ミッキ―絵本探究ゼミ4期 第2回目のリフレクション

ゼミの2回目は参加できずアーカイブ視聴となりました。

 

課題:1回目の講義を受けて論議の対象にしたい翻訳絵本を1冊持参する。

私が2回目の事前課題に選んだ翻訳絵本について考察しまとめ、2回目のリフレクションとします。

 

<第2回目のゼミの課題とその考察>

 『THE THREE BILLY GOATS GRUFF』1957年by Marcia Brown

『三びきやぎのがらがらどん』絵:マーシャ・ブラウン 訳:瀬田貞二/1965年福音館書店。

19世紀のなか頃から後半に、自然科学者でもあったアスビョルンセン(18121885)とその友人で後に聖職者となったモー(18131882)が、ノルウェーの各地に語り伝えられてきた話を集め、ノルウェーの昔話集を編纂した。『三匹やぎのがらがらどん』は、その中の一つの昔話。)

    作者のマーシャ・ブラウンは、1918年ニューヨーク州ロチェスターに生まれ『あるひねずみが・・・』1961年、『シンデレラ』1954年『影ぼっこ』1982年で3回のコルデコット賞を受賞している。

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    選書の理由

1,日本で出版されてから58年間も読み継がれているが、時代を超えて子どもたちに喜ばれているのはなぜか?

2, 瀬田貞二の『三びきやぎのがらがらどん』という題名の訳の面白さに惹かれた。

以上の2点からこの絵本を探求したいと思った。

 

マーシャ・ブラウンの絵と瀬田貞二のリズミカルで迫力を感じる文章が一致していて、

悪役トロルをやっつける痛快さが人気の秘密だと思うが、改めて絵本の絵をよく見たり、瀬田貞二の訳を味わってみることにした。

 

<絵本の絵を読む!>

・表紙の三匹のやぎは、三匹とも右を向いて橋の上で片足で立ち躍動感を感じる。

どんなお話なのか期待感が生まれ、早く表紙をめくりたくなる。

・マーシャ・ブラウンの絵は、武骨で躍動感があり、山は黄色、岩は茶色と黒、水と空が青色と色彩がはっきりしている。(青は勇気・茶色は危険・黄色は平和の象徴)

けして可愛いとは言えない三匹のやぎ。トロルの描写は不気味で醜く怖い。ノルウェーの厳しい自然を感じさせるような荒々しい川の流れやごつごつした岩、針葉樹をコンテや木炭で単純に大胆に描いている。マーシャ・ブラウンのどの作品とも異なるクレヨンと水彩による作品になっている。

・ストーリーが先に進むように見開き横長のページを効果的に使っている。

・ヤギとトロルの戦いの場面では、左下から右下に掛けられた橋が裁ち切りの技法で描かれストーリーを盛り上げている。

・やぎたちは驚いたり怒ったり嬉しそうに草を食べたりと表情豊かに描き、クライマックスの場面では見開きいっぱいにおおやぎをクローズアップし、おおやぎの鼻息を茶色の太い線で描かれていて、いまにも飛び掛かってくる勢いを感じる。

・トロルの体が木っ端みじんになって円状に飛び散り、橋も川面までしなり、おおやぎの重さとトロルの戦いの凄さを現わしている。

・三匹が橋を渡って草場で嬉しそうに草を食べ太っているシーンで終わるので、読み手の子どもたちは三匹のやぎに自分を投影しながら、安堵感や悪いものをやっつけた達成感を味わうと思う。

・絵本の前の見返しから2ページ目に三匹のやぎが美味しそうに草を食べている姿を描いて、3ページには悠々と嬉しそうに葉っぱを食べているちいさいやぎを描かれている。4ページ目にやっと本文に入る。お話が始まるまでこの3ページを子どもたちは大きな期待を持って見るはずである。ここではマーシャ・ブラウンのこだわりのようなものを感じる。

・タイトルページに大きな太陽が描かれているが、北欧の日照時間はとても少ないので太陽の光は貴重であることが伝わってくる。またこのお話の時間の経過が分かるように最後は太陽を山際に隠している。

 

<翻訳を味わう!>

・今まで何も疑問に思ってこなかったが、今回のゼミで翻訳に目を向けたことがきっかけで、表題の『THE THREE BILLY  GOATS  GRUFF』が『三匹のやぎのがらがらどん』になっていることが面白いと感じた。

 

GRUFFの直訳は、(しばし不機嫌で・どら声・荒々しい・ぶっきらぼうな・不愛想な)しわがれた、どら声をした、荒々しい、ぶっきらぼう、不愛想という形容詞。それを「がらがらどん」にしてしまう瀬田貞二の訳の面白さは表紙から始まっていたんだと気づいた。

