Toshiko Ise's Blog from Shanghai

上海・日本・ドイツを行ったり来たり

ウィーン3兄弟ヘーデンボルグ

🎍明けましておめでとうございます🎍

今年は日本で静かなお正月。

さて、年末をドイツで過ごす機会が増えた我が家では、
最近、新たに恒例になった習慣と、
もう、やめっちまえ!と廃止した長年の習慣がある。

恒例になったのは、
新年にウィーンフィルハーモニー管弦楽団の
「ニューイヤーコンサート」を聴く(観る)こと。

ウィーンから世界90各国にライブで配信されるので、
離れているドイツの家族と同時に同じものを楽しめる喜びは大きい。

やめちまったことは、
意味のない日本の商業ベースのクリスマス。

幸いなことにというか、いま我が家には小さい人たちが
いないので、えいやっと実行できた。

ということで、年末にはお正月の準備だけに専念でき、
なんだかすっきり感が気持ちよい。

このニューイヤーコンサートを見ていて、
ここ数年、気になり出したのが、バイオリン奏者の中に
日本と欧州の血が混ざった人がいるのでは?ということ。

その人たちがどんな人なのか、今年の番組の中で、
やっとはっきりとわかったので、ちょっとうれしかった。

なんと今年、第1バイオリンの中にいた人は
「ウィーン3兄弟ヘーデンボルグ」の中の長男。

昨日、ウィーンからの生中継で解説をしていたのが、
次男のチェロ奏者。日本語もとっても上手だった。

彼らがウィーンに生まれ育ち、音楽家の道を歩みながら、
ちゃんと日本語も操れるようになったということは、
日本語を母語とするお母さんの功績は
非常に大きいと改めて感心してしまう。

ドイツで生まれ育つ我が家の孫たちを観察していると、
母親が日本語で話すのを諦めたとたん孫たちの日本語上達は
止まってしまうというのを、嫌というほど知っている私としては。

この3兄弟は昨年あたりから、日本での活動もはじまったらしい。

欧州でも日本ででもいいから、
ぜひ、聞いてみたいなぁという気持ちが
最近の私にしてはめずらしく、フツフツと湧き出てきた。

これはいいことだね。

もう、是が非でも行きたいとか、
是が非でもやってみたい、
という気持ちは湧き出てこないのかな?
と、最近、チラッと心をよぎったことがあったものですから。。。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

image















老人が働かなければならない日本

上海から日本へ戻るたびに、
あるいはドイツから日本へ戻るたびに、
日本は活気の失われた老人の国になっちゃった〜と、
ちょっとさみしい気持ちになる。

まず、日本の玄関である空港に着いたとたんに
それを実感させられる。清掃員やトランクなどの大きな荷物を
リムジンバスに乗せる人がもうかなりお年寄り。

なんだか気の毒で、若くもなく、さほど体力のない私でさえ、
自分でやろうかしらんと思ってしまうくらいだ。

これは海外から日本に来るひとたちも
みなが声を揃えて言っていること。

日本に初めて観光に行ってきたという中国人に、
日本はどうだった?と聞くと、

開口一番に、お年寄りが多く働いていて
びっくりした〜という答え。

それも重い荷物を運んでくれたり、
旅館の下足番などをしてせっせと働いたことに、
驚きと戸惑いを隠せない感じだった。

それもそうだね。中国ではお年寄りは働かないし、
その上、お年寄りを大事にする中国人から見れば、
アジアで唯一の先進国の、それもお金持の国だと思ってる日本で、
高齢になってまで、どうして働いているの?
と不思議で仕方がないのだ。

65歳を過ぎると体力も気力もガタンと落ちるし、
まともな仕事の求人など、どこを探してもない。

いくつまで生きるかわからないし、
少ない年金だけではとても暮らしていけないのだから、
どの高齢者も生きるために、仕方なく働いているのだ。

好きで働くのと、働かざるおえないのとは大違い。
職人さんなどの特殊な職業は別として、
誰も高齢になってまで、若い人の荷物なんか、
運びたくないと思う。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。


