Toshiko Ise's Blog from Shanghai

上海・日本・ドイツを行ったり来たり

子どもの英語教育、それでだいじょうぶ?

もう、35年くらい前のことになりますが、
娘が13歳で単身ニュージーランド🇳🇿へ留学しました。

たった13歳だったこと、
親と一緒ではなく単身だったことなどで、
まるで鬼のような親だといわれたことも。

そんなまわりの人たちの反応を横目に
娘は英語ゼロで現地の中高一貫の女子校に入り、
寮に住みながら、当初の予定の1年間から
2年間に延長して大いにNZの生活を楽しみました。

さて、みなさんのご想像どおり
ここで娘は一生モノの英語を
手に入れたのはそのとおりなんですが、
それ以外、目に見えない多くのモノ、
生涯をとおして娘の人生に役立つモノを
ちゃっかりと手に入れていたのです。

すぐ、思いつくのは「物おじしない」態度、
誰とでも胸を張って堂々と外国語で
渡り合える、つまり議論できる態度です。

どうしても日本人は欧米人相手だと
へりくだってしまうんですよね。

翻って、アジア人(日本人含む)に対しては
横柄な態度に出たりする人もいるんですよね。

これはきっと戦後の日本の教育からきてると思うんですが、
西洋が上で、アジア人が下
みたいな態度を知らず知らずにとってしまってる。

私も含めてそんな感じがして
しょうがないんです。

いま娘はドイツ住んで
仕事しながら2人の子どもを育てています。

仕事をしていく上でも、ドイツ人同士の付き合いにでも
この誰に対しても物おじしない姿勢は
とても役立っていると思います。

ドイツでももちろん英語は役立っています。
会社でも英語は必須です。

例えば下記のように
思わぬところで役立ったりもしてます😆

15年くらい前、娘がドイツ企業に就職するとき、
ドイツ語は一切話せなかったのですが、
担当面接官は娘に次のとおりに言ったそうです。

「あたなはドイツ語はまだ話せないけれど、
これだけ英語が上手く話せるのだから、
きっとドイツ語もすぐ話せるようになるね」
と。そして採用されたそうです。

13歳のときにまわりからの反対を押し切って
NZへいって、心からよかったと思っています。

私が密かに心の中で望んでいたとおり
世界のどこででも堂々と胸を張って生きていける、
そんな人に育ってくれたのですから。

娘は日本とNZに育てられ、
いまはドイツに生活の場を移しています。

娘や孫たちの次の活動の場がどこの国なのか、
今からととても楽しみにしているところです。

今日も読んでくださってありがとうございます😊

移動は身も心もスッキリ

4ヶ月ぶりに亡夫と約40年間
一緒に過ごした家に戻った。

近所の人たちはいつもどおり
笑顔で歓迎してくれて、
あまりにも何もかもが
いつもどおりなので、
それも嬉しかった。

でも、わが家にはもう夫はいない。
ここだけはいつも通りじゃない。

家の中はシーンと
静まり返ってる。

夫と一緒に通ったスーパー
車で一緒に走ったいつもの道

幸いにも晴天だったので
夫が大好きだった白山が
ひときわきれいに見えた。

私が一緒にいく?というと
必ず一緒にいってくれた園芸店。

今回は丁寧になぞるように
一人でゆっくり歩いて行ってみた。

いまだに涙が出そうに
なるときはあるが、
今回はさらに心の整理が
ついたような感じがした。

なんか移動するたびに
身も心もスッキリしてくる。

心が次のステージに進んだような。
これはちょっと嬉しい発見!

さて、次回はどんな心境になるのか。
それはそれで楽しみだー。

まるで人ごとのようだけれど、
私にもまったくわからないから😅

今日も読んでくださってありがとうございます。

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今さらだけれどノマドに憧れる

いよいよそのときが来たかも……。
えっ!どんなとき?

ときどき移動しながら1年に2、3ヶ所で、
自由に暮らすという私の長年の夢が
実現するというそのときがね!

