2007年03月

2007年03月30日

ただ一輪の蘭

effbe8e3.jpg3月30日(金)

若くしてご主人を失い、ひとりつつましく生きている60代の夫人・・・。
その人は、昨年、家族以外訪れる人もいなくなった私の母の病室に、たびたび庭に咲いた小さな花々を届けて下さっていました。

年度末の慌ただしさからようやく解放された久々の休日、思い立ってその人に会いに行きました。
「たった一枝だけ花が咲いたの。それを切ってきたのよ。お母様に飾ってあげて。これが私の精一杯のお供え。」
彼女は、一輪の蘭の花を差し出しました。
一度散った蘭の花を再び咲かせるのは難しいもの。たった一輪、ようやく花をつけたその枝を切り取るのは、身を切るような辛さではなかったかしら。
私は、聖書の「やもめの献金」を思い出しました。
多くの金持ちが、献金箱に大金を投げ入れていた。そこへひとりの貧しいやもめがやってきて、レプタ銅貨二つを投げ入れた。イエスは弟子たちを呼び寄せて、言われた。
「この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりも沢山投げ入れました。みなはあり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」

蘭を下さった夫人の唯一の楽しみは、ダンスです。
「10月に発表会があるの。入場料3万円もするのよ。今から貯金して来てちょうだいね。」
レッツ ゴー ダンス!
今月から貯金箱にひと月5,000円づつ入れて、半年後に、彼女のダンスを見に行こう。

timesignal_117 at 13:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年03月23日

新ボイスサンプル完成!

3月23日(金)

新しいボイスサンプルが出来上がりました。
今年度の俳協CDに納めるものですが、一足早く、ここにご紹介します。
ブログURL http://www.voiceblog.jp/timesignal_117/クリックなさってお聞きいただければ幸せです。

7日、8日の富山出張以来、14日、15日は静岡、16日は茨城と、2週間の移動距離はどれくらいに達したのでしょう。
若い私も流石に疲れました!
ああ、南の島にでも行ってのんびりしたい!(出来そうもないけれど)

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2007年03月08日

北日本放送(KNB)から全国へ!

35143287.JPG 3月8日(木)
空から大きなぼたん雪がわんわん落ちて来るのを、ホテルの窓から見たときには、今日は東京へ帰れないのでは?との不安に襲われた。
10時。「いきいき、夢キラリ」の収録は、KNB-Eの素晴らしいスタジオで始まった。
シリアで中東初のソフトボール大会を成功させ、帰国した上田隆徳さんは、米の売り上げ金を送ったりしてそれを支えた母校の小学生たちに体験を伝える。
それによって、子供達は、パレスチナ問題への理解と思いを深めて行く・・・。
企画、構成からリポーター、演出までひとりでやってのける木下アナの才能に敬服!
ナレーション録りは順調に進んだ。
放送は、テレビ朝日が4月14日(土)朝6時〜6時半。地元KNBでは4月18日(水)朝10時50分〜11時20分。ぜひぜひご覧ください。

収録が終わるや、母の友人宅で、富山一おいしいというお寿司に舌鼓。富山でしかとれない白エビのお寿司は絶品!
「それにしても啓子ちゃん、あんた雪女かいね。昨日まで22度だったがよ。」と言われ、スミマセン・・・。
そこへ母の従兄弟米蔵さんが迎えに来てくれて、他の従姉妹をピックアップしながら懐粗祖母が住んでいた懐かしの岩瀬浜をドライブ。
子供の頃、粗祖母の家で水着に着替え、海へと走ったとうもろこし畑には、今や住宅が密集していた。
70代の米蔵さん、実はいつの間にか私のブログを見ていて下さって「富山へ来ってとるがだね。こんだ来たら顔見せられ。」と言って下さったのだ。
米蔵さんは、やることなすこと全て若い!顔も若ければ奥さんも若い。住んでるお家もメルヘンのようだった。
母が一緒だったら、さぞ喜んだことだろう。お土産に白エビと甘エビを用意されていた。感謝感激!
夕方7時10分の最終便で帰る予定だけど、5時半に同級生と空港で待ち合わせていると言ったら「そんな首相並みのスケジュールを組まずにゆっくり
来られ」と言いながら、
空港まで送って下さった。(有り難いなあ)
さて、定刻に空港へ着くと、7時10分の便は「搭乗手続き中断中」と表示されている。
「この機は千歳から来ますので、何時に到着するか・・・欠航の可能性もあります。今なら6時10分の便に変更可能ですが」
ひえ〜!最終便が欠航したら、もう帰れない!
結局折角かけつけてくれた同級生二人とは、一目会っただけで、私はあたふたと機上の人となった。後ろ髪引かれるやら申し訳ないやらもう〜!
行きも帰りもハラハラドキドキ。この時期の富山への旅は要注意だ。地上では何事もなく暮らしが営まれているのに・・・。
てんやわんやの旅の果て、リムジンバスが国分寺に着いたとき、車内アナウンスの「ありがとうございました。」の声に、ほんと、癒された。(ナルシ
スト?)