image










人のことなんか知ったこっちゃないというドイツ人

Dusseldorf から南へ列車に4時間乗って
Baden-Badenへ行ったときのこと。

さて、その列車の中で感じたこと。

分厚いコートで着ぶくれした巨体ドイツ人たちが、
それぞれかなり大きな荷物やスーツケースなどを持って乗車してくる。

列車が駅に停車するたびに、車内はしばし身動きがまったくとれなくなる。
乗った列車はチューリッヒ行きだから、みんな荷物が多いのは当然かも。

人をおしのけて前に進むということは、決してしないのがドイツ人。
かといって人のことを考えて「さっさとする」ということもいっさいしない。

だから、発車してから20分以上たっても、まだ指定席に座れなくて、
みんな荷物もって通路でモタモタしている。

人のために自分が譲ろうなんて気はサラサラないけれど、
人のやっていることには口だししないで、じっと待つという感じか。

日本で例えるなら、
「私はあなたのことを考えて譲るから、あなたも譲ってくれない?」
という気持ちがどんどんエスカレートしていき、
「当然、譲るべきじゃないの?」となり、譲らない人には、
変な圧力をみんなでかける、ということになるのかも。

それにしても、ここまで自分のことだけを考えられるなんて、
そうではない日本人の私から見れば、
なんとも

「すがすがしく」

さえ、思えてくるんだわ〜。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。


image

ママが留守のドイツでてんやわんや

前回のドイツ滞在から1ヶ月くらいしかたってないが、
また、先月末からドイツに来ている。

夏のドイツに比べれば、冬の気配がする暗いドイツは
ちょっとつまらないなあ。。。

まあ、いまはそんなことも言ってられない。
今回のドイツでの私の最大のミッションは
娘が出張でアメリカに1週間行くので、
助っ人としてベビーシッター兼家政婦。

日頃は遠くに離れていて、あまり助けてあげられないし、
今回は育休明けのはじめての出張だから、
娘のキャリア継続のためにも、私がひと役買うことに。

というわけで、6歳と1歳半の孫2人に
振り回されるここ1週間になりそう、いや、もうなってる。

まあ、孫といっても、それぞれの年齢に応じて、
しっかり知恵が、いや悪知恵が働くからね〜。

ドイツ語がわからない私は、ちょっとうっかりすると
コロッと騙されるので、毎日油断大敵なのだ。

パパの日本語も大したことないし、
孫娘の日本語を話す能力も、まだ、まだだし、
いやいや期がはじまったばかりの1歳半は、
我が物顔で造語をひとりで話している。

何をするにも誤解が付きまとい、私が理解できない
ドイツ語中心の生活が、わけのわからんままに過ぎている。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

26C9AB13-56B6-4F45-93C8-5546A7E2DB87











ドイツのモンテッソーリ小学校混合クラス

ドイツの学校制度は日本とはだいぶ違う。
だから、理解するにもちょっとややこしい。

学年が進んでいくとだんだんわかってくると思う。
とにかく、小学校は4年生までしかないので、
あんがいさっさと終わってしまう。

授業は午前中のみ。これも日本とはえらい違い。
ということで、一年生からから四年生までが
日本の小学生にあたるのかな。

ほとんどの学校が公立で、近所の行きたい学校を自分で選ぶ。
親子面接などがあり、入学できる人数なども考慮して学校側が選ぶ。

孫娘の通っている学校はモンテッソーリ教育を実施している。
クラスは混合で、1学年7人で4年生までの合計28人が1クラス。

なんと1クラスはたった28人なんて、羨ましい限りだわ〜。
全校生徒はほぼ100人と小規模。

その割には校舎が大きい。いったいどんな施設があるのかなあ。
まあ、通っているとだんだんわかってくるだろう。

混合クラスだから、年上のお姉さんやお兄さんが
新入生の面倒を見てくれている。

孫娘も入学と同時に振る舞いや話し方がお姉さんぽくなってきた。
きっと同じクラスの自分よりもはるかになんでもできる
お姉さんたちを羨望の眼ざしで見てるんだね。
やはりまわりの子どもの影響は大きい。

モンテッソーリ教育の授業の中身も
次第にわかってくるから、それも楽しみ。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

入学式前日の準備の様子

image

ドイツのモンテッソーリ小学校 △垢討な入学祝い

ドイツで小学校1年生になるときにもらうお祝いが
なんともユニークなのでここでちょっとご紹介。

なんと、これが1810年ごろからあるドイツの伝統的な習慣らしい。
いってみれば、小学校入学時にもらうプレゼントなんだけれど、
プレゼントを入れるケースがなんともユニークな形をしている。
見かけたときにはなんじゃこれ?と思ったくらいだったから。

