宇陀市議会から地域を変える。 勝井太郎の地域活性化挑戦日記。

最年少の宇陀市議会議員勝井太郎の日々の報告

2014年02月

宇陀で生きてゆくということ

私は27歳の時に市議になると決め、議員秘書をやめて帰ってきました。
絶望的な政治を立て直すんだと思って帰ってきました。
帰ってきた僕を待っていたのは、熱狂して迎えてくれる地域の方々ではなく、冷めた目で私のことを見ている方々でした。それでも本当に一握の方々が、 僕に手を差し伸べてくれました。閉塞感を打ち破るには若い人材が必要だと私を助けてくださった皆様のおかげです。

浪人することになりましたが、4年間を地域で過ごして31歳の時に市議会議員に当選をさせていただきました。

4年間市議会議員として活動をしている中で気がついたことがあります。
宇陀には外に出ていける人と、出ていくことができない方がいるということ。

私は一生をここで暮らす覚悟を持って帰ってきたつもりでした。
しかし、地元で根を張ってずっと生きてきた方々には遠く及ばないということを知りました。

この地域で商売や生業を営んでいる方々はこの地域を継続させないと生きていくことができません。
地域活性化は生きるためにやり続けなければならないものです。
でも、そのことに気づいている政治家は少ないということに気が付きました。
もしくは気づいていても、同じ舞台で汗をかこうとしている政治家は少ないということに気が付きました。
私もその一人であったと思います。

4年間、地域の場作りに取り組んできました。
4年間、私は外に飛び出し続けて、宇陀市のために力を貸してくれる方々を探し続けました。
地域活性化の取り組みがあればどこへでも飛んでいきました。そのおかげで、勝井太郎がそこまで言うのならば力を貸してあげようと言ってくれる専門家や、他市の政治家や中央省庁の官僚たちのネットワークが出来ました。 

移住をしてきた方を中心にコミュニティを作り、いくつかの活性化のための施策もできるようになってきました。
市役所と連携をして地域の場作りや人材育成、所得向上の取り組みも立ち上げることが出来ました。


地域活性化には地元に土着の人と新しい知恵やノウハウ、気づきを与えてくれる外部の人が必要です。そして、その方々が動いていくためのコーディネートをする人が必要です。
私はこのコーディネート役を志して宇陀市に戻ってきました。一定の成果は上げたと思いますが、まだ道半ばです。私に足りていなかったのは地域で生きていく覚悟です。

政治はこの宇陀で生きていくんだと覚悟を決めた方々と向き合わなければなりません。
私にとっての政治は、インターネットの中にあるものでも、テレビや新聞の中にあるものでもなく、地域の中にあるものです。

宇陀で生きていくことを選んだ方、選ばざるを得なかった方を支援する取り組みがとても大切なのです。ここが守れないと底割れをしてしまうからです。決して壊してはなりません。宇陀市において政策の第一優先にしなければなりません。
その上で、新しい方を入れていく必要があるのです。この新しい方もできれば、今あるものを活かす方々である方がよりよいでしょう。

地域活性化には地域の方々を何が会っても守りぬくという信念と、ある程度の流動性を持ちながら地域に入ってくる移住者の方々をうまく融合させる施策が必要なのです。


宇陀を守り、これからも引き継いでいくために私は存在をしなければならないと思っています。
この地に根を張り、生きていきます。改めて、人生を宇陀にかけ、捧げることをお約束いたします。
改めて、挑戦を始めるにあたっての私の所信といたします。
 

地域活性化を更に進める。宇陀sgが始まりました。

自治体間連携によるインターネット通販JAPANsgに宇陀市が加盟をしネット通販に取り組むことになりました。
これは2年前に地域の農家さんや地域活性化を行っている方々と一緒に武雄市に視察に行ったところからすべてが始まっています。


宇陀市には移住者がたくさんいます。
私も一度東京に出て議員秘書をして戻ってきたUターンです。
Iターン、Uターン、Rターンの皆さんで手を組んで、地域の方々を巻き込んで活性化のための施策を打ち続けてきました。市役所主導でも政治主導でもなく、フラットな関係で地域活性化をしてきました。

私は人が集まるきっかけを作り場を作り、地域内で活動をする方々の応援を徹底的にしてきました。
例えばこんなこと。
本間正人先生を招いての笑顔のコーチング
木村俊昭先生、山本尚史先生を招いての地域活性化意見交換会

