか。
 じゃあ、自治体か。
 そんなこともない。自治体にも金がないのだ。
 だから、リンクが増えることはなかろう。
 残念。

 

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新・サッカーへの招待
著者: 大住 良之

 サッカーのルールや戦術の入門書である。
 ワールドカップのこのときこそ、サッカーを知る良い契機だと考えて読んでみた。
 サッカーは、ルールと戦術をさまざま変遷してきたという。その変遷を覚えるのも大事なことだと著者は言う。
 私たちは、小学校時代、2−3−5のフォーメーションを覚えさせられた。
 大体、そのフォーメーションこそ絶対のものだとこの歳まで頑固に考えてきたのだから、我ながら実に不思議なことだ。
 前回のワールドカップの時とかその前のJリーグの立ち上げなどフォーメーションのことを考える機会があったにもかかわらずだ、2−3−5こそ、究極のフォーメーションと全く疑うことがなかったというのが、私の現実である。
 本書を読むと、フォーメーションの変遷は、オフサイドルールの改正によりもたらされたものだということがわかる。
 本の些細な改正が、フォーメーションも変えてしまうと言うところ、こんな所も実は、サッカーの魅力ではあるまいか。
 私は、今回のワールドカップで、日本が負けてこそ、真のサッカーが楽しめた、と言う感想を持った。
 日本のサッカーは、サッカーでなかった。つまらないボール蹴りだった。
 ボールを持ってからの選手の反応の早さ、体の身のこなしの見事さが、サッカーか蹴鞠かの差だったのではないのか。
 それはともかく、日本は、サッカーについてまだまだ考えなければならないことが多かったと言うことをサッカー関係者のみならず多くの国民がきちんと自覚したかどうかが今回のワールドカップを終えてのポイントではなかったか。
 たとえば、サッカーの映像である。果たして日本の放送関係者は、テレビカメラできちんと映し出す技術を持っているのか。
 それから子ども達のサッカーとはいえ、きちんとした芝生の上でさせているか。
 未だに河原の土の上でのサッカーではないか。なんのためのJリーグの立ち上げだったのだ。
 などなど、サッカーの深みにはまると、日本というフィールドに帰ると、実に多くの問題が山積しているように思う。
 ま、素人の私は、まず、フォーメーションの研究を少しずつしようかと思う。

 

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サッカーという名の神様
著者: 近藤 篤

 サッカーワールドカップに出場する国のサッカー事情を紹介する本。
 一流国もあるいは今回初めて出場するような国もきちんとしたレポートがなされていて気持ちいい好著である。
 著者は、サッカーくらい楽しいスポーツはないと主張する。
 だからさまざまな国々を旅してサッカーのレポートができるんだろうなと思う。
 この本の行間からは、サッカーの楽しさが本当に生き生きとにじんでくるのだ。
 この本を読むと、本当にサッカーを見てみたいという気持ちになる。
 対する私は、野球くらい楽しいスポーツはないと昔も今も主張し続けるものだから、著者のこの主張には、賛同できないはずなのに、同じスポーツというカテゴリーであるという認識になって、著者の主張が、理解できてしまうのだ。
 いまさら、サッカーは、野球はなんて色分けも無意味な気がする。面白いものは面白い、それでいい。そういう気持ちになる。
 そのように思えるほど野球小僧の血が沸き立つ好著である。
 で、今回のワールドカップは、日本が敢え無く負けてしまったが、そんなことはどうでもいいことだということもわかった。
 超一流のサッカーの試合というのは、スポーツの種類がどうのこうのという部分を越えて、確かに面白いし知的だ。
 つまり、多くの地球人がサッカーに共感する気持ちが少しはわかったというところである。
 翻って、野球はどうか。
 野球はつらい。なぜなら、阪神タイガースが大好きだから、阪神タイガースが負けたら、話にならない。
 つまり、勝ち負けが先にあるのだ。
 負けたら、ブルー、野球が面白いとか言うことにはならない。
 野球が面白いのは、ただ、阪神タイガースがどうあれ勝った時だけ。それ以外の事情はない。
 そういう意味で、私にとって野球とサッカーの意味合いは全く違うということなのである。
 私にとっての野球は、つまり、阪神タイガースと同期しているのである。
 サッカーは、ただ芸術的な試合を楽しむだけだ。
 そこに大きな差がある。だから、ワールドカップは楽しいのである。

 

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サッカーを知的に愉しむ
著者: 林 信吾

 サッカーの自由さが良いというのだが。
 どうも私は、サッカーを理解できない。理解できないうちに前回の日韓ワールドカップを見、そしてまた、4年が経過して、ドイツ大会になってしまった。
 サッカーを何とか理解しようと思うのだが、大体、ゴールキーパー以外のポジションが全く自由などと言うところからどうも私には理解不能なのである。
 じゃ、考え方で、0,10なんてフォーメーションでもいいんじゃないのか。
 つまり、攻撃する選手しかいない。守りは、ゴールキーパーだけだ。
 ところが、それは、負けの方程式なんだろうな。なぜなら、どのチームもバックスが多いもの。
 フォワードなんか、1人か2人だぜ。あとは、ミッドフィルダーとかバックスだから。それで、フォーメーションを組んでいるのだ。
 自由だなどと言いながら、だいたい、4,4,2とか、4,3,2,1とかそんな風なのが多いんじゃないのか。
 そんなのがごちゃごちゃしながらたった1点を取り合うというのがサッカーなんだな。
 それがおもしろいというのだから、理解できないのである。
 サッカーはどうしても野球と比較されるのだが、野球は、見ている方も作戦を立てる楽しみがあるのだ。
 サッカーにはそれがない。見ている人は、全くの受け身なのである。そこがつまらないのだ。
 考える楽しみは、フォーメーションだろう。
それに、相手を考えた選手起用なんだそうだ。
 相手を考えた選手起用なんて、野球でもやっているよ。特に、千葉マリンのヴァレンタインや、タイガースの岡田は、とてもうまい。
 1球ごとの配球なんて、素人でも考えて楽しめる。そこが実に良い。
 なのだが、そう言う楽しみのないサッカーって一体何なんだ。どうして、そんなに楽しいとみんな言えるんだ。分からん。
 結局なれるほかないんだろうな。サッカーに。
 そんなこと言いながら、結局今年もワールドカップを一生懸命見るんだろうね。
 