参考写真
image












最近ではドイツ語圏のほかの国、オーストリアやスイス
にも広まっているらしいから、微笑ましいよね。

もともとは、甘いおやつをたくさん詰めて、
人生の学業の始まりを楽しみにさせる試みのようだったらしい。

ということで、わが家でも新しい文房具、本、洋服、おやつなどを
両親や両祖父母がせっせと準備した。

ドイツの親戚からの50ユーロ札なども入っていて、
へーえ、現金もいれるんだとちょっと驚き。

この三角コーンのようなケースは
ドイツ語でSchultute(シュールテュータ)と呼ぶ。

手作りする親もいるらしいが、
今回は娘がネットで名前入りのモノを注文して作ってもらった。
標準的な大きさは60センチ。
これでも大きくて持てないくらいだった。

入学式当日はそれを自慢げに学校へ持っていく。
別にそれで何をするわけでもなかったんだけれどね。

でも、それを見た周りの人たちは、
あらっ!あの子は今日から1年生だわっ。
という感じでニコニコして声援してくれてる。

本人は得意満面の笑顔で誇らしげに歩いている、
とこんな感じだった。

私なんかは、ただ持っていっただけなのか・・・
と、思ってしまったけれど、
そんなことをしてみたいのが、子どもなのよねー。

入学式を終えて家に戻り、近所のお友だちも呼んで
お祝いのパーティをして、もらったプレゼントを
ぜーんぶ開けて大喜びしてた。

プレゼントの写真を撮り忘れたトンマな私😂

☆今日もブログに着てくれて、ありがとうございます。

孫娘の大好きなドイツのオマ(おばあちゃん)とオパ(おじいちゃん)

image

ドイツのモンテッソーリ小学校 ‘学式

ドイツでは小学校へ入学するときには
家族で盛大にお祝いするのが慣わしになっている。

入学を迎えるための準備の様子を娘から聞いていると、
日本とはずいぶん違い、けっこうたいそうなのでは?
という予感はちょっとはしていたんだけれどね。

やはりそうだったよ。

ある日、娘が言いだした。
小学校の入学式にはドイツの祖父母も出席してくれるから、
日本からもぜひその日に合わせてドイツに来て欲しい、とのこと。

それならということで、ドイツと日本の両祖父母が
孫娘の入学式のためにデュッセルドルに集合することになった。

ドイツ人の息子は旧東ドイツ出身なので、両親は
車で5時間くらいかかる地方から“はるばる”
デュッセルドルフ にやってくる。

まあね〜“はるばる”といっても日本の祖父母はジェット機に
乗って11時間くらいかかって来ているのだから、
どちらかというと“はるばる”はこちらのほう。

さて、入学式そのものは、日本のような格式ばったことは
一切なく、いたって簡単で良かった。

もちろん校旗や国旗などはないし、校歌もなかった。
もともと校歌なんてないんちゃうかなとも思うが…

来賓挨拶なんて、退屈なものもないし、
そもそも来賓なんてどこにもいないし、
この入学式の主役はなんといっても新入生だからね。

校長先生が簡単な挨拶をして、
在校生が歌と寸劇で歓迎してくれる。

新入生は1人ずつ壇上に名前を呼ばれてあがり、
ひとクラス分の7人がそろうと、担任の先生が紹介されて、
先生と一緒に壇上から各自の教室に去っていって終わり。

子どもたちの、
子どもたちによる、
子どもたちのための

心温まる入学式だった。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

写真上 在校生たち
写真下 新入生たち
imageimage










ドイツのモンテッソーリ教育

14年前に娘が突然「私、ドイツに住むわー」と言いだし、
あっという間にドイツのデュッセルドルフ にいってしもうた。

おかげさまで、それ以後わが家では、夏は蒸し暑い日本を離れ、
涼しいドイツで過ごすというのが習慣になったのは、
せめてものもっけものなのか。

もう一つおまけに気の良いドイツ人息子が、
ドイツ各地を始め、欧州のあちこちへ
気ままに旅行に連れて行ってくれるという
なんともいえない幸運にも恵まれている。

孫が産まれてからは、そうお気楽に
あちこち旅行するわけにはいかなくなった。

それでも、休暇を楽しむドイツ人の習慣というのにうまく便乗して、
安くて清潔感のあふれる自然がいっぱいのホリデーハウスに
長期滞在しては欧州を楽しませてもらっている。

だが、昨年の5月には2人目の孫が誕生し、
今年の9月からは孫娘が小学校1年生になり、
自由気ままにあちこちへというわけには
いくらなんでもいかなくなっちゃった。

ということで、これからはドイツでは
デュッセルドルフを中心に滞在しながら、
孫たちが通うドイツのモンテッソーリ教育施設を
じっくり観察してみるかな、
と私ひとりでチャッカリたくらんでいる。

