自分なりにいろいろと整理をつける意味で書いておくことにした。

今日、9月30日、あと1時間で「アスキー」の名前が社名から消える。10月1日から角川グループの10社が大合併し、社名がKADOKAWAとなるためだ。もっとも企業としてのアスキーは、2008年4月、メディアワークスに吸収合併されたことですでに消滅している。『週刊アスキー』や『アスキークラウド』、角川アスキー総合研究所など、雑誌名や子会社に今後も名前を残すものの、それなりの感慨を覚えないではいられない。なにしろ、週アスを離れた今、自分の名刺から「アスキー」の文字が消えるのは、1989年以来、24年ぶりのことだ。

そう、僕はこの24年間、これまでの人生の時間の約半分を、「アスキー」という名前を背負って生きてきた。あまりに長く、あまりにいろいろなことがあった。会社が潰れる寸前というのは3度経験した。オフィスの引っ越しは合計9回。8人の社長の下で働いた。でも、仕事は変わらなかった。ずっと雑誌編集者。マネジメントする立場になったものの、編集者であることに変わりはなかったし、どこかでクリエイティブ(的なこと)に関わってきた。幸せな24年間だった、いや本当にそう思う。

数え切れないほどの出会いと別れがあった。異動、退職、永遠の別れ。どういうわけか、思い出すのはいなくなった連中のことばかりだ。円満に辞めていった者もいれば、苦し紛れのウソをついて去っていったヤツもいる。恨みを抱いて出て行った者もいただろうし、断腸の思いで退いていったヤツもあっただろう。とめどなくそんなことばかりが思い出される。

長く居すぎたなあ。

次に進むことが怖くて、結局こんなに長く同じ場所に居続けてしまった。同僚や後輩がアスキーを辞めたあと、ほかの世界で成功してきたのを見てうらやましく思った。退職願を書いたのは5、6回。そのうちの一通でも届ける勇気があったならば……と思う。

が、結局、僕は「アスキー」の名前を纏い続けた。なぜこんなに長く、アスキーに拘り続けたのか、自分でもわからない。憧れの会社に中途で入ると、いつの間にか編集長になって、気がつくと自分より目上の人間がほとんどいなくなっていた。否応なしに、アスキーを背負う立場になっていた。それが現実だ。


アスキーに関わったすべての皆さんへ。
「アスキー」という名前を残せなくてごめんなさい。本当に申し訳なく思います。どんなことも後悔しないことを信条にしていますが、このことだけは悔いが残ります。ああすれば良かったとか、こうすればどうなっていたとか、自分らしくない思いにとらわれます。すいません。


喉の奥から込み上げてくる言葉をなかなかカタチにできないなあ。でも、これだけは言っておこうと思います。

ありがと、「アスキー」
最高の会社でした


2013/09/30 F岡