2006年08月

2006年08月31日

8月31日(木)

27951333.jpg8月31日(木)

8月が、その幕を閉じようとしています。
子供の頃は、夏休みで一番寂しい日でした。
大人になってからは、さほどの感傷もなかった私でしたが、今年は、ちょっと気持ちが晴れない。夏は、やはり、思いっきりリフレッシュすべきだったのかも。
そんなことを思いつつ、今夜は、OKEIKO卒業生の亜矢ちゃんと西荻窪で待ち合わせた。
?
ちょっと路地を入ると、こんなレトロなお店が!漆喰の看板に書かれているのは「床屋」の文字です。そして、女だけで入れるお店をみつけ!これからは、ひとり静かにに時間を楽しめるかも。



timesignal_117 at 15:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年08月29日

舞台のご案内

8月29日(火)

このブログでも度々お伝えしてきた「平家夢幻」コンサートまで、2ヶ月を切りました。
吉川英治作「新平家物語」からのイメージを作曲した斉藤友子さん曲と、私の朗読で、
その栄華盛衰の世界に心を馳せていただければと思います。
詳しくは、下記ご案内をご覧ください。
会場は、キャパ88名のため、お早めのご予約をお願い致します。

************************************************************************************************************
平 家 夢 幻
吉川英治原作「新・平家物語」から、心に響く九つのイメージを音楽にいたしました。
華麗な一門の繁栄、そして余りにも悲しく滅亡した平家一族の物語を
2台のピアノとヴァイオリンで表現し、吉川英治ならではの
美しい文章の朗読を交えた作品です。
洋楽器が織り成す和の響き、音楽の一部となっている語り、
文学と音楽が調和した独自の音世界をお楽しみ下さい。

2006年10月20日(金)
夕の部 開場 4:00PM  開演 4:30PM
夜の部 開場 7:00PM 開演 7:30PM
スタインウェイ・サロン東京・松尾ホール(スタジオA)
チケット ?3.000

出 演
作曲・ピアノ 斎藤友子
ピアノ    西まこと
ヴァイオリン 東大路佳子
朗読     中村啓子

夕の部と夜の部がございます。お申し込みの際、いずれかをお選び下さい。
定員88名の小さなホールのため、定員になり次第締め切らせて頂きます。ご了承下さい。

チケット予約・お問い合わせ
(有)シュヴェスター
TEL 03-3413-8910   FAX 03-3413-0364
saito@schwester.jp www.schwester.jp

協力 吉川英治記念館
***************************************************************************************************************************



timesignal_117 at 01:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年08月26日

マイブーム「きもの」

8月26日(土)

最近、きものの魅力にはまっています。
今日は、ホテルニューオータニでの着物ショーを観に行きました。
スペシャルゲストは、あの世界トップ6に入るというモデル、山口小夜子さん。
どのモデルさんもきれいで、静々と歩く姿に見とれましたが、山口さんの登場に、
会場から拍手がわき起こりました。
ただ美しいというだけではない、圧倒的な存在感!
そこにいるのは、モデルではなく、山口小夜子さんそのものなのです。
台詞もないのに、その身のこなし、顔の表情だけで醸し出される妖艶な世界!
モデルを超越した演技者の姿です。

そして、主催者鈴之屋会長とのトーク。
その深く美しい発声、落ち着いた心地よいテンポ、やさしさとウイットに富んだ言葉・・・
一流の人は、その仕事の範囲を越えたものを備えている・・・深く感動したひとときでした。

午後1時半頃、四ッ谷の土手沿いの道をちょっと気取って小夜子ウオークしている人を見かけませんでしたか?それは、私です。

timesignal_117 at 01:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年08月22日

優勝旗がわが町へ!

