2007年06月

2007年06月29日

声の力

6月29日(金)

月に一度講師をしている「三浦綾子読書会朗読部門」に、今日は韓国人俳優キム・ミンソさんが参加して下さいました。
キムさんは韓国では子役から活躍し、ヨンさま達とも共演したベテランですが、今は日本で「青年団」に所属なさっています。
今日の朗読箇所は、聖書ピリピ人への手紙2章でしたが、みんなと同じように日本語で読んでいただいたあと、特にお願いし、韓国語聖書の同じ箇所を朗読していただきました。
私は、かねてから、言葉が通じない場所でも、声の力だけで情景を表すことが出来たらと夢見ていたので、逆に自分に分からない言葉でそれを聞いてみたかったのです。

その結果は・・・
その響き、力強さ、情感・・・聖書のパウロの愛が、熱意が、胸にグーンと迫って来ました。流石一流の男優さんです。
やはり、声の力は素晴らしい!感動!そして、ますます探求心いっぱいになった私です。
キムさん、ありがとうございました。

三浦綾子読書会朗読部門は、どなたでもご参加いただけます。
次回は、7月27日(金)朝10:00〜12;30 
    お茶の水クリスチャンセンター(OCC)4F国際ナビゲーター会議室
    参加費2,000円
    課題図書 三浦綾子「細川ガラシャ夫人」上巻 痘痕(あばた)
    お問い合わせ 三浦綾子読書会主宰 長谷川与志充 E-mail: toyoshi@io.ocn.ne.jp まで。

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2007年06月24日

視野のちがい(人との距離篇)

6月24日(日)

父の着替えを届けに今日もケアハウスへ行った。入所以来、結局1日置きくらいに通っている。
そこへ弟もやって来て、ご満悦の父は、ヘルパーさんに子供の自慢。
いつものことながらエレベーターまで見送ってくれる父の姿に、今年のお正月リハビリ病院へ移った頃を思い出す。
スタッフから「どこまで回復したら退院をご希望ですか?」と聞かれ、「トイレへ行けるようになれば」と答えた私は、内心、高望みすぎるかな?と思ったものだ。
当時の父は、一歩も歩くことが出来なかったのだから。
それが今、トイレどころか、部屋からの長い廊下を歩いて見送ってくれる。
「歩かせて下さい」と祈った祈りが見事に叶えられたことへの感謝を、いつの間にか横に置き、辛い辛いと言っていた自分の弱さを思った。
そんな私を叱りもせず「助けて下さい」と祈れば、瞬時に休息を下さる大きな愛の存在に感謝せずにはいられない。
私って弱虫ですね。だから耐えれない試練は与えられないんですね。と、日々神に語りかけるばかり。甘えん坊です。

そして、昨日来た妹に元気なかったと気遣う父に、やっぱり父親だなあと思ったり・・・。
人と人、近視眼的になりすぎたとき、ちょっと距離を取ると、視野が開けるんだなと思う。

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2007年06月17日

個人情報保護と助け合い

29c35005.jpg6月17日(日)

朝からマンションの総会。
副理事長を務めて2年・・・管理会社変更にはじまり、諸修理や工事、防犯対策など、ほとんどの課題をクリアして、遂に自由の身に!と思いきや、スライド式改選とのことで理事長になってしまった。
向いていないと思うけど。
さて、今日の議題のひとつが、マンション内の連絡網作りについて。
個人情報保護法が取りざたされる前なら当然だったはずの住人の名簿を、管理会社は「社則により作らない。作るなら組合でやってください」との姿勢。
住人からは、「ぜひ作りましょう。イザというとき、お互いの家族構成を知らなかったら、助けようがない」と言う意見から、「少なくとも理事長以外は知らない方がいい」と言う意見まで様々。
そこへ管理会社からひとこと「連絡先を聞いてしまって、いざと言うとき責任が取れるのかと言う事ですね。」
難しい問題です。ちなみに私は今、隣りに住んでいる人が誰であるかを知らない。

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2007年06月16日

視野のちがい(電車篇)

6月16日(土)

