2008年01月

2008年01月31日

ニオイザクラ

6f5b2e40.jpg1月31日(木)

さむいさむいと思っているうち、陽射しがすっかり春めいて・・・ベランダのニオイザクラがふっくらした花をひらきはじめました。
この花を見ると、母を思い出し、心がチクリとする私です。
一昨年の12月のある日、病室を見舞った私に、母は「桜が見たい。桜がなかったら、桜に似た花を買って来て」と言いました。
それまでは「お父さん、花ばかり買ってこなくていいのに」と言っていた母でしたのに。
翌々日、電車の時間にギリギリになり、駅の近くのお花やさんに駆け込んだ私は、サッと一番小さなアレンジフラワー(1500円でした)を買うと、急いで大月行きの特快に乗り込みました。
真ん中に真っ赤なバラが一輪花開き、周りを小花で囲んだその小さな鉢を見たとき、母の顔に、微かに落胆の色が走ったのを感じました。
前の年のクリスマス、心臓発作で入院した母のもとへ、私は、新宿でニオイザクラを求めて届けたものでした。
病気が長くなると、精一杯という気持ちがどこか緩んでくるものです。
あれからわずか1週間後に帰らぬ人となることがわかっていたら、なんとかして「桜に似た花」を探したでしょうに。
「どんな時にも最善を尽すこと」母亡きあとに買ったニオイザクラは、今年もふっくらと花開き、私に語りかけているようです。

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2008年01月30日

ブラックユーモア?

1月30日(水)

無料のブログに、CMがつくのは当然のこと。
とはいえ、1月24日、仕事の話を書いた下に掲載されたCMには仰天!

「音声合成とは思えない
なめらかな発音とイントネーション ナレーターいらずの音声ソフト」

これって、ブラックユーモア?

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2008年01月24日

人体!この精密な設計

1月24日(木)

毎年この時期にナレーションの仕事をいただく、歯科医師会の研修用ビデオ。
朝1本、夕方1本、夜帰宅して翌日分の下読みをし、翌朝また1本、夕方もう1本という日々がつづき、
私としては珍しく「今電話していいですか?」のメールに断りメールを返すほど追いつめられていた。
そして、今日は遂に最終回!テーマは「解剖の知識」画面では、献体の顔面に次々にメスが入って行く。
私たちが無意識に動かしている口や顎、呼吸している鼻に、どれだけの精巧な骨や孔があり、血管や神経が張り巡らされていることか!
MA終了後、立ち会いの教授から「怖くなかったですか?」と聞かれ、「いいえ、解剖は、血が出ませんから。
それより、誰がこんなに精密な設計をしたのかしら?と感動しました」と私。実感だった。
「そうですよね。人間には絶対に出来ない技ですよ。解剖学をしていると、まさに筑波大の村上教授の言葉通りだと思いますよ」「Something great ですか?」
「そう、Some thing great!」 ディレクターも「だから、こうして生きていられることに感謝しなくちゃね。私は毎朝、ああ、今日もこうして目覚めたと感謝しているんです」
「本当に感謝でうよね」とみんな。
心地よい感動と解放感・・・今夜はワインとオイスターが美味しかった。

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2008年01月23日

雪のグランド

ef4da194.jpg1月23日(水)

ここは三鷹。サッカーボールを蹴る若者たちの姿は消え、グランドはモノトーンの世界に化しました。
シーンと音までが静まり返っているよう。毎週通るこの場所が、別世界に思えます。
色というものは、こんなにも見る人の心を変えるものでしょうか。
この白の世界は、私の原風景。
18才まで見続けてきた雪の世界は、私にどんな影響を与えているのかしらと思ってみました。

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2008年01月17日

生きているって奇跡

d550a492.jpg1月17日(木)

2008年はじめての日記です。
「大丈夫?毎日ブログ見てるんだけど更新されてないので」というメールが届きました。
ありがたいことです。
私は、元気です!
先日、この元気で平凡な生活が出来るということが、どんなに恵みかということを痛感させられる言葉に出会いました。
それは、51才で天に召された男性の葬儀の場での、16才の長男の挨拶でした。
「去年の夏頃亡くなっていてもおかしくなかった父が、良い先生に出会え、手術に成功して、夏には一緒に旅行し、僕の誕生日も一緒に迎えることが出来ました。
(父親は、息子の誕生日まで生きることを目標にし、その翌日息を引き取りました)
僕は思うんですけど、生きているということは奇跡なのではないでしょうか。」
そのとき、会場は、一斉に涙の渦と化しました。
参列したひとりひとりの胸に、この言葉は、波紋となって広がったことでしょう。
新しい年、一日一日を奇跡と捉え、感謝しつつ生きていきたいと思います。

timesignal_117 at 15:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0)