Toshiko Ise's Blog from Shanghai

上海から伊勢利子のブログ

ブログに変わってFacebookへ

ずっとこのブログを読んでくださっているみなさんへ

2005年の夏、上海のとある食事会で、偶然となりにすわった
日本人の若い男性が、まったくわけのわからない顔してる私に、
強く強く勧めてくれたのが「ブログ」でした。

その当時、ブログって、いったいなんのこっちゃいな?
と、まったくピンとこなかった私でしたが、
その夏に、さっそくブログに関する本を数冊読みあさり、
苦労しながら、やっとなんとか開設した日にことを
いまでもよく思い出します。

2005年8月から書きはじめたこのブログですが、
最近はFacebookに投稿しています。

やはり、写真などが気楽に投稿できる
便利さがなにより気に入っています。

では、また、みなさんとFacebookで
交流できればとても嬉しいです。











なんど煮え湯を飲まされりゃ、いいのよ〜。

昨日、しばらくぶりに南京東路へいってみると、
あっちゃー!とびっくりすることを目にしました。

なんと、iseyaが2008年に店舗を持っていたビルの
「353広場」という看板がすべてなくなっていたのです。

建物自体は国の歴史的建造物なので、外観は昔と同じですが、
経営破綻かなにかで、オーナーが変わったのでしょう。

まあ、そりゃそうだよねぇ〜と思いました。
当時、ビルを買った香港人オーナーが内部を大改装して、
2008年に華々しくオープンしたのはいいですが、
それ以来、ほとんどお客が入ってなかったのですから。

あのころの苦〜い思い出にしたりながら、
そのビルをポカーンと見上げていたのは、
世間ひろしといえども、きっと
日本人では私くらいだったでしょうか・・・(苦笑)

まあ、中国で商売をする上での、洗礼を
「これでもかーっ」というくらい、
ほとんど、すべてここで受けましたから。

あのころの私は中国ビジネスとはなんぞや、
なんてことも、まったく知らない“ど”が付く素人。

事件がおこるたびに、あわてるやら、あせるやらで、
もう、さんざんな、生きた心地のしない一年でした。

古いビルの改装なので、iseyaの内装中もすったもんだ、
オープンしてからも、お客が入らないので、
ビル側もあの手この手と、策を練りますが、
どれもうまくいきません。

挙句の果てには、テナントの追い出し作戦が、
暗黙のうちにくわだてられていて、
iseyaも契約中にもかかわらず、
ひと晩で、あっというまに、もののみごとに、
追い出されてしまいました〜(涙)。

さて、先日、そのビルの南京東路に面した
一階から四階までにH&Mが入り、
華やかにオープンしていました。

これで中国でも最も人通りの多といわれる
南京東路と河南中路の交差点付近には、
Apple、Gap、 H&M、forever21
と世界級の企業がせいぞろい。

いま工事中の西北角の大きなビルには、
いったいどんなブランドが入るのでしょうね。

大いに楽しみにしている私ですが、
間違っても日本のブランドではないことは、
確かだと・・・思います(残念)。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

写真: 南京東路の元353広場

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「京の着だおれ、だったはずの私が。。。」

京都で生まれ育った私。
上品でオシャレな母 (これはほんとなんですぅ…)
に育てられた私たち姉妹もオシャレだったんです。
“だった”、というのにはわけがあるのです。

私は嫁いで京都から地方に移り、
いまは上海に住んでいます。というわけで、
いまでも京都に住んでる母や妹に比べれば、
私のオシャレ度はぐっと下がってしまったのです(トホホ…)。

そんなとき『されど“服”で人生は変わる』(齋藤 薫著)
を偶然にですが読みました。

読み終えて、いちばん痛感したこととは、
毎日、知らず知らずに見ている光景は、
その人の生き方、考え方、オシャレにまでも、
かなり影響を与えているんだ、ということ。

