夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 安全




 オウム真理教の事件は平成最大の事件だったように思う。
 その全容が果たして解決できたのかと言うとそうではない。
少なくとも国松警察庁長官当時狙撃事件は未だにその真相がわからなあ今まではないのか。警視庁刑事部と公安部の暗闘とか様々な憶測が行き交ったのだが,そんな警察内部の事情で果たして真相が闇に葬られるなどと言うことがあるのだろうか。

 君はオウムをやめたと言ったが400万円近いお金を出しさらにイニシエーションまで体験しているではないか。
 在家信者だろう。
 井上という人物がいるらしいが君とはどういう関係だったんだ。
 諜報大臣と呼ぶらしいな。

 そもそも刑が執行され結局真実はわからないままだ。
 オウム真理教という組織の中でその指揮系統に乗っ取り犯罪が行われたという図式はわかったが果たしてどこまでその真実が法廷でさらされたのだろうか。
 そもそもその主犯である麻原彰晃の言がないのだからやはり真相は闇のままではないのか。

 女性リポーターが聖無頓着の言葉を使ったその瞬間K巡査長はムクっと起き上がり「あっ,そんなことを信者に言ったちゃいけないんだ」とぶつぶつ言い出した。


 このK巡査長が国松本長官を狙撃した人物と早くから言われていたが,実はそうではないとか,オウムとは全く関係ない人物がやったのだとかいろいろな本がでているのだけれども,結局捜査の詰めが甘かったんだろうな。
 そういう他ない。
 警察内部の暗闘もさることながら警察がことさら検察に話していないこともこの事件を難しくしたのではなかったのか。

 その背後には検察の警察に治する不信感がある。
 平成8年にK巡査長が「自分が撃った」と供述したが警視庁から検察側に報告したのは怪文書がでて新聞が一斉に書いたあとだったのだ。


 なのだそうだ。
 警察は第一次捜査機関としてのその地位を確立していたが,公訴機関は検察という日本独特の刑事訴訟法の仕組みがこのとき警察の暗部をさらけ出したのだろう。 
 以後警察の捜査権は検察の実質的な許可がなければ機能しなくなったということはできないのか。
 それはともかく著者が到達した本件の結末は次のとおりだ。 

 狙撃犯が逃走用の車に到着した。
 そこで待っていた木田に自転車をわたし雨で濡れたコートを脱ぎK巡査長の後部のドアを開けて乗り込んだ。
 木田は狙撃犯のダミーとして日光街道方向に堂々と自転車で走り出した。


 当然このことが警察庁長官狙撃事件の解答だ,というわけではないが,支持できる内容ではある。




 子どもたちが犯罪に遭わないために何をすべきなのか。
 著者は,立正大学においてその分野の研究を永年続けている方だ。
 まず,危険予測について。

 危険予測とは 景色を見るだけでそこが犯罪者の好きな場所かどうか瞬時に見極めること。
 犯罪が起こりやすい場所とは犯罪者の好きな景色。

 なのだそうだ。
 じゃあ,どんなところが好きなのか,ということになる。
 それは,見えにくくて,入りやすい場所なのだそうだ。
 その他著者は子どもたちに街歩きをさせ安全マップを作成することを提案している。
 ところが実際はきれいにできた安全マップ。
 大人の手がかかっているが,被害対象である子どもたちには,今ひとつピンとこないもの。
 実際子どもたちが街歩きをして作成したマップなどどれくらいあるというのだろうか。
 そして結局事件はおきてしまう。
 そういう悲劇はこれまでいくら発生しているのだろうか。
 なんとしても子どもたちが被害に遭うのを食い止めなければならないのだ。
 そのためにも小宮先生には頑張っていただきたい。 

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