或る大学生の読書ブログとウィーン留学記録|The Record of Wien and My Favorite Books

ふらふらした大学生のぶろぐです。趣味は、旅・読書・野球観戦です。 /// The Blog is written by an plain student. My hobby is TRAVELING/READING BOOKS/WATCHING BASEBALL.

再び経済系の本です。最近は自分の関心が金融政策よりも財政(モデル)に寄ってきているので、さらりと読んだ次第ですが、この池尾先生の本は対話形式ですし、つくべきところが言及されているので、とてもいい本だと思います。(マクロ・金融)経済学に関心のある人あるいは経済の学部レベルの教育を受けた人なら読める本です。どうしても高邁な先生になると、ポジショントークをしがちな人もいるので、その点本書は(私大の先生なのもあるかもですが)率直な経済学者の実感とその実感の背景にある理論・実証をバランスよく話しているという形でとてもいいと思います。

2013年発行の本なので、時勢が昔のものですが(アベノミクスのパートなどがあるので)、その主張の背景の論文などは今でも変わらないと思います。そうした論文や出典を同じページに明記してあるので、学術性も担保されていると言えるでしょう。本書は大まかに「日本のデフレの原因」「マクロ経済学の理論」「(歴史的・最近の)金融政策の説明」「アベノミクスの評価」の4つに分かれています(章立ては5つですが)。このブログの記事では、「金融政策」については以前書いた上に(例えば、宮尾龍蔵先生の『非伝統的金融政策 -- 政策当事者としての視点 [単行本]』の書評でがっつり書きました:こちら。歴史的な話はこちら)、アベノミクスのような趨勢的な話は最近個人的に関心を失っているので、前半2つに絞って紹介したいと思います。






1. 日本のデフレの原因

これもいろんな見方があると思います。例えば、以前紹介した渡辺努さんが編集した『慢性デフレ 真因の解明 (シリーズ現代経済研究) [単行本(ソフトカバー)]』(書評はこちら)はミクロデータの実証分析から構造や問題点を明らかにしていくことで、解決策を見出そうとする方法です。個人的にはこうした方法論に注目していますし、機会があればそういう研究や分析に携わりたいと思います。
本書の見方は、二部門モデルと言われているもので、後で軽く説明しますが、人々の異質性を入れたモデルは「Heterogenous Agent Model」と言われているモデルが主に財政面で90年代後半から登場しました。二部門モデル自体は昔からある発想のようで、至ってシンプル。生産部門を例えば、輸出型産業とそうでないdomesticな産業と分ける。その二者間には部門間の摩擦(friction)があると考えます。例えば、労働者がサービス業から製造業に移動するには技能の習熟の点で機会費用がかかりますよね(それを公的機関がハローワークなどで補っている?のかもしれませんが)。これはRBC(Real Business Cycle)の議論で言えば、labor search and matchingに近い話かもしれません。要は、企業が欲しい人材を採用するにはマッチングコストがかかります、という単純な話です。例えば、ここに企業が本当に欲しい人材を手に入れられる確率や採用した人材の技能習熟まで企業が請け負うのか、と言う話まで含めていくと、モデルが複雑になっていくといった感じでしょうか。
個人的には、企業の異質性なんかをマクロのモデルで考慮できないのだろうか(てかもうあるんですかね?)、とは思っています。そうすると、「Heterogenous Agent Model+産業連関」みたいな話になってくるんですかね...。複雑すぎて数値計算的にも解が求まらない可能性も高そうですが...。
モデルの話に触れ過ぎてしまいましたが、簡単な二部門モデル(部門1と部門2とする)を考えると、部門1の価格調整と部門2の価格調整の動き方によっては、インフレになったりデフレになるというものです。つまり、
  • 相対価格=部門1の製品価格 / 部門2の製品価格
を考えた時に、相対価格が下がる場合は、「部門1の製品価格を一定として、部門2の製品価格が上昇する」あるいは「部門1の製品価格が低下し、部門2の製品価格が一定にとどまる」という二つの形で達成されえます。前者の場合は物価上昇(インフレ)、後者の場合には物価下落(デフレ)になるという話です(ただし、マークアップ率は同じ)。更にここに変動相場制、労働生産性上昇と名目賃金の関係を考えると、労働生産性の上昇に従い円高になるとすると、変動相場制で海外建て価格を所与と考えると、円建てでの製品価格を上昇分引き下げなければいけなくなります。そうなったときに名目賃金の引き上げ余地がなくなり、更にデフレになるという仕組みです。更に池尾先生はそれを国内の相対価格と海外の相対価格で比べて考えていくとどうなるか、と議論しています。詳しい話は本書を。


2. マクロ経済学の理論

個人的には本書はこの箇所が非常にうまく描写されている気がします。よくある本ではフリードマンによるマネタリズムの描写が多すぎて、マクロ経済学の認識を誤らせている気がします。自分も大学3年前期くらいまではずっと誤解していました(正確に言えば、留学・留学以後の学習で認識を改めました)。「オールド・ケインジアン vs マネタリズム」といった図式が広まりすぎているんではないかと思います。つまるところ、「総需要管理政策(ファイン・チューニング)vs 市場放任主義(レッセフェール)」と言ったところでしょうか。経済はマクロ指標で管理できる、いや管理することによる弊害があるから全部市場に任せたほうがいい、という議論ですが、あまりに大味で印象に増幅されすぎているんじゃないかと思います。これはもしかしたら、東大をはじめとする御用学者として権威のあったケインジアンの学者の方々にとってわかりやすい構造だったために、こういう印象論が強くなってしまったのではないかと思います(最近はぐっと世代交代が進みました)。もっともオールド・ケインジアンの考えは重要ですが、現実性は乏しいでしょう。