だから、住む場所やまわりの環境というのは
とても、とても重要だということを、
あらためてつくづく感じたのです。

この本を読んで、私が「そう!そう!」
と思ったところを、ちょっとおすそ分け。

〕Φい里△訖佑曚疋シャレ。
(オシャレって、勇気がいるんですよね)

▲札鵐垢呂Δ弔襦だから見て見て、見続ける。
(やっぱり・・・いまのまわりには、いない〜)

だ況蕕妨えること。時代がどう変わろうと
いちばん損をするのは、だらしなく見えること。
(これは、ほんにそう…)

ゾさい人はマダムっぽく、“ジャッキースタイル”
大きい人はモードな服を。
(小さくないけど、細いから…ジャッキースタイルかな)

Г燭未顏には、キュート系。
きつね顏には、モード系。
(きつね顏ではないから…たぬきかな?)

服と合わせるべきはチークは?
ふんわり愛らしい服の日は、
ベビーピンクのチークを頬のまん中に入れる。

シャープなスーツの時は、オークル系のチークを
頬骨にそって少しだけシュープに入れる。

黒や白の服の時は、ほんのわずかにパール系ピンクの
ニュアンスカラーを入れて、肌に透明感を加えるだけにとどめる。
(長く生きていますが、知りませんでした…)

ジュエリー
ゴールドがいちばん映えるのは白と黒。
シルバーはパステルカラーに合う。

パールはなんといっても格別。
パールが似合わないと、女は危ない。
パールが似合わないのは、気品に欠け、優雅さに欠け、
知性に欠ける証拠、だから女としてとても、マズイ。
パールは恋愛するジェリー。
ゴールドやシルバーにない男受けの引力がある。
(パールについて書いてあるスペースはとても多かったのです、笑)

Г笋辰僂蟾髪ストレートでないと世界を嫉妬させられない。
(そう!海外では黒髪で引き目がモテる)

┳こ阿任矜舛靴そになるには白。
(確かに、海外でセレブはこぞって白を着てるね)

さて、みなさんはどう感じられたでしょうか。

わざわざふりむいて見たいようなオシャレさんに
出会うチャンスがほとんどない、ここ上海…。
この本は昔の私を少し思い出させてくれました。

環境にもめげず、年齢にもめげず、
以前のように、いえ、いまの私のスタイルに合った
オシャレさんになるために、もっと世界のあちこちに
旅がしてみたくなりました。

☆この本を読むきかっけはTwitterで知り合った
@kana201102さんのおかげ。ありがとう。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

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グローバル人材のヒントをルネサンスに求む

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『ルネサンスとは何であったのか』(塩野七生著)
この本を暇にあかしてなんども読んでいます。

いまは、まさにルネサンスのような時代。信じこんでいた価値観が
音をたててガラガラと崩れている真っ最中なのですから。

さて、そんな時代をたくましく生き抜くために、
塩野さんの本の中にヒント発見!ということで、
ひゃ〜と喜びながら(…いつもながら、だいぶ大げさ…)
今日はみなさんにもちょっとおすそ分けしますね。

塩野さんは「ルネサンスもの」を書かれるときは、
「作品を遺さなかった創作者」を主人公に取り上げているのです。

『ルネサンスという、中世の価値観の崩壊に出会ったために、
新しい価値観を創りださなければならなかった時代に生きた人は
政治家でも経済人でも創造者にならざるおえなかったのである』
(本の引用)


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(写真=聖フランチェスコ)

さて、ここからが今日の本題。
ルネサンスといえば数々の芸術が花開いた時代。

大輪の花を咲かせた芸術家たちが活躍できる土台を築いた、
芸術とは一見無関係に見える二人の人物に焦点をあてて、
あらっ不思議?という以外な共通点を塩野さんは書いています。

その二人とは、
宗教家の聖フランチェスコ(商人の子)
政治家のフリードリッヒ二世(皇帝の子)

共通点とは、
‘鷽佑箸皀蓮璽
聖フランチェスコ(父=イタリア人、母=フランス人)
フリードリッヒ二世(父=ドイツ人、母=フランス系イタリア人)

