夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 著者 は行

秘密
東野 圭吾
文藝春秋
1998-09-08



 第53回(2000年)日本推理作家協会賞受賞作。
 今,山形市立図書館,市立米沢図書館,上山市立図書館,東根市立図書館など数か所の図書館を私は使っている。
 日本推理作家協会賞受賞作を順に読もうと思うのだが,ある程度まで行くと各図書館でも見つからない本が出てくる。
 逆に本作のようにまた読んでしまう作品も出てしまう。
 読み進んでいくうちに,あれ?これ読んだなあ,となってしまう。
 本作もその一つだ。
 ところで本作の題名である,秘密,であるが,


 「このテディベアの正体は 二人だけの秘密ね」
 そう言って直子はぬいぐるみを胸に抱きしめた。
に由来すると私は読んだ。
 そして



 「そんなはずはない,そんなはずはない」
 歩きながら呟いていた。
 あの指輪はテディベアのぬいぐるみの中に入っていたはずだ。
 直子が入れたのだ。

と本作最後の方でネタバラシとなる。
 それでも娘の肉体に宿った精神は母か娘か釈然としないでフェードアウト…。

亡国のイージス
福井 晴敏
講談社
1999-08-25



 第53回(2000年)日本推理作家協会賞受賞作。
 真田広之主演の映画は観たが原作は読んでいなかった。
 それが上記の賞を受賞していたことを知りこの度読んだ。
 ときの流れがゆっくりしてしまう。
 それほど描写が詳細だ。
 まさに相対性理論の世界だ。
 外の世界はどんどん進んでいくのにこの小説は外の1秒が1分に相当するためなかなか読み進むことができないのだ。
 それから海自にも詳しくなければならない。
 ある意味この小説は独りよがりもいいところだ。
 外事,公安の問題もはらむ。
 ある意味エスピオナージュ。
 艦長が自分の息子の死に対して国家転覆に至る行動を取るのだろうか。
 艦長であるからこそ自分の息子の思想であってもそれを否定し国に殉ずるべきではなかったか。
 それがプロの有り様ではないのか。
 それはともかく事案は動いていき,先任伍長と親殺しがそれぞれ活躍してこの国を護ったと言う話。
 映画のわかりやすさと比べるとこの本はなかなか容易には読み進めることができなかった。
 とにかく一気に読む心意気がないと完読できないと思う。
 わからないところはどんどん飛ばして完読してほしい。



  
 第10回(2011年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
 やたら気障なセリフが気になってしょうがない作品。
 こういうのはミステリーとは言いませんよねえ。
 ミステリーの定型は,まず祭文がたりが必要だ。
 それは読み手に匹敵するミーハーでなければならない。
 そして優秀な探偵役。
 常人では考えられない見事なトリック。
 最後に読み手が,おみごと!,と絶賛して終える。
 読み手はそういうのを期待しているわけだ。
 派手なアクションなど何ら必要はない。
 意味のない空虚なセリフもいらない。
 練れたトリックをサラッと取り巻く人間模様もあればなおいい。
 なおミステリーのルールとして,探偵,執事,は犯人であってはならない。
 などなどの定型性を考える時,本賞にしてはちょっと規格外の,なにゆえ本作が選ばれたのかと思わざるをえない空虚な作品だった。
 




 第13回(2014年)このミステリーがすごい!大賞受賞作。
 表紙を見て,えっ!大丈夫なのかなあ,なんて思ったのは杞憂に過ぎなかった。
 読み始めたら,ぐんぐん引き込まれた。
 この作品は巧みである。
 3部構成は,子どもたち,教師,真相,にわかれる。
 子どもたち,を読み進み,教師に入るとここは連続しているように思える。
 しかし,真相,で全てが明らかにされる。
 読み手は,忠実な,ワトソン,だから,やはり探偵である書き手に拍手喝采だ。
 特に,真相,ウーム,殺られた,の気分になるところ,これは,ミステリーの読み手,の醍醐味ですよ。 
 ただねえ,選び手の好みもありますからなあ,当然本作のような変化球が好みでない人もいることでしょう,そうなると,本作は選ばれなかったということになるのである。
 ちょっとヒントを出せば,本作の題名は,メグとぼく,なんてすればいいのかもしれない,ということかなあ。
 このミス大賞,もいい作品が多そうで,これから読み進めるのが楽しみだ。