※ 7月2日(日)現在、決勝トーナメントに入ってからの芸術的な試合を見るたび、サッカーの素晴らしさが、感性的にわかってきたような気がする。

 

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サッカー ファンタジスタの科学
著者: 浅井 武

 サッカーも科学すれば、おもしろいところもある。
 なぜ、サッカーがおもしろいかを科学の視点から考えると、それは、脚を使うからだそうだ。
 これが、手を使うとなると、ラグビーのようになり、取り合いになる。だから、ルールが必要になる。
 それが、どちらかというと不自由な脚を使うから、思い通りにならず、そして、両チーム公平に楽しめるスポーツとなり、簡単なルールしかいらないとなるのだそうだ。
 ルールらしいルールは、オフサイドくらいだという。
 著者は、まず、キックから科学する。
 ゴールに使うキックの大部分は、「インステップキック」か「インサイドキック」だという。
 このうち、一番正確で使いやすそうに見える「インサイドキック」は、実は、脚に思いの外の不自然さを与え、場合によっては大けがにもなりかねない危うさを持つというのだ。
 しかしながら、正確に早くパスをつなぐという視点から考えると、この「インサイドキック」は、実に必要なキックと言うことになるのだ。
 が、このような科学をいくら知っても、どうもサッカーには興味が湧かない(などと書いているうち、ワールドカップが始まり、日本が敗退したが、どうもその原因は、このインサイドキックのあり方にあるのではという仮説に至った)。
 確かにインサイドキックがひねりやねじれが入る運動なので、脚に不自然さを与えると言うことは良く分かるのだが、だからといって、実際のサッカーの試合でいちいちそんなこと考えながら見るわけにもゆかぬ。
 でも、サッカーのそう言う一人一人の技にこまい運動の科学がちりばめられているという点、これは、とてもおもしろいことだなと思う。
 個人の技は、正確で早いと言うことがポイントだろう。そこのところ、たとえば選手は、後輪駆動で動いているなどという科学がなされているのもおもしろい(日本サッカーは、不正確で遅いインサイドキックのあり方を考えなければなるまい)。
 つまり、後ろ足が運動を与えているという観点である。
 そうしないと当然、素早い動きなど出来るわけがなくなるというわけだ。
 が、私は、サッカーを知らなすぎるから、本書のようなサッカーを科学したものを読んでもぴんとこないというのが本当のところだ。
 ワールドカップの季節、何とかサッカーになじみたい思いで読んだが、なんとも興味すら湧かなかったけれど、決勝トーナメントに入り、日本では見たことのないスーパープレーを見るにつけ、サッカーは、なんて芸術的なスポーツなんだと惚れ惚れするに至った。

 

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秘伝!!ジークンドー護身術―ブルース・リーが生みだした格闘術
著者: 御舘 透

 ブルース・リー、何という懐かしい名前か。私たちが高校生の時のヒーローである。
 これがあっという間に死んでしまい、ますますヒーロー性が高まったのである。
 その彼が残したものがあったとは、この本を読むまで知らなかった。
 「ジークンドー」である。護身術の中の護身術という感じである。
 素人でも使えそうな技があり、これからの防犯に役立つような機がする。
 他の格闘技と違うのは、構えが逆と言うこと。攻撃を早くするため、足と手は、同じ方を出しておく。右でパンチを繰り出すとすれば、右足を前にしておくのだ。そうすると、瞬時にパンチを繰り出すことが出来るのである。
 手指3本を固めて繰り出す目つぶしの技も十分に使える。
 女性でも十分に使えるので、覚えていて損ではないと思う。
 ジークンドーを趣味にするのならともかく、護身術の一つとしてとらえるのであれば、この本を座右に置くだけで十分と思う。
 その中でも、今話した構え、パンチの繰り出し方、目つぶし技のほか、後ろから抱きつかれたら、後頭部をしたたか相手の顔面にぶつけ、思い切って足の甲を踏んで逃げるというようなことさえ覚えれば、十分なような気がする。
 ところで、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」という映画は、72年にあったものだ。あの当時「ゴッド・ファーザー」と並んで大ヒットした作品だった。
 カン・フーのまねが実にはやり、教室の後ろやら廊下で、「燃えよドラゴン」の音楽とともに高音のかけ声が学校中に響き渡ったものだった。
 ブルース・リーは、今で言うところの「一発屋」でもあったように思う。その後、2,3作のシリーズはあったものの、「燃えよドラゴン」ほど流行はしないまま、一部では、腹上死の噂がついて、この世から去ったのであった。
 それっきりだった。
 そうしたら、何と脈々とジークンドーが続いていて、このような時代、護身術にもってこいの技と言うことが分かったのである。
 人生とは、後世に何を残すかと言うことも実に重要なことだと思った。

 

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