December 02, 2012

希望の国

境界線。杭。一歩、一歩。
希望の国



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出演: 夏八木 勲    大谷 直子
    村上   淳    神楽坂 恵
    清水   優    梶原ひかり
    菅原 大吉    山中   崇
    河原崎建三    でんでん
    筒井真理子   
監督: 園   子温
2012年 日本 133分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■


園子温監督が描く「原発」と「家族」。
わが県では、今月公開。




物語は。


東日本大震災から暫く経った日本の町、長島県。
酪農家の小野は、認知症になった妻智恵子を支えながら、
息子の洋一、いずみ夫妻と共に働き、家族4人で仲良く暮らしていた。
ある日、長島県にある原発が、地震と津波の被害を受け、爆発する。
原発から半径20キロ以内は避難命令が出るが、
その規制線は、小野家の庭を通っていた。
庭半分の向こうに建つ隣家の鈴木一家は強制退去、
小野家は自宅での生活が許されるという。

小野は、政府の方針を信じず、
将来ある洋一夫妻に自主避難を命令、自分は智恵子と残ると決断する。
とりあえず、大丈夫であろうと思われる町に移住した洋一夫妻。
やがて、いずみが妊娠していることがわかり、
目に見えない放射能の恐怖から我が子を守ろうと、
いずみは防護服を着て生活し始める・・・



ある日、原発の爆発が起きた町に暮らすある家族を通し、
原発、家族、親子、そして、日本と日本人を描く。

東日本大震災での教訓が生かされず、
今回も同様の事故が起きてしまった長島県。
原発から半径20キロ圏内は強制退去となるが、
その境界線が自宅の庭を横切ることになった小野家では、
政府の発表を信じない父と、信じようとする息子夫妻が暮らしていた。
隣家の息子は、ガールフレンドと遊んでいる時に地震が発生、
彼女の実家と家族は津波にさらわれ消息不明になる。
何があっても、認知症の妻と共にここで暮らすと決めた父と、
避難先で妻が妊娠した息子と、
ガールフレンドの行方不明の家族を探す青年。
この3組の男女を、おそらく、入念な取材を元に、
様々な手法を用い、魂をぶつけるように描かれている作品だ。

以前、この作品について、
園監督ご自身も出演されたNHKの特集番組を観たが、
この作品のモチーフとなった事実が衝撃的だった。
自宅隣の畑の半分が、警戒区域となって分断されたお宅だ。
自宅は区域外なので、自宅を離れる必要はなかった。
けれど、畑の手前に植えたものは収穫できるが、
隅っこに植わっている紫陽花をひと枝切ろうとしても、
場合によっては罰せられるわけだ。
空気は常に流動的で、この線引き自体、どう考えていいものか困る。
規則はどこかで事務的であるほうがいいのかもしれないが、
心情的に、受け入れられるかどうか、と思うと、とても難しい。
このお宅のことがあって、
監督は主人公の家の庭を規制線が二分するという設定にしたのだという。
何度も福島へ足を運び、たくさんの取材をした結果から、
ご自分の中にある様々な強い思いを凝縮して作られたものが、
圧倒的なパワーを持って胸に迫ってくるのは当然だ。
登場する風景や光景は、おそらくどこかで(どこででも?)
実在したものであり、それをドキュメントとせず、
インパクトの強い手法をいろいろに用いて作品化されている。
時にはとてもリアルな、時には不思議な光景も、象徴的な映像も挟み、
あの手この手で語り、四方八方へメッセージを発していると感じさせる。
番組の中で朗読された、園監督の詩『数』。
「まずは何かを正確に数えなければならなかった」で始まるそれには、
強い言葉が記されている。
「季節の中に 埋もれてゆくものは 数えあげることが出来ないと、
 政治が泣き言をいうのなら、 芸術がやれ。」
この言葉を聞いた時、この作品を是非観たいと思った。


