宇陀市議会から地域を変える。 勝井太郎の地域活性化挑戦日記。

最年少の宇陀市議会議員勝井太郎の日々の報告

2010年07月

インターン生より

勝井事務所には、2名のインターンが夏休み期間きております。
今日は、そのうちの1名を紹介したいと思います。
以下、インターン生の川崎さんの挨拶です。

初めまして。インターンシップ生の川崎理瑛と申します。
8,9月の2ヶ月間、勝井議員の下で活動させていただくことになりました。
現在、大阪教育大学の4回生です。

大学最後の夏休みを利用して、
議員インターンシッププログラムに参加することにしました。

現時点では、お恥ずかしながら、政治に関する知識は浅く、
日々、報道される政治のニュースを見ても、分からないことが多々あり
ます。

しかし、社会を構成する1人として、政治の世界を知り、
しっかりと自分の意見を持ちたいと思うようになりました。
インターンシップを通じて、知識を広げ、新たな価値観、視野を身につけ
たいと思います。

不安もありますが、この夏、大きく成長出来るよう、日々努力していきた
いと思います。
何かと不備な点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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ここまで

彼女は、4回生。就職活動も終え、最後の休みを遊びに使うのではなく、
議員インターンシップに使うことにしました。こちらも課題を出し、取り組
んでもらっていますが、将来が楽しみな学生さんです。


今後もこのブログに登場します。よろしくお願いします。




行政改革と財政再建は別のもの

これは、報告会でも触れているのですが、市役所や議会での議論のなかで、宇陀市の行政改革のとらえ方に違和感を持っています。


行政改革は企業に置き換えると、経営革新になると思うのですが、リストラになってしまっています。
企業であれば、サービス向上や品質向上のために改善を行い、顧客満足度を高めて、利益を上げていきます。意思決定のスピードアップを図り、効率を高めることで、低コスト化を目指します。


これが行政になると全部抜け落ちてしまうのです。
市長が出した改革路線の中にも、住民サービスの向上や住民満足度を高めるという点は、完全に忘れ去られています。効率化を図って、行政サービスのスピードや質を高めるということはどこにも出てきません。


出されている方針は、経常経費の10%カット。
人件費の抑制。行政サービスのカット。などです。
実際に行革推進室が求められているのは、コストカットの取り組みで、効率を高める取り組みは、後回しです。


竹内市政になって、増えたのは会議の数です。
行政改革のための会議だけでも、課長級の会議、部長級の会議、民間の委員を含めた行政刷新会議、行政改革懇話会と議会の行財政改革特別委員会と5つの会議が存在します。


特に行政刷新会議と行政改革懇話会の位置づけが不明確であり、同じ性質の会議が並列をしていることになります。これでは意見集約もできないでしょうし、議会は別としても、意思決定までに時間がかかりすぎます。
どちらも、市長が指名をした方のみが委員になります。
これで、市民参画というのなら、意味がありません。ただ、責任の所在を不明確にして、自分が責任を取らないためだけに設置していると言われても仕方がありません。


今行うべきは、会議の数を減らして、意思決定のスピードを高めることと、課長以下級の職員の意見を市長へと提言できる制度を設けることです。
事務事業行政評価を徹底して、民間にゆだねる事業や、将来を見越して地域やNPO、民間と協働する事業を増やしていくことです。

行政職員の質を高めることと、地域との協働を進めることなど、行わなければならない改革は存在をしているのです。


風通しが悪いまま、給与のカットとサービスのカットだけをし続ければ、ますますサービスの水準は落ち続けます。間違った改革路線は修正をしなければなりません。



これは、私の選挙公約でもあります。
実現に向けて、取り組みます。


市政報告会

榛原区天満台にある大和富士ホールで、高見省次議員と合同で市政報告会を開催させていただきました。


テーマは、
病院の建設について
美榛苑指定管理について
行財政改革について
地域自治区の今後について

の4つを私が、病院と地域自治区、高見議員が美榛苑と行財政改革についてを担当し、お互いに補足をしながら報告をさせていただきました。

質疑応答もかなりあり、
病院を黒字化させるための取り組みについて
指定管理制度を用いた新しい利権構造が誕生していることについて
行政改革の本当の目的は、効率を高めて、行政サービスを向上をさせることであるということ
コストカットは財政再建の話であるということ
など、かなり突っ込んだお話をさせていただきました。