∪犬泙谿蕕辰臣呂イタリア
当時のイタリアはヨーロッパのどの地方よりも
異文明に対して開かれた社会であり、
カルチャーショックを受ける機会にとても恵まれていた。

4成概念に疑問
疑いを持てばそれを晴らしてくれる何かを求めるようになる。

て鷽佑箸盥眦教育を受けてない

いかがですか、みなさん?おもしろいですよね。
どれも、いまの時代に当てはめてみても
なるほど〜と深くうなずけますもんね。

最近はどこかしこでグローバル人材とは?とよく議論されていますが、
もしかしたら、この二人のような環境で育った人が、
先のわからない時代をうまく切り開いていく人材になれるのでは、
と、いう気がしてきたのは、私だけ?

参考:「ルネサンスとは何であったか」塩野七生著 (新潮社)

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。



「スターバックス」になりたかった「85℃」

どうしてこんなに流行りすたりが激しいのかしらん、上海って?
と思いながらいつも街をながめています。

こんなに早くっちゃ企業はいったいどうして生き残れ
というんだっ、とぶつぶつとひとりごとを言いながら。

知ったかぶりするコンサルタントはよく言います。
2年で投資額を取り戻し、その後の半年で利益を出して、
2年半したら業態を変えないとダメなんですよ!

そんな曲芸師のようなことができるもんですかっ!
と、商売ベタであまのじゃくな私はいつも反論しています。

ここで一つ例をあげてみましょう。
商売上手といわれている台湾の例です。

「85℃」という、ちょっとしたカフェもあるパン屋さん。
2005年ごろからブームにのってどんどん店が増えて、
いつも人がいっぱい入っていました。

ところが2014年のいまは上海の街中をみわたしても、
あれ?お店はどこへいったの?という状態です。

流行りだしたころは上海人のお年寄りまでもが、
外のカフェでコーヒーを飲んで、ニコニコしてましたからね(笑)。

2002年ごろ、上海にスタバが初めてお目見えしたころは、
スタバでコーヒーを飲んでいる欧米人が中国人の憧れの的。

コーヒーというものを一生に一度はおしゃれなカフェで
通りを歩く人に“見せびらかしながら”飲んでみたいな〜
と、どの上海人もきっと密かに願っていたに違いないのです。

その上海人の密かな願いを「85℃」は
あっというまに実現させちゃったのですよ。

いっときは、そりゃ〜飛ぶ鳥落とすいきおいで、
店内は老若男女でいつも大混雑してました。

私も上海人の友だちに誘われて、なんどか行きましたが、
パンもコーヒーも・・・もうひとつ、いやもう二つ・・・。

まあ、そんな上海の、目の回るような移り変わりを眺めながら、
商売って、ほんと簡単そうでいて、難しいなと思う今日この頃。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

昨年の夏にいったオーストリアのカフェ
ウィンナーコーヒー

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ザッハトルテが食べたいよ〜。やっぱり上海のお手軽カフェの
コーヒーもケーキもまだ、まだです〜。

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海外で働くって、言葉やスキルよりもタイミング?

なんでもスピードの速い新興国では、市場の変化とともに
労働環境の変化もスピードアップしています。

ゆえに、海外で就職しようと思っている人も、
ちょっと乗り遅れると、物価がぐんぐん上がっているのに、
あれよあれよという間に、自分の給料だけが、
実質下がってる?という、とんでもない結果に
なってしまうこともあるんですよ。

私が上海に住み始めた2002年ごろは、
これからの経済成長を見越して、外国企業の中国への再投資が
活発になってきたころで、日系企業は中国語を話す日本人を
とても欲しがっていました。