・灰島かりは、瀬田貞二の訳について

「元の英語では、やぎたちの名前が、Gruffです。これは「しゃがれ声の」という意味。しかしカタカナで「グラフ」としたのでは、しゃがれた声の感じもしないし、ちっとも楽しくありません。そこで訳者の瀬田貞二さんが「しゃがれ声=ガラガラ声」から「がらがら」を取ってそれに民話調の「どん」をつけて「がらがらどん」としたのでしょう。あまりにピッタリなネーミングで、これはもうこの呼び方以外ではこの民話を考えることはできなくなりました。()元の名前に意味があって、その意味を翻訳した方が、絵本がおもしろくなるという場合は、翻訳すべし、という一例です。」と述べている。(新装版『絵本翻訳教室へようこそ』著:灰島かり/研究社P144~一部抜粋)

 

また、『絵本の辞典』の【翻訳】のところでも灰島かりは、この絵本を「耳」と「口」に快い音の翻訳として詳しく取り上げている。

灰島かりが述べている「耳と口が喜ぶ日本語の翻訳」の一例を紹介すると、

「英語の絵本では、声に出す楽しさは脚韻(rhymeライム)が担うことが多いがライムの楽しさは日本に置き換えるのは無理がある・・・。「がらがらどん」は、母音が「a

a」「a」「a」「o」で、最後に「ン」と撥音(跳ねる音)があるため印象が明るいうえにおさまりが良い、声を出して喜びのある音といえるだろう。「がらがらの声の」という意味をかすかに反映しながら、言語の音の魅力を踏襲(というより拡大)していて、これ以上のものは考えられないというほどピタリと決まっている。『絵本の辞典』(中川素子・吉田新一・石光恵・佐藤博一20111130日初版/朝倉書店)P474~参考)

 

この絵本は、アメリカではさまざまなイラストレーターが絵を付け新しい絵本が出版され続けていたが、今は絶版になっているようだ。日本では1957年に刊行されたが、日本では2009年に140刷りとなっている。灰島かりが述べているように日本ではマーシャ・ブラウンの魅力的な絵に瀬田貞二の日本人の耳と口が喜ぶ翻訳が融合して決定版になっているということを理解することができた。

<言葉の響きの面白さ!>

1番目のちいさいやぎの登場“Trip,trao! Trip trap!” went the bridge.「かたことかたことと、はしがなりました。」

2番目の二番目やぎ登場“Trip, trao!  trip ,  trao! trip , trap! Went the bridge. 「がたごと がたごと と、はしがなりました。」

3番目の三番目のやぎ登場“T-r-i-p, t-r-a-p! trip, t-r-a-p! t-r-i-p, t-r-a-p! went the bridge.

「がたん、ごとん、がたん、ごとん、がたん ごとん、がたん ごとん」と、はしがなりました。というように音の響きで三匹やぎの大きさや渡る様子を書き分けている。

わが子が保育発表会の時にちいさいやぎの役を演じたが、楽しそうに何度も「かたことかたこと・・・」と練習していたことを思い出した。瀬田貞二のオノマトペの使い方には定評があるが、この表現も実に耳触りの良いオノマトペだと思う。

 

<印象に残る表現力!>

with eyes as Big as saucers and a noes as long as a poker」は「ぐりぐりめだまはさらのよう、つきでたはなは ひかきぼうのようで・・・」と訳して冒頭からぐいぐいお話の世界に引き込んでいく。特に耳に残る表現では「”Now,I’m coming to gobble you up!」のところを「ようし、きさまをひとのみにしてやろう」とか「l’ll poke your eyeballs out at your ears.」のところを「めだまはでんがくざし」と訳している。
あまり耳慣れない言葉がトロルの不気味さを強調しているように感じる。しかしこの表現を子どもたちは、想像以上に受け入れていて、瀬田貞二自身も子ども達の反応を想像しながら面白がって訳したのではないだろうか?と思う。

この部分の訳について灰島かりは、「瀬田さんの日本語のエッセンスを見る思いがします。また「でんがくざし」という、ふだん使わない言葉も、言葉の勢いを巧みに使っているのでちっともつまずかない。」と述べている。またこの北欧の民話「三匹やぎのがらがらどん」から灰島かりは、やぎが1回目2回目と登場してトロルと対面する時はまだやぎたちの成長過程で、おおやぎが登場したその時こそ木っ端みじんにやっつけられるほどの力を持つほどに成長した「その時」だと述べている。(新装版『絵本翻訳教室へようこそ』著:灰島かり/研究社P170~一部抜粋)

 

