September 08, 2012

夢売るふたり

騙す男。貢ぐ女。黙る妻。
夢売るふたり




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出演: 松 たか子    阿部サダヲ
    田中 麗奈    鈴木 砂羽
    安藤 玉恵    江原 由夏
    木村 多江    やべきょうすけ
    伊勢谷友介    小林 勝也
    香川 照之    笑福亭鶴瓶
監督: 西川 美和
2012年 日本 137分
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発表するごとに、それらは様々に強い印象を残す作品を手がける、
西川美和監督の最新作が本日公開。



物語は。


夫婦で小さな小料理屋を営んでいる、腕のいい板前の貫也と妻の里子。
小さいながらも常連客がついて繁盛し、
開店5周年を迎えた夜、調理場から出火し店が全焼してしまう。
家主は営業再開を拒否、仕方なく2人は別々に働き始める。
自分の店への執着が捨てきれない貫也は酒浸りになり、
里子は貫也を支えつつ、黙って働いている。
そんなある日、店の常連客である女とばったり出会った貫也は、
彼女と一夜を共にした上に、彼女から大金を貰ってしまうことに。
怒りに震える里子だったが、やがて彼女は結婚詐欺を思いつく。
貫也は、店の再建のため、里子と共に詐欺に手を染めてゆく・・・



自分たちの店の再建費用を得るために、
共謀して結婚詐欺を始める夫婦の物語。
小さいながらも、繁盛している小料理屋が目の前で全焼し、
何もかもを失ってしまった夫婦。
新たな店を再建する夢を掲げたものの、
前を向けない夫と、泣き言を言わずに働く妻が、
結婚詐欺を思いつき、実行してゆく月日の中で、
それぞれがどう感じ、変わり、どう行動してゆくのか。
彼らに関わる女たちの人生がどうであるのか。
女性監督の、女性だからこその、
女性たちへの容赦ない切り込み方と、暖かい視点が満載のお話だ。

常日頃、既婚者の男性は、
妻の言葉が煩かったり、面倒だったり、時にはそのツッコミ方の鋭さや、
開き直り加減の強かさに恐ろしさを感じているかもしれないが、
この作品を観ると、
本当に怖いのは、「堅い表情で黙る女だ」と思われるかもしれない。


『阪急電車』を観た時に、
「女の見本市みたいに、いろんな女が登場する」と思ったが、
こちらも、様々な立場の女性たちが登場する。
仕事も恋もイマイチうまく行かないまま30代になったOL、
夢は大きいが、いつも男のせいで夢を捨てている風俗嬢、
引き際を決め兼ねているウェイトリフティングの選手、
夫の死後、幼い子と舅と暮らす公務員・・・
誰もが、自分が望むものの何かしらが欠落している女たちである。
それぞれ、皆頑張っているが、傍目にも現状に満足していそうではない。
そんな彼女たちに対して、
同性である里子は、夫に結婚詐欺を働かせる。
夫もまた、事前の作戦だけのせいではなく、
関わる女たちを虜にしてしまう何かを持っていて、
詐欺は次々に成功して、小金は順調に貯まってゆく。

けれども。
お話の前提がある程度達成されるまではおおよその予想がつくが、
そこからの展開が全く読めなくなる。
結婚詐欺を働く夫婦のお話だが、結婚詐欺そのものがテーマではなく、
さて、描きたいのはここからですよ、と言わんばかりである。
順調にお金が貯まり始め、この分なら新店舗の開店も夢ではないと思われ、
でも、このまま詐欺が発覚しないとか、
騙された女たちが全員許すとは思われず、
では、これはどこへ着地しようとしているのか・・・
それが推し量れないエピソードの積み重ねになる。
なので、真剣にお話を観ることになり、
そのたびに、あんまり正面切って観なくてもいいや、と思うもの、
痛くて仕方ないような場面をいくつも観ることになる。

最初は、自転車の二人乗りが微笑ましかった、笑顔の明るい妻が、
腹を括った後は、どんどん表情が堅くなってゆき、
たまりかねた夫が爆発を起こしても、何事もなかったかのように、
無言でその先へゆこうとする。
そうして、夫婦である男と女の溝は深くなり、
けれど、離れることができないものがあり、
不可思議にも繋がっているふたりを描き出す。