 江戸が東京になったばかりの明治時代の東京が舞台である。
 その頃の地形が 分からないとこれだけの作品は書けない。
 またその頃の地形が江戸時代より前の時代から比べてもまた変わっている,つまり徳川家康が江戸の町を変えたということもまた指摘されているわけで,この作品は平成18年今から13年も前の作品であるが,今年早速徳川家康の江戸作りが話題になっているところまさに先見の明がある作者だと言えるだろう。
 そもそも 東京の火災は

 「その後すぐに我々も劇場に戻ったんだけどまだどこか遠くガラガラって音が響いててさ。いや,大通りじゃなく,春木町か金助町あたりの路地から聞こえたんだ。で,この辺りに住んでいる俥曳きかなーって思いながら劇場の前の道に入ったんだ。そこで見ちゃったんだよなぁ。あれを」
 最初の柱男が我慢できないように割り込んだ。
 「そうはっきりこの目で見たんです。火の玉ですよ,火の玉。そんなに大きくはないですけどね。地面からちょっと浮いたところ火がス,ス,スーって走るんです。僕,三つは見ました。 てんでばらばらにあちこちに向かって行って結局見失ったけどまるで生きてるようでしてね」
 メモを書く手を止め記者は顔を上げた。

などということから始まりそのからくりは

 「生きた子鼠を灯油に浸し尻尾にリンを塗った紐をつけて放す。乾燥して固くなった地面に当たった摩擦でリンが火花を上げ地面をあちこち飛び回るように見える。火が本格的に着く頃鼠は物陰に走り込んで火だるまになっている。それが家屋に火を撒き散らす。放火魔の俥夫の伝説としてなかなかよく考えましたね(略)」

というもの。
 本作品はこれに様々な人間模様が絡み合って面白い話になっている。
 ミステリー仕立てでなくとも東京の地形の話として読んでも面白い。
 江戸川乱歩賞としては秀逸な作品であり一読あれ。



 第68回日本推理作家協会賞受賞作品(2015年)。
 珍しい女性死刑囚の話だという冒頭の作者の説明から始まる。
 この珍しいという形容詞が女性にかかるのか女性死刑囚にかかるのか死刑囚にかかるのかは深く考えないことにして,本件放火殺人事件の犯人は彼女以外にいないような書きぶりから始まるのだ。
 しかしながら,最後にはきちんとした論理的な大どんでん返しが用意されている。
 用意周到な作品である。
 やはり,新人賞である江戸川乱歩賞よりグレードが高いですなあ,読んでいてほれぼれする。

 「(略)とりあえずなんで控訴しなかったか聞いてみるよ」
 「判決でおかしいと感じることがあるのか?」 
 「なんだよ。ぐいぐいくるな。だからほんとになんにも決めていないんだ(略)」


 この,ぐいぐい,なんて表現は読んでいる私のことでもあった。
 人間関係の綾が複雑すぎるとともするとそれだけで読むのをやめたいなんて思ってしまうものだが,本作はその綾が丹念に織り込まれていて,そう,ぐいぐい引き込まれたのである。
 
 最近よく考えることがある。 
 まだ彼女の母が生きていた頃たとえ連れ子だったとしても幸乃は間違いなく幸せだった。 
 あの一時期だけを切り取れば自分と幸乃の人生にそう違いはなかったはずだ。  
 それがあの事故を分岐点にするように二人の歩む道は見事に分かれた。

 本当は主人公である幸乃は上記のとおり幸せな人生を歩むことができたのだった。 
 それがほんの一瞬の事故により取り返しがつかないことになったのだ。
 薄幸の上の薄幸,薄幸の上書きですなあ。 
 主人公に涙せずにはおれない。 
 そして,死刑は執行され…。




 この本で為になったなあと思ったのは,

 塩はいわゆる塩味だけなので薄いか濃いかの2つに1つ。
 バランスをとるのが簡単なんです。
 だからどんな料理だって調味料を塩に変えることができます。
 今までは醤油で塩味をつけていたのを塩に変えるだけのこと。


という部分。
 面倒な味付けはいらない。
 塩だけで十分だというのである。
 なるほどなあとうなってしまった。
 それから今,脱炭水化物的なものが好まれ,老人は脂も米もいらないみたいな極端な栄養学が叫ばれていて,芋までも否定されているような時代なのだが,

 タンパク質の話に戻りますが,タンパク質には「難消化性タンパク質」というものがありおからやかつお節などに含まれています。
 これは読んで字のごとく消化が難しいタンパク質でゆっくりと消化され腸に刺激を与え吸収されていきます。
 同様に「難消化性でんぷん」というものもありじゃがいも,玄米,豆,トウモロコシなどに含まれています。
 これらも消化吸収のスピードが緩やかで腸に刺激を与えてくれる,つまり食物繊維と同じような働きをしてくれるんです。


