夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 著者 か行

ミュージシャンになろう!
加茂 啓太郎
青弓社
2013-08-23


 いまさら作曲家などということを考えてもいないけれど,まあ,なんらかの曲を作ることができたら楽しいだろうなとは思う。
 

◎ 誰にでもできる作曲法
  CD シングル(8cm短冊)を中古 CDショップで探して見てください 。
  カップリングにカラオケ・バージョンが入っているものがよくあります。
  この中から自分が全く知らない曲を探して下さい。
  そして歌入りのバージョンは聴かないでカラオケのバージョンを聴いてこれに 対して自分でメロディと歌詞を考えます。
  1曲できたら 歌入りのバージョンを聴いてみましょう。
  さてどちらがいい曲かは聴いてみてのお楽しみです。 

 などという作曲法もあるようで,世の中ですなあ。
 結局人の作った曲を一生懸命歌っているというのが私の今のあり方。
 決してミュージシャンなんてもんじゃない。
 けれどもこの福祉社会,ボランティアでお年寄りのために昔の歌の弾き語りくらいはしたいなと思うのだ。
 さて,2の理論,というものがあるとのこと。

◎  2の理論
  プロを目指すアマチュアにいつも言う,2の理論,というものがあります。
  もしメジャーデビューしたければ,週2回,のスタジオでのリハーサル,月2回,のライブと,2曲の 新作制作,それを,2年間,やってみた結果,もし才能と運があれば確実に中が変わるし,変わらなければ,ちょっと考え 直した方がいいという理論です。

 というもの。
 そうね,月2回,のボランティアはできそうな気がする。




 第4回(2006年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
 むむ,これはいけますなあ。
 医学のことなどよくわからないが,でも書いている人が医師ですので,説得力があります。 
 犯人捜しなわけで,容疑者にに対し,しっかりと取調べをしている。
 それを読み手にしっかり晒す。 
 それがミステリーのお約束でしょう。
 犯人がわかってからもさらに物語が続く。
 まるでグリコのおまけですなあ。
 素晴らしいおまけ。
 白鳥という人,いよお!名探偵。
 でもヒーローではない。
 それがまたいいですなあ。
 ヒーローは祭文語りの方。
 これもまたいい設定です。
 だからこの,白鳥&田口,をシリーズものにしては,なんていう本件コンクールの審査員の意見にもなるわけなのであります。
 いやあ,本当に素晴らしい小説でした。
 感服です。

カタコンベ
神山 裕右
講談社
2004-08-07



 第50回(2004年)江戸川乱歩賞受賞作。
 海と接する洞窟の中で一体何があったのかと言う話。
 舞台が闇の中という極限状態である。
 そこで文章を駆使してドラマを仕立て上げるのだから,すごい技量だと思う。
 新人賞というより一つの大賞と言って良いと思われる。
 ただミステリーと言うにはやはり程遠い。
 登場人物の人間ドラマを紡ぐだけではミステリーではない。
 ミステリーがミステリーであるためにはドラマすら捨てなければならない。
 だから本作はミステリーを求める読み手には物足りなさがあった。
 あーあ,本当にミステリーが読みたい!




 第12回(2014年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
 毎度当該大賞は外れがなく愉しく読んでいる。
 題名を見ると,なぜ捜査二課なのか,という単純な疑問にぶち当たるのだが,つまりそれは立てこもり犯人からのご指名ということなのだった。
 どうしてもミステリーは辻褄合わせをしようとして最後がドタバタしてしまう。
 本作のその間は否めない。
 しかし本作はあちこち場所移りするものと違い,ほとんど銀行と対策本部が舞台という特色を持つので,落ち着いて読めるのである。
 オブザーバーとして,実働することのない警察庁が現場に入っていたり,SITの警部を差し置いて警部補が特命指揮官になるなんて現行警察では考えられないようなシチュエーションも読み手からは余り問題になることなくどういう結末を迎えるのかという期待だけで最後の最後まで読み進んだのだった。
 確かに本作も,このミステリーがすごい!,に値する佳作である。