以前に観た『クヒオ大佐』という作品では、
「どう見ても嘘臭さ100%の男に何故騙されるのか」と思う男が登場したが、
この、貫也という男も、結婚詐欺を働く男などには見えない。
人が良さそうで、気も弱そうで、大それたことなどできそうにない。
けれど、それが女性の心に入り込む、最大の魅力なのかもしれない。
わたしなど、全くタイプじゃないから絶対無理、とか言いつつ、
もし、自分が一番痛い傷を優しく包んでくれたとしたら、
真っ先に転がり落ちてしまうのかもしれない・・・とふと思う。
自分が抱えている、自他ともに認めるようなコンプレックスを、
何でもないように、あるいはそれを素晴らしいなどと言ってくれたりしたら、
これまで、見ることができなかった夢をひと時でも見ることができたりしたら、
しかも、それが男前な男ではなかったとしたら、
案外、たちどころに信じてしまうのかもしれない。
妻の里子が、女だからこそわかる女の心理を読み、
その弱味にこそっ。。と滑り込むことができそうな男を使い、
目的を達成しようとすると、成功は案外容易かったのかもしれない。
何しろ、この男に最初に落ちたのは、里子なのだからね。

また、別作品を引き合いに出して恐縮だが、
詐欺を繰り返す貫也を観ていて思い出したのが、
太宰治の絶筆となった『グッドバイ』の主人公だ。
正確には、伊坂幸太郎の『バイバイ、ブラックバード』を読んだら、
これが太宰治の『グッドバイ』を現代風に書いたものだと知り、
後にオリジナルを読むことになったから知ったのだったが。
その主人公である男は、同時に5人の女と付き合っていて、
それぞれと巧く手を切りたいと思っているが、
何故5人と付き合っていたかというと、
それぞれの女に対して、本当に好きだという気持ちを抱いていて、
それぞれから離れられなくなっていたというのだ。
意を決して女たちと別れる段になると、彼は呆れるほどに本気の涙を零す。
そんな男ってどうよ、と思うのだが、
この貫也を観ていると、どうしてもその男が重なって見えてしまった。
貫也は、詐欺のために女たちと付き合っているけれども、
里子から指示されたものだとしても、
本気で彼女たちを愛しているように付き合っている。
里子の無言も恐ろしいが、貫也の持つ底力も凄いのかもしれない。

一方、里子は黙していることが多い。
もちろん、会話がないわけではないが、
本心を探られようとすると、心の扉を堅く閉じる。
そこには、彼女が容易に見抜いた女たちの痛い部分を、
自分が自分の中に見つけていたからなのだろう。
彼女は彼女なりの痛みを抱いていて、
あるいは、他人に語ったり悟られたりした瞬間に、
自分を支えるものを失ってしまうと感じているからかもしれない。
優しい言葉に甘え、くるみ込んで欲しいと願っているのは、
誰より、里子自身だっただろう。
悪女のフリをしながら悪女にはなりきれない里子は、
ますます表情を堅くせずにはいられなかったのだろう。
その不器用さが痛々しいのだ。


演技がとても評価されたが、内容に全く興味が持てずにスルーした、
『告白』は未だに未見(未読でもある)とは言え、
しっかりした演技で安心感のある松たか子、
そう言われれば、とても説得力のある人物になりきった阿部サダヲ、
この2人を始めとして、
鈴木砂羽、木村多江、田中麗奈らはイメージにピッタリすぎるほど。
そして、この人誰?女優?本物の選手?と迷いながら観たのが、
ウェイトリフティングの選手の、江原由夏。巧かったよね。
この人、正真正銘の女優さん(らしい)だが、
この役作りのために、何ヶ月もトレーニングをして、
撮影時には実際に60何キロのバーベルを上げているらしい。
知性的で、感覚がとても普通で、全てがリアルで、本当に良かったよ。
さらに、ビックリだったのが伊勢谷友介。
香川照之、笑福亭鶴瓶という、過去作品の主役も登場して、
どちらもまた、いい役どころといい演技。
それぞれの持ち味を活かして余りある。


