2007年02月

2007年02月25日

郵便局

957eb11e.jpg2月25日(日)

町の郵便局はノスタルジーを感じさせる。
私の生家は、郵便局の裏だった。「郵便局のうしろの中村です。」出前を頼んだりするとき、母は決まってそういっていた。
郵便局・・・人の数だけ思い出がありそうだ。

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2007年02月22日

戻らない時

2月22日(木)


今日、親しく仕事していた人二人もの死を知った。
ついこの間、いつもと同じように仕事して、おしゃべりしたのに・・・あの日が最後だなんて・・・。
やりきれない気持ちで家に帰ったら、もうひとつの訃報が届いていたのだ。
私に何か出来ることはなかったのか・・・。
同じ状況はずっと続くものではない。ひとつひとつの瞬間は二度と返って来ないのだということを、人の死に接する度に思う。
悲しい一日だった。

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2007年02月19日

ルビーとまと備長炭焼き

e1c79dba.jpg2月19日(月)

この艶やかな赤い実、なんだと思います?
実はトマト!
赤坂の一ツ木通りからちょっと入った赤坂不動尊の鳥居の手前を左に曲がると、そこは都心とは思えないしっとりと落ち着いた空間・・・。
ほんのりとした灯りに照らし出されたのれんには「うまや」の文字が。
ここは、市川猿之助が総合ディレクションした赤坂の隠れ家的お店。
店内には昔懐かしい通り土間と格子と箱膳のある風景が広がる。
ここで「ルビーとまとの備長炭焼き」なるメニューをみつけて、ものは試しと頼んでみた。
現われたのがこれ!なんと言う美しさ!アツアツのトマトに粉チーズをつけていただく。
備長炭で焼いた香ばしさとトマトの甘みが口いっぱいに広がる。
和洋折衷のこの味、この彩り、盛りつけ・・・これぞ創作料理。あっぱれ!

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2007年02月18日

転覆船からの生還

2月18日(日)

宮崎県のマグロはえ縄漁船「幸吉丸」転覆のニュースを見た時、乗組員3名は絶望的だと思った。
切断され、逆さまになった船体から冬の外洋に投げ出されとしたら、生きていられるわけがないと。
それだけに3日後の「無事発見!」のニュースには驚きと感動でいっぱいになった。
「沈む」と直感して救命ボートに乗り移った後、舟は3分で沈んだという。
咄嗟の判断と迅速な行動が生死を分けたのだ。
それにしても・・・底に開いた穴から入る海水をかき出しながら3日間冬の海を漂流する不安は想像を絶するものだろう。
取材で乗船していたカメラマンが、船長と甲板員が退院したあとも病院に留まらなければならなかったのは頷けると思った。
海との付き合いが違うのだから。

昨夜、テレビ画面に、そのカメラマンの元気そうな姿が写った。
と、次の瞬間、カメラマンに飛びついてハグするいかにもうれしそうな顔・・・1月21日のブログに書いた同級生のプロデューサーだった。

電話しよう!私の声を聞いたとたん「おーお!」と答えるその声が弾んでいた。「昨日テレビ見てたら出てたから(笑い)よかったね!」
「うちの番組だったんだよ」「うん、ニュースで共テレって言ってたから大変だろうなと思ってたのよ」「もう、天国と地獄だよ」
「ほんと!良かったね」「ありがとう!」

それにしても「生」と「死」を分けるものって何なのだろう。
絶望的だと思っていても生還する人もあれば、まさかと思う死に方をする人もいる。
絶望の渕にあって生き残った人は、きっとこれからの人生が今までの何倍も鮮やかに彩られているように感ずることだろう。
アメージング・グレイス!(驚くばかりの恵み)・・・感謝と喜びに満ち溢れた人生となりますように。

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2007年02月12日

啓翁桜とフリージア

70dd635b.JPG寒桜の花束をかかえた涼ちゃんが、花ちゃんと一緒にやってきた。
(涼ちゃんはOKEIKOの生徒、花ちゃんはその娘4才すごくカワイイ)
「お母様、桜が見たいとおっしゃっていたと聞いたので・・・」と。
そうなんです!昨年暮れ、天に召される1週間ほど前、母は「桜が見たい。桜がなかったら桜に似た花買って来て。」と言ったのです。
(見せてあげられなかったのが残念)
そんな話、涼ちゃんにしたかしら?本人でさえ覚えていないことをちゃんと心に留めていて、願いを叶えてくれるなんて!「行き届く」って、こういう事をい
うのだろう。感激!
しかも、桜に添えられていたのがフリージア!何を隠そうこの花こそが、父と母のオフィスラブのきっかけとなった花なのです。
Long long ago・・・20才の母が社内報に載せたフリージアの詩に、22才の父が返歌を送ったのでした。
この話は、聞きはじめということで、今度は持って来た涼ちゃんの方も感激!
早速、母が描いたおひな様の掛け軸に寄り添うように、大きな花束を飾りました。ほんのりやさしい、いかにも母らしい空間です。
天から「ありがとう」の声が聞こえそう。
夜になって、涼ちゃんからメール。「あの花の名は、なんと『啓翁桜』だそうです!」実は、私の父の名が「啓三」。
啓三じいさん桜と縁結びのフリージアという、母にとってベスト2のお花が揃ったというわけ。
写真の笑顔が、ことさらうれしそうに感じられました。
人の必要の足ろうという「思い」があるところには、見えない力が加担して、何倍にも行き届かせるのかもしれません。

