October 28, 2012

終の信託

喘息日誌。子守唄。リビング・ウィル。
終の信託






■・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演: 草刈 民代
    役所 広司
    浅野 忠信
    細田よしひこ
    中村 久美
    大沢たかお
監督: 周防 正行
2012年 日本 144分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■

Shall we ダンス?』から16年。
草刈民代×役所広司×周防正行監督の作品が公開中。



物語は。


1997年、天音総合病院の呼吸器科の医師、折井綾乃は、
長く不倫関係にあった高井との恋愛に破れ、
自殺未遂騒動を起こしてしまう。
その時に、これまで知り様のなかった苦しみを味わい、
心にも深い傷を負った。
そんな綾乃の力になったのは、長年入退院を繰り返している、
重い喘息患者の江木秦三だった。
お互い、誰にも言えない本音を語り合ううち、
2人の中に強い絆が生まれる。
江木は、自分の死期が近いことを察し、
もし「その時」が来たら、
これまで長らく苦労をかけた家族の負担にならないよう、
早く楽にしてほしい、と綾乃に伝える。

数ヶ月後、江木は心肺停止状態で搬送され、
ただちに蘇生処置が行われ、人工呼吸器で生かされているが、
意識不明の状態だった。
病状の回復が見込めないと判断した綾乃は、
江木との約束を果たすことを決断する。。。



信頼し合う医師と患者の間でひそかに交わされた「終の信託」。
もし、「その時」が来たら、
全面的に信頼している貴女に自分の死期を託す、と言われ、
「約束」を果たした女医が、数年後、告発され検事に追求される。
医師と患者の愛と信頼関係を中心に、
終末医療について、現行法下での検証、
家族関係、過去の記憶、金銭的な現実問題など、
たくさんのことを問いかける作品だ。

物語の序盤は、
主人公の医師綾乃の、同僚医師との不倫関係が描かれる。
何となく匂わせる程度でも背景としては充分かもしれないのに、
ここまで丁寧に描かれるのは、重要な理由があるのだろう・・・
つまり、後半にこれが生きてくるのだろうと思い、
相手を本気で愛して待っていた女と、
女を遊び相手にしか思っていなかった男の関係を観ていた。
男に捨てられ、そんなつもりなどなかったとは言え、
結果的に自殺未遂に及んでしまった時の、
心身ともに傷つき苦しんだ経験が、
後の江木との関係に大きな影響を及ぼすことになる。
もし、彼女にこの経験がなかったら、どうだったのだろうか。
それで言えば、
この状況の何か一つが違えば、起こり得なかったかもしれない。
もちろん、世の中のことはみんなそうなんだけれど。

やがて、問題の患者との関係に変化が生まれる。
元々、思慮深く繊細な感情の持ち主である患者が、
深く傷ついた女医の心を包み込んでくれたことで、
医師と患者を超えた感情が生まれる。
物語は終始、女医綾乃を中心に、とても丁寧に描かれて行くので、
気がついたら、まるで自分に起こったことであるかのように
すっかり彼女に気持ちが乗り移っている。
いつも傍にいてほしい人だからこそ、
本当に彼が望む通りにしてあげたい、
それがわたし以外にできないことなら尚のこと・・・
患者の回復を望みながらも、一方ではそんな現実を受け入れてもいる。
そして、ついに「その時」がやってきて、
彼女は約束を果たすことを選ぶのだ。

もしお話がそこで終わっていたら、
愛する人を自分の手で見送った女性の愛の物語だけで終わったところ、
けれど、この作品はここから(実際には後半の45分間)
検察庁での厳しい取り調べになる。
ここまでの、主人公を支えた強い絆を描いた空気が一変するのだ。
それはもう、検察庁に入るところから、
建物自体の雰囲気もあって、背筋が凍える疎外感と、
思うことが少しも伝わらない無力感に苛まれていく。
検察庁に呼び出されたような人間に対しては、
それが許されるかのような、職員や検事の横柄さ。
作戦のためには、長時間待たせることなど当たり前で、
待たせた挙句に、
少しも言い分が通らない状況に叩き込まれる。
あるいは、
あの検事は、本当は主人公の心情は、
わからないではないのかもしれない。
時折少しだけ動く表情に、そうであってほしいという願いを込めるのだが、
そんな時に限って、次の言葉は厳しく取りつく島がない。
いったい、この男はどんな人間性なのか、あるいは、
検事というのは、それほど意地悪な人間たちなのか・・・
けれども、もし検事が相手の言い分を全部鵜呑みにしたり、
相手の心情にすっかり寄り添ってしまったりなどしたら、
強かな相手に出し抜かれることだってあり得るのだろうし、
対立する双方の言い分に同情ばかりしていれば、
何ひとつ解決してはゆかない。
たとえ、真実がどこにあるにせよ、
彼らは彼らの物差しや度量で筋書きを組み立て、
絶対の正義である法律に照らし合わせ、
整合性のあるところで立件してゆくのが仕事なのだとしたら、
この検事は何ら特別に意地悪な人間であるとも言えないのだろう。
あの、優しくて真っ直ぐな『JIN』の大沢たかおが、
そんなを如実に体現してみせるから、
「この人がこんなに冷たいはずがない」という思いが潜在的にあって、
画面を見ながらちょっと混乱したりもする。
唯一の救いは、検事の補佐官(事務官?)の若い彼で、
あの視点があるからこそ、
観客は怒りの気持ちを多少なりとも宥めることができるのだが・・・
検事の仕事は、
集められた証言や証拠が、法律と照合してどうか、
それを判断して、法律に対して可か不可かを決めてゆく。
そして、本人がそんなことなど言ってもいないのに、
まるで、小説家にでもなったかのように、
事情聴取の内容を、被疑者の一人称で、検察側に有利なように「作文」する。
そこには、時間の経過や偏った表現の事実は書かれるが
被疑者の心情や事情などは全く無視されるものだ・・・
ということを、
多くの場合、検察庁の取り調べなど受ける機会のない人間は
それだけでも恐ろしい場所と相手なのだと認識する
長い長いシークエンスだった。