40年くらい前は、
桐島洋子さんの本を読んで
子どもたちと一緒に1年間アメリカに
住みたいと強烈に憧れた。

そのときは家族でアメリカに住むなんて
とうてい無理だったけれど、
まさにこの思いつきが私の子育ての原点と
いってもいいすぎじゃない。

次に30年くらい前、
邱永漢さんのこれからは中国だ、
上海で一旗あげようという本を読んで
いまだ!と上海まですっ飛んでいくという
破天荒なことをやっちまった。

ときには、大橋巨泉さんの本を読んで、
日本の冬には南半球にある暖かいNZに住んで、
NZの冬は日本に住んでなんて生活にも憧れた。

なかなか実現できないでいるうちに、
子どもたちは巣立ち、一年半前には、
夫もひと足先に別の世界へ行ってしまった。

そこで一人ぼっちになった私は
一年ほどはクヨクヨ、メソメソしてたけれど、
なぜがこの頃、急に目の前がパーっと明るくなってきた。

そう、なんかしらないが、
やる気がもこもこと身体の奥底から湧いてきた。

そう!いよいよ最後に私の夢が実現できる
かもしれない条件がいま整ったんだ。

好きなように、あちこち移動しながら、
暮らすという若い頃の夢が❗️

さあ、それに向けて準備することにしよう。

今日も読んでくださってありがとうございます😊

これぐらい身軽で移動したい😆
松山で🍊を買うところね

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5年後の在りたい自分を想像して決める

性分なんだろうけれど、
私って思い付いてから
行動に移すまでに
時間がかかる。

だから、最近は自分で自分に
きつく言い聞かせてる。

もう、残り時間が少ないんだから、
こんな調子で生きてると、
あっという間に人生は終わっちゃうと。

やはり決断にいちばん時間がかかったのは
上海移住を決めたとき。

子どもの頃に海外に住みたい
という夢を抱いてから、
実際に上海に渡航するまでには、
何十年もかかったから。

まあ、それは人生の一大決心を
自分一人でしたんだから
しょうがないとしても、
日常の些細なことでも、
案外お尻が重たい人なんだ。

昨年末から年始にかけて
2ヶ月弱ドイツ🇩🇪に滞在して、
娘の何事に対する決断と素早い行動力を
目の当たりにして、ハッと気づいた。

娘のことはいつも見てるんだけれど、
今回は特に強く感じた。

私にはもう夫がいない。
だから、自分で行動を起こさないと、
近所への旅行さえ行けない。
あんがい頼ってたんかなぁ〜私って。

今更ながら
あちゃー😣だわ。

ということで、これからはやりたいことは
さっさと行動に移すことを
最重点目標にして生きていく。

悩んだ末に決断するとき、
いつも私が取る方法がある。

いまこれをしなかったら
5年後の私はどう思うか?

後悔すると思えばやる!
別に〜と思えばやらない!

今日も読んでくださってありがとうございます😊

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子どもの時間を大人は奪えない

先日、Xに下記のような投稿をした。

「話す機会が少ない若いお父さんと話した。
10歳のお嬢さんは週2回も塾に行ってるんだって。
それも一回3時間、夕方5時〜8時まで。
途中で食べるお弁当持参で。
それを聞いて口をあんぐり開けて
びっくりしてる世間知らずの私」

学校で勉強してきて、家に帰ってきてまで
また、3時間も勉強するなんて、
どうして子どもは嫌だ!と拒否できないんだろう。

と、お父さんに聞いてみると、
子どもが行きたいというんです。
なぜかというと、中学受験をしたいから。
私立の中学校に入りたいから。

だから子どもも嫌とはいわないで、
中学受験が終わるまで塾通いするらしい。

時間は有限。塾や習い事にいっていれば、
社会性を育む友だちと遊んだりする
貴重な時間は消えていく。

これってほとんどの親は子どもが自ら
希望してるというけれど、
これは勘違いだから。

これを子どもにいわせてるのは、
あくまで周りの大人であり、社会であり、
社会のシステムのせいだから。

親はいったい子どもが自立していくのに、
どのような支援をできるかを、
きっと自分の頭では考えてない。
まわりをキョロキョロして見てるだけ。

私立の中学校へ入り、
大学まで芋づる式に出て、
その後はどうしたいの?

