初めてラスベガスを訪れたのは22歳の今時分だった。いわゆる卒業旅行。1ドルが250円くらいのレートだったと思う。学生が海外に行くのはそれほどポピュラーじゃなかった。なにしろ、パスポートの申請の際に、預金通帳を見せなきゃいけなかった時代である。ビザの免除制度もなく、アメリカに行くにはアメリカ大使館まで行って観光ビザを申請する必要があった。そんな時代。生協かどこかの格安パックツァーになんとなく申し込んだ。ロサンゼルス、グランドキャニオン、ラスベガス、サンフランシスコ、ハワイを2週間でまわるツァー。今なら絶対に申し込まないようなハードスケジュールの旅程。

 ツァーの参加者は全員が同じ、卒業を控えた大学4年生。20人ほどの団体で男女の比率はほぼ半々、自分以外はみんな友人と連れだって参加していた。最初のロサンゼルスで、参加者の半分くらいとは打ち解けて、自由行動の時間は、レンタカーを借りて一緒にサンタモニカに行ったりした。グランドキャニオンは1泊だけだったけど(1泊で十分だしw)、早起きして全員で渓谷の朝焼けを見に行くころには、みんな仲間になっていた。やらかしたのは次のラスベガス。カジノの罠にすっぽりハマってしまったワタクシは、所持金のほとんどをあっさりスってしまったのだ。お土産を買うお金もなくなり、結局、ツァーに参加していた女性(当然、女子大生)のひとりから借金をして旅行を続けるハメになった。もう最低だわ、オレ。

 あれから38年後。あのときと同じ季節にラスベガスに来た。

 38年前と違うのは、今回は家族旅行。妻、長男と次男。息子ふたりの年齢は、一浪してたり、大学院に行ったりで同じではないのだけど、二人ともこの4月に社会に出ていくという点では、38年前の自分と同じ。この先、家族全員で旅行することはきっと難しいだろうし、もしかしたらこれが最後になるかもしれない。じゃあ、ということで、UAとANAに貯まっていたマイルをほぼすべて使って、飛行機を予約した。行き先はラスベガス。そう、ラスベガスだけは決めていた。

 財布がスッカラカンになりながら見たベガスの町は、初めて日本を飛び出した22歳の自分には、とても大きく、残酷で、形容しがたいほどに美しかった。陳腐な言い方だけど、そこに「世界」を感じられた。二人の息子が、今回、このベガスの景色を見て、何を思い何を感じてくれるだろう。カジノでギャンブルに明け暮れるのでもいい。この町を見せたかった。とにかく。

 これで僕の子育ては終了である。君たちが生まれてから、本当に素晴らしい時間を過ごさせてもらった。楽しい思い出しかない。ありがとう。僕の息子として生まれてきてくれたことを心から感謝する。

 ちょっと奮発して、ラスベガスのショーの定番「O」を家族全員で観に行った。シルクドソレイユのパフォーマンスはいつものように圧倒的で、息子たちも「すげえ」を連発していた。が、ショーの終わる15分前くらいから涙が止まらなくなった。幼い二人をウルトラマンショーに連れて行ったときのこと、ボリショサーカスを観に行ったときのこと、こどもの国にザリガニ釣りにいったときのこと、数え切れないくらいプールに連れて行った夏、少年サッカーに毎週のようにつきあった8年間、中学受験の合格発表を観に行った冬の日……、思い出がとめどなく、とめどなく洪水のように流れ出す。気がつけば、終演の時間になっていた。

 二人はそれぞれ、大学時代の友人とこのあと彼ら自身の卒業旅行を予定しているらしい。だから、このラスベガスへの旅は、自分自身の、子育てからの卒業旅行なのだ。自分自身へ、そして何より、長い時間を共有した妻へ、おめでとう。


*旅行中に図らずも会社のスタッフにかなりの迷惑をかけてしまった。これが最後のラスベガスなので、どうかご容赦下さい。