私はこれを読んで、「魔法アイテムや呪文ではなく、本来子どもが持っている心も体も成長する力!」その成長のエネルギーこそがトロルをやっつけられる本物の力なんだと気が付いた。子ども達は本物を見極める眼力がある。子ども達はこの物語に同化して夢中になってその世界に入り込み、三匹やぎに自分を投影して成長していくこともできる。何十年もの間、世界中の子ども達が夢中になる訳がここにもあると思った。子育てを楽しんできた灰島かりの言葉は説得力があると思った。

 

昔話の残虐性については、ミッキ―ゼミの2期「昔話の定義」で習ったが、この絵本では、

トロルを木っ端みじんにして谷川に突き落とすシーンがある。マーシャ・ブラウンの「悪いものには徹底的に打ちのめし、息の根を止める善悪の明確な判断とその物語を通して人生の厳しさや生きることの意味を子ども達に伝えるという昔話のメッセージが込められているということも自然に子ども達が受容しているから子ども達がこの絵本に夢中になるのだと思った。(「絵を読み解く絵本入門」藤本朝巳・生田美秋:編著/ミネルヴァ書房P98~参考)

 

<最後は昔話風にすっきり着地>

Snip, snap, snout.This tale’s told out.

「チョキン、パチン、ストン。はなしはおしまい。」というように昔話を歯切れよく終わらせているのが気持ち良い。子ども達が「もう一回読んで!」という声が聞こえてきそうだ。

 

 考察を終えて
・2回目の講義の中でミッキー先生から「翻訳絵本とは、異文化でも感動体験を起こさせる芸術作品であること。言葉が変わっても同じPOINTで喜怒哀楽が理解できる物であること。」と教えて頂いていましたが、今回1冊の翻訳絵本を探求することでこの言葉の意味が腑に落ちました。

・1回目の講義でミッキー先生は、R.オイッテネンの翻訳絵本の留意点で原書の世界観を損なわないという点を上げていたが、瀬田貞二の訳によってマーシャ・ブラウンの『THE THREE BILLY GOATS GRUFF』の面白さが増し想像力をかき立て、今日まで多くの子どもの心に響く作品となっていることもよく理解できたと思います。

今回ミッキー先生からご紹介頂いた文献をいくつか読むとマーシャ・ブラウンにしても瀬田貞二にしても子ども達に手渡す作品へのこだわりが厳しく、どの作品にもその姿勢を貫いていることがわかった。瀬田節は独特であるが実に子ども達が喜ぶ作品に仕上がっているものが多い。翻訳家でも谷川俊太郎のような詩人と瀬田貞二や石井桃子のように絵本作家であれば絵を重要視し散文的な文体になる傾向にあることもわかりました。

『三びきやぎのがらがらどん』は絵本の研究対象に取り上げられることが多い作品なので、多くの参考文献に載っていた。それらを読むだけでも時間はかかったが、探究する上で面白い文献と出会うことができました。

 

・4期は翻訳絵本を学ぶという時点で、敷居が高いなぁと逃げ腰になっていましたが、ミッキー先生に灰島かりさんの「絵本翻訳教室へよそうこそ」を紹介して頂き絵本の翻訳の世界の扉を開けて頂きました。灰島かりさんの流れるような文体が楽しくて、絵を読み取る力と言語能力そしてなにより,感豊かな表現になるほど!とうなづいたり、メリハリを利かせた訳に唸ったり、ご自身の子育て奮闘記のところでは思わずクスッと笑ってしまったり、私もカルチャー教室の仲間入りをしているような気持ちで読み進められました。そして三人のお子さんを育てた愛情深いシャーリー・ヒューズの絵をしっかりと見たいと思ったので『ALFIE』を取り寄せ中です。と、同時に灰島かりさんの翻訳された絵本や『絵本を深く読む』も引き続き読んでみたいと思います。

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◆参考文献◆

* 新装版『絵本翻訳教室へようこそ』著:灰島かり/2021年研究社

*『絵を読み解く絵本入門』藤本朝巳・生田美秋:編著/2018年ミネルヴァ書房

*『絵本の辞典』中川素子・吉田新一・石光恵・佐藤博一/2011年朝倉書店

*『英米絵本ノベストセラー40』灰島かり・高田賢一・成瀬俊一/2009年ミネルヴァ書房

*『絵本の歴史を作った20人』鳥越信:編/1993年創元社

*『絵本の絵を読む』ジェーン・ドゥーナン・正置友子・灰島かり・川端有子:訳/2013年玉川大学出版部

*『はじめて学ぶ英米絵本史』桂宥子:編著/2011年ミネルヴァ書房


 
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    3回目の事前課題は、「好きな翻訳家を選び素の訳の絵本を持参し、役者に注目して本を選ぶ」です。色々迷いましたが、つい読みたくなる翻訳絵本が石井桃子さんの作品なので探究してみたいと思います。