ところが、2006年ごろになると、すでに中国語を話す
日本人の数が増えてきて、日本人の労働条件は
以前に比べるとかえって悪くなっていたのです。

そして、2010年ごろからは、なんと“中国企業”に採用される
日本人が少しずつす増えてきているのです。

いままでは、日本人が中国企業に採用されても、
日本人のお客を取ってくるだけで、それが終わればそく首だよ、
という話をよく聞いてたので、私は心の中で
だいじょぶかな?と思っていたのです。

ところが、先日じっさいに話を聞いた
ある日本人女性の口からは
思わぬことが飛びだしてきました。

彼女はいま働いている中国企業の
給料にも働く環境にもとても満足しているのです。

日本人上司のように、細かくあれやこれやいわれなくて、
とっても気も楽だわともいっていました。

中国人社長(女性)といっしょに日本やドイツなどへも
よく出張にいくし、年に二回は日本へも帰省させてくれるんですって。

ということで、海外で働くとは言葉やスキルもさることながら、
働く国のタイミングを見きわめる、これってすごく大切なことかも。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。


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Webもリアルも楽してちゃ儲からない!

商売とは目の前にいる人にモノを売ることって、
ずっと思っていたけれど、ところが最近はどうでしょう?

いまやネットでモノを売ったり買ったりする人が、
世界中でぐんぐんと増えているんですってね。

しかし、私はというとネットでモノを売るという経験は、
日本でもしたことがないし、ここ中国でも始めたばかりです。

中国では日本と違って、お客様はまず商品について、
チャットであれこれと聞いてきます。この対応が重要です。

ただ、私はネットでのお買い物は大好きですよー。
Amazonなどには、買い物するたびにおどろくことばかり。

このあいだも、日本のAmazonで薬を見てて、
葛根湯の値段を見てびっくり!

まったく同じモノがその辺のドラッグストアーよりも
ずっと安く売ってるのですからね。

さて、ネットが苦手な私は、いままで雑誌やオンラインで
IT関連の記事はぜんぶスルーしてましたから(笑)。

その上、IT関連のメルマガなんぞが来れば、そくゴミ箱へポイッ!
こんな私がいまは必死でIT関連の記事を探しまくっているのです。

ネットで売るときに、何がいちばん難しいかというと、
流行っている店や参考になるやり方が見えないこと。

実店舗なら街へ出て、人がたくさん入っている店を
じーっと観察していれば、しだいにようすが
わかってくるものなんですけれどね・・・。

Webの場合はどこへ、どう探しにいけばいいのか?
そこがさっぱり見えない、わからないのです。

でも、何をしていいかわからないながらも必死で
糸口を探し続けていると、「なるほど!」と
ガッテンできる記事やブログを見つけることができます。

たとえば、 「ネタ帳」のような
いまの私とって超お役立ちブログも見つけました。

このようなブログや記事を、なんとか見つけだせば、
あとは芋づる式?にたどっていくと、知りたいことを
勉強できるチャンスは増えます。どんなことでもおなじ。

店を閉めた昨年の春からいろいろ準備をしてきました。
歩みののろい亀のようですが、一歩一歩前に進みます。


☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

和菓子を5つ買ったら・・・なんとっケースの中に折鶴が一羽!
京都の粋で奥ゆかしい「お  も  て  な  し」


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来てうれし、帰ってうれし

新年あけましておめでとうございます。

いまごろ、ごあいさつしてるなんて、2014年はスタートから
ちょっと出遅れちゃいましたね。まあ、ゆったりとスタートです。

というのも、今年のお正月は数年ぶりに
家族全員集合することができたんです。

ドイツから、上海からと日本にやってきて、
楽しくて、にぎやかで、とってもうれしかったけれど、
じぶんのことに使える時間はこれぽっちもとれない、
“てんやわんや”のホリデーだったからです。

ドイツからくる2歳半になるひ孫に会うのを
まだか、まだかと首をながーくして待っていた
京都の母にもみんなで会いにいきました。

母は会うたびに「遠いドイツに住んでるから、
もう会えるのもこれが最後ね」といいながら、
ちょこまかと動き回る愛くるしいひ孫を
目を細めてずーっとながめていました。