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2007年02月10日

エッセイスト三宮麻由子さんと珠玉の会話!

e668cc6a.JPGエッセイスト三宮麻由子さんが、文芸春秋の編集者Tさんと、わがナレーションスクールOKEIKOのスタジオへいらっしゃいました。
さかのぼること数日前、Tさんから私が所属する俳協を通し、取材依頼があったのです。「三宮麻由子さんは、以前より中村さんの声のファンで・・・」と。
4才のとき、病気で視力を失った彼女は、ピアノをはじめ、様々な楽器や音楽にも造詣が深く、絶対音感の持ち主だという。
そんな方が、私の声に耳を傾けて下さったなんて!私は、早速彼女の著書を読みはじめました。すると、ふわーっと心に幸せが広がるではありませんか!
きっと、とっても明るくて素敵な方に違いないと思いました。午後2時半、現われた麻由子さんは、期待通り、いえ期待以上に、輝くばかりのオーラの持ち主。
さて、それからの楽しかったことと言ったら・・・。とにかく話が弾むのです。しまいには若くてやさしい編集者Tさんまで巻き込んで大盛り上がり!
んもう、このまま軟禁しちゃいたいと思うほどでした。
三宮麻由子さんは、著書「時計を捨てよう」(大和出版)の「対話上手は生き上手」という項に、こう記しています。
「対話とは、豊かな心から溢れる言葉の協奏曲である。それを使いこなすこつとしてまず、常に褒められたり同意されていないと不満に思う気持ちを卒業しよ
う。
対話は尊重し、認めあってこそ成立するからだ。それから、相手より優位なところを探し出して勝とうと思わないこと。むしろ知らないことを教えてもらうと
いう謙虚な気持ちが大切である。
そして最後に、聞き手と話し手の両方になること。押しつけは禁物である。まずは美しい言葉で、楽しい話題をポンポンとキャッチボールしてみてはいかがだ
ろうか。
対話上手は、生きるヒントをうまく見つけられる生き上手でもあるのだ。」
そう!まさにその通りのキャッチボールが続くうち、小春日和の青空は、やがてトワイライトブルーに、そして漆黒へと変化して行ったのでした。
この取材の内容は、文芸春秋の新刊紹介雑誌「本の話」で連載中の三宮さんのエッセー「音をたずねて」で紹介されます。(何月号かは未定)
どんなお話になるのか、ドキドキワクワクです。
彼女のホームページ「三宮麻由子の箸休め」と、私のブログ、お互いにリンクを貼らせていただきましたので、ご覧ください。

timesignal_117 at 22:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0)仕事 

2007年02月04日

念ずればお掃除おばさん

a47cd809.jpg2月4日(日)

「ナレーターって、現場ではわりにチヤホヤされるでしょ?これでいいのかしら?週に一度だけはビルのお掃除するとかしたら、バランスが取れるかも・・・。」
随分前に後輩のS君にそんな話をしたら「似合いそう」と、クスッと笑われた。で、気持ちが萎えた。
それから幾年月・・・遂に実現の時が来たのだ!
場所は、父の病院。このリハビリテ−ション病院では、差額ベッド料を取らない代わりに、家族が月15時間ボランティアをすることになっている。
実際に患者さんに触れることで、脳血管障害について学ぶことと、家族が患者を病院へ預けたままにするのを防ぐためだというこの方針に、私は大いに共感した。いい病院だ!
日曜日はボランティアの数が多い。マンションの理事会を終えてからかけつけた私に残されていたのは、トイレ掃除だけだった。
作務衣に着替えると、まず籠に溢れそうになっていた作務衣を洗濯機にかけ、テーブルを拭き、やおらトイレに向かう。
ん?リュックの忘れ物?と目を凝らずと、それは、身体を支えるためのベルト。用を足すというただそれだけのことが、患者にとってどれだけ大変かを目の当たりにした思い。
最後に父の部屋の前のトイレに辿り着いた。車椅子に掛けてテレビに夢中な父を垣間見ながら、父が、自分の足で立って用を足せるようになったことに感謝が溢れてきた。
髪の毛一本も残さないようきれいに掃く。通りすがりの看護士さんたちから「ありがとうございます。」なんて挨拶されることは・・・ない。今は、ただのスタッフなのだから。
ありがとうを期待するところがまだ甘い!そんなことを思っているとき、「ご苦労様です!」と患者の家族から声をかけられると無性にうれしい。私は、これを怠っていたなと反省。
今度からは、ボランティア中の人に、笑顔と感謝の言葉をかけようっと。
続いて、各病室の加湿器に水を注ぐ。バケツを下げて「失礼します!」と病室に入る。キョロキョロしていると、患者さんが、「この部屋は、加湿器が向こうにあるんですよ。」と教えてくれる。
「ありがとうございます!」あ、水、こぼしちゃった。あわてて雑巾を取りに行って戻って・・・新人さんは無駄な動きが多い。
洗い終えた作務衣を干すデイルームの窓の外には、宝石をちりばめたような夜景が広がっていた。

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