この作品は、観る前から感想が書きにくそうだとは思っていた。
それは、この監督や、監督の師である是枝監督の作品が、
いつもそうであったから感じていたことだったが、
やはりそれは予想通り。
人間の心の闇を描き出すことばかりでなく、
人間の悪を告発するでもなく、
弱い者たちを闇雲に庇護するのでもなく、
ただ、可笑しくも哀しい人間たちを、時には冷たく時には優しく、
読解力と想像力が必要なエピソードを重ねて描いているからなのだろう。
何をどう観ても、どう感じても、それは観る人次第。
観た人の数だけ感想があるとは思うが、
わたしの場合は、もし一言で言うとしたら、
本当に怖いのは、「堅い表情で黙る女だ」、ということだ。


tinkerbell_tomo at 15:50│Comments(6)TrackBack(17) 日本の映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by kira   September 12, 2012 23:48
こんばんは♪

仰るように、伊勢谷友介さんの役どころ、為りきり方にもびっくりでしたが、
松さんや鈴木砂羽さんを始めとする女優陣が凄かったですねぇ!

里子と、コトの発端になった元不倫OLが偶然出会うシーン。
あの、真っ白になるような実際は一瞬だけど果てないような「間」の後の
ふたりの表情が印象的でした。
で、
やはり「黙って罰する」くせに
あのラスト。
やはり一筋縄ではいかない監督ですよね(笑)
2. Posted by rose_chocolat   September 13, 2012 11:20
>「堅い表情で黙る女だ」
貫也はあれやこれやと解りやすいですが、里子は描写というかセリフも少なめでしたね。
女は衝撃を受けた時って内に溜め込んでしまう性質もあるのでしょう。

貫也のように夢を追う男って、パートナーの前ではまるで子どものように気弱になってしまう。だから連れ添うのは大変でしょうね。私には務まりません(笑)
もし私なら、あんなになっちゃっても貫也のこと好きかなあ・・・?って、自信がないですね。
3. Posted by ◆kiraさま   September 13, 2012 20:31
こんばんは。
伊勢谷友介が思いがけないところに出てきて、一瞬気を抜いてしまってて、
妙にびっくりしてしまって^_^;
でも、本当に女性たちが凄いですね。

うんうん、あの再会の場面。
どちらの表情も、説得力があってなるほどなぁ…と。
もし、一番印象に残るシーンは、と聞かれたら、
わたしはこの場面を挙げる気がします。

ぎゃあぎゃあ泣いたり喚きたてる女は五月蠅いだけで済むけれど、
ひたすら黙々と目標達成まで完遂しようとする女のほうが実は怖いはず。
女だからこそ理解できる世界ですね。
4. Posted by ◆rose_chocolat さま   September 13, 2012 20:35
里子は、衝撃を受けて内に溜め込んだだけじゃなく、
それと同等かそれ以上のエネルギーを黙って使い始めるわけですね。
そちらのほうが何倍も怖いし、強いものがあると思います。

貫也のような男と付き合ったことがないからわからないけど、
あの男は案外手がかかりますわね(笑)
何となく、里子の気持ちがよくわかる気がする作品でした。
5. Posted by ノラネコ   September 15, 2012 16:04
>本当に怖いのは、「堅い表情で黙る女だ」
食パン喰う松たか子は本当に怖かったです・・・
女と男の心の中だけは、想像するしかないだけに、そこから疑心暗鬼や葛藤が生まれますね。
少々詰め込みすぎでデイテールが荒っぽく感じたものの、見ごたえは十分でした。
6. Posted by ◆ノラネコさま   September 15, 2012 20:44
食パンを頬張るシーンはもちろん、
夫に詰られても、反論するでなく怒るでなく、というシーンなど、
大声上げて泣き喚く女のほうが、実は扱いやすいだろうと思いました。
黙って何かを抱え込んでる女の心を解きほぐすことって、
きっと難しいに違いありません。
黙っている彼女の気持ちがよくわかる気がしました。

うん。言われてみれば仰る意味がわかります。
でも、見応え充分でしたね。

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