April 11, 2013
汚れなき祈り
丘の修道院。奇跡の肖像。神の恩寵。
■・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演: コスミナ・ストラタン
クリスティナ・フルトゥル
ヴァレリウ・アンドリウツァ
ダナ・タパラガ
監督: クリスティアン・ムンジウ
2012年 ルーマニア/フランス/ベルギー 152分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■
2012年カンヌ国際映画祭で、
主演女優2人が女優賞に、脚本賞にも輝いた。
ルーマニアで起きた実話を元にして作られた、
『4ヶ月、3週と2日』 のクリスティアン・ムンジウ監督作品が、
わが町で公開中。
物語は。
ルーマニアの小さな町の丘にある修道院。
修道女であるヴォイキツァをドイツに暮らすアリーナが訪ねてきた。
同じ孤児院で小学生から共に育った2人だが、
信仰に目覚め、修道女として満ち足りて暮らしているヴォイキツァに対し、
アリーナは唯一の親友であるヴォイキツァと共に、
ドイツで働きたいと願い、誘いに来たのだった。
暫くの間、修道院に世話になっていたアリーナだが、
信仰心が薄く、ここでの暮らしに馴染めない彼女は
ある日、奇行ののちに発作を起こして入院する。
退院したのちも修道院で暮らすものの、彼女の奇行が収まらない。
そんなアリーナに対し、悪魔が取り憑いたと信じる神父らは、
「機密」の儀式を行うのだが・・・
2005年にルーマニアで起きた事件を元にした作品。
監督は、事実の忠実な再現ではなく、
観客の感情や思考に訴え掛けるフィクションにし、
鑑賞後に、どんなものでもいいので意見を持ってほしいと仰っている。
これは、正直言って楽しい作品ではない。
いや、もし全く前情報を持たずに観始めたら、
序盤に、もっと明るい展開を予想できたかもしれないが、
残念ながら、これは、お話が進めば進むほど、
楽観的なお話という予想などできない空気を感じ取り、
わたしたちは強い緊張と閉塞に包まれてゆく。
楽しい要素、笑ってしまうシーンも1つもない。
しかも、152分。
長回しをたくさん用い、ドキュメンタリーのような風合いで、
ひたすら、そこで起こる1つ1つを淡々と映していく。
もし、相当に疲れているとか、虫の居所が悪い時に観たら、
途中で止めたくなってしまうかもしれない・・・
のだけれど、
決して、つまらない、と言っているのではないので念のため。
孤児院を出たあと、里親に引き取られながらも、
ドイツで働くことになって出て行ったアリーナ。
アリーナが去ったあと、信仰に目覚め、
全てを捨てて修道院に入ることになったヴォイキツァ。
2人の演技が認められ、2人が女優賞を獲得したのだが、
どちらもこれが映画デビューらしい。
精神の病を抱えているようにも、
単に感情の起伏が激しい寂しがり屋で、
ドイツで手酷く傷つく何かがあったために、
最早これまで、自分の救いは彼女にしかない、と
縋るようにヴォイキツァを訪ねてきたようにも見えるアリーナは、
身体も大きく、表情に余裕や可愛らしさを見出し難い。
一方のヴォイキツァは、小柄で清楚、
潤んだ瞳は神に仕える女性らしい真摯さを感じさせる。
そのキャスティングがまず成功していて、
そこに、神父、修道女長の年嵩の2人の個性が加わって、
とても説得力ある雰囲気が作られている。
前述したが、長回しが多用されていることで、
技巧的というより、脚本とキャストの力がより生きる表現になり、
臨場感がより高まるというものだ。
そして、描かれるのが、
聖職者たちの善意の価値観が下した判断である。
精神的に不安定で、エキセントリックな言動を見せるアリーナを、
信仰の力で快癒させようとする行為が、
どういう結果へと繋がってゆくのか。
それを近視眼的で独善的だと突っぱねることもできるが、
この環境で、それ以外のどんな判断ができた人たちか、とも思う。