2.1 ルーカス批判

実際にマクロ経済学にとってもっとも重要だった(と言っても過言ではない)出来事は、「ルーカス批判」でしょう(池尾先生もそう述べていますし、最近のマクロ経済学者の総意でしょう)。ルーカス批判をざっくり述べると、オールド・ケインジアンで想定されていたケインズ型消費関数「$C = C_0 + cY^d$」、これは「総消費 = 基礎消費 + 限界消費性向 * 可処分所得」を表します。ルーカス批判はこのケインズ型消費関数における消費性向などのパラメーターは政府の政策の変更の影響を受けてしまうから、パラメーターを関数だと考えるべきであると、述べています。
例えば(本書とは異なる例にします)、所得税を下げると通常可処分所得(所得から税金などを引いているので)が増えます。そうなると普通に式を当てはめれば総消費は増加します。しかし、景気マインドが下向いていたとすれば、消費者が貯蓄に回す可能性も十分あります。その結果消費性向が下がってしまい、結果的に総消費は変わらないかもしれません。他にも当然所得税を下げれば政府税収が減るので、政府歳出を抑えなければいけません。その結果、教育投資を減らしてしまえば、経済厚生は大きく下がるでしょうし(義務教育やある程度の高等教育は通常投資回収がものすごく良いです)、民間への補助金を下げると民間主体の供給能力が落ちるかもしれません(逆に競争が活性化されるかもしれません)。
政策介入効果が民間主体の行動パターンを変える可能性を大きくはらんでいるので、「ミクロ的な基礎づけ」をしていこう、というのがルーカス批判以後のマクロ経済学の動きです。

2.2 RBC / New Keyensian

こうして出てきたのが、RBC(Real Business Cycle)やNew Keyensianのモデルなどです。これらのモデルでは、 deep parameter(ディープ・パラメーター)という政策介入による変化が現れづらいパラメーターを基礎としてモデルを組み上げようという考えが基礎的なものとなっています。例えば、人々の選好(preference)や企業の利用可能な技術(technology)、資源の賦存量などです。但し、私は(Heterogenous Modelの話ですが)人々の選好も可変的/時変的と考えていて、選好パラメーターを例えばARプロセス(ゆくゆくは実証された関数)などで記述してはどうか?という意見です。
話を元に戻せば、更に合理的予想を仮定した上で、確率的な要素を組み入れたものが、DSGE(Dynamic Stochastic Generalized Model)と呼ばれているモデルです。Deterministicなモデルでは社会計画的になってしまい、現実から外れてしまいます(ラムゼイ的な枠組みであれば社会計画=市場主導なのですが、昔の議論ですね)。これらのベーシックなDSGEモデルは数学的に高度と言うよりも経済学的直感をどう表現するか、と言う議論に難しさや面白さがあると思います。しかし、最近のHANK(Hetrogenous Agent New Keyensina)モデルなどはメカニズム自体が高度になり、難解になっている気がします。
散々、RBC、New Keynsianと出てきて、それぞれ何だよ、と思われていると思うので、簡単に説明すれば、RBCとは無理やり訳せば、実物景気循環論と言うようなものです。構成したモデルに、technology shocksを加えると、実際の景気循環に近くなると言う議論です。このRBCの登場で、現実の数値にかなり近い状態を作り出せるようになりました。RBCはショックに対応してパラメーターが変化していくわけですが、常に一般均衡が成立していることを仮定しています。これでは貨幣的な現象の全てを説明できるわけではないので、価格の粘着性、つまり価格はすぐには均衡に収束しないようなfrictionを想定している状態、を考慮するモデルが登場しました。その考え方は政府の政策介入が経済厚生を改善させる可能性があるということで、ケインジアン的なので、New Keyensianと呼ばれています。New Keyensianモデルも摩擦要因以外は一般均衡がそれぞれ成立していることになります。そして多くの中央銀行は価格の粘着性があるから金融政策に介入する意味があるという議論の上に存在証明をしていることからDSGEモデルを使用しています。

でも、難しいのはDSGEモデルはモデルの仮定が強すぎて、dataのフィットが難しいという問題があります。最近はかなりデータへのフィットもよくなっている印象ですが、そのデータへのフィットが何で担保されているのかといえば、外生値の僅かな調整によるところが大きいのでは?という印象もあります。どうしてもこの疑念は消えないもので、外生パラメーターに幅をもたせて論じている論文をあまり見かけたことがありません(あれば教えて欲しいです)。最近で言えば、Simon Wren-Lewisが「Ending the microfoundations hegemony」というエッセイを挙げています(なかなか激しいタイトルですが...)。彼の主張は、DSGEはTheory Consistentだけど、そのassumptionが強力すぎると、一方でVARなどはData-Drivenでメカニズムが記述できない、そこでその中間としてStructural Econometric Modelはどうか?と述べています(このStructural Econometric Modelとはいったい何なのだろうと思うのですが...)。ちょっとモデルの話によりすぎたので、これくらいに...。Heterogenous Agentの話できなかったけど...。



個人的に、こうしていろいろ書いていて、この周辺の知識は大学院(レベル)の授業を聴講させてもらって初めて知ったことばかりでした。経済学部の学部のカリキュラムももう少し改変すべきだと思います。学部と大学院がかけ離れすぎていて、学部で線形代数や微分積分をやるのに、本格的にそれら数学が活きてくるのは大学院以降であるという...。学部マクロで最低限やるのはISLMのトイモデル(これはこれで重要だとは思いますけど...)までであるという事実は、経済学の面白さが伝わらないまま多くの人々が大学を卒業してしまって、経済学なんて無駄だみたいな議論を増長させている気がします(逆にRBCとかNew Keyensianを学んだ結果、ISLMの枠組みの便利さに気づくと言う側面もありそうです)。





 
           
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