この作品は、観る人1人1人が違う感想を持られると思う。
お話は主人公の立場で作られているけれど、
この登場人物の他の誰かの目線で物事を観たら、
全く違うお話が見えてくる。
たとえば、
こんな状況で、夫を見送ろうとしている、まさにその時、
綺麗な女医さんが、自分に対してとは違う空気で
夫の手を握り、涙を零しなどしたら、
妻はどんな気持ちでいるのだろう、とか。
もし自分が患者で、死期を察した時には、
誰に何をどう頼もうとするだろう、とか。
自分の意志表示だけはちゃんとしておこう、とか。
大事なことも、そうでないことも、
たくさんのことを考えてしまうのだ。
これを観て、何も感じない、考えない、というほうが難しいだろう。
監督が伝えたいものかどうかはわからないが、
誰でも何かを自分のこととして考え、思い巡らすことだろう。

この作品に登場する人たちは、
(というか、観ているわたしたちも)
みんなそれぞれの立場で精一杯生きていて、
その時その時、正しいと思った選択をしているのだが、
何歩も退いて観ると、
みんなそれぞれ少しずつ間違っているものや
足りないものがある気がする。
でも、その時にはきっとそれに気付けなくて、
世の中はそんなことの集合体のような気がする。

随分長く書いているけれど
まだまだ足りないような、もっと整理して考えられるような、
たくさんの思いが渦巻いていて、
大事なことを何も書けてない気もするのだが。。。
とにかく、考える機会をほんとうにたくさん与えてくれる作品、
ご覧になれる方は、是非スクリーンで。


tinkerbell_tomo at 00:15│Comments(2)TrackBack(26) 日本の映画 

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 さすがは周防正行監督だ。『終(つい)の信託』は144分もの長さがありながら、名人芸ともいえるショットの積み重ねで、一瞬の無駄もない。  いや、一瞬の無駄もなく切り詰めに切り詰めたからこそ、この緊迫...
24. 終の信託  [ まてぃの徒然映画+雑記 ]   January 27, 2013 21:51
周防正行監督の新作は、尊厳死をテーマにした重い作品。検察の高圧的な取り調べの様子は『それでも僕はやってない』と相通じるものもあったりして。 喘息の発作を起こして入院した江木(役所広司)と担当医の折井(草刈民代)、江木は最初ステロイド剤の服用にも警戒心...
25. 映画『終の信託』を観て  [ kintyre's Diary 新館 ]   February 09, 2013 22:56
12-90.終りの信託■配給:東宝■製作年・国:2012年、日本■上映時間:144分■観賞日:11月18日、TOHOシネマズ渋谷(渋谷)■料金:0円 □監督・脚本:周防正行◆草刈民代(折井綾乃)◆役所広司(江木泰三)◆浅野忠信(高井則之)◆大沢たかお(塚原透)◆細
26. 尊厳死・・・どう思います?〜「終の信託」〜  [ ペパーミントの魔術師 ]   April 25, 2013 23:07
終の信託【DVD】(特典DVD付2枚組)東宝 2013-04-19売り上げランキング : 1127Amazonで詳しく見るby G-Tools 重たかったな〜。とまずひとこと。 一見大沢たかお演じる検事が草刈民代演じる医師を 言葉でもってどんどん追い詰めていく・・・ようにみえるんだけど そ...

この記事へのコメント

1. Posted by にゃむばなな   October 28, 2012 17:40
数年前に愛犬の安楽死で悩んだ経験から、また両親がそろそろいい歳なので他人事ではない私としては、どうもこの女医さんがなぜに本人の意思を明確にする承諾書を作らなかったのかが気になるんですよね。

やっぱり医療のプロとしては、そこはしっかりとやらないと。
2. Posted by ◆にゃむばななさま   October 28, 2012 21:14
わたしこそ、両親の年齢を考えると他人事ではないんですが、
自分のこととして考えたのは、妻の立場のことばっかりで(-_-;)
でも、わたしもそれは思いました。
みんな、それぞれの立場で精一杯やってるんですが、
みんな少しずつ間違ってる、または足りないのだと思いました。

何かひとつ違えば、結果はこうではなかったと思った最大の要因はそれですね…

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