だからと言って、肯定するものではないが、
価値観や信条が違うと、
これほどまでに現実から乖離するのかと愕然とする。
誰ひとり悪人は登場せず、というよりも、
それまで、貧しくとも満ち足り、平穏に暮らしていた、
小さな修道院に突然大嵐を呼び込んだ疫病神的な存在は、
アリーナのほうではないか、という思いも顔をもたげる。
もちろん、彼女にしたところで、別に波風を立てたかったわけではない。
もし、神に救いを求めたのならよかったかもしれないが、
彼女が唯一求めたのは、
俗世間を捨て、神への信仰に生きている親友だったこと、
その親友が、ともに出奔することを拒んだからである。
その想いの行き違い、求めるもの、目指すものの違いが根底にあって、
病院やら里親やら兄やら・・・の諸々が加わり、
そこに、修道院という特別な環境による発想があって、
「事件」が起こるわけである。
重ねて言うが、
事件の当事者たちは皆善人で、信仰に基づき、
どこを切り取っても善意しかない。
世俗から切り離された小さな閉塞空間で、
その善意がどのように発動され、どんな結果を招くのか。
善意の人たちには、およそ想像できなかった事実に直面するが、
それによって、
彼らのその後の人生は、どう変わるのだろうか。
信仰や善意は揺らぐことがあるだろうか。
邦題通り、汚れのない祈りを捧げている人たちは。
息詰まるシーンの連続で、たとえどんな結果であろうと、
極度の緊張が緩んで深呼吸などしてしまう、終盤の遣り取りも、
恣意的で思わず苦笑がもれるラストシーンも秀逸。
ご覧になれる方は是非。
出演: コスミナ・ストラタン
クリスティナ・フルトゥル
ヴァレリウ・アンドリウツァ
ダナ・タパラガ
監督: クリスティアン・ムンジウ
2012年 ルーマニア/フランス/ベルギー 152分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■
2012年カンヌ国際映画祭で、
主演女優2人が女優賞に、脚本賞にも輝いた。
ルーマニアで起きた実話を元にして作られた、
『4ヶ月、3週と2日』 のクリスティアン・ムンジウ監督作品が、
わが町で公開中。
物語は。
ルーマニアの小さな町の丘にある修道院。
修道女であるヴォイキツァをドイツに暮らすアリーナが訪ねてきた。
同じ孤児院で小学生から共に育った2人だが、
信仰に目覚め、修道女として満ち足りて暮らしているヴォイキツァに対し、
アリーナは唯一の親友であるヴォイキツァと共に、
ドイツで働きたいと願い、誘いに来たのだった。
暫くの間、修道院に世話になっていたアリーナだが、
信仰心が薄く、ここでの暮らしに馴染めない彼女は
ある日、奇行ののちに発作を起こして入院する。
退院したのちも修道院で暮らすものの、彼女の奇行が収まらない。
そんなアリーナに対し、悪魔が取り憑いたと信じる神父らは、
「機密」の儀式を行うのだが・・・
2005年にルーマニアで起きた事件を元にした作品。
監督は、事実の忠実な再現ではなく、
観客の感情や思考に訴え掛けるフィクションにし、
鑑賞後に、どんなものでもいいので意見を持ってほしいと仰っている。
これは、正直言って楽しい作品ではない。
いや、もし全く前情報を持たずに観始めたら、
序盤に、もっと明るい展開を予想できたかもしれないが、
残念ながら、これは、お話が進めば進むほど、
楽観的なお話という予想などできない空気を感じ取り、
わたしたちは強い緊張と閉塞に包まれてゆく。
楽しい要素、笑ってしまうシーンも1つもない。
しかも、152分。
長回しをたくさん用い、ドキュメンタリーのような風合いで、
ひたすら、そこで起こる1つ1つを淡々と映していく。
もし、相当に疲れているとか、虫の居所が悪い時に観たら、
途中で止めたくなってしまうかもしれない・・・
のだけれど、
決して、つまらない、と言っているのではないので念のため。
孤児院を出たあと、里親に引き取られながらも、
ドイツで働くことになって出て行ったアリーナ。