家に帰って早速食べた白エビでの遅い夕ごはん・・・その美味しかったこと!そこへ「雪女」と呼んだ母の友人から電話が入った。
「楽しかったねえ。啓子ちゃんの乗った飛行機、時間通り飛んで行くの、窓から見てたわよ。」
ええっ!?最終便は、定刻通り降り飛んだんだ!!ムムム・・・。
雪女が去った明日の富山は、きっと晴れるんだろう。


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2007年03月07日

ハラハラドキドキ富山出張

152d062c.JPG 3月7日(水)
「この便は、富山が大雪のため、羽田へ戻るか、小松に着陸する可能性がありますが、お乗りになりますか?」
朝の羽田空港のANAカウンターで問いかけられた。
そんなこと言ったって、じゃ乗りませんとは言えない。
明日は北日本放送で仕事。今夜はそのための歓迎会。それに、今日明日、私は2時間刻みで郷里の友人知人と面会の予定を立てているのだ。
「乗ります!」後は祈るしかない。と言うより、東京はこのところ汗ばむほどのポカポカ陽気。大雪と言われても実感がないのだ。
機内での「到着地の気温は0度です。」とのアナウンスに、えええ〜!と驚くばかり。
わずか40分ほど飛ぶだけなのに、この違いは何?
あっと言う間に富山上空に到達。良かった!とホッとしたところへ、アナウンス。「視界が悪く着陸出来ません。当機は、充分燃料を積んで来ておりますの
で、どうぞご安心ください。」
乗客は極めて平然。私は、市内のレストランで待ち合わせた80才叔母が気になる。叔母は携帯も持っていないのだ。持っていても私が飛行機の中ではどう
そようもないけど。
しばらくすると「皆様、雪が切れましたので着陸体勢に入ります。」よかった!飛行機は青空から白い雲の中に突入。下降しはじめた。いよいよ雪景色の河
川敷へ着陸だ。と、思いきや、窓の外に再び青空がひろがる。
???「視界不良のため、再び上昇しました。」ひえ〜!このまま着陸出来なかったらどうしよう。小松に行っちゃうのかな?神様、どうぞ富山に降ろして
下さい!おばさんに平安がありますように。
こういう場合、約束があるのとないのじゃ緊張が違う。ああ、雪国へ来る時は、余裕あるスケジュールにすべきだった。結局1時間近く旋回は続き、私の身
体はガチガチ。
「イエスさま!」そう心で叫んだとき、「着陸します」のアナウンスが。
飛行機から飛び降りる(わけはない)やいなやレストランに電話。タクシーでかけつけてみれば、叔母は、何度も空港へ電話し、状況を知っていて平然。た
いしたものだ。
次の約束の幼なじみも心得たもの。「おばさんと話が終わったら迎えにいくから電話して。」雪国の人達は、10センチや20センチの雪なんぞものともせ
ず、ゆったり気分で生活している。
私ののんびりした性格のルーツはここにあるのだと再認識。
夜。明日収録予定の、民間放送教育協会「いきいき、夢キラリ」の制作担当KNBの木下アナが、ドキュメンタリーの主人公上田隆徳さん(28)他、国際
協力機構のスタッフ2名と私の懇親会を開いて下さった。
上田さんは、シリア国内のパレスチナ難民キャンプで女子小学生にソフトボールを教え、中東初の全国大会を成功させた青年。彼が、私と同じ県立雄山高校
の卒業生ということで、同窓生で番組を!との粋な計らい
をして下さったのだ。局にも沢山アナウンサーがいらっしゃるのに、なんと有り難いことか。
おまけにこの上田さん、超ビジュアル系。わが町に、こんなに彫りの深い顔ってあったっけ?他のスタッフもみんな美形。思わず「みなさんビジュアル系で
すね!」と言う私に「僕はいやし系」と、木下アナ。
彼の軽妙なトークは、番組だけではなく、食事の場も盛り上げ、お店の人から「もう閉店時間を過ぎております・・・」と言われるまで話は尽きなかった。
仕事は・・・明日だ。

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2007年03月01日

懐かしの田園調布

01660490.jpg3月1日(木)

私の本籍地は、田園調布。と、いうと、今風にセレブなお嬢様だったのねえと言われそうだが、生まれは、調布はつかないただの田園地帯。
私が2o才の時から3年間ほど家族で借家住まいをした田園調布に、記念のため(見栄のため?)本籍を置いたままにしてあるのだ。
その田園調布へ、母の除籍簿謄本を取りに行った。
田園調布の駅は近代的になったけれど、駅前からつづく商店街は、ほとんど変わっていない。
あ、洗い張りやさん、あ、和裁を習いに通ったマンション、あ、お世話になった歯医者さん・・・都心の風景は目まぐるしく変わるのに、少し離れた住宅街が、こんなにも同じ景色を残しているなんて!
大田区役所田園調布出張所の素朴な木造庁舎も当時のまま。謄本を受け取ったあと、住んでいた家まで歩いてみた。
あった!お隣はマンションになっていたが、その陰に、ひっそりと当時のままの木造家屋が!
まだ若かった両親と、大学生の弟、妹、小学生の末の妹と一緒にここで賑やかに暮らしていたのだ。
近所を、やはりまだ若かった長嶋監督が散歩していたりして。
家の前にあって、いつも散歩していた多摩川台公園へ行ってみた。
午後4時の柔らかい陽射しを受けて光りながら流れる多摩川・・・。
除籍欄に母の名が印された謄本を手に、もう戻らないあの頃から現在までの時の流れをひしひしと感じたひとときだった。

timesignal_117 at 01:20|PermalinkComments(3)TrackBack(0)