OUT(アウト)
桐野 夏生
講談社
1997-07


 第51回(1998年)日本推理作家協会賞受賞作品。 
 物事はここから始まる。
 すなわちこの作品がなんの賞を取ったのかということ。 
 世紀末この作品は日本最大級の文学賞をとったわけだ。
 良かったですよう,そして,十分にこの賞たるゆえんがある。
 日常的な女性がですねえ,殺人事件と死体に取り巻かれるという話ですが,だからといっておどろおどろしいものでもなく,饒舌でもなく,それはこの作者の天才的な感性ではありませんかねえ。
 そもそも犯人捜しなどのミステリーではありませんので,肩肘張ることもなく面白く読ませてもらったというものです。
 読み手が自由に想像することができると言う作品で,いやあすごい作家ですなあ,本当にいろいろな日本推理作家協会賞受賞作品を読んできましたが,この作品は本当に感銘を受けました。
 日常の主婦的女性の生活がある日一瞬にして崩れたとき,一体あなたは何をしますか?
 とでも言うような作品。
 佳作です。


 






魍魎の匣(3)【電子百鬼夜行】
京極夏彦
講談社
2012-09-28







 第49回(1996年)日本推理作家協会賞受賞作品。
 電子書籍で3冊分。
 実に饒舌。
 しかし探偵小説はこうあるべきではないかという見本のような作品でもある。
 そもそもこの本は市立米沢図書館から借りてきたのだが,新書大にして二段組そしてなんととても汚いときて手にとって読む気にならず,Kindle版を購入したというわけ。
 速読家の私でも1冊1時間,合計3時間かかりましたな。
 でも非常に面白い本でした。
 まず時代設定でしょうなあ,昭和27年ころということで科学捜査も進んでいなかったから,特にDNAなんてものありえへんというわけでやりたい放題だ。
 その上手塚治虫的な研究室もありそうでなあ,最初の少女同士の会話は一体何だったんでしょうな。
 私は前世あなたは現世だから私達は永久に生き続ける,というもの。
 この会話は結局最後まで生き続けることはなかった。
 思わせぶりということだろうなあ。
 魅力的な女性も登場するし,怪奇的な博士も登場するし,探偵小説の百貨店的な作品でもある。
 でもなんだかあまりにもおどろおどろしていて読んでいて気持ち悪くなるようなところもあるが,それは書き手のなせる技,ハマってしまう読み手の負け!か。
 かようにミステリーは書き手vs.読み手の闘いでもあるのです。 

ワイルド・ソウル
垣根 涼介
幻冬舎
2003-08



 第57回(2004年)日本推理作家協会賞受賞作。
 本作は大規模なテロ事件から始まる。

 〈今朝の未明,芝公園二丁目にある外務省仮庁舎前で機関銃によるものと思える大掛かりな乱射事件が発生しました〉
 画面が切り替わり,外務省仮庁舎が大映しになる。
 その前面の上部階層には巨大な白い垂れ幕がかかったままだ。
 その下の階層にあるガラス窓のほとんどが見るも無残な有様に砕け散っている。
 破壊し尽くされている。
 各階フロアの内部まで素通しになっている 。


 その根底にはアマゾンに入植した日系人の恨みというものが存在する。
 テロを起こし,その日系人たちになんの 救いの手も差し伸べなかった当時の外務省の役人らを誘拐し,

 「黙れ,このペテン師」
 松尾は言葉を発した。
 「40年前にお前がでっち上げた映像をどれだけの人間が真に受けたと思っている」
 渡辺も黙り込んだ。
 「誤解だ」
 大野が焦ったように口から泡を飛ばす。
 「あんたらは私のことを誤解している」
 「呆れたもんだな」のんびりとケイがつぶやく。
 「この期に及んでもまだそんな嘘をつくのか。この盗人やろう!」


などということを語らせるものだが,テロ小説にもかかわらずテロを起こした側に加担したくなる感情移入もさることながら主人公ケイとその恋人貴子の行方も非常に気になるもので最後の最後まで読み手を惹きつける魅力のある素晴らしい小説であった。