8月22日(火)

おめでとう!早稲田実業!
大変なドラマだった!力と力のぶつかり合い、ほぼ互角の実力が、なかなか勝敗を決めなかった。
斉藤クンも田中クンも、よく投げた!
そして、優勝旗は、私の住む国分寺へやってきた。
駅前商店街も、丸井も、大サービス!
私もお相伴にあずかり、今夜は2割引の夕食と相成った。


8/22_18/22_28/22_3

timesignal_117 at 01:52|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2006年08月10日

おつかれさま!鈴置ちゃん。

8月10日(木)

声優・鈴置洋孝が逝ってしまった。56才の若さで。
アニメでは「ドラゴンボール」の天津飯、「機動戦士ガンダム」のブライト。
映画の吹き替えでは「7月4日に生まれて」などの
トム・クルーズ(トム・クルーズ自身が、日本語はこの声でと選んだという)
「リサールウエポン」のメル・ギブソン、「ゴースト・バスターズ」の
リック・モラニスなどの声でおなじみだった。

俳協に所属した時期がほぼ同じだった鈴置ちゃんと私は、
小林恭治さん率いるナレーション研究会「とるばとーる」で、
数々の朗読の舞台を共にして来た。
持ち前の感性と、劇団薔薇座で鍛え上げた演技力で、彼は迫真の朗読を聞かせてくれた。
お酒が好きで、人が好きで、自由奔放、豪放磊落な彼は、
恩師の見舞いに一升瓶を持って行ったり、炎天下を長時間歩き、
病室に着いた頃は、花が汗でヨレヨレになっていたり、
やることなすこと笑えるところがあった。
酔っぱらいで、どうしようもないけれど、どこかキュートで憎めなかった。

鈴置ちゃんと私は、FM横浜の「ミッドナイト・シネシアター」という、
映画や舞台のビハインド・ストーリーを礎にしたドラマ番組でもレギュラーで共演した。
「啓子さん台詞行けるよ!」と、励ましてくれたかと思うと、
視聴者からの「中村啓子さんのイメージはビビアン・リー」という
葉書に首をすくめて笑い、以来「ビビアン、ビビアン」と私を呼んでからかったり、
とにかく、彼は現場のムード・メーカーだった。
そんな私たちは、いつしか「舞台でやろう!」と盛り上がるようになり、
鈴置ちゃんが劇団名を「ミッドナイト・ファクトリー」と命名した。
単なる放送劇のつもりだったのが、「身体を動かしたくなちゃう」
という高島雅羅さんの一言から一人30分ずつの一人芝居3作
ということになったのだから、私は真っ青!
薔薇座で鍛えた二人と、ナレーション畑の私とでは土台が違いすぎた。
手足をどうしてていいのかもわからない私は、文字通り胃に穴が開くほど苦しんだ。
台詞を間違えなかったのは、本番だけだった。

芝居心に火がついた鈴置ちゃんは、やがて鈴洋孝プロデュース公演を行うようになり、
数々の素晴らしい舞台を作り上げて来た。
場内放送は啓子さんでという彼の妙なこだわりから、
公演の度に「またお願いします」と電話があり、お礼は決まってワインだった。
特に私の印象に残っているのは「煙が目にしみる」のがん患者の役だった。
あの役そのままに、彼は肺がんで逝ってしまった。
最後の舞台の場内アナウンスのテープを、吉祥寺で待ち合わせて手渡す約束だったのに、
その日の夕方、私は「帰りが遅くなりそうだから郵送するわ。」と電話した。
彼はその舞台の最中に倒れたという。あれが最後だとわかっていたら、
手渡せば良かった。芝居も見に行けばよかった。
またひとつ、強烈な個性が消えて行った。
飲んで、遊んで、芝居して、好き放題に生きて・・・。
楽しんだね、鈴置ちゃん!ここに、永遠の「おつかれさま!」を送ります。


timesignal_117 at 01:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2006年08月09日

母校へ行く

8月9日(水)

