夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記

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カテゴリ: 映画論

黒部の太陽
熊井 啓
新潮社
2005-02-19


 黒部の太陽、は、寺尾聰、が新人俳優として出演した作品でもあって、


 宇野氏も私も、いったい現場ではどうなるのか、と心配していた。
 しかし寺尾くんはそんな私たちの心配も気にかけぬ様子で 台詞を喋りそれなりの演技をした。
 新人の初々しさがあってさすが宇野氏の息子である。
と父も監督も心配していたらしいがみごとな演技をしたということだ。
 この親子の共演は実は、男はつらいよ〜17 夕焼け小焼け、でも実現していたのだった。
 黒部の太陽、は、小学校の授業で映画館に行って観た覚えがある。
 その迫力に本当に驚いたものだった。
 それも道理



 「先生タバコを吸わせてくれ」と言って砂利だらけの軍手をとり煙草を指で挟んで吸おうとしたら右手の親指がなかった。
 後ろ側に折れ曲がっていたんだ。
 トンネルで流されながら必死でレールの枕木につかまろうとして押し流されて失神した。
 親指はその時折れたんだろうね。

などと命がけの撮影だったのだ。
 おそらくこの映画を観た四半世紀後の平成6年私達夫婦は子供を連れて黒部付近に行き、トロッコ列車、に乗ったりしたのだが、結局黒部第四ダムを見ることはなかった。
 それからまた四半世紀が経っている。
 黒部第四ダムまで足を伸ばすべきだったと今思う。




 昨日の、男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎、について著者は


 そこへ、朋子(竹下景子)、が訪ねてくる。
 いつもなら寅次郎の恋は早とちりの一人相撲であっさりふられて終わるところだが今回はちょっとパターンが違っている。
 朋子の言葉や表情、仕草、のすべてが寅次郎への思いを告げているのに寅次郎のほうがはぐらかしてしまう。
 寺を継げないという負い目がそうさせるのだ。
 

と、分析している。
 これが定説でしょうなあ。
 この作品はシリーズでも本当に大事な作品だなと思う。
 なにしろ寅の僧侶姿が本当にしっくりしているのだ。
 この作品のことについては昨日書いたとおりだが、まだまだ寅の検証は続く。
 次、志穂美悦子について


 映画では大林宣彦監督の、瞳の中の訪問者(1977年)、に出演しなんと最強の女ドラゴンがお嬢さんを演じスコート姿で練習に打ち込んでいるではないか。
と、驚きの声。
 今から42年も前の話。
 




 映画を批評するのはいいことだ。
 批評されない映画は価値がない。
 横溝正史の、金田一耕助シリーズ、は、市川崑監督、石坂浩二主演、角川映画、で日本映画の窮状を救ったエポックメイキング的な作品だった。
 その作品の一つ、悪魔の手毬唄、について


 悪魔の手毬唄(1977年)
 またいくらリカが寄席芸人の出身だと言っても金田一耕助の天才的な観察眼を変装で誤魔化すのは難しいだろう。
 しかも金田一は総社へ向かう途中の仙人峠で老婆とすれ違いまじまじと姿を眺め声まで聞いている
と著者は批評している。
 しかしこのことは横溝ミステリーそのものに対する批判である。
 逆に言えばこの映画作品は横溝の原作を忠実に再現した秀作と言えるのだ。
 つまり映画が原作をこえたからこそ著者の言う批評になるのである。
 映画評論といえば、水野晴郎さん。
 そんな彼には映画の代表作がある。
 そう、シベリア超特急シリーズだ。
 そのバカバカしさに驚きながら全編を観たのだったが、それ以上に



 シベリア超特急(1996年)
 そんな水野晴郎の大暴走が始まったのは還暦を過ぎて間もなくのことだ。
 映画、洛陽(1992年)、に出演して、陸軍大将山下奉文(ともゆき)を演じた水野は風貌が山下にそっくりだと言われてその気になる。
 そして自ら山下閣下に扮して、シベリア超特急(1996年)の 製作に乗り出し、脚本、監督、まで手掛けてしまう。
 そらまあ、似とらんことはないけど戸籍まで似せて、山下奉大、に変えとった言うじゃんけ。
 なんぼなんでも常軌を逸しとろー

などという話があったなんて知らなかった。
 これはこれからまた楽しみな情報ですよ。
 もう一度、シベリア超特急シリーズ、を観なければならない。
 と同時に還暦過ぎてからの頑張り、これも自分を奮い立たせるワザであり、私もなんらかの行動をしてみたいものだと思ったのだった。

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