 第58回(2005年)日本推理作家協会賞受賞作。
 こういうのがミステリーだと思う。
 ミステリー対する真摯な思いが評価できる。
 例えば

 「じゃあ街路樹か,電信柱に上ったとか」
 榎本はニヤリとした。
 「いい着眼点です。マンションのベランダに面した細い道路には電柱がたっていました。しかしマンションはちょうど電柱と電柱の中間に位置していて一番近い電柱でも数メートル離れていたんです。飛び移るのは不可能な距離です」
 「じゃあ犯人は一体どこから侵入したんですか」
 「電線です」
 純子は驚いた。
 「電線?電信柱の?」
「はい。犯人は電信柱に上ってからクマネズミのように電線を伝ってきたんです」
 背筋が寒くなった。
 「感電しないんですか?」
 「電柱には多くの電線が走っていますが6600 V の高圧線にさえ触れなければ大丈夫です。昔と違って最近の電線はきちんと被覆されていますからね」


などと言う今までのミステリーにはないいわば新発見のような考え方。
 誰もが電線を伝うなんていうことは考えないだろう。
 そもそも電線を伝うということ自体危険なことであり感電はしないんだろうかと思うのが常だ。
 しかしながら作者はそこのところを 6600 V の高圧線に触れなければ大丈夫とまで言い切っている。
 そのような新しい目線でのトリックでとか手段方法というものがまだまだ取り上げられてもいいと思う。
 さて本件のアイテムとして出てくるのが介護ロボットである。
 ロボットに関しては現代,現実的になりつつあるもののこの作品が書かれた2005年という時代にはすなわち今から14年も昔の話であることを考えると

 「もしルピナス后壁者注:介護ロボットのこと)がカウチごと穎原社長を持ち上げたとしたら Safety program によって保護すべき対象は社長の身体ではなくカウチの方です。ですからその上から付属物が滑り落ちたとしてもプログラムは一顧だにしないでしょう」
 再び沈黙が訪れたが,さっきまでとは違い空気は張り詰めている。
 「ルピナス垢六ち上げた物体を3方向に230°まで傾けることが可能です。カウチごと社長の身体をリフトし部屋の中央まで運搬してからガラステーブルの真上でカウチを傾ければ
穎原社長は滑り落ちて頭頂部に近い位置を強打することになります。 ルピナス V は最高160cmまで対象物を持ち上げることができる。それにカウチの座面の高さ約40cmがプラスされるため社長の体を200cmの高さから落下させることができることになる。ガラステーブルの高さ45cmから差し引きで155cm。頭部の手術創を考えると脳出血で死亡してもおかしくないだろう」

 などというのは非常に先進的なトリックだったということになろう。
 そしてこれは結果的には不可能なトリックだということで本作ではおじゃんになっているのである。
 けれども本作を読むにあたっての一つのヒントにはなるということを示唆しておきたい。
 本作はまさに日本推理作家協会賞に値するだけの大作である 一読してほしい。



 様々な常備菜が準備できるようになったが,もう少し数を増やしたいなと思うのと,特に肉類ですな,牛肉のしぐれ煮,肉じゃがはできるようになったが,レパートリーがもう少しあれば面白いだろうと思うようになってきた。
 そこでまず豚肉。

 豚肉の酢醤油煮
 豚肩ロース塊肉400〜500g,A(水200ml,醤油100ml,酢100ml,三温糖60g,にんにく1かけ,生姜の薄切り3枚,長ネギ青部分1本)
1 豚肉は3cm厚さに切る。Aのにんにくを潰す。
2 鍋にAの材料を入れて煮立たせ1の豚肉を加える。
  蓋をして弱火で30分ほど煮る。
  中まで火が通ったら出来上がり。

 
 これは煮るだけですからなあ,うまくできそうだ。
 次,牛肉。

 牛肉のヨーグルトカレー漬け焼き
 牛焼肉用もも肉400g,A(プルーンヨーグルト50ml,カレー粉大1/2,塩小1,胡椒少々),オリーブオイル大1
1 ボウルなどにAを混ぜ合わせ牛肉を加えてなじませる。
2 フライパンにオリーブ油を熱し1の牛肉を焼く。
  両面を色よく焼き中まで火が通ったら出来上がり。
  保存容器に入れ粗熱が取れたら冷蔵庫で保存。


