パソコンの側から見た有名無名のボカロPの部屋。ニコニコ動画を観ていた無数のユーザーの部屋。初めて立ったSTUDIO COASTのステージから眺め。Zepp TOKYOでのサイリウムの海はどう見えていた? いくつもの文化祭の舞台、手作りのスクリーン、サイネージから見下ろした歌舞伎町。そうそう、ノキアシアターから見た景色は? 冨田先生はどんな人だった? 

朝からのタイムラインを眺めていて、少し何か書いてみようと思った。書きたいことはきっと朝Pさんが全部語ってくれるだろうと思っていたら、ホントにそうだったw 2010年から2014年までの4年間、“初音ミクという遊び”に夢中になった。楽しかった。人生の中でもっとも楽しい4年間だったと言っていい。もっとこの“遊び”を続けたかったけど、残念ながら職を失ったり病のためにできなくなった。今は、誰かの“遊び”を見て楽しんでいる。それはそれで面白いし、プレーヤーであったとき以上に楽しんでいるかもしれない。

これまでに何度も言ってきたことだけど、初音ミクに“終わり”が来るとしたら、みんながこの“遊び”に疲れてしまうか、飽きてしまう、もしくは否応なしに続けられなくなるときだ。『THE END』では、それが、イマジネーションの衰退もしくは消滅という形で暗示されていた。人が遊ぶことを止めない限り、初音ミクは永遠だ。重要なのは“遊ぶ”ことだ。


ベルサール秋葉原、フィルム越しに見た僕たちはどうだった?

そして、この先、君はどんな風景を見ていくのだろう?