土曜日の夜から昨日まで、九州から東京へバカンスに来た人のお伴をしていた。
一昨日は、母校へ行きたい!という彼女とともに、炎天下の慶応大学へ。


8/7_18/7_28/7_3







夏休みのキャンパスは、ジージーと賑やかな蝉の声に包まれているものの、
なにか深閑とした風情を漂わせていた。
目を輝かせて飛び回り、通りがかりの職員や学生に
話しかけている彼女を目で追いながら、
荷物の番をしている私は、蚊に刺されて手も足も真っ赤っか。
(だからコインロッカーに入れようって言ったのに)
そのとき浮かんできたのが、これまで、
旅先で案内して下さった地元の人たちの顔、顔・・・。
ほんとに、ありがたかったなあ〜。
何事も、自分が経験してみて、人の立場がわかるものなのだ。
憧れて入ったた慶応での4年間は、彼女の人生で珠玉の時だったに違いない。
彼女の喜びを自分の喜びとしよう。暑さかゆさもなんのそのだ!ウ〜〜。

バカンス(?)が終わり、今朝、NTTの仕事でマイクの前に座ったとき、
幸福感で涙が出そうになった。
私にとっては、今、今がが珠玉の時なのだと。

帰宅したところへ、母校から電話が!
ふるさと富山の雄山高校校長からの「ようこそ先輩」のお招きだった。
「今、放送部の活動はいかがですか?」と聞いた私に、
校長は申し訳けなさそうに
「実は、今は男子3名だけで、お知らせアナウンスをする程度でして」
(ガックリ!)
「まあ、あの全国一に輝いた放送部が!?勿体ない!
やる気を出してもらわなければ”!」と、
士気を高めた私は、11月にうかがうことにした。
母校では、午後の授業をカットして、全校生徒を集めて下さるという。

人の母校へ行ったら、自分の母校へ行くことに・・・。
いつもお茶目な神様のお計らいだ。

timesignal_117 at 21:53|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2006年08月03日

介護と少子化の行く末は・・・

8月3日(木)

8月は、爽やかな風とともにやって来ました。
長かった梅雨が明けると同時に湿度が下がり、
心地よい風がカーテンを揺らします。

こんな気持ちの良い朝にも、悩んでいる人がいました。
Sさんには、私立大学4年の子供が二人います。
年子の一人が浪人したので、同時入学。
4年間しっかり二人分の学費を払って来ました。
そんな中、おばあさんの介護をしていたお母さんが倒れ、
その看病をしていた妹さんも倒れました。
祖母と母、同時に二人が入院して1年、おばあさんが亡くなりました。
そのお葬式に、極力質素にして150万円かかるというのです。
(実費だけの教会の告別式を見慣れている私にはそれでも高すぎる)

働いても働いても出費が嵩み、看病疲れの家族は将棋倒し。
この現実は、この家庭だけの問題とは思えません。
政府は、現在38万床ある療養病床を6年後には15万床に削減する計画です。
財源の問題でベッドを減らすのです。
そのための在宅介護支援プロジェクトだと、国は言うでしょう。
でも、1度でも在宅介護を経験してみた者には、それがどんなに大変なことかわかります。
介護をすれば仕事が出来ない。
(私の場合、実際仕事に出かけても集中力はない、声は出ないで、
プロとして通用しなくなるのが目に見える状態でした。
あの時、母が再入院しなかったら、私も倒れていたでしょう。)
仕事をすれば介護が出来ない。
無理をすると、第2、第3の病人が出る。
この問題をどうしたら良いのでしょう。

私は4人兄弟なので、なんとか役割分担していますが、
もし、一人っ子で全てが自分の肩にかかって来たとしたら・・・重すぎます。
それでも、2人以上の学費は払えないと、一人っ子に押さえる今の日本人。
まさにこれらの問題の全てを浮き彫りしたようなSさんの例です。

医療難民続出の時代が目の前に迫っています。
人が人として安心して生きられる・・・そんな最低限のことが
可能な世の中のすることは出来ないのでしょうか。
そのための政治であって欲しいし、私たち一人一人も
その政治の責任者であることを自覚したいものです。

timesignal_117 at 01:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)