詳細についても、後日報告をいたします。
明日25日は、午後7時30分より、室生区大野の大野公民館(室生西小学校敷地内)にて報告会を行います。お時間ございましたら、是非ご参加ください。


一年を振り返る

31歳最後の日になりました。

今までもブログでよく一年を振り返ってきましたが、この一年は本当に頑張ったぞと言える一年になりました。


衆院選を乗り越え、私にとっても悲願であった政権交代に立ち会ったこと。

9月から3月まで活動を続けて、市議選に当選をしたこと。


自分で自分のことを褒めることはあまり好きではありませんが、31年間で一番頑張った1年だったと言えます。


そして、何よりも、私の挑戦を許して、朝も夜もなく走り回ってくれた両親や親せき、近所の皆さん、私のチラシを読んで手伝ってくれた皆さん、日本中から僕のために駆け付けてくれたたくさんの仲間たち、多くの方に支えられて、市議会議員になりました。


本当にありがとうございます。


ここまで決して順風満帆ではなかった。
特に27歳から30歳までの3年間は、地べたをはいずりまわっているような生活でした。
両親がいなければ、地域の方がいなければ、私は今頃どうなっていたかわかりません。


今はただ、宇陀市のために人生を使って活動ができることがうれしくてたまりません。
苦しいことはこれからもやってくるでしょう。宇陀市にとっても、私にとっても、それでも多くの方が希望を持って生活をしている宇陀市ならば必ず再興できると信じています。


本当にこの一年お世話になった皆様。
応援をしてくれた皆様。


ありがとうございました。
32歳の一年は、さらに加速する一年に。
頑張ります。

地震発生

今朝6時19分に宇陀市菟田野区松井を震源とする地震が起きました。


菟田野区松井にある地震計が震度4を記録しました。
先ほど、市役所に被害状況を問い合わせましたが、特に目立った被害はないとのことでした。


宇陀市には菟田野区松井地区に地震計が設置をしてあります。
その地震計が最も強い揺れを観測したために、震源地が宇陀市と推定されたという説明でした。


今日は、午後より総務文教常任委員会です。
危機管理は総務の所管ですので、どのような対策がとられるのか確認をしたいと思います。

議員インターンシップ

学生が就職前に、企業や団体で無給で研修を行うことをインターンと呼びます。
医師免許を取得して最初に受ける研修もインターンと呼ばれます。


そこから派生をして、議員のもとに学生を派遣するインターンも行われるようになりました。
NPO法人ドットジェイピーが派遣のあっせんをしています。ドットジェイピーを通じてわが勝井太郎事務所でも、二名の学生をインターンとして受け入れることになりました。


また、機会を見つけてこのブログでも紹介をしたいと思います。


私も20代のころインターンとして、しまだ洋行河内長野市議会議員のもとで研修をさせていただきました。
初めて、街頭演説をしたことや、一緒に戸別訪問をしたことをよく覚えています。すごく遠いところにあった議員を間近に感じることができ、議員になるということを意識する大きなきっかけになりました。

生活に密着をして活動をしている議員の姿に驚きましたし、想像しているよりも遥かに地味な活動を重ねているんだなと思い、これなら僕でも目指せればできるなと思わせていただきました。


新しく事務所にやってくる、学生たちにとって勝井インターンが、政治や社会に関心を持ち自らが行動を始める第一歩になればこれほどうれしいことはありません。


市役所、地域、関係者の皆様、温かい目で学生インターンの子たちを見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


消防団の演習

夜八時より、宇陀市消防団室生第一分団の演習があり、消防団員として参加をしました。


市議ではありますが、消防団の中では一団員です。分団長、部長、班長の指示の下で活動を行います。
消防団は、時として危険な作業が伴います。また、人命救助や地域の保安のために活動を行うのですから、規律がしっかりとしている必要があるのです。