この夏はさっそく小学校の入学式に参加した。
日本と比較すると何もかもがちがい、
どんどん興味がわいてきた。

幼稚園や小学校をしっかり観察すると、
ドイツのどの部分を見るよりも、
ドイツの底力を見せつけられているような気がしてくる。


いろいろ観察したことをこのブログに書いて、
ぜひ、日本にいるみなさんにも知ってもらいたい。

そして、良いところは、
ぜひ、役立ててもらいたい。

幼少時代をどのように過ごすかは、
扇子の要のようなもので、人間の基本のキの部分になる。

どこの国でも両親は仕事と子育てで、
ターボエンジン全開で頑張ってるから、
いちいち書いている暇なんてないのは
百も承知している。

だから、暇な私が観察しながら、
書いてみようと思っているところ。

☆今日もブログにきてくれて、ありがとうございます。

写真は通ってる小学校の校庭

image

感動や経験は心の中に残る絵本

心の中になるべくたくさんの種を蒔いておくといいね。
その中の1つは大きく成長して木になるかもしれない。
あるいは小さい花をひとつだけ咲かせてくれるかもしれない。

心に残る経験や感動をたくさん持っている人は、
何にも変えがたい財産をたくさん持っているようなもの。

若いときや忙しいときには心のどこかに、
潜んでしまっているかもしれないそれらの思い出。

一生出てこないかもしれない。
でも、それはそれでいいんじゃないかな。

高齢の母はさっき話していたことも忘れてしまっているけれど、
子どものころのことはとてもよく覚えてる。

手先で覚えたこと、お料理や縫物などもとても上手。
ただ、数年前にiPadを買ってあげたけれど、
これは習うのが、ちと遅すぎたなぁ。。。残念だが使えない。

子どものころは京都御所が遊び場だったとか言いながら、
遠い昔の思い出が次々と絵になって頭に浮かんできているらしい。
それを一緒に絵本を見ているように私にも話してくれる。

母はもうひとりではどこへも行けなくなったので、
いま有り余る自分の時間は昔のことを思い出して過ごしているかのようだ。

お金なんてどれだけ沢山持ってても、どこへも自分で行けなくなったら、
もう、ほとんど使いようがないんだね。

でも、子どもの頃の思い出は命が消えるまでの
静かなひとりの長い長い時間のなぐさめになっているのかも。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

image

日本はいまだに女性が生きにくい社会

日本は女性がいかに活躍しにくい社会か、
いや、いや、なにも活躍しようなんて思わなくても
ただ、ふつうに生きようとしても、生きにくい社会なんだよね。

さらには、女性ですら、そのとこに気が付いてないというのが、
とても残念で仕方がない。もっと活躍できる素晴らしい女性がたくさんいるのに。

私も日本で生まれ育ったので、長い間ずっとこんなものだと思ってた。
英語で様々な記事を読んだり、海外での話はいろいろ聞いていて、
海外の事情も少しは理解していたつもりだった。

ただし、それは自分が日本を出て、海外に暮らし働くようになるまでの話。
実際に上海で働いてみて、先進国でもある日本が、
まさか、ここまで普通じゃないとは思ってもみなかった。

日本の外へ出て、そこでしばらく生活すれば、
女性ならだれでもすぐに気がつくと思うよ。
それだけ違うということ。

日本の外では、例えば欧州やNZやオーストラリアや上海でも
女性だからこうしなさいとか、ああしなさい、
ということは社会からは言われない。

日本はというと、女性だから女らしくしてね、
なんていうことを社会全体から強要される国なのだ。

女は黙ってろとか、ちょっと反対意見をいうと生意気だ、
みたいなことを、会社などでは、さすがに口では言われないが、
暗黙のうちに、だれかれなしの態度に現れている。

これはきっと日本の男性に話してもなかなか理解できないと思う。
だって、男性は一度たりとも、女性だけが感じるような
居心地の悪い目にはあったことがないからね。

1つ例をあげると、中国では男女関係なく、
その人のポジションで上司なのか部下なのかを判断する。
これはすごく当たり前のこと。でも日本ではそうではない。

日本で会社訪問に行くと、女性の名刺に社長と書いてあっても、
一緒に来た男性社員の顔ばかりを見て全員が熱心に話をするんだから。

これは私が中国と日本で何度も経験してきたこと。
もう、腹も立たなくなってしまったけれどね。

もちろん、女らしい人は素敵だし、私も好き。
でも、強要される女らしさはまっぴらごめん。

☆今日もブログに来てくれて、ありがとうございます。

image






最新コメント
Profile

Liz

Archives