私にとっては孫娘ですが、まだ二歳半のベビーギャング。
泣いたと思ったら、ケラケラと笑いだすやら、
気に入らないといってはおもちゃを投げるわ、
ドイツ語と日本語でおしゃべりしまくるやらで、
お相手しているほうも気をぬくどころではありゃしませんでした。

孫娘に振りまわされているだけで、
クリスマス、年末、お正月と
あっというまの3週間が過ぎさりました。

孫は「来てうれし、帰ってうれし」というのを、
これほどひしひしと実感したのははじめてでしたね。

「抱っこー!」と手を差しだされるたびに、
やめときゃいいのに、ついつい抱っこした私。

いまその後遺症がでて・・・手首や腰や膝が、
いや、もう全身あちこちがミシミシと痛むのですぅ〜。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

年末に能登半島の先端にある
「ランプの宿」に行ったときの写真です。

荒れ狂う冬の能登半島
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波の花
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むかしはランプしかなかったお宿。
いまは消防法などで電気のランプだそうです。
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真冬に荒れ狂う日本海を見ながらの露天風呂?ちと寒い?
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日本人にはプレイボーイはいない

「日本人にはプレイボーイはいない」と言い切り、
そのプレイボーイとは、「少なく与えて多く取る能力に長じた人」
と定義付けた人とは、もっ、もちろん私ではなくて、
イタリア在住の作家である塩野七生(しおの ななみ)さんです。

欧州に住んで、今年で50年にもなる塩野七生さんの著書
『「日本人へ」危機からの脱出篇』の中にあります。

その中で「日本人は、老若も男女も関係なく、
馬鹿正直でお人よしで世間知らず」とも言い切っています。

これを読んだとき、「おおお〜、これ、これっ!」と、
わたしは思わず叫び、ひざを叩いていました。

じつは、私も長年にわたり海外に住まなかったら、
また、現地の人を相手に仕事をしてなかったら、
「悔し〜い」と歯ぎしりするようなこともなかっただろうし、
これらを読んでも「へえ〜、そうなんだあ〜」と、
サッラと読み流していたことでしょう。

ところが、上海に10年以上も住んで、日本の外で
悪戦苦闘している私としては、読み流すわけにはいかないのです。

日ごろのちょっとした交渉ごと、たとえば果物を買うときですら、
「私ってなんてバカ正直で、なんてお人よしなのよ!
これじゃ、いつまでたっても貧乏くじ引くのは私ばっかり?」
と、いまだに悔し涙(ちょっと大げさ〜)を流しているのですから。

そこで、これは日本にいるみんなにも知ってもらいたいと、
日本へ戻るたびに、家族や気心の知れた友人たちに、
「日本の外では、日本人はバカが付くほど正直で、
お人よしだから、それがアダとなり、交渉ごとでは
ことごとく損してるんだよ、もっと“したたか”にならないと」
と口を酸っぱくして力説しています。

ところがどうでしょう、私が言えば言うほど、
まわりはシラーっとしたムードになり、
それどころか、その場に居合わせた人たちは、なんだか
私が「悪い人」のように感じ始めているような、
そんなふんいきがひしひしと伝わってくるのです。

塩野七生さんもいっています。
日本人がプレイボーイになれないのは、もう民族の問題だ。
少なく与えて多くを取る能力を日本人は
本質的に持ち合わせていない、と。

だけどですねぇ〜、いまが鎖国時代ならともかく、
ネットですぐつながるグローバルな時代ですから、
日本人は悪知恵には悪知恵で対抗するくらいでないと、
世界を相手に生きていけなくなりますよ。