縦社会ですが、これで良いと思います。
これからも地域のために、活動をしていきます。


演習後は、市政の課題についていろいろとお話を伺いました。
ありがとうございました。

想いを引き継ぐ

昨日、大西進前宇陀市議会議員ががんのため亡くなられました。


62歳。私から見れば父親の世代にあたります。
榛原町議会議員時代から通算をすると、私が子供のころから議員として活動をされてきました。

合併後は、合併特例によって財政に比較的余裕のあるうちに、財政の改革を行うべきであると主張し続けてこられました。


私が市議選の際に訴えたことと、大西前議員がそれまで訴えていたことは、共通点がたくさんありました。
チラシを読んで、病床から電話をくださったこともありました。
何度も励まされましたし、病のために志半ばで引退をしなければならない無念さも感じていました。


当選後、体調が戻ったらゆっくり話をしようとおっしゃってくださってましたが、叶うことはありませんでした。
お悔やみに行くと、渡しておくようにと伝えられていたと、言って奥さんから、財政についての専門書と資料を手渡されました。


私の当選を自分のことのように喜んでおられたそうです。
若い世代の登場を心から歓迎をしてくださっていたそうです。


宇陀市を財政破綻から救うこと、これは今市政に携わっている以上、必ず行わなければならないことです。不当な要求や、コストの意識を考えない要求には毅然とした態度で臨みます。


政治家は、多くの方の想いや希望を預かって活動をしています。
これからは、先輩の想いも持って活動をします。

ありがとうございました。





参院選が終わる

長かった参院選が終わりました。

選挙期間中は、街頭での活動に制限がかかるので、勝井太郎としての政治活動は全面的に休止をしておりました。


6月議会が6月25日まであったため、議会閉会後の報告も一切できませんでした。
ワールドカップと重なり、ほぼすべての地方議会の会期と重なる日程での選挙はやめてほしかったなと思います。
結局ワールドカップに、ほぼすべての方の関心が集まって、選挙はどうでもよいような扱いでした。



結果をみると、民主党が惨敗を喫し、みんなの党が躍進をし、自民党はそれなりの議席を獲得したということ。

完全にねじれ国会になりました。民主党は衆議院で再可決をできるほどの議席を持っていないので、ほとんどの法案は参議院次第ということになりました。

重要法案は、ほとんど通過しないでしょう。


民主党の敗北の要因は、消費税増税とよく言われますが、そこではないと感じています。
今回の参院選は、前回の衆院選から1年もたっておりません。民主党は、衆院選のマニフェストの進捗状況の報告も、総括も何もしないまま、参院選マニフェストを出してきました。


しかも、総理はマニフェストに書いていないことを話をし始め、政権公約であるマニフェストは有名無実なものと認識されてしまいました。



国民が怒るのはもっともなことです。
民主党は、もう一度マニフェストを検証をして、しっかりと実行をしていただきたい。
変更や改善をするのであれば、そのことをしっかりと示さなければならない。

当たり前のことを怠ったツケは、相当なものでした。



さあ、地方議員の活動再開です。
当分動かない中央の政治のこともですが、地域のために動くことが第一。
やっと、街頭に復帰できます。

合併をした市が日本中で破たんする

平成の大合併で町村は、合併をし、多くの町村は市になりました。


宇陀市もその中の一つです。
町村と市では、責任と権限が異なります。
そのため、ある程度の規模がなければ、市になることはできません。そして、一度市になれば町村に戻ることはありません。


本来町村が市に昇格をするには、人口が5万人以上になる必要があります。
しかし、平成の大合併で合併をした市の場合は、3万人以上で市に昇格ができるように緩和がされました。これは一見、良いことのように思われがちですが、本来5万人いなければいけないところを2万人少ないのですから、あとあと問題が出てくることも多いのです。


一例を挙げますと、生活保護です。
生活保護は、国の制度として運営がされています。収入を得ることができずに貧困にあえいでいる方にとっては最後のセーフティネットです。では、この生活保護は国が負担をしているのでしょうか。