いつになく空いている中央線乗り込み、空席に座ろうとした途端、私のお尻より0.5秒早く先にサッとその席を占めたベージュのバッグ!そこには隣席のシニア世代の夫人の手がのびていた。「すいません。来ますので!」と。
想定していた動きを突然阻止されるのは、不愉快なもの。私は黙って少し離れた席にすわり、やおらその水色ブラウスの夫人に目をやると、ナント!その両隣が空席かではないか!なにも私を跳ね退けんばかりに締め出さなくても・・・。視野狭窄!?そう言えば、結構多いかも。思い込んだら他が見えない人。左がだめなら右がある。臨機応変、広い視野を持ちたいものだ。

一方、帰りの電車では・・・。
車両中程の席に座ることが出来た私がホッとして文庫本を開いた時、臨席の夫人が、遥か向こうのドア近くに向かって手招きした。と、杖をついた痩せぎすのおばあさんが、トコトコやってきたではないか!
見えていなかった!私には。
にっこりと席を譲る臨席の夫人を見ながら、この人は日々「お役に立ちたい」という思いで視野を広くしているんだろうなと思わされた。

朝、人のことを批判しながら、せいぜい自分の前後左右くらいした見ていなかった自分を反省!

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2007年06月15日

介護

22c49025.jpg6月15日(金)

ようやく自宅へ帰って気ました。見慣れたはずの近くの公園の緑が新鮮です!
4月に父が退院してから2ヶ月間、実家に泊まり込み、妹とともに介護に当たっていた私ですが、今度はその妹の事情が変わり、父には、ケアハウスに入ってもらったのです。

今日は、少し重い話題ですが、私が自分の介護経験から感じたことをお読みください。
要介護3・・・食事もトイレも自立して退院した父は、介護度5だった母に比べれば、家族の負担は少ない。そう思っていました。
肉体的には確かにそうです。しかし、精神的負担は、想像以上のものでした。
まず悩まされたのが生活習慣(環境)の違い。血行が悪くなったせいか、寒がる父は、私が窓を開ける後から閉めて歩きます。鍵までも・・・。この暑さでもです。
その閉め切った部屋で、つけっぱなしのテレビが大音量を発して・・・私は次第に耳鳴りに悩まされるようになりました。
介護される側は、介護者が傍にいる間に何をしてもらおうかということで頭がいっぱいです。食事!整理整頓!葉書書いて!爪切って!矢継ぎ早の要求にホッとする間がありません。
おまけに身体が自由にならないことからの苛立ちは、一番身近にいる介護者にぶつけられます。
病気なんだから。本人も辛いんだから。今まで育ててもらったのだから。頭ではいくらそう思おうとしても、鋭い言葉は疲れた心に矢のように突き刺さります。
しばらくは病気だからと我慢してた私も、言い返さずにはいららなくなり、やがてはそれにも疲れて、畳に頭をすりつけて謝って・・・ここまで来ると自分でもおかしいと思いました。
2日後にはケアハウスに入ると決まっても、その2日が辛くて、夜、ふとんの上にポトポト涙を落としました。
あと2晩、あと1晩と思える私はまだ幸せです。この先いつまで続くのか見えない人たちの心境は、どんなでしょう。
私には、仕事という外出のための大義名分があります。その間看てくれる妹もいます。でも、四六時中介護に当たらざるを得ない人たちの精神は、どうなるのでしょう。

要介護老人の行き場が、どんどん狭められています。採算が取れないから?政治には、赤字になってもしなければならないことがあるのではないでしょうか。
これだけ介護に行き詰まった殺人事件が連続していても、まだ採算だけを考えて良いのでしょうか。
私たちは、その辺りにもしっかり目を見開いて政治家を選ぶべきではないでしょうか。

そして、もうひとつ。
病気は偶然やって来る。やってきたら医者に治してもらう。そう考えている人が、まだまだ多いように思えます。
休息、食生活、考え方・・・あらゆる面で、ひとりひとりが自分の身体に責任を持たなければならないのでは?
暴飲、暴食、水分不足、睡眠不足・・・それらの習慣から抜け出せず、注意されれば反発する人達・・・倒れてしまえば結局周囲に負担をかけるのです。
老いて尚生き生きと使命を果たしている人もいるではありませんか。
大切な命・・・その尽きる日まで大切にしたいものです。

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