雪の立山!今日で18才!

2011年10月24日

被災地公演を終えて

仙台北教会からお招きを受け、震災後初めて被災地を訪問しました。
22日に仙台入りし、23日朝、礼拝前に教会の方に連れて行っていただいた七ヶ浜。
海に近づくにつれ、折れ曲がったフェンス、1Fがガランドウになったマンション、そして、2段に積み上げられて並ぶ、持ち主不明のおびただしい車の数々など、震災の爪痕を目の当たりにするようになりました。
そして、海岸が見えて来たとき、そこで目にしたのは、屋根しかないガソリンスタンド!事務所は流されてしまい、屋根の下にあるのは、給油タンクだけ。なんとそれでもそのスタンドは、災害後まもなく営業を再会したそうです。ボランティアの車の給油のために。
海岸添いの遊歩道の敷石はめくれ上がり、フェンスはひん曲がり・・・何事もなかったように打ち寄せる波音が、反って悲しく感じられました。
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ここに住む方達は、一人一人どれだけの苦悩を背負っていらっしゃることかという思いが胸に迫って来ます。
そんな中、お集りくださる方に、心の支えとなる言葉を残すことが出来ますように・・・と、祈る思いで車窓に目をやっていたとき、東京のNさんからメールが届きました。今日気仙沼からかけつけてくださるNさんの知人のこと。そして、そのあとに、Nさんが昨夜集った会で、ある方が、18日の横浜での「オルガンと朗読の夕べ」に行き、私が朗読した聖書イザヤ書53章から神の恵みに触れたとお話しなさったとのことが書かれていてびっくり!
私自身も、松原葉子さんが選んでくださったこの箇所から、語りきれない感動を得ました。朗読でそれをお伝えすることが出来る・・・なんという恵みでしょう!そして、それを、仕事でお世話になっているIT企業の方々、学友、ナレーター仲間、OKEIKO卒業生に聴いてもらえた感謝で目頭が熱くなったことでした。

さて、仙台での講演会は、午後1:30分開始。
三浦綾子初代秘書宮嶋裕子さんのお話のあと、私は「塩狩峠」を読みました。
朗読は不思議です。その時、その場所、そのお客様によって、読み方が違ってくるのです。
集って下さった方の中に、OKEIKO卒業生で、仙台に引っ越したTさんがいました。
この夜のFace bookに彼女はこう書いていました。「素敵な時間の余韻に浸りたくて、落ち葉の小路をゆっくり歩いて駅まで帰りましたよ」会場は、駅までタクシーで15分の距離です。彼女の胸に残った余韻は、どのようなものだったのでしょうか。

はるばる気仙沼からいらしてくださったGさん、Sさん、大勢のみなさまありがとうございました。


timesignal_117 at 15:18│Comments(6)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by たれパパたれママ   2011年10月25日 12:24
5 東北の被災地へ行かれたんですね。ご報告を読んでいるだけで、気が滅入ってきますけど、これが現実なんですよね。まだまだご苦労を強いられてる方々がたくさんいらっしゃることを思うと、当たり前のように普通であることが申し訳なく思ったりもします。

中村さん、仙台や横浜での会が人の心に伝わるような、素敵なお時間だったみたいで、良かったですね。読んでて胸が熱くなりました。
しかも、横浜の会のことを知らせるメールが仙台での会の前に飛び込んできたりして、、それ以上心強いものはないですよね。人の心と心って、自分の知らない所で知らないうちに繋がってるんだなぁ、そして、それを感じた時、人って幸せを感じたり、感動したりするんだろうなぁ、なんて思ったりもしました。

中村さん、これからも素敵な時間を届けに、頑張って下さいね。

深夜便のアナウンサー、可愛くて明るそうな人ですね。深夜便を聞くのが、さらに楽しみになりました。
2. Posted by 中村啓子   2011年10月25日 21:31
たれパパたれママさま

今回は、お二人でお書き込みいただいたのでしょうか。
いつもありがとうございます。
心と心が繋がっている。それが幸せ、感動・・・ご感想を読みながら、感動を新たにしました。本当にそうですね。

写真の田中アナは、NHK富山放送局に勤務中ですので、富山発のときだけの出演なんですよ。でも、いつか東京で見る事が出来るようになりそうな気がします。
3. Posted by ひょうひゃく   2011年10月27日 22:15
お久しぶりです。
被災地へ足を運ぶのとテレビや新聞で知るのとではかなり違いますね。
細君に誘われてボランティアバスツアーに参加しました。
いずれも石巻市でした。
1回目は7月中旬で、石巻の住宅地のヘドロかきでした。あまり被災された方との交流がなくて、少し残念でした,
2回目は今月の上旬でした,石巻と聞いてまたヘドロかき? と思っていたら、牡鹿半島の方でした。合併したから石巻も広いんですね。水田にあるガレキ撤去でした,葦の中から炊飯器の内釜が出て来ました。どんな食事していた家庭かな? と思いました。午後は牡蠣の殻の穴空け作業のボランティアでした。漁師の方は津波の時に海にいて助かったが、仲間で犠牲になった方のことを話されるときは辛そうでした。仮設住宅も昼の弁当を食べる時に上がらせてもらえました。今回は被災された方とお話しできて良かったです。まだ継続ですね。
4. Posted by 温泉旅行   2011年10月28日 15:33
こんにちは・・・
もう3.11からだいぶたちますが、まだまだ復旧は進んでいませんね。
原発も心配です。
5. Posted by 中村啓子   2011年10月28日 17:01
ひょうひゃくさま

おひさしぶりです。
もう2度もボランティアにいらしたのですね。
尊いお働きを感謝します。

汚泥の入った下水管の復旧には10年かかるとうかがいました。
支援もこの先息長く継続しなければなりませんね。
6. Posted by 中村啓子   2011年10月28日 17:03
温泉旅行さま

本当に・・・。地震、津波のみならず、原発の問題があるのは、いかにも無念です・・・。

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