日本観光ミシュラン

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沖縄

上比屋山遺跡

【県史跡】上比屋山遺跡(沖縄県宮古島市)☆
海岸近くの小高い丘の上に立地する14〜15世紀の広大な集落跡。「ういぴゃーやまいせき」と読む。遺跡内から中国製の磁器が出土することから、その成立については諸説あるが、はっきりしたことは分かっていない。確かなのは、この地に今なお御嶽と拝所が数多く存在し、神聖な場所であり続けているということだけである。
遺跡は森の中にあり、道標に乏しく道に迷いやすいので注意。見るべきは三棟の祭場だ。石灰岩を積み上げて壁とし、その上に茅を葺いた原始的な造りで、南太平洋のどこかの国を訪ねたような心持ちになる。
特筆すべきはこれらが現役の施設であり、籠りの儀礼に使われていることだろう。いずれも近寄りがたい雰囲気があるが、立ち入り禁止にはなっていない。
・ウイウスムトゥ
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・クスウイピャームトゥ
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・ウイピャームトゥ
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内部はゴザ敷で、北面に香炉が切ってある。オリオンビールのビールケースや、地元の泡盛「多良川」の空き瓶などが置いてあって微笑ましいが、屋外には焚火の跡があり、儀式が執り行われる場であることが分かる。
沖縄県でこれほどオープンな「聖地」は珍しい。民俗学好きには必見のスポットだろう。

住所 〒906-0108 沖縄県宮古島市城辺字砂川
時間 :見学自由
料金 :無料

仲宗根豊見親の墓/知利真豊見親の墓

【重要文化財】仲宗根豊見親墓(沖縄県宮古島市)☆
海に面して建つ、壮麗な墳墓。大和井とは別種の趣がある、宮古島随一の石造建築だ。急勾配の石段と、最上部の石柱の列がマヤ遺跡のミニチュアのようで面白い。15世紀末、宮古島を初めて統一した仲宗根豊見親が父の霊を弔うために建造した墳墓である。
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これは宮古独特の『ミャーカ』と呼ばれる巨石で四方を囲い、天井を石で覆う墳墓と、沖縄本島の横穴式墳墓との折衷様式で、非常にユニークだ。今なお水をたたえる敷地内の降り井戸は、洗骨のためのもの。中央に見える開口部の中は円形で、前後に2室が設けられ、手前に棺、奥には洗骨後の骨甕を安置している。
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この墓は過去の遺物ではなく、仲宗根豊見親の子孫たちに受け継がれ、今も使用されている。宮古の歴史が凝縮された、歴史好きには必訪のスポットだ。

所在地:沖縄県宮古島市平良字西仲宗根真玉3-4
見学自由

【重要文化財】知利真豊見親の墓(沖縄県宮古島市)☆
知利真豊見親は仲宗根豊見親の三男。仲宗根豊見親墓の左隣にあり、様式も似ている。はっきりした違いは『ツンプン』、沖縄本土でいうヒンプン(家の門の内側にある魔除けのための目隠し)を構えている点にある。
仲宗根豊見親墓に比べシンプルな造りで地味な印象を受けるが、分厚い石垣の精巧な石組みは見事と言うほかない。
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所在地:沖縄県宮古島市平良字西仲宗根真玉3-4
見学自由
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下地島の通り池

【名勝】【天然記念物】下地島の通り池(沖縄県宮古島市)☆
下地島の西海岸には、カレンフェルトと呼ばれるカルスト地形がみられる。秋吉台のように風光明媚ではないので有名ではないが、とにかくこのあたりは石灰岩だけでできている。
そうした草原が広がる平坦な台地上に、瞳のようなふたつの池がある。海側の池は直径75m、陸側の池は直径55m、水面からオーバーハング気味に切り立つ断崖がダイナミックで、火口湖のようだ。
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このふたつの「池」、実は地下で連結していて、さらには海ともつながっている。「通り池」という名の由来である。海に通じる鍾乳洞の天井の一部が崩落してできた珍しい地形で、周囲の植生も学術的に貴重なことから、国の名勝と天然記念物の二重指定を受けている。
水深は40mほどもあり、池の水は紺色〜群青色を呈する。写真を撮るなら、日光が水面に届く昼間が良いだろう。私は暑さを避けて朝早く訪ねたので、こんな写真しか撮れなかった。
なお、駐車場から続く木道は、通り池からさらに奥へと続いているが、何もない所で唐突に途切れる(台風で破壊されたらしい)。この先には「鍋底池」という池があるそうだが、カルストの草原の中、道なき道を進む勇気がなかったので見ていない。

所在地:沖縄県宮古島市伊良部字佐和田
見学自由
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