大丈夫だろうか秋を迎える準備

2010年08月23日

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「臓器提供、お母さんはどうする?」と息子に聞かれたので

「うーーん、死んだ(も同然の)あとのことはどうでもいいよ」と答えた。

「でも、臓器移植については認めてないんじゃない?」


そうだった。

私は臓器移植については、はっきり反対なのだ。

それ以外に生きる道がないと嘆くが

そういう運命、受け入れることも必要だと思う。


他人の臓器まで欲しがるのは、さもしくないか?

毎日毎日、誰か(適合する人が)事故死(脳死)しますようにと

家族揃って願いながら生きてるというのはどうなんだろう?


国内の移植待ちの患者の臓器を国内(国産)でまかなう。

これが今回の法改正の目指すところではあるのだろう。


でも、そもそも臓器移植というものが、リサイクルだのエコだの

使えるものは無駄なく使いましょうみたいには、まるで思えない。


これまでに特に怒りを覚えてきたのは海外での移植を望む事例。

他人の臓器がほしいです。

それには莫大な費用がかかります。

カンパしてくださいって、そんな手前勝手は、ないだろう。


(金持ち日本の)そうしたお涙ちょうだい作戦が招いたのが

途上国の子どもたちの人身売買問題ではなかったか。

先進国の成人男性の性的玩具として売り買いされている

子どもたちがたくさんいること。

それは怒るべき、悲しむべきことだと思う(買うようなおっさんはぜひ死んでくれ)

それに加えて近年、更にとんでもない数の命が取引きされているという。

健康な生きた体から、新鮮な臓器を取り出すために。

臓器売買のための人身売買をなくすためにも移植法改正!なんだろう。

それはわかるんだけど。

私の中で再生医療はありでも移植はNO!

その気持ちは変わらない。


「脳死と判定されて切り刻まれようが

 自分の内臓が青いクーラーボックスに入れられて

 あちこちに運ばれようがどうでもいいし、なんでもない。

 でも、そのときがきたら人は潔く死ぬべきだと思うので

 臓器提供はなしで、延命措置もなしでお願いね」


ひとつの質問のおかげで

自分の中で自分の意思がはっきりと確認できた。







timatima19 at 02:55│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by るい   2010年08月23日 22:59
私も自分が死んだら自由に持ってってもらっていいと思ってる。
脳死で生かされるよりマシかな。
だけど、家族のは持って行かさない。
とくに子どもたちの分はね。
勝手だなぁ…

で、私はいらない。
そこまでして長生きしようとは思わないねぇ。
2. Posted by ウシ   2010年08月24日 18:03
そうなんだよね。
家族の臓器は提供しない。

自分の分は持ってってもらっても本当はいいの。
家族がそれで、気持ちにけりをつけて
うまく終わりにできるとしたらね。

植物状態になった場合、生命維持装置をはずすきっかけとしては
ありなのかなぁ・・なんだよね。

あ、もちろん私も、寿命分で結構です。
他人の臓器までほしがりません。

しかし、ここでまた更に手前勝手なんだけど
子どもらが移植が必要な事態になったら
やっぱり必死でほしがるんだろうかねぇ

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