なんだよねえ。
 まして年老いてもなお運動を一生懸命している人が優良エネルギーである炭水化物を摂取しなかったら,ガス欠を起こしてしまいますよ。
 これは毎日2キロ以上泳いでいる私が実感したことです。
 しっかりエネルギーを摂取すると決してガス欠になることはなく,目標通りの距離を泳ぐことができます。




 8月16日から妻がキャリアアップし、ケアマネジャーとして正職に就いた。
 その結果パートよりぐんと勤務時間が長くなった。
 パートのときはたまの休日出勤でも昼はいつも一緒に食べることができた。
 それはこれまでこのブログに、夕顔亭芋庵、として記事を書いてきたとおりである。
 しかし、妻がキャリアアップしてからは、それができなくなった。
 一人で食べなければならなくなった。
 さらに4月からボランティア的な定年退職・再任用後の職で外食が増え、体重も増加した。
 そこで、玄米にちょっと目を向けた。
 一人の昼は玄米とご飯の友にしてみようと考えた。
 玄米は

☆ 玄米はさっと洗えば十分。
☆ 水の量は米の1.5倍。
☆ 約12時間水に浸す。
☆ 炊きあがったらさらに30分くらい蒸らし続ける。

である。
 まだやったことはない。
 なにしろやっとヨークベニマルに売っていることがわかったとこだからだ。
 それからまず最初のご飯の友は、

 きんぴらごぼう
 ごぼう1本、にんじん1本、は、皮付きのままアク抜きしないで千切り。
 れんこん1/3本、は、いちょう切り。
 しょうが1個、は、千切り。
 ごま大さじ2、ごま油大さじ2、醤油大さじ3。
1 鍋を温めてごま油を入れごぼうを炒め、他の野菜も炒める。
2 少々の水と醤油を入れ落とし蓋をし、煮る。
3 煮切る。
 
 
 
である。
 これはもうやるしかない。  
  




 なんだかんだ言っても加齢には逆らえない。
 71歳って言っても今78でしょう。
 そんなもん自慢してもなんにもならない。
 内臓脂肪がろくでもないことなど、誰でもわかること。

春山茂雄
 糖のままならまだ使い方次第で害を避けられたのに、万病の源と言うべき内臓脂肪にしてしまうのがインスリンによる治療なのです。

 とかいうが、理解できない。

 ポイントの1つは運動の順番です。
 無酸素運動を行ってから、有酸素運動という組み合わせで運動しないと、成長ホルモンは出ません。

 などと言われても、私はただただ泳ぎ続ける。
 そういう運動法だ。
 別に著者を否定しているわけではないが、肯定もしたくない。
 無酸素だやれ有酸素だなんて区別なぜ必要なのか。
 まずは、運動するという行為が重要なのではないのか。
 りんごがいいと言う。

 私はおそらく日本で一番りんごを食べている人間だと自負している。
 (略)
 その後に食事をすると血糖値が上がらず食べ過ぎることがない。

 これだけは真似してもいいような気がした。

それで寿命は何秒縮む?
半谷 輝己
すばる舎
2016-09-17



 世の中にはひどい物質がいっぱいあるのだがそれを知らないまま、体内に入れ不健康になってしまう。

半谷輝己

 例えば非金属の一種であるカドミウムという物質はイタイイタイ病の原因になる物質として、世界中で規制されています。
 しかしカドミウムは、植物の成長過程で土壌から植物中へと移行することが避けられないため、様々な食品の中に入ってしまいます。

 と、植物からカドミウムが入るようなことも起こる。
 かと思えば、 

 塩素処理をしなくなった結果、水道水が原因で大規模なコレラの蔓延が起こってしまったのです。
 最終的にはなんと全国で80万もの人がコレラにかかり、7,000人近くもの人が命を 落とす大惨事に至ってしまった。

 などという国もある。
 コーヒー1杯で、

 コーヒー1杯あたりなら20秒、30年間全体ではおよそ2日間は寿命が減る。
 ひじきの炊き込みご飯はこれだけ高い損失寿命が算出されるのはひとえにそこに含まれる無機ヒ素の濃度が高いから。

 と言われ、ひじきはもう、絶対的に食べてはいけない食品とされている。
 じゃあ、一体何を食べればいいのか、と言う話。
 ひじきはダメでしょう。
 でも、コーヒーは、プラスもあるのではないか。
 プラスマイナスは不明。
 コーヒーはむしろ寿命を延ばす効果がある。
 マイナスが30年で2日なら、おそらくそれ以上寿命が延びる可能性があると確信している。

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