町村の場合は、国と県が全額負担をしています。
一方で市の場合は、4分の1の費用を市が負担をすることが求められます。
実際に宇陀市でも年間1億円を超える費用を負担をしています。
これは、旧町村時代には、1円も求められてこなかったことです。


他には、下水道事業です。
市立病院の隣に、下水処理場がありますが、あれは現在県の施設として、奈良県が管理運営をしています。
しかし、合併によって、管理運営を宇陀市が行わなければならないことになりました。
今、奈良県に対して、例外的に宇陀市ではなく、奈良県が運営をするように要請をしているそうですが、法律上宇陀市が運営をするしかなく、年間数億円の運営費を合併特例が切れる5年後から用意をする必要が出てきています。


町や村よりも、市のほうがよいと思われがちですが、市になったために、今まで以上に負担をしなければならなくなったものも多いのも事実なのです。そして、一度市になれば、もう町村に戻ることはできません。

町村は、国や県から手厚い保護を受けてきたのです。
平成の大合併は、その町村をほとんどなくしてしまうということであったということです。
大都市圏の合併と異なり、中山間地域の町村の合併は、完全に国の都合で行われたのです。
そこで、合併をした市町村には、10年間他の自治体と比べて、手厚い保護を与えることにしました。
理由は、町村時代と比べて、市は負担が増えるからです。

いきなり、負担だけを増やせば、町村からの抵抗は避けられなかったでしょう。一方で、町村が単独で運営をしていくこともしんどいことであったのも事実です。そして、合併特例で起債ができる合併特例債は、大型公共投資を行いたい町村にとっては、輝いて見えたのでしょう。

ただ、忘れてはいけないのは、平成の大合併の一番の理由は、国の都合だということです。
決して、町村を振興するために設計されたものではないということです。
決して合併特例に浮かれてはいけないのです。


人口5万人未満でありながら、特例で市になった合併市は、大きなリストラを行わなければ、市の運営が立ち行かないのです。

したがって10年間の合併特例措置は、公共投資に安易に使ってはいけないのです。


しかし、宇陀市は大型公共投資を積極的に推進をしました。
誠に残念ですが、市政を担う立場の方々は、財政の見通しも、国の補助制度の在り方すらきちんと把握していませんでした。

市立病院建設の際に、合併特例債は4分の1しか起債ができないということを、後で知って県に陳情に行ったという話を聞きました。宇陀市だけが、4分の1ではなく、合併特例債の制度設計上4分の1以上の起債は認められないのです。

下水道は合併をすれば、運営が県から市に移管されることは分かっていたことです。それを後で交渉をして何とかしようというのは、無茶な話です。


このように、甘い見通しの中で多くの自治体が合併をしました。
そして、今頃になって、合併が大きな負担を押し付けられるものだと気がつき始めています。


遅い。
合併特例は、合併後の激変緩和措置であるということを、もっと認識しておかなければなりません。


一応書いておきますが、
合併特例が切れるころから、市立病院建設のための起債の返済が始まり、下水道事業を市が運営をするようになり、特例交付金が全廃をされ、人口減少に伴って特例ではない一般の交付金も削減をされるのです。


当たり前ですが、病院を建てたツケは、住民が受けなければなりません。
下水事業の移管は、最初からわかっていたことです。これも確実に住民負担を求めなければ、事業継続が不可能です。
人件費の大幅抑制は、不可避でしょう。


それらを、ただ押し付けるのか、今必死に行政を立て直すのか、これが4年間に課せられた使命なのです。


できなかったら、大幅な住民負担は避けられません。



このことに気が付いている、市は手を打っています。
宇陀市は、手を打つどころか、大型公共投資を何もとめておりません。


いい加減にしましょう。

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Profile
勝井 太郎
35歳 宇陀市出身

宇陀市議会議員
(任期は2010年5月1日から2014年4月30日)
若手政治家の会代表
元都議会議員秘書
政策学校一新塾 14期政策提言課程修了


活動当初は一人駅に立ちチラシを配り、演説を繰り返す。
チラシを配り、演説を繰り返すスタイルを貫いて徐々に支援者を増やし、3月28日執行の宇陀市議会議員選挙に最年少31歳、最高得票2227票で初当選。



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