津波の映像や、事故後の原発を詳細に挿入しなくても、
今の日本人なら、これがどんな状況だか理解できる。
「福島のことがあるのに」「福島の時も」と
主人公が何度か口にする。
ここで描かれるのは、
福島の教訓を生かさず、二度同じ轍を踏んだ日本のどこかで、
暮らしているのは、喉元過ぎれば暑さを忘れる体質の日本人たちだ。
何かあるとまるで流行であるかのように先を争うのに、
ひと月も経てば、すっかり忘れることを悪びれない。
そんな日本人に対しての監督からの
今日、どこかで起こってもおかしくないのだ、という警告であり、
「だから言ったじゃないか」と言う前に、
どうするのか、日本人よ、という問いかけである。
平和に、ささやかな幸福と共に、肩を寄せ合って暮らす市井の人々を
不幸にしていいわけがないではないか、という声が
作品のあちこちから聞こえてくる気がする。

登場する人物たちの言動も、なるほどと思えるものばかり。
少々奇異に映っても、自分が絶対そうならないとは言えない。
立場が違うから、そうは思えないことでも、
その立場なら同じことをしたかもしれない。
この人なら、こういう結論を選ぶだろう、と想像し、
祈るような思いで観続ける人も、
絶望的な思いで観ることになる人もいて、
この、逃げ場のない狭い日本で暮らすわたしたちは、
こんな危険と背中合わせなのだと思うばかりだ。
この、ささやかな幸福を奪う権利が、誰にあったのか。
悲しみと怒りが改めて湧いて出るのだ。
この作品のタイトルが、大いなる当て擦りではなく、
本当にそうであると胸を張れる日が日本に来るのか。
紙一重の瀬戸際に、わたしたちは居るのである。

tinkerbell_tomo at 18:20│Comments(6)TrackBack(10) 日本の映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by にゃむばなな   December 03, 2012 20:30
ご無沙汰しております。

私もその番組を途中からですが見ました。
実際にそういう状況下にある方を取材することで生まれてくる疑念などがこの映画には描かれていたような気がします。

自宅にいるのに自宅にいないような不思議な感覚を強いられている方が実在する。
その事実により「おうちに帰ろう」というセリフが心に響きますよ。
2. Posted by めえめえ   December 03, 2012 22:55
こんばんは。
今日、福島からりんごが届きました。
桃の時もそうでしたが、セシウムの検査報告書が同封されていました。
心配無用、どんどん食べます♪
お馴染みの宅配便の送付状も「がんばろうふくしま」バージョンです。

この作品、こちらでは上映していないようです。
DVD待ちかな…
3. Posted by ◆にゃむばななさま   December 04, 2012 23:58
こちらこそ、なんだかご無沙汰してしまってます。

あの番組は、この作品を観る時に大いに参考になりましたね。
映画だけでももちろん伝わるものが強いですが、
どんな思いで、どんな風に作ろうとしたのかがわかったのが良かったと思います。
境界線の一歩外側に位置したお宅の方々、って、
この作品やあの番組を観なければ、なかなか想像つかないですよね。
この作品に出会えてよかったと思います。
4. Posted by ノラネコ   December 05, 2012 00:03
選挙の前に見とくべき映画ですね。
果たしてこのタイトルが皮肉になるのか、それとも本当に希望を持てるようになるのか、未来はどっちの可能性もありますからね。
今のところ、皮肉になっちゃう可能性の方が多そうなのが何とも心配です。
5. Posted by ◆めえめえさま   December 05, 2012 00:05
この作品は、本当にいろんな意味で考えさせられました。
感じたものをなかなか正しく言葉にしきれないのがもどかしいのですが・・・

こういう作品こそ、全国どこででも観ることができればいいのに、と思います。
わたしもこれは、シネコンがセレクトして上映してくれたので幸運にも観れましたが、
本当は、スルーされていた作品でした。
6. Posted by ◆ノラネコさま   December 05, 2012 00:10
事は急を要するかもしれないのに、一朝一夕には解決しない大問題。
さて、自分はどの意見なのか、と真剣に考える材料になる作品ですね。
今の日本は、選挙でどういう答えを出すのか・・・
こういう作品が、上映館が少ないのが残念です。

タイトルが皮肉になるのか、本物になるのか、
政治家がどうしてくれる、ではなく、
わたしたちが何を選ぶのか、ですね。

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