アリーナが去ったあと、信仰に目覚め、
全てを捨てて修道院に入ることになったヴォイキツァ。
2人の演技が認められ、2人が女優賞を獲得したのだが、
どちらもこれが映画デビューらしい。
精神の病を抱えているようにも、
単に感情の起伏が激しい寂しがり屋で、
ドイツで手酷く傷つく何かがあったために、
最早これまで、自分の救いは彼女にしかない、と
縋るようにヴォイキツァを訪ねてきたようにも見えるアリーナは、
身体も大きく、表情に余裕や可愛らしさを見出し難い。
一方のヴォイキツァは、小柄で清楚、
潤んだ瞳は神に仕える女性らしい真摯さを感じさせる。
そのキャスティングがまず成功していて、
そこに、神父、修道女長の年嵩の2人の個性が加わって、
とても説得力ある雰囲気が作られている。
前述したが、長回しが多用されていることで、
技巧的というより、脚本とキャストの力がより生きる表現になり、
臨場感がより高まるというものだ。
そして、描かれるのが、
聖職者たちの善意の価値観が下した判断である。
精神的に不安定で、エキセントリックな言動を見せるアリーナを、
信仰の力で快癒させようとする行為が、
どういう結果へと繋がってゆくのか。
それを近視眼的で独善的だと突っぱねることもできるが、
この環境で、それ以外のどんな判断ができた人たちか、とも思う。
だからと言って、肯定するものではないが、
価値観や信条が違うと、
これほどまでに現実から乖離するのかと愕然とする。
誰ひとり悪人は登場せず、というよりも、
それまで、貧しくとも満ち足り、平穏に暮らしていた、
小さな修道院に突然大嵐を呼び込んだ疫病神的な存在は、
アリーナのほうではないか、という思いも顔をもたげる。
もちろん、彼女にしたところで、別に波風を立てたかったわけではない。
もし、神に救いを求めたのならよかったかもしれないが、
彼女が唯一求めたのは、
俗世間を捨て、神への信仰に生きている親友だったこと、
その親友が、ともに出奔することを拒んだからである。
その想いの行き違い、求めるもの、目指すものの違いが根底にあって、
病院やら里親やら兄やら・・・の諸々が加わり、
そこに、修道院という特別な環境による発想があって、
「事件」が起こるわけである。
重ねて言うが、
事件の当事者たちは皆善人で、信仰に基づき、
どこを切り取っても善意しかない。
世俗から切り離された小さな閉塞空間で、
その善意がどのように発動され、どんな結果を招くのか。
善意の人たちには、およそ想像できなかった事実に直面するが、
それによって、
彼らのその後の人生は、どう変わるのだろうか。
信仰や善意は揺らぐことがあるだろうか。
邦題通り、汚れのない祈りを捧げている人たちは。
息詰まるシーンの連続で、たとえどんな結果であろうと、
極度の緊張が緩んで深呼吸などしてしまう、終盤の遣り取りも、
恣意的で思わず苦笑がもれるラストシーンも秀逸。
ご覧になれる方は是非。
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1. 『汚れなき祈り』 本当にあった悪魔憑き事件 [ 映画のブログ ] April 13, 2013 17:13
【ネタバレ注意】
男と女では愛情に違いがある。男性は得てして浮気者だが、女性は一人の相手を愛し続ける「純愛」を志向する。
――進化心理学はそう説明する。詳しくはこちらやこちらの記事をお読み...
2. 汚れなき祈り [ 映画的・絵画的・音楽的 ] April 13, 2013 17:42
『汚れなき祈り』をヒューマントラストシネマ有楽町で見ました。
(1)本作は、見る機会の少ないルーマニアの映画だということと(注1)、出演した二人の女優がカンヌ国際映画祭で女優賞を受けたことから(さらに脚本賞も受けました)、見に行ってきました。
本作は、...
3. 汚れなき祈り [ 佐藤秀の徒然幻視録 ] April 13, 2013 19:51
生きるのが怖いの?