その頃には日本が、あるいは世界が
どんな風になってるかなんて
そんなの誰にもわからない。

だからこそ、子どもの自立、
生きていく力、人間力を育てることに
親は全力を上げるべきだと
私は思う。

いまだけ、日本だけのお受験に
親が振り回されてどうすんの。

社会はすぐには変わらないというのは、
30年前から知ってるけれど、
まずは親がなんとかしようと思えば、
真剣に自分の頭で考えれば、
いくらでも方法があるのではと思う。

まあ、日本の社会は横並びが
とことん好きな社会だからね〜。
それの方が安心できるのも確か。

もし、子どもが別の国や社会で育っていたら、
まったく違う考え方で生きていると思うよ。

例えば、塾もないドイツなら10歳の子は
放課後はほとんど友だちと遊んでる。

ちょっと頭を上げて、広い世界を見て!
ヒントがあちこちに隠れているから。

今日も読んでくださってありがとうございます😊

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英語が世界へ連れていってくれるー(2)

じゃ、なぜ今さらまた英語なの?
と思う人も多いのでは?
実は私もそう考えてた時期もあった。

何を今さら?もう、話せるんじゃん。
(いえ、いえ、まだまだ足りませんが…)

とも思うんだけれど、
ここで、いよいよ人生の究極の目的である、
「いまを楽しむ」と考えると、
もっと英語力が増すと
見える世界は一気に外へと広がるのでは?
と考えてみるといいのでは。

私の人生をさらに楽しむために、
人生で初めて!という
ドキドキ・ワクワクする
機会をできるだけ増やすために。

いままでよりも螺旋階段をもう一段階
高見に上がって、そこで生きてみようか。

きっと、それがいい。
なんとなく直観だけれど、そう感じる。

英語が今よりももっと話せたら、
もっと聞けたら、もっと楽しい時間が
多く持てるに違いないと。

いまは孫たちがいるドイツを中心に
欧州に滞在する機会が他国より多い。

ドイツでは家族や娘の友人などとの
パーティに参加する機会もある。

ドイツ語は無理でも、私がいると
どの人もドイツ語からすぐに英語に
切り替えてくれるから英語でなら交流できる。

いまは自分の時間は持て余すくらい十分あるんだから、
英語でYouTubeを見てもいいし、
字幕なしの映画観てもいいし、
毎日のちょっとの努力で、
数ヶ月したら、必ず上達できるというのは
すでに何度も経験済み。

最後に私の密かな夢をこっそりここで打ち明けると、
もう一人だから、誰に気兼ねする訳でもなく
またどこかの国にも住みたいなと思ってる。

例えば、日本に3ヶ月住んだら、今度はどこかの国に
数ヶ月住んでというような暮らしがしてみたい。

ヘヘヘ😅あくまでも、夢ですからね〜。
なんでもいったもん勝ち。

今日も読んでくださってありがとうございます😊






英語が世界へ連れていってくれるー(1)

なぜか子どもの頃から好奇心が強く、
常に興味を抱いていたのは、
まだ見ぬ海外への憧れ。

それがこうじて、小学校4年生の頃は
誰に言われた訳でもないのに一人で電車に乗って
2駅向こうの修道院まで英語を習いに行っていた。

海外にペンパルを求めて文通もしてた。
いまじゃ文通って???
なんじゃらほいって感じだけれど。

なぜかお相手がマレーシアの男の子で、
日本以外の世界はぜんぶ米国と思い込むほど
私は日本のTVに洗脳されてたから、
マレーシアから送られてきた
男の子の写真を見てちょっと驚いた。

一つの大きな転機は、18歳の時に幸運なことに
ドイツで夏休みの間ホームステイをさせてもらったこと。

このときも英語さえ話せればと、気軽に考えてたら、
おっとどっこい!みんなドイツ語を話していてびっくりした。

いい意味で大大ショックを受けて、
まずは英語だ、それでないとお話にならない、
なんとしても英語を話せるようになってやる!
と一大決心をして帰国したのをいまでも覚えてる。