私がしてきたことはシンプルです。
思いを持つ方を探して、つなぐきっかけを作ること。
彼らが事業構想をするために必要なリソースをさり気なく用意すること。
内発的な発展によって地域を持続させるのが私の施策です。

そのためには外部からの評価と連携が必要なのです。
そう意識をしていたらこんな取り組みも始まりました。
伊那佐郵人
伊那佐郵人の取り組みは最初はTwitterから始まりました。
移住者の松田さんが朽ち果てようとしていた旧伊那佐郵便局を買い取り、市と国から補助を受けて日替わりシェフのレストランに改装するまでに多くの方が関わり、作り上げていきました。詳しくはこちらを。
行政が主導して事業を始めていたら、こうはなっていなかったと思います。

まちづくりは行政が主導してやるだけでは足りませんし、ずれていきます。
むしろ、これからを考えるとズレた施策を何億もかけてするくらいなら、地域の方々にお任せをしたらいいと思います。
これは宇陀市に提案をして実際にソーシャルビジネス・コミュニティビジネス講座が行われるようになりました。
小さな挑戦を続けられる地域を作ることがとてもとても大切なのです。

次は自治体間連携による物販が始まります。
JAPANsgに加盟をして、自治体間連携によるネット通販に取り組みます。
これは、地域内でビジネスを行っている方々、これから始める方々に地域内での連携を図るきっかけを生み出すことと、実際に売り先を提供することを目的として行われるものです。
物販サイト宇陀sgはこちら


市内にいる志を持った方々を探すことから始まった私と地域の皆さんの挑戦は次のステージに上ることになりました。
地域をつなぐ、地域を越えてつなぐ。

私には仲間がいます。
私には夢があります。

地域の方々が手を携えて、一緒に「宇陀はいいところでしょう」と笑顔で都会の方々に当たり前のように言える日が来ることを。
宇陀には人がいます。宇陀に人がいる限り、地域は絶対に生き続けます。
一緒に頑張っていきましょう。


地域のために汗をかいている地域の皆さん
宇陀市まちづくり支援課をはじめとする市役所の皆さん
きっかけをくれた武雄市の樋渡市長をはじめとする武雄市役所の皆さん 

これからも切磋琢磨してまいりましょう。
 

一緒に希望のまちを作ろう

私の役割は、人が集まる場を作ることだと思っています。
地域の活性化は政治と行政だけで行うことはできません。

宇陀は大変なんだーと叫んでいる人。
ずっとダメだと叫んでいる気がします。

だったら、なんでここにいるのさと思います。いいものいっぱいあります、めっちゃ頑張っている人いっぱいいます、移住してきている人も増えてきて、つながりができていっています
活性化のためのチームができるイメージがわきつつあります。圧倒的な行動力で飛び回るそんな方々が群れを成して宇陀から登場をし始めています。

今求められるリーダーは希望をまっすぐに語れるリーダーです。

政治は希望を語るもの、実際に行動をするもの。
ここがダメだということなら簡単。実際に動いて場を作っていけば変わっていくのです。
地域活性化は強力な一人のリーダーによって成し遂げられるものではありません。
市役所主導で進めていくものでもありません。

あえて言うのならば、リーダーは住民の皆さんが自由に飛び回れる場を作り、励まし、応援し、協力してくれる仲間を徹底的に集めるのです。時には忍耐が求められるでしょう。
どんな状況でも笑顔で、地域の運を信じ抜ける度量が必要です。

私は、宇陀を信じています。
一緒に地域を作りましょう。
ここからの宇陀は絶対に面白くなります。
katsuitaroをフォローしましょう
ツイッター(写真をクリックすると詳細が読めます)
Profile
勝井 太郎
35歳 宇陀市出身

宇陀市議会議員
(任期は2010年5月1日から2014年4月30日)
若手政治家の会代表
元都議会議員秘書
政策学校一新塾 14期政策提言課程修了


活動当初は一人駅に立ちチラシを配り、演説を繰り返す。
チラシを配り、演説を繰り返すスタイルを貫いて徐々に支援者を増やし、3月28日執行の宇陀市議会議員選挙に最年少31歳、最高得票2227票で初当選。



Recent Comments
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