公式サイト。ルーマニア=フランス=ベルギー。原題:Dupa dealuri。英題:Beyond the Hills。タティアナ・ニクレスク・ブラン原作、クリスティアン・ムンジウ監督、コス ...
4. 『汚れなき祈り』 [ ラムの大通り ] April 14, 2013 22:43
(原題:Du pa dealuri)
「これまた見ごたえある映画だったな」
----“パルムドール受賞監督の最新作”…。
それって、
確か『4ヶ月、3週と2日』を監督したクリスティアン・ムンジウのことだよね?
確か、東欧の方の国の映画じゃなかった?
「そう。
ルーマニア。
しか
5. 汚れなき祈り [ 象のロケット ] April 15, 2013 17:54
ルーマニア。 しばらくドイツで働いていた若い女性アリーナが、修道女として暮らすヴォイキツァを訪ねて来た。 二人は同じ孤児院で育った親友同士。 一緒にドイツで暮らそうというアリーナの誘いを断ったヴォイキツァは、精神的に不安定になっているアリーナをしばらく修
6. 『汚れなき祈り』 [ こねたみっくす ] April 15, 2013 21:37
現実を見ぬ恐ろしさ。
2005年にルーマニアの修道院で実際に起きた悪魔祓いの実話を映画化したこの作品。
クリスティアン・ムンジウ監督の前作『4ヶ月、3週と2日』と同様に地味 ...
7. 汚れなき祈り 私の愛と神の愛、究極の選択と限界 [ もっきぃの映画館でみよう(もっきぃの映画館で見よう) ] April 28, 2013 12:08
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【序】
まずなぜ期待をもったかなのですが、紹介記事の以下の部分。(実は、この一文ヤヤ誤解を招く表現あり。)
『2005年にルーマニアで起こった事件を題材に...
この記事へのコメント
1. Posted by にゃむばなな April 15, 2013 21:34
この監督の作品はいつもラストが秀逸なんですよね。
今回もあのラストは凄く皮肉が効いていて面白かったです。
ただ重いお話ではありましたけどね。
今回もあのラストは凄く皮肉が効いていて面白かったです。
ただ重いお話ではありましたけどね。
2. Posted by ◆にゃむばななさま April 18, 2013 14:26
すっかり返信が遅れてごめんなさい。
どんなものでも、始め方と終わり方が作品の印象を決めるものですが、
重い内容であればあるほど、
とう閉じるかで印象がすっかり変わってしまいますよね。
そういう意味では、大成功なのではないかと思うラストでした。
どんなものでも、始め方と終わり方が作品の印象を決めるものですが、
重い内容であればあるほど、
とう閉じるかで印象がすっかり変わってしまいますよね。
そういう意味では、大成功なのではないかと思うラストでした。
3. Posted by えい April 18, 2013 20:29
これは上手い映画でしたね。
いったい、どちらに<理>があるのか、
途中まで、いや最後までまったく読めませんでした。
あの、あまりにも現実的と言えば現実的なラストも
ぼくの好み。
映画を内容、テーマでは観る方ではない自分にとっては
嬉しい映画でした。
いったい、どちらに<理>があるのか、
途中まで、いや最後までまったく読めませんでした。
あの、あまりにも現実的と言えば現実的なラストも
ぼくの好み。
映画を内容、テーマでは観る方ではない自分にとっては
嬉しい映画でした。
4. Posted by ◆えいさま April 18, 2013 23:13
仰る通り、お話がどこへ行こうとしてるのか、
そして、近視眼的に描かれていく筋書きを、
最後はどう落とすつもりなのか、がちっとも読めなくて、
なので、余計にラストが際立ったというか。。。
このお話を、あのラストで閉じたセンスが好きです。
そして、近視眼的に描かれていく筋書きを、
最後はどう落とすつもりなのか、がちっとも読めなくて、
なので、余計にラストが際立ったというか。。。
このお話を、あのラストで閉じたセンスが好きです。