その後、結婚、家業の手伝い、子育てで
大忙しの日々。

ある日、ふっと頭によぎったことは、
このまま私の人生は終わっていくの?
私はまだ何もしたいことをしてないじゃんと。

そのとき英語さえ話せれば、
きっと英語が私を再び世界へ
連れていってくれるのでは?と勝手に考えた。

そこから家事のあいまに、ラジオ英会話を聴いて、
英語を必死に勉強する日々が始まったというわけ。

次に中国語を勉強する気になるまではね😉
そして、いままた英語へ😂
そのことはまた書きます。

今日も読んでくださってありがとうございます😊


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わーい🙌一人旅だよーん

わーい🙌わーい🙌
自分が楽しむだけの目的で、
ひとり旅にいってきた〜。

そう、ちょっと大げさかもしれないけれど、
私にとってはそれだけ嬉しいことなの。

ある日、突然夫が亡くなってから
やる気いっさいなしから、
えっ、ちょっとやる気出てきた?
となるのに一年5ヶ月もかかった。
長かったなぁ〜。

未亡人というのは
残りの人生をこんな感じで
生きていくんか?と
まるで悲劇のヒロインのような気分に
なってた時期もあった。

そこへ海外から松山市に
一時帰国している友だちから
2月末くらいまでは松山にいるよ
という連絡をもらった。

じゃ、いま会いに行かなくちゃ!
と、そこで重い腰がふわっと浮いたわけ。

まあ、女性2人で大笑いしながら
4日間喋りっぱなし!

いま日本にいるのも忘れて、
まるで上海にいるかのように。

二人は上海で戦ってきた戦友なの。
私は上海へは2002年から
彼女は2006年から住んでたから

お別れには、もう、二度と会えないかもと思いながら、
思いっきり何度もハグして別れた。

どんなときにでも、気持をしっかり込めて
これが最後かもと思いつつ
真剣に別れるのはとっても大事。

夫との突然のお別れの後は、ずっとこのことを
頭において、誰とでもバイバイ👋してる。

⭐️一期一会⭐️

今日も読んでくださってありがとうございます😊

道後温泉にて

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わーい🙌松山名物の鍋焼きうどん

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ファッションから冒険してみては?

日本人は石橋をいくら叩いても
渡りもしないという人がけっこう多い。

学生時代の友だちは
長い人生をとおして
ずっと安定を求めて
冒険などいっさいしない
という人も多い。

ところが、先日会った人は、
82歳で昨年キリマンジェロに挑戦した。

残念ながら4200mで断念したそうだが、
その勇気には拍手👏をおくりたい。

やはり挑戦しない人は臆病だと思う。
私などは一回きりの人生なんだから、
おもいっきり楽しまないとソンと
思ってしまうほうだ。

だけど慎重に生きてきた人が
いきなりキリマンジェロを目指す
冒険などできるわけがない。

もし、いま退屈だとか、
毎日がなんか物足りないと感じてるのなら、
まずは少しずつ自分のリミッターを
自分で外して行くことをお勧めしたい。

他人に外してもらうのはよくないよ。
ちょっと背中を少し押してもらうのなら良いけれど。

まずはおしゃれからリミッターを外してみるのは
どうかな?と私はいま考えてる。

今まで着なかった色や形の服を着てみる。
言うのは簡単だが、これがなかなか難しい。

例えば、昨日私が冒険しようと思って
残念ながら、やめてしまったことは、
張りのある生地のギャザーがたっぷり入った
真っ赤なロングスカートを買わなかったこと。

色が黒色ならなんの躊躇なく買っていた。
だけど、黒ではあまりにも普段どおりで、
ちっともドキドキしないのよね。

いつもと違うおしゃれ!
それこそ私だけの密かなチャレンジ!
ふっふっふっ…🤣🤣

今日も読んでくださってありがとうございます。


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やっとひとり旅に出る気になってきた!

夫が別の世界に旅立ってから一年ちょっと過ぎた。
いま思えば、あれからずっと下向き加減で
歩いてきたような、なにをするにも
心ここに在らずという感じだったかもしれない。

まあね、人の歩く速度なんて、人それぞれだから、
それはそれでいいやっと思っていたけれど、
この頃やっと、ちょっとやる気が出てきた。

というのは、上海時代に仲良くしていた
日本人女性がいま故郷にしばし戻ってる。

彼女の故郷は、私がまだ訪れたことのない
愛媛県の松山市!

あら!千と千尋のモデルになったのではないかと
いわれている温泉地の一つなのだ。

ということで、えいやっ!と、寒い冬にもかかわらず
松山観光に行くことにした。

いまの私が日課にしていることは、
何か一つでいいから
「初めてのことをすること」。

初めての道を歩くでもいいし、
初めてのカフェに入るでもいい。

ほっとくと惰性で生きてしまういまの私なので、
なんとか新しいことを取り入れて
全身に刺激を与えて老化を防いでやる!
という試みの一つなのだ。

伊丹空港✈️から松山へ。
私が一人で行く最初の旅。

思い出に残る旅になるよ、きっと😉

今日も読んでくださってありがとうございます。


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