February 18, 2011

戦場でワルツを

海上の幻影。夜の海水浴。自己防衛本能。
Vals Im Bashir



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声の出演: アリ・フォルマン
監督:    アリ・フォルマン
2008年 90分
イスラエル/フランス/ドイツ/アメリカ
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公開時はいつものように近くで上映がなく、
近所ではレンタルDVDも見つけることができなかった作品。
WOWOWにて。



物語は。


映画監督のアリ・フォルマンは、
20数年前の戦争の夢に魘される旧友ボアズと再会したことから、
1982年、19歳で従軍したレバノン内戦での自分の記憶が全くないことに気づいた。
アリに戦争当時の意味のわからないフラッシュバックが起きたため、
友人の映画監督でありセラピストでもある、オーリに相談したところ、
過去を知ると思われる友人たちに話を聞けと言われ、
彼はその通り、自分の当時を知る友人を国内外に訪ねて歩く。
オランダ在住のカルミは戦場へ向かう船で巨大な女の幻想を見たといい、
戦車部隊の生き残りのロニーは、海を泳いで生還したが罪悪感に囚われ、
ベイルートを爆撃したフレンケルは、今も強い香りのオイルを使い続ける。
心理学者のソロモン博士は、実体験を忘れることを「解離」と説明する。

記憶の欠落部分が随分埋まった頃、ボアズと再び会ったアリは、
ベイルートでの戦闘初日の記憶を語り始める。
その中に登場した従軍記者イシャイは、
幹線道路でワルツを踊るように機関銃を撃ちまくるフレンケルを観ていた…


かつて、イスラエル国防軍の歩兵だった、アリ・フォルマン監督が、
自らの経験をアニメーションで再現した、ドキュメンタリー的作品。
確かに体験したはずの自分の記憶の欠落に気づいた主人公アリは、
それを取り戻すための手段として、
当時を知る(はず)の友人たちに会い、話を聞くことを続けてゆく。
最初、誰か1人のヒントがあれば、芋蔓式に記憶が蘇るのかと思ったが、
彼は、インタビューで得た事実を繋ぎ合わせて、
ようやく、自分がいつどこにいたかがわかり始めるくらいで、
なかなか全部の記憶を取り戻すことができないでいる。
アリが、他人事のようにしか思えない友人たちの記憶を辿ることで、
その戦場で、どんなことが起こっていたのかを描きつつ、
回復されない彼の記憶とは、
余程封印しなければ、その後の生活が立ち行かないほどの衝撃が、
19歳当時の彼を苛んだ結果なのだろうと思わせる。

友人たちの記憶も様々で、
恐怖心が見せたかと思える幻影が混じるものもあれば、
冷静かつ克明に脳裏に焼きついていることもある。
それらの全てが真実であるかどうかの確証はないにせよ、
徐々にアリの記憶の欠落部分が補完されてゆくことで、
あのラストへと繋がってゆく。

映像は陰影の強いスタイリッシュなもので、
音楽もまた、その映像やイメージによく似合うものばかりだが、
作品の9割以上をアニメーションで描いてきた末に現れる、
現実を映した映像に衝撃を受ける。
それまでに友人たちの証言で繋ぎ合わされたとは言うものの、
まだ借り物でしかなかった彼の過去の出来事が、
一気に現実として立ち昇る瞬間である。
アニメーション部分が彼にとって曖昧にしか感じられないことであれば、
ニュース映像は確かに思い出したものなのであろう。
作品の内容が伝えようとするものと、伝えるための手段としての技法、演出、
その両面で深く唸らされる作品である。

普段、それなりにニュースを見ているつもりではあっても、
「何か聞いたことあるかな・・・」という程度にしか残らないものが多く、
きっと、この状況も30年近く昔に見聞きしたことがあったのだろうが、
詳細は全く把握していなかった、このレバノン内戦。
そうでなくても、中東情勢はほとんどよくわからないことだらけで、
この作品についても、作品の背景を、
今も残っているオフィシャルサイトやその他の情報から得なければ、
いつ、どこで、どんな戦いがあったことを描くものかを
承知することができなかったりする。

だからこそ、
描かれる内容から、当時の情勢を読み取らなければ、と思うのだが、
このようにいい加減な知識しか持ち合わせないわたしなどが観ると、
途中の地名や人名が充分に把握できなかったりして、
その事実に言及することよりも、
インタビューを続けなければ掘り起こせなかった「記憶」の在り処、
人間の心が起こす、無意識下での自己防衛本能の強さと凄さ、
もし、友人に呼び出されなければ、彼の記憶は封印されたままだったのか、
・・・などということを、観終わって一番強く感じることになる。
きっと、こんな思いをするのは、彼だけではないのだろうと。

アリがインタビューを続ける中で、他の何よりも、
「ワルツ」の表現と場面が心に焼きついたのだろうか。
この内容の作品に、その場面に直結する「ワルツ」という言葉を使い、
印象的な映像で見せたこの作品は、きっと長く心に残ってゆくだろう。



tinkerbell_tomo at 19:54│Comments(6)TrackBack(1) 洋画【さ】 

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1. 『戦場でワルツを』  [ こねたみっくす ]   February 19, 2011 20:29
もしこの映画を実写化したら、恐らく世界各国で上映禁止になっていたのではないか。そう思えるほど、ショッキングな映画でした。 アカデミー外国語映画賞にノミネートされながら ...