「日本人はもっとしっかり!」と思わず叫びたくなります。
もちろん、私も自分に向って、もっとしっかりせんかい!
と言いたいですよ、ほんまに。

⭐️今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。


上海でもお客さまはひとりずつ違う

目まぐるしく変化する大都会上海にいると、
つい、見失ってしまいそうになる「商い(あきない」とは?
という昔ながらのお商売のことを今日は書いてみます。

私が上海にやってきたころ、どこを見回しても人ばっかりで、
おどろきと共に、「わぁ〜いっ!ひとがいっぱいいるぅ〜」
と、すごく嬉しくなりました。

というのは、私が中国に移り住んだ目的は商売をするためですから、
やっぱり人は少ないより、たくさん集まってくる場所のほうが
商売をするには、いいに決まっていますからね。

上海に来て数年たって、出店の準備を本格的にはじめ、
上海市内の繁華街をあちこち歩きまわりました。

このときも「やっぱり人がいっぱいるわ〜、こりゃいいわっ」
と心の底から確信していたものです(笑)。

店をだして数年間、小売店をいくつか経営し、
人はいっぱいいるけれど、実際に買ってくれる人というのは、
そんなにいないや〜。いや、いかに少ないかということに、
あたりまえですが、気がつきはじめたのです。

それからは、きっと日本や世界中どこの国にもある小売店と
同じだと思いますが、あの手この手で売り上げを
あげる努力を必死になってやってみました。

しばらしくして、また、気づきはじめたことは、
上海に住んでいるけれど、上海人の生活スタイルを
私はほんとうに理解しているかということにです。

上海人とべったりといっしょに暮らしたり、
その家に上がり込んでじっくり観察したことがあるのか、
ということを考え始めました。

いくら私がいいなと思った商品でも、
上海人の生活では使われてないモノや、
地元の人の体に染みついたモノの価値感(値段の相場)
というものが、私にはわかってないのでは
ということに気がつきはじめました。

たとえば毎日の食事で使う食器を観察してみると
日本の小皿よりちょっと大きめなサイズの皿と
小鉢と箸とチリレンゲ、これですべて終わってしまうのです。
それ以外の形の食器はあっても使わないのです。

また、以前、中国の農家では、やっとの思いで洗濯機を買っても、
衣類を洗うのに使わないで、市場に出す前のジャガイモを
ゴロゴロと洗ったという笑い話のような本当の話がありましたけれどね。

いくら中国の人口は13億人とかいったって、
やっぱり、みなそれぞれ一人ずつの生活スタイルがあり、
ひとりずつが自分に必要なモノは何かを考えて買うのです。

変化の速い、競争の激しい上海の真っ只中で、
売り上げが伸びず、途方にくれているときに、
私がいちばん近くで長い間たずさわってきた
日本の家業である呉服屋のことが、たびたび頭をよぎりました。

我が家(夫の家業)は、1920年から続いている呉服屋で、
夫は三代目、息子で四代目になります。
ずっと高級呉服ひとすじで商いをしてきました。

ひとり、ひとりのお客さまの顔を思い浮かべながら
その人にあった着物を選び、お勧めするというやり方です。

やっぱり、なのごとも基本は人と人。
慣れ親しんだ習慣やその人の置かれている社会環境を
知らずしては、なにごとも始まらないのです。

上海の雑踏の中で気がついた商売の基本とは、
いつの時代もどこでも同じ。一対一なのかもと。

ただ、時代が変わると「商い」に使う道具が、
伊勢屋がいままでやってきたやり方とまったく違う
ということ、そこは大切かもしれません。

“PC(コンピューター)”の出現によって、
お客様とのコミュニケーションの手段はPCになりました。

このPCを使ってなにができるか、なにをするかは、
あなたしだい、私しだいですね。

変化の速い、国土の広い中国に身をおいていると、
なおさら強くPCとウェブサイトの活用を考えざるおえません。

いかに、ひとり一人のお客さまとコミュニケーションを取ることが
商いにつながっていくか、そうヒシヒシと感じる毎日です。

あれ嫌とか、これ嫌なんて、いってられないんですよ。
若くても、若くなくても“やるっきゃない”のですから。
と・・・自分に自分でにカツッ!を入れています(笑)。

※今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。


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