 これは焼くだけですなあ。
 牛肉はしぐれ煮が妻に好評なのだが,この料理もいいんじゃないか。
 鮭は,ちゃんちゃん焼き風と南蛮漬けができるようになった。
 ふりかけも作っていたが,高上がりなので休んでいる。
 そこで

 鮭そぼろ
 生鮭の切り身3切れ,白入りごま大2,塩小1,酒大2,みりん大1/2,醤油小1
1 耐熱皿に鮭を並べ塩を振って馴染ませる。
  酒をふりラップを掛けて電子レンジで5分ほど加熱する。
  そのまま蒸らして骨と革を取り身をほぐす。汁は捨てずに取っておく。
2 フライパンに1の鮭と汁を入れて火にかけ,みりん,醤油を加えて混ぜ合わせる。 
3 汁気がなくなるまで炒りつけ白ごまを混ぜ合わせて出来上がり。保存容器に入れ粗熱がとれたら冷蔵庫で保管する。
 

 というもの。
 以前の材料は塩鮭。
 今回は生鮭。
 最後,もう一つ,豚肉料理。

 中華風豚そぼろ
 長ネギのみじん切り1本,生姜のみじん切り1かけ,にんにくみじん切り1かけ,豚ひき肉400g,A(甜麺醤大3,三温糖大1,酒大1,醤油大1/2,ごま油大1)
1 Aの調味料を合わせておく。
2 フライパンに胡麻油、長ネギ,生姜,にんにくを入れて弱火にかける。
  香りが立ったらひき肉を加えて炒める。
3 ひき肉の色が変わってきたら1の調味料を加えひき肉に完全に火がとおりパラパラになるまで炒める。
  保存容器に入れ粗熱が取れたら冷蔵庫で保存する。 


 さてうまく行くか。



 2008年第61回日本推理作家協会賞受賞作。
 主人公はキャリアの警察署長。
 階級は警視長。
 署長の階級が警視長などというのはあまり聞いたことがない。
 そこに2階級下の 警視の方面本部長が怒鳴り込んでくるなどということは決して階級社会である警察ではあり得ないことに違いない。
 しかしながらそれがまた真実味を帯びているのは作者の取材力のなせるわざだと思う。
 警察の奥深くに切り込んで警察の細々とした状況を確実に精緻に取材してそれを織り込んでまるで本物のような話に仕上げてある。
 しかしながら著者が作品で言っている

 さらに60年安保,70年安保,学生紛争,三里塚闘争等々警察は民衆の運動や左翼の活動をことごとく封じ込めてきた。
 古今東西警察というものはそういうものだ。
 犯罪の捜査や防犯というのは言ってみれば付随的な役割にすぎない。

などという考えに私は賛同できない。
 警察から犯罪捜査を取ったら一体何が残るというのか。
 犯罪捜査は一体誰がするというのか。
 そしてその被害者たちによりそい,あるいは被害にかかろうとする人々を守る防犯という側面を一体誰が担うのか。
 警察が警備だけというのであればそれは全く別個の組織にすべきではないのか。
 小説を読んでここまでマジに 議論をしようとする自分に笑ってしまう(笑)。

 「いや一度受話器を取った犯人は必ずまた取るものなんです。そしてだんだん受話器を取る時間的な間隔が狭まっていきやがて通話しっぱなしになる。それが通常のパターンなんです」

 などということがSITあるいはSATから本当に聞いた話なのかどうかわからないけれども信憑性のある話だなと思った。
 警察では決して外に出していないはずなのに,N,の実態も既に小説の中では語られておりまたドラマでもあるいは映画でもそれが何であるか明らかにされているわけだから当然上記の話もあるんだろうなあと感心した。
 それから本作がミステリーとして機能するための肝である部分

 「犯人が持っていたベレッタの自動拳銃とSAT が持っていた MP5というサブマシンガンは同じ実弾を使うんですよ」

 なのだそうだ。
 これでこの本件の詳細がまた我々も推理できるという仕組みになっている。
 ただあまりにも素晴らしい警察小説ですので読後その感動のこじんまりとしてしまうというところが欠点だろうか。

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