この記事へのコメント

1. Posted by メグ   February 19, 2011 10:42
悠雅さま こんにちは。
『戦場でワルツを』を見てくださってありがとうございます。思わずお礼を言ってしまったのは「この映画はできるだけ多くの人に見てほしいな」と密かに願うからです。私は昨年一月に映画館で観ました。プログラムを買って読んでみて驚いたのは、ともすればイスラエルの悪行を世界に広める内容であるのに、この映画がイスラエル国民の間で非常に高い評価を得ていたという事。ゴールデングローブ最優秀外国語映画賞を獲ったあと、多くのイスラエル国民が「次はオスカーを獲ってきて!」と期待したそうです。結果はご存じのとおり…「おくりびと」だったのですが。モックン(本木雅弘さん)が「正直今も、アカデミー本命はこの作品だと思っている」という声をパンフレットに寄せています。でも賞を獲っても獲らなくても・・・観客を待ちうける衝撃のラストシーン。すごかったですよね。あの声々は耳から離れず、私は映画が終わってもしばらく席を立てませんでした。
不思議な魅力のアニメーション映画でしたが映像文化が持つ力というものも改めて実感する一本でした。
2. Posted by にゃむばなな   February 19, 2011 20:28
『おくりびと』とオスカーを争った映画なのに、日本では本当にマイナー扱いですよね。
こういう映画こそ反戦映画。
最後の実写映像をより強烈に見せるためのアニメーションという演出方法は素晴らしかったです。
3. Posted by めえめえ   February 19, 2011 22:58
私も中東問題はよく知りませんでしたが、
この作品を観る前に、パレスチナ問題に詳しいK大院教授の岡真理さんの講演を聴く機会がありました。
彼女はこの作品の公開を記念して映画館でレクチャーも開いていたようです。
私はこの映画で何か引っかかるものがあったのです。
確かにあの残虐な事実を知ることが出来ましたが、
何故そうなったのかが分からなかったのです。
その点「おくりびと」は万人が分かりやすい作品だったのかな〜?
4. Posted by ◆メグさま   February 20, 2011 16:43
こんにちは。またお返事が遅くなりました。

こういう作品って、多くの人に観てほしいのに、
上映館が少なくて、うちの近所などレンタルもなくて、
WOWOWでやっと観れたんですが、やっぱり観てよかった作品でした。

『おくりびと』がオスカーを獲れたのは、内容がポジティヴだったから…
という話も聞きました。リストラに遭ったのに、新しい職場で、
居場所を見つけて頑張る主人公のお話だからと。
同じ土俵で争わせるには惜しい作品同士だったと思いますが、
いつも言うように、賞の有無よりも受け取り手がどう観るかが問題。
伝えたい内容を見据え、どのように表現するのか、
それが巧く形になって評価された作品だったと思います。
この作品を通して知る事実の多さに愕然とします。
この時代に、わたしたちは知らないことが多すぎますね・・・
5. Posted by ◆にゃむばななさま   February 20, 2011 16:47
こんにちは。すっかりお返事が遅れました。

本当に、こういう作品こそ、多くの人に観てほしいんですけど、
特に田舎では絶対上映されない種類の作品であることが悔しいです。

作品の結論をより明確にするためのアニメーション、
実写への衝撃的な切り替え、
きっと長く心に残るであろうと思います。
6. Posted by ◆めえめえさま   February 20, 2011 16:53
中東問題は、一生懸命に見聞きしようとするのですが、
その時はわかったつもりでも、ちっとも身につかないのが情けないです。
これ1本で、中東情勢がわかるとは思えなかったものですから、
今回、わたしは事の全貌を理解しようとするのは諦めて、
長らく封印しなければならないほどの過酷な体験を強いられた1人の兵士の、
心の隙間を埋めてゆく物語として観ることにしました。

人間、どうしても忘れたい自分の尊厳に関わる事物に遭遇したとき、
本当に心に封印できてしまうということを身近な者で知った経緯もあり、
長い年月の末にここに辿り着いた彼が、このような作品を作らなければ、
居られなかったのだろうと思ったのでした。

『おくりびと』は、死を扱いながらも明るい内容だったことが
受けたのだというお話も聞きましたが、本当のところはどうだったのでしょうね。

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