2007年11月

2007年11月27日

今夜のおかずは

11月27日(火)

昨夜は、素晴らしかったパーティーの興奮覚めやらず、なかなか寝付けなかった。
今日は、別の仲間にランチで祝ってもらったけれど、虚脱状態で申し訳ないことをしてしまった。

夕方、実家に帰り、2Fに住む妹の家へ行くと、中、高の甥っこ二人だけ。
「じゃ、今夜は啓子おばちゃんが、ごはん作ってあげる!」
そこへ、昨日着物の着付けをして下さったNさんが、彼女のサロンへ脱ぎ捨てて来た私の洋服とブーツを届けに来て下さった。
それだけではない、キンピラ、酢のもの、ゆで野菜など、容器にびっしり詰めたお惣菜の差し入れつき!
「ラッキー!これ食べよ!」スーパーの袋ごと調理台に置いた私は、ご飯を炊くために一旦階下に下りた。
と、外階段を脱兎のごとく下りて来る甥っ子二人の足音!ガラガラっと玄関を開けるや否や下の子が「啓子おばちゃ〜ん!」と叫んだ。
そして「これ食べるの?」と、件のスーパーの袋を差し出すではないか。
ん?と中を覗いた私は、声を出すことも出来ず、お腹をかかえてくずおれた。そこに入っていたのは・・・ブーツだった。

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2007年11月26日

私のビッグバースディーパーティー

噴水と三井倶楽部

ここは綱町三井倶楽部。待ちに待った私のビッグバースデイパーティー会場です。
参加者37名。歴代のokeikoメンバーが集いました。もともと美男美女が多いけれど、ドレスアップした今日は、いずれ菖蒲か杜若!(男性の場合にもそういうのかな?)元三井家迎賓館の洋館に相応しい華やかさです。先ずはテラスで乾杯!
小春日和の日差しを受けて、ロゼのシャンパンがキラキラ輝きます。乾杯の音頭、スピーチ、いずれもあまりに素晴らしく私のみならず司会者まで涙に目を潤ませてしまいました。
お料理が変わるたびにテーブルを移って、懐かしい生徒たちと歓談。みんな、なんと、明るく温かく素敵な人たちなのでしょう!
プロとして歌っていた人たちの心にしみる歌が会場を包んだあとは、DVD上映です。なんとそこに表れたのは、ふるさとの立山!そして夢を語り合っていた同級生たち!私へのサプライズプレゼントとして、生徒のひとりが、富山までロケに出かけたのです。
私の仕事、生い立ち、仲間からのメッセージ・・・ここまで上手く編集出来るものでしょうか!
最後は、現役生徒たちの朗読・・・これまたサプライズで、私の父や妹たちからの手紙でした。
ただただ私に喜んで欲しいとの一心で、ここまで尽くしてくれる人たち・・・「心を尽くし、思いを尽くし、知力尽くして・・・」という聖書の言葉が浮かびます。
皆一様に「啓子先生に愛してもらった」と言ってくれたけれど、私は、ただそそっかしくてボーっとしていただけ。そして時にはきついことも言ってきました。
そんな私を、みんながこんなにも愛してくれているのです。
彼らこそ私の宝物。
一番大切なのは、地位や名誉や金銭ではなく、愛にあふれた人間関係!それを深く実感した、世界一幸せなバースデイでした。
三井クラブ



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2007年11月09日

父の記念日

11月9日(金)

今日は、私の父の記念日になりました。
父は、「キリスト教は、墓や仏壇を偶像と言い、先祖を敬わない」と批判し、昨年召された母の受洗も頑なに反対していました。
しかし、先日私が「お母さんは、これを読んであげたらイエス様を信じたのよ。」と、三浦綾子さんの「天の梯子」の(病めるときに)の章を朗読してあげたところ、
ググッと魂が揺さぶられた様子でした。
そこで「道ありき」を持って行きましたところ、それも熱心に読み始めたのです。
営業畑で仕事をしてきて、今までは、新聞とハウツーものしか読まなかった人が、82才にして、綾子さんに夢中になりはじめたのです。
今日は、牧師さんに「三浦綾子さんはいいね。これを読んでいたら私は変わって来たんですよ」と話し、牧師さんの導きに従って、しっかりと「イエスキリストを受け入れ、共に歩みます」と誓いました。
そのあと、ハレルヤ!ハレルヤ!とうれしそうに歌いはじめたのには、牧師さんもびっくり!

三浦綾子さんは、死してなお、このように人に影響を与え続けていらっしゃるのです。

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2007年11月04日

愛した数だけ

81c81f4b.jpg11月4日(日)

2016の文字が鮮やかに浮かび上がる東京タワー。
2016年のオリンピック東京誘致の願いを込めたものだという。
9年後の社会は、自分は、どうなっているのかしら?と考えても、わかるはずがない。
9年後はおろか、明日のことさえわからないのが、私たち人間なのだから。

久々に再会を楽しんだ友が5日後に脳梗塞に倒れたことを知ったショックは大きかった。
若くして思いもかけない病に倒れた当人のショックはどんなかと思うと、胸がつぶれそうだった。
見舞いに行く事も出来ない距離だけに、現地の友人からの細やかな電話連絡が有り難かった。
その、当人の電話の声を1ヶ月ぶりに聞く事が出来た。退院して、これからリハビリ病院に入るという。
元気そうだった。言葉には全く障害が感じられない。歩くことも出来るという。
「良かった!」の私の声に「100人もの人が見舞いに来て、他の患者さんに悪くて」と彼女。
多くの人に真心で接して来た彼女は、出会った全ての人に愛されていたのだ。
その多くの人達の祈りが、彼女を回復へと導いたに違いない。
彼女は独身、両親も既に失っている。家族がないからと心配したのは私の取り越し苦労だった。
血のつながりではなく、人は、愛した分、愛されるようだ。

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2007年11月02日

町の赤ひげ先生

11月2日(金)

朝、以前かかっていた皮膚科に予約を入れようとしたが、どうにも昨日通りすがりに見つけた医院が気になる。こういう時は、直感に従ってみることにしている私は、内科、皮膚科、小児科とそ書かれたその医院のドアをそっと開けた。

待合室には誰もいない。
すぐに通された診察室には、スキンヘッドのドクターが座っていた。
かなり高齢!日野原先生くらい?一見そう思わせたその先生は、実に穏やかで、
今時珍しく何でも話すことが出来る雰囲気を醸し出している。
私の患部に素手で丁寧に丁寧に何度も軟膏を擦り込み、
「三日もすれば随分良くなりますよ。良くなったところをもう一度見せに来てくださいね」
とおっしゃった。
その後、既往症の話をしていた時「僕はガンでね。抗がん剤治療中だから、こんなに髪の毛がなくなったの」「どちらの?」と思わず私。「大腸から肺に転移して片方取って、しばらくは良かったんだけど、
今度はもう片方の肺に転移してね。それも取ったら息出来ないでしょ。だから抗がん剤しかないの」
この先生は、生涯ランナーでいようと決めて、病と戦いつつ診療を続けていらっしゃるのだ。
何とも言えぬ感動を覚える。「おだいじに」「先生もおだいじに」と挨拶を交わしながら、
どうかこの先生の身